第23話 干渉
少しずつ気候が落ち着き気温も上がり始めると、時を同じくして桜が散り始めた。
絶対に本人にその気は無かっただろうが、花ヶ崎から四ノ宮と付き合うように後押しを受けたその日の夜。
俺は四ノ宮に連絡を入れてバイト先に来てほしい旨を伝えた。
日曜日の午前中はオープンしてないこの喫茶店だが、才羽さんに事の成り行きを伝えた所、快く場を貸して貰える事になった。
本来なら感謝を伝える立場だからあまり強くは言えないが、他人事だからって楽しそうにしやがって……。
コーヒーを用意して待っていると、午前10時頃に来店を知らせるベルが音を立てた。
「おはよう」
振り向き、来客にそう声を掛けた。
誰が来たのかなんて顔を見なくても分かるが、俺はその少女の顔を見て少し緊張していた。
「……おは、よう……」
ほんの少し、怯えて怯えている様にも見える四ノ宮の表情。それとは裏腹に、どうしてか彼女の頬は赤く染まっていた。
「えっと、どうした?」
俺の質問には答えずに、四ノ宮はそっと視線を泳がせた。何が何だか分からないが、取り敢えず店の奥の席に案内をすることにした。
「四ノ宮、取り敢えず何か飲むか?」
「……ブラックを、アイスで」
「かしこまりました、と」
言われた通りに冷たいブラックコーヒーを二つ持って、四ノ宮の対面の席に腰を下ろした。
気の所為じゃなかったら、四ノ宮の私服見たの初めてかも知れない。
「……いただきます」
かなり地味めなグレーのジャケットとデニムジーンズというシンプルな格好なのにとても目を引く。
恐らく、本人的にはオシャレして来たかったんだろうけど、目立ちたくない気持ちの方が大きかった様だ。
ブラックコーヒーを一口飲んだ四ノ宮は、何故か少しだけ眉を寄せた。もしかして苦いの飲めないのか?なんでブラックコーヒー頼んだの?
まあそんな事を気にしている場合でもない。
…………さて、マジでどうしたもんかな。
「あのさ、四ノ宮」
「ん……」
「とくに積もる話とか無いから、単刀直入に言うんだけど」
「っ……!」
俺がそう言うと、四ノ宮は何かに気が付いた様に振り返った。
「君、あとを着けられたな?」
同時に、来客のベルが音を立てた。
何の許可も無く来店してきた星野と、彼から少し遅れて入って来た花ヶ崎。
その様子からして、花ヶ崎は星野を止めようとしていたようだ。
迷いなくコチラに歩いて来た星野は、俺のことは一切見ずに四ノ宮の側に立った。
てっきりめちゃくちゃ言われるのかと思ったが、そうでは無い様だ。
「伊緒」
「…………」
「はぁ。美香、お前伊緒のこと連れて帰れよ」
花ヶ崎疲れてるぞ、何があったのか知らないけど。
肩で息してる奴に言うのは酷じゃね?
花ヶ崎は星野を軽く睨み付けながら四ノ宮の近くに来て、動こうとしない四ノ宮に何かぼそっと耳打ちをする。
すると、二人は少し顔を見合わせてからそそくさと店の外へ出て行った。
「……?」
「なんだ?思ったよりすんなり出てったな」
星野にとっても予想外だったらしい。こいつらノープランでここに来てんのかよ。
「まあ良いや。赤瀬だっけ、オレから言いたいことは一つだけだ」
「あー……その前に先に質問して良い?嫌なら答えなくても良いんだけど」
「……なんだよ?」
「星野と四ノ宮って、どういう関係なの?」
「ただの幼馴染みだ」
「それは花ヶ崎だってそうでしょ」
「……簡単に言うと許婚だ。親同士の口約束程度だけどな」
「ふーん……」
別に嘘を言っている訳ではなさそうだが、彼の過干渉の原因になるほどの話とも思えない。
他になにか理由がありそうだが、話してはくれないだろう。
「……オレが言いたいことは一つだ」
「四ノ宮に関わるなって?」
「……そうだ、二度とな」
一応俺もクラスメイトだぞ、そんな難易度の高いこと言うなよ。
正直に言うと、俺は別にそれでも構わない。
そうすると四ノ宮が壊れそうだけど。
「お前は伊緒のこと何も知らないだろ」
「そりゃまあ、君ほどは知らないと思う」
俺はもう少し話をするつもりだったのだが、彼はさっさと店から出て行こうとした。
「……そうだ、店閉まってたのに急に入って悪かった。店長さんにも謝っといてくれ」
そこは常識あんのかよ。
「あぁ待った、あとさ……ずっと聞いてみたかったんだけど」
「あ?なんだよ?」
「星野ってさ、四ノ宮のこと本当に好きなの?」
「……どうでも良いだろ、お前には」
「あ……そう」
おい照れんなよ気持ち悪いなぁ。
マジで大好きなんだな、改めて聞くことじゃなかったよ、ごめん。
店を出ようとドアに手をかけた星野が、不意に足を止めた。
「あと……」
「ん……?」
「オレ別に、お前の事が嫌いで言ってる訳じゃねえから。伊緒のこと好きになるなんて、仕方ねえ事だし。じゃ、明日な」
星野は少し顔を赤くしたままそう言い残して、店から出て行った。
「あ……明日」
俺のつぶやきは誰かに聞かれる事はなかったと思う。
ハナから誤解していたつもりは無いが、星野がモテる理由も友達が多い理由も何となく分かった様な気がした。
それはそうと、俺が四ノ宮に告白しようとしている、という勘違いはいつどこで発生したものなんだか。
微妙にズレてる星野に少し困惑しながら、俺は残されたブラックコーヒーに手を伸ばした。
星野が四ノ宮を好きなのは特に間違ってなさそうだ。
それはそうと許婚である事と、彼の過干渉には別の理由がある様だ。
それを聞き出せる程の関係は俺と星野の間には無いので、それは今後深めて行けばなにか聞けそうな気はする。星野に嫌われてる訳じゃない事が分かったし、俺も元々星野をどうこう思っていた訳じゃないから、頑張れば友達にはなれそうだ。
取り敢えず……才羽さんが来る前に、開店の準備だけ済ませておこう。
花ヶ崎がすんなりと四ノ宮を連れ出した理由も少し気になる所だが、それを考え始めると埒が明かない。
ふと、またも来店のベルが鳴った。
まだオープンの時間には遠いので、俺は振り返りながら来客に声を掛けた。
「すみませんまだオープンしてな……」
「わ〜!弟くん制服着てる可愛い!」
そんな声を聞いて、俺は振り返る体を止めた。
「それ伊達メガネ?めっちゃ似合うじゃん!知的な美男子って感じするよ!」
「……考えてた事全部飛んだんだけど……」
取り敢えず雪さんはどうでも良い。俺は彼女の後ろから入って来たもう一人に目を向けた。
「突然の訪問、失礼いたします。お初にお目にかかります、私は才羽雪のマネージャーをしている羽柴と申します」
優雅な動作でお辞儀をした女性は奔放な雪さんとは対照的に、礼儀正しく挨拶をしてくれた。
「これはご丁寧にどうも。何かご要件がある様でしたら、奥の席でお聞きしますが……。お代は要りませんので、コーヒーでも如何ですか?」
「……では、お言葉に甘えさせて頂きます」
「なんか堅苦しい!ここ私の実家みたいな物なんだけど!」
そりゃ雪さんにとってはそうだろうけど、俺にとっては急な来客だしマネージャーさんにとってはアポ無しでの急な訪問だ。
互いに最低限の礼儀はないと話が成り立たない。
騒ぐ雪さんを他所に羽柴さんとやらを席に案内して、エスプレッソを出した。
雪さんはコーヒーが飲めないのでココアだが。
「んー……美味しい〜」
「ありがとうございます、美味しいです」
「お口にあったようで何よりです。ところで、雪さんはともかく羽柴さんはどうしてこちらに?」
前置きをする理由もないので、単刀直入に話を聞く。
「それが実は──」
「弟くん、モデルやらない?」
……スカウトの人選ミスでしょ。スカウトする側もされる側も。
「いわゆる読者モデルと呼ばれる物です」
何の雑誌なのかも知らないけど、絶対に読者では無いと断言できる。
「それって普通は募集かけたりオーディションとかするんじゃ……」
「……雪のワガママです」
「押し通すなよ……」
「なんか通ったんだもん」
「……で、なんで俺なんですか?」
「詩織に断られたんだもん」
断られたと言うことはつまり一度、姉さんにその話をしたということ。
「雪さん俺にレディースの服着せようとしてる?」
「いえ、寧ろ詩織さんにメンズの衣装を着せようとしていたんです」
「いやまあ、姉さんは何でも似合うから別に……」
「ほら、私とおんなじ事言ってる」
なんか嫌だなそれ。
「……それで、具体的には?」
受けるにせよ断るにせよ、要件の概要を聞かなければ何も分からない。
「雪は子役の頃から、ドラマや舞台と言った演技の仕事を主として活動していましたが、高校卒業後、大学生になってからはCMやバラエティの出演なども行っています」
「……そこにモデルとしての仕事も入って来たと?」
「元々、話は幾度となくありましたが、本人が全て断っていました。ですが今年は活動の範囲を広げるという意味でも──」
「簡単に言うと事務所の方針だね〜」
「…………そうですね」
それだけ聞けば、雪さんの性格をある程度知っている俺には察しがついた。
「要はあれか。何回か撮影やってる内に同業者に嫌気が差してワガママ言い出した雪さんを宥めるために俺に手伝えって話ですか」
「…………ご理解が早いようで」
「詩織は薄情だよねぇ?」
「俺も断りたいんですけど」
「え、ダメ。決定事項だから」
「……ご本人に許可を取る前に、雪がGOサインを出しました」
……これだから俺の手には負えないんだよこの人は、ねえ才羽さん。なんでこういう時に限って居ないの?
「その、ご迷惑をお掛けします」
「……いいです、いつもの事なんで」
「オッケー、じゃあ私お母さんに会ってくるから……っと、弟くん因みに今日何時帰り?」
「……18時前ですけど」
「そっかそっか。じゃね」
そう言って雪さんは嵐のように去って行った。
最後の質問にどんな意図があったのかは全く分からないが、いつもの事だ。
「羽柴さん……その、お疲れ様です」
「いえ、やり甲斐を感じる仕事ですから」
「……そっすか」
「お仕事の詳細や日程はまた後日、ご連絡させて頂きます。連絡先は、事前に雪から頂いていますので」
「……了解です」
「赤瀬さんはこれからお仕事ですか」
「そうですね」
「では、長居は出来ませんね。それではお邪魔しました」
「まあ……何と言うか、これからよろしくお願いします」
「こちらこそ、短い間ですがよろしくお願いします」
羽柴さんが帰った後、直ぐに才羽さんが来て店がオープンした。若干疲れ気味のままその日のバイトを終わらせて、俺が帰宅したのは午後の6時頃だった。
遠隔で入浴準備は済ませてあるので、取り敢えずお風呂でゆっくりしよう。
………とか、考えてたのに。
「…………」
俺は玄関先に立っていた人影を見て、愕然とした。
「……待ってた」
待たれてた。
どうしよう俺、星野と友達になれない気がしてきた。
「なんで俺の家知ってるの?」
「……お姉さんに、聞いた」
「姉さん……?どうやって……」
てかちょっと待って?なんか荷物多くない?
なにそのデカいリュック、背中にあったから気付くの遅れたんだけど。
「美香が、先輩に……」
「あ、そう……花ヶ崎が……」
一体どういう連絡網を経由したのかは分からないが……。取り敢えず俺が一人暮らしをしていると知っていた花ヶ崎が知り合いの先輩を経由して姉さんの連絡先を手に入れて、四ノ宮と姉さんを無理矢理繋げたようだ。
「……手紙のこと、話したら教えてくれた」
安易だなぁ。他人事だからってプライバシーを考えるつもりがないのか、俺なら自衛できると思ってるのか。
……俺もう、今日は疲れたんだけど…………。
強引な人達に振り回される理桜くんでした。
本人を攻略できないなら外堀を埋めれば良いよね。
深夜に執筆してるとめちゃくちゃ誤字増える……誰か助けて。




