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第25話 嵐が過ぎる

 五月に入ると散った桜は風に揺られて水面に浮かび、色付いた花々は緑に覆われ始める。

 進学してからは一ヶ月が経ち、高校の環境にも少し慣れて落ち着きを持って生活を出来るようになっていった日常。

 そんな中でゴールデンウィークの連休が目前に迫ると、進学したての一年生たちは落ち着いていた気分がまた少し逸り出している事だろう。


 俺はバイト先が忙しくなってきたせいで結構疲れ気味だけどね、自分のやることが終わったらすぐに座り込んでるくらいには。


「……はっや……。なんで陸上部じゃないんだアイツ」

「ご、五十メートル速くてもあんま意味ねえし……!」


 疲れがたまっているせいか攣りそうになった足を伸ばしてストレッチしていると、すぐ近くでクラスメイト達が騒いでいる。


「おーい赤瀬、お前たしか星野と同中だろ?百メートルのタイム知ってるか?」


 不意に声を掛けられて、俺も顔を上げた。


 本日の体育の時間は、この季節の恒例行事みたいな事になっている……いわゆる体力テストが実施されていた。

 他クラスの生徒も入り混じり、男女別で測定が進んで行く最中で、ダントツの注目を浴びているのは、異様にハイスペックな身体をしている星野だった。


 まあ、星野が注目されてんのはいつも通りだけど。


「ん、詳しい数字は知らない。クラス一緒だったこと無いし」

「ちっ、役立たな──」

「けど十一秒切ったのは知ってる」

「「「はあぁ!!?」」」

「たしか三年の時の陸上大会かな、多分調べれば見れるよ」


 残念ながらその陸上大会の時には別の学校の陸上部の人が中学生の日本記録を叩き出したとかで優勝は出来なかったんだけど、ウチの中学はそもそも陸上部が無くて特設陸上部だったから十分凄い、というかそこまで出来る星野がおかしい。

 ……まあ、女子のほうでは四ノ宮が二年生の時と三年生の時で二連覇してるんだけどな、短距離でも長距離でも。

 四ノ宮って足細いんだけどな、あの脚力はどこから来るんだろう。身体を使うのが上手いのかな、手先も器用だし。


「し、シャトルランは……?」

「あぁ、それは校内記録になってたから知ってるよ。たしか百と三十───」

「くっそ勝てねぇ!」

「なんで短距離速えのに体力あるんだよ!」

「……全部元々の才能だし」


 冗談は顔だけにして欲しいよな。


 別に星野のハイスペックを羨ましいと思った事は無いけども。

 俺もそこそこ出来る方だから、自分の能力には満足してるよ。


 何より、星野より多岐にわたる才能を持った姉を見て生きてきてるから、そんなに気にしないというか、気にならない。

 絶対に勝てる気がしない人って、割と居るもんだよ。


 ところで女子は……あ、体育館から出てきた。


 ストレッチしながら後ろを見ていたら、突然ピキッと来た。不味い、伸ばしてる方と逆の足攣った。


「……あのさ、次の種目なんだっけ」


 俺は咄嗟に、近くに居たクラスメイトの男子に声を掛けた。振り向いた彼は、よく四ノ宮の席に集まって星野に絡んでる数人の内の一人だった。


「あん?最後だから……あ、ボール投げだな」

「……踏ん張れるかな」

「……?」


 後で保健室に行く覚悟だけしておこう。


「あ、見つけた」

「やっほーあかっち、どんな調子?」


 不意に後ろから声を掛けられたけど、誰だ「あかっち」って。

 まあ声からして近くに来たのは花ヶ崎と春宮さんだろう。明らかに他数人の足音が聞こえたので、どうやらいつもの五人がわざわざ俺の方に来た様だ。


「……見ての通り」

「あー……足攣った感じ?」


 花ヶ崎はすぐに察した様だ。


「そんな感じ」


 ……この一ヶ月でいつもの顔ぶれとして割と普通に認識され始めた事にびっくりしてる。非日常を無理矢理に日常にするのってほぼ洗脳だよな……。


「攣った時、揉むのは駄目」


 かなりどうでも良い思考になっていたところで突然、四ノ宮が俺の直ぐ側にしゃがみ、長ズボンの裾をめくった。そして何気なく触ってきた。


「……(近いって)」

「……痛い?」


 分かっててやってるよね君……。ちょっとだけニヤけてる四ノ宮に内心で頭を悩ませていると……ふと、横から覗き込んで来た桐谷さんが耳元で話してきた。


「ふくらはぎ、ちょっと腫れてるね。保健室行ったほうが良いかも」

「……まあ、次最後だし大丈夫」

「そうやって無理するのは良くないよ」

「適当にやるよ」


 四ノ宮が下がったのを確認してから立ち上がり、ジャージについた砂を払う。


「体力テストの結果はどんな感じ?」

「んー……どうだろ?」


 花ヶ崎にそう聞かれて適当に答えると、秋村が首を傾げた。


「なんで疑問形……?」

「あ、そういえば赤瀬君、バディの人は?」

「……男子は奇数」

「お、よく気付いたな四ノ宮、俺は先生に測定してもらってるんだよ」


 俺がそう言うと、女子五人揃って微妙な表情で俺を見て来た。


「赤瀬……あぶれた様に見えて実は楽をしてるだけだよね」

「知らないな」


 だからやめろ、その人をサボり魔みたいに思ってるの様な目で俺を見るのは。

 本当にあぶれただけだから、そのついでにちょっとだけサボってるだけだから。足攣ってるのは本当なんだから。


「おい赤瀬何してんだ!次お前だぞ!」


 先生からのお呼びがかかったので、まだ痛みを感じる足を軽く叩き、まるで何も無かったかのように平静を装って向かった。


「サボるのか無理するのかハッキリすれば良いのに」


 桐谷さんが後ろからポツリとそんな事を言ったが、俺は聞こえなかった事にして足を進めた。


 結果はいつもと変わらない数字に落ち着いた。


 全種目の合計点数は校内でも上から数えた方が早いらしいが、追い越せるとは思えない程度の上を間近で見ていたので、自慢も慢心も過信もしない。ついでに謙遜もしない。

 ハッキリ言って、体力テストの結果にはあまり興味は無かったし、いつも通りあんまり真面目にもやってないから。


 だって疲れてるんだもん。

 たかが夫婦経営の喫茶店なのに、なんでほぼ満席みたいな時間が延々と続くんだよ。

 ゴールデンタイムの居酒屋じゃないんだからさ。


 まあ、そんな不満は口にした所で愚痴として拾い挙げられることも無いから、黙ってるけど。


 昼休みに入ると、同じ学年やクラス内においてのグループやカーストの様な何かが出来上がっているのを感じる。


 それはきっと自然に出来上がってしまう物であって、誰かが意図して形作った訳じゃない。

 だって誰かが意図していたら、こんな事になってないと思うし……。


 それはそうと、俺は授業終わりに保健室へ行き冷湿布を貼ってもらった。

 教室に戻って着替えたら、次に購買部に寄って弁当を買う。

 今日は朝から盛大に寝過ごして、なんなら遅刻寸前だったので弁当を作ってない。


 そして購買から戻って来たら、なんか秋村が俺の席に座っていた。


「赤瀬今日は、部室来るんだっけ?」

「……バイト無いし、書類だけ提出して全く顔出さないのも問題な気がするし」

「あ、戻って来た」


 秋村と一緒になって俺の席の近くにいた花ヶ崎が、空いていた桐谷さんの席に座った。


「元々それで良いって約束だから、誰も気にしてないでしょ」

「だとしても挨拶くらいはするよ。それは礼儀だろうし」


 ところで俺どこに座れば良いんだろ?


「あ、てかさ、結局星野くんたちは部活どうするって?」

「いっちゃんが入らないから悠岐も入らないって。一応二人の事も、もう一回誘ったんだけどね」

「じゃあハル達みたいに帰宅部か、ちょっと勿体無いよねあの二人は。運動部入ったら良いのにな〜」


 それは俺も思うよ。

 ところでその席返してもらえないかな。


「弥生ちゃん、赤瀬が席返せって」

「え?あ、ごめんごめん。温めといたよ」


 女の子にそれ言われるのはなんか……。反応を返すのキモくない?

 思う所はあるけれど、返して貰った席に座り購買で買ってきた弁当を開ける。


「……で、その話題の星野たちはどうした?」

「中庭行ったよ。梓が四ノ宮さん連れてったら、いっぱいついて行っちゃった」

「二人は一緒に行かなかったのか」

「アタシと弥生ちゃんは話してたら普通に置いてかれたの」

「私置いて行かれたんじゃなくて、赤瀬待ってたんだけど。部活のこと話したかったし」

「…………待ってたよ赤瀬」

「無理すんなって」


 花ヶ崎が若干不憫なのは今に始まった事じゃないけど。


 学校ではこんな、平穏な日常が半月ほど続いてくれている。

 それなのに疲労が溜まる一方なのは何でだろう?

お疲れ気味の赤瀬くん。何ででしょうね?


それはそうと私、感想のコメントを読む習慣が無かったので最近になってエピソードへの感想を拝見させて頂いたのですが、この無駄なあとがきへの反応がちょいちょい見られたのでちょっとびっくりです。

ここ読んでる人って居るんだ……。

機会があれば返信もさせて頂くと思いますが、多分気になった感想にだけの返信となります事をご了承下さい。

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― 新着の感想 ―
あとがきは作者さんの性格が垣間見えたり、作品のちょっとした情報が載ってたりして楽しいので結構よんでます。
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