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第26話 天文部の白雪姫

 放課後、俺はすぐに秋村と花ヶ崎の二人と一緒に天文部の部室へ向かう事になった。

 そこは第二校舎の三階、西階段を上がって右手側の、一番奥にある部屋。

 二年教室からは一直線に歩いて行けるが、第一校舎の二階にある一年教室からは随分と遠い場所だ。


 この一ヶ月で第二校舎に足を踏み入れたのはほんの数回、三階に関しては初めてだった。


 天文部の部室の前に来て、俺は思わず眉をひそめた。


「……暗っ、何この部屋」

「それ遮光カーテンだよ」

「廊下側の窓にもあんのか……」


 一応控えめにドア叩いてから、ゆっくりと開ける。

 窓に貼られていたのは黒い布。部屋の中に光が入らない様にするための遮光カーテン、どうやら花ヶ崎の言う通りだった様だ。

 そして部室の中は薄暗い……が、一方でとても明るい。


 ベランダ側の窓も全てカーテンが閉じられて、今ドアを閉めたらまた部屋の中は暗くなるだろう。


 それでも、完全に真っ暗になる訳ではなくて、部屋の中にも明かりはあった。


「わ、綺麗……」


 耳のそばでポツリと花ヶ崎が呟いた。


 部屋の真ん中に置かれた二つの椅子。

 その上で膝を丸めている少女は、ドーム型の天井に映る煌びやかな星空をただひたすらに眺めていた。


 そしてもう一人は、天井ではなく床を見ている。


 微かな明かりに照らされながら、プラネタリウムを見上げる人影の方に見覚えはないが、床を見ている方には何となく覚えがある。


 一体どうしてこの状況でプラネタリウムなんて見ているのか、俺には全く理解の及ばない状況だ。


「あ、神里先生も来てたんですね」


 秋村がそう言った事で、床を見ていた人の正体を思い出した。

 神里かみさとゆうという、理科総合の授業を担当している先生だ。


「……理桜か」

「あ……ども」


 ……なんで下の名前で、しかも呼び捨てですか。

 何でも良いか、姉さんと呼び方を混同されるよりは良い。

 取り敢えず部屋に入って改めて天井を見上げた。

 小さいながらも、かなり本格的なプラネタリウムだ。


「……なんだ、疲れた顔してんな」


 不意に横からはそう言われて、俺は神里先生の顔を見た。そして思わず、二度見した。


「……人の事言えるんですか?」

「あたしはただの不眠症だ」

「疲れてるからそうなってんじゃ……」


 近くで見たら目の隈が酷い。最早疲れているというか、憔悴しきっている印象だ。何となく見ていられなかったので花ヶ崎達に目を移すと、二人は教室の後ろで何か小さな荷物を運んでいた。


 手伝いは必要なさそうだったから、今度は部屋の真ん中に視線を移した。


 その時、俺は柄にもなく見惚れてしまった。

 制服の上に白いパーカーを羽織って、椅子の上で膝を丸めている、その少女に。

 ルビーの様な赤い瞳、腰まで伸びた真っ白の髪、透明感のある肌も、雪のように白い。

 あまり現実味のないその人を見て、俺はすぐに思い出した。


「……七沢先輩……って、咲智さんのことか」

「久しぶり、詩織の弟さん。去年の文化祭以来かな」

「その後、姉さんのところに遊びに来てましたよね」

「そうだっけ?」


 俺からすれば中学の先輩で、高校からは姉さんの友人と言ったところ、要するに顔見知りだ。

 中学のときは話をする機会が少なかったが、その人形のような美しい容姿と、妙におっとりした性格がとても印象的だったからよく覚えている。


 だから姉さんが高校の友人として家に招いて来た時は本当に驚いた。


 咲智さんは赤い瞳に俺を映すと、しばらく見つめた後に──


「獅子葉先輩とはもう会った?」

「いや、まだです。会う機会も、理由も特に無いんで」

「そっか。ところでまた同じ部活、もしかして追っかけ?」

「……ここ、パソコン部ありましたよね」

「中学に天文部が無かっただけ」

「そうですか」


 なんだか四ノ宮と話している時と同じ気分になる人だ。パソコン部の先輩という認識が強かった人が、今度は天文部でも先輩になるなんて思わなかった。

 前は「パソコン部の白雪姫」とか呼ばれて新入部員ホイホイだったのに、今では廃部寸前の天文部の白雪姫とは……。


「あ……後輩みんな、知り合いだ」

「花ヶ崎は中学の図書委員ですよね。秋村とはいつから?」

「母親同士が幼馴染みだから、その関係」

「へぇ……」


 大した話じゃないのは分かるけど、なんだか違和感のある話だ。


「秋村と幼馴染みなのに、中学俺たちと同じなんですね。地元結構離れてますけど」

「親が離婚した時、お父さんに付いて行ったから……」

「……なんか、すみません」


 凄く余計なことを聞いてしまった気分になり、俺は話題を逸らす事にした。


「あ、あの……咲智さんって星、ずっと好きだったんですか?」

「意外?」

「そりゃまあ、意外ですよ。外に出るタイプじゃないと思ってたんで」


 プラネタリウムの淡い光に照らされた少女の肌はとても白い。それは生まれ付いた特徴であり、日焼けへの抵抗力が低かったりする。

 見てる分には綺麗だと思うから俺は好きだけど、本人としてはあまり嬉しい特徴じゃない筈だ。


「夜は好き」

「……星、ちゃんと見えるんですか?」


 俺自身は人並み以上に目がいいから気になった事はないが、弱視の人にとって遠くにあるちいさな光がよく見えないだろうことは、想像に難くない。


「日による、けどあんまり」

「……なら」

「でも────」


 少し食い入るように俺の言葉を遮り、咲智さんは俺のことを見つめてきた。


「小さい頃に、お父さんに連れられて初めてキャンプに行った時に見た、しし座流星群。それはずっと瞼の裏に焼き付いてる」


 さっきの離婚どうこうの話も相まって、咲智さんの言葉に少し興味が湧いた。


 俺はあまり、他人に強い興味を持つことはない。

 それは基本的に、相手が自分に影響を与えることは無いと思っているから。

 自分に影響のありそうな人には、自然と興味が湧く物だと思っている。


「……空を見るのは、上を見ること」


 咲智さんは小さく呟き、専用のプロジェクターを片付けた。

 俺は意味も無く天井を見上げると、どうやら天井のすぐ下にプロジェクターの光を映すためのドームが吊るされている事に気がついた。


 再度咲智さんに視線を移そうとして部屋を見回すと、神里先生や花ヶ崎が居なくなっている。

 秋村は黒板の方で何かしてるみたいだ。


「私も、いつも下を見て歩いてるけど……。こういう時だけは、上を見る。下ばっかり見てると、疲れるから」


 天文部の部室と言うだけはあって、高級そうなカメラやプロジェクター、天体望遠鏡と言った機材が結構な数確認できた。

 これだけお金をかけていて、なお廃部になりそうだった、というのも無常というかなんというか。


「……優先生にも、上見て欲しい」


 不意にそう言った咲智さんの赤い瞳は、俺の後ろ……ドアの向こうにある廊下を見ていた。


「寝不足みたいでしたけど……神里先生って、何かあったんですか?」

「……先月、旦那さんが亡くなったみたい。新婚だったのに」

「…………」


 何なんださっきから、重い話ばっかり聞かされるな。科学の授業とか時々違う先生が来てたのは忌引きだったのか。


「……そのせいで、旦那さんの不倫が発覚したんだって」

「…………」

「相手方は妊娠してたって」


 本人の口から聞くのもキツイけど言伝でもあまり変わらなそうだ。聞いてるだけで気が滅入る。


「…星の光は、過去から届いてる。私たちは、いつも夜空に過去を見てる」


 俺は咲智さんの言葉には耳を傾けながらも、彼女の背後で容赦なくカーテンを開けて回り部屋の中を明るくしていく秋村を目で追っていく。


「……居なくなった人も、過去には居る。過去の光は、今にも、未来にも届く。大きな歴史としても、小さな思い出としても、私たちに光をくれる」

「ま、神里先生は過去から辛い贈り物が届いて傷心中なんだけどね。光でケガするのは咲智姉も一緒だし」


 止めてやれよ秋村、親しき仲にも礼儀ありだぞ。

 いくらなんでも辛辣すぎる物言いだ。


 何なんだここ、暗いのか愉快なのかよく分からない部活だな……。

新ヒロイン登場、また四ノ宮さんがハブられる予感がする。

でも仕方ない、四ノ宮が天文部に来たら星野inで赤瀬outになるから。

なんならギリギリまでそうしようと考えてました……そうなると勿論、四ノ宮と赤瀬が付き合わないルートのまま進みますけどね、そうしたくなかったからこうなった。

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