第20話 決壊
お帰り主人公。
昨日の曇天とは裏腹に雲一つない快晴の空の下、まだしばらくは慣れそうもない登校の路を同じ制服を着た生徒に紛れて歩く。
「あっ、赤瀬じゃん奇遇〜」
「……いや、学校なんだから奇遇も何もないでしょ」
「おはよ、赤瀬くん」
すると、校門の直ぐ側で待っていた春宮さんと桐谷さんの二人と遭遇した。
「おはよう。何か用事でもあったのか?」
「ううん、用事ではないんだけどね、来る途中にバスの中から見つけたから、待ってたの」
なんと言うか、彼女みたいな事言うね君。
「……秋村さんは?」
「そら日直よ、赤瀬の次だもん」
「そう言えばそうか」
校舎へ向かう道中、グラウンドで朝練習の片付けをしている上級生を見つけて、俺は何気なく質問をした。
「二人は部活とかやるの?」
「せっかくだからやりたいとは思うんだけど……」
「梓はあんまり時間に余裕ないんよ。だからウチは梓に合わせるつもり」
二人と並んで校舎に入り階段下にある自動販売機の側でベンチに座りながら、職員室に行った秋村さんを待ちつつ雑談に花を咲かせる。
「……ってことは、秋村さんは何か入るのか?」
「うん。年上の幼馴染みって言うのかな。小さい頃から仲のいい先輩に、廃部寸前の部活に入って欲しいって頼まれてるみたい。七沢先輩って言うんだけどね」
秋村さんが先輩に誘われた……と。
なにやらとても既視感のある話だ。
「天文部だっけ?」
「うん、そう」
「やっぱりか……」
「あれ、知ってたの?」
「……いや、俺も同じ事頼まれててさ。名前だけでも良いから参加して欲しいって」
ところでその先輩、七沢先輩って言うんだね。
ついでにフルネームまで教えてくれると嬉しかったんだけどな。
「最低四人は欲しいんだっけ?じゃああと一人って……」
「──アタシだよ」
不意に横から声が聞こえた。
俺は視線だけをそっちに向ける。
「おはよう皆」
「美香さん、おはよう」
「やっほハナちゃん」
「……その呼び方はなんか……」
春宮さんが口に出したあだ名に思わず口を挟むが、彼女はよく分かってない表情をしている。
「あ、赤瀬昨日はごめんね、勝手に帰っちゃって」
そう言われて、初めて花ヶ崎の方に顔を向けた。
彼女のすぐ後ろには四ノ宮も居たので少し驚いた。でも一応平静を装って、小さく微笑みを返した。
「いや、良いよ。俺も悪かったし、それよりさ、 俺のコート持って帰らなかった?」
「あっ……。ごめん!今日暖かかったから忘れてた!」
「いやまあ、別にいつでも……」
「明日持ってくるから、絶対!」
それ持って来ない奴の言い方だけど。それはそうと四ノ宮が一瞬だけ花ヶ崎を睨み付けた様な気がする。
気の所為……ではないよな。
「昨日?あの後なんかあったの?」
「一緒に帰っただけだよ。途中でコート貸したり喫茶店入ったりしたけど……」
「ちょっ、その先は秘密!」
「あ、そう?」
花ヶ崎的には、表向きではあまり気にするつもりはないらしい。
ただ、内心では焦りまくっていることだろう。後で2人で話す時間でも作ったほうが良さそうだ。
ところで、四ノ宮がまた花ヶ崎を睨んだような気がする──
「そ、それにしてもさ!朝から女の子に囲まれて、赤瀬はモテモテだね〜」
話題を逸らしたいんだろう、そう言う花ヶ崎は若干苦笑いを浮かべていた。
ただ、言葉の真意が分からず、隣で無言のまま立ち尽くしている四ノ宮に視線を移す。
四ノ宮と目が会うと、彼女はそっと自分の背後に目を向けた。
釣られるようにそちらを見ると、こっちに来ている女子の倍くらいの人数に囲まれて少し不機嫌そうにしている星野を見つけた。
俺と四ノ宮の視線だけのやり取りを見ていたのか、桐谷さんが花ヶ崎に質問を投げかけた。
「星野くんってアイドルか何かやってるの?」
「ふっ……」
そんな質問に思わず笑ってしまったので、俺がそのまま答えた。
「そんな訳無いだろ、素だよ。中学の時も大体あんなだった」
「あれほぼ先輩なんだよ。元々悠岐のこと知ってて、この高校に来たってだけでこの二日で話題になっちゃったみたい」
「へえ〜……。すご」
春宮さんの感嘆に軽い同意を示して頷く。
「中学校別でも小学校一緒だった人とかは皆知ってるんだろうな……」
意味もなく呟いて視線を戻すと、何故か四ノ宮と花ヶ崎の二人は俺の事をじっ、と見ていた。
「……ま、俺も朝から美少女コンビに待ち伏せされてたからあんまり否定できないな」
少しおどけてそう言って見ると、全員に微妙な視線を向けられた。
「赤瀬はそういう冗談向いてないよ」
「なんで……?」
「赤瀬はほら、ナチュラルに女誑しだから」
「それは流石に否定するからな。てか、それなら星野はどうなんだよ?」
「悠岐のは好きな人につり合う様になる為に努力した結果だもん。ねー」
花ヶ崎が四ノ宮に同意を求めると、四ノ宮はそっと顔を背けた。
「……知らない」
「それは酷くない?」
「……」
「あっははっ、そう言う感じか〜。ちょっと聞いてはいたけどさ」
四ノ宮のまさかの呟きに花ヶ崎は驚き、春宮さんはけらけらと肩を揺らして笑った。
幸い四ノ宮の異常に少ない口数を気にする二人では無いようだ。
「あえ?皆揃って何してんの?」
階段下でたむろしていたら、先に階段を登り始めていた秋村さんがこちらに気付いた。
「アッキーのこと待ってたんですけど!」
「あ、四ノ宮さん、ども」
「……(ぺこ)」
「……無視て」
秋村さんの挨拶に対して四ノ宮は小さく頷いただけだったが、とくに気にした様子はない。
心の広い三人組だな。
「おはよう秋村さん、さっき話してたんだけど、君も天文部に誘われてるんだってな」
「も、ってことは赤瀬も?」
秋村さんにそう聞かれて、俺は花ヶ崎に視線を移す。
「俺は花ヶ崎に誘われてだよ」
「アタシは中学でお世話になった先輩に頼まれちゃって」
俺達の話を聞いて、四ノ宮は再度花ヶ崎を横目で睨んだ。幼馴染みの友情が壊れていそうな気がする。誰が原因かは想像に難くない。
「ところで弥生、ちょっと時間かかったね、職員室で何かあった?」
「あ、そう!それがさぁ──」
桐谷さんが不意に話を変えた。
思わず視線移すと、立ち上がろうとする彼女と一瞬だけ目が合った。
ぱちっ、と可愛らしいウィンクを見せて、自分の意思を示していた。
なるほど、周りをよく見ている察しのいい人だ。
あの数秒でなんとなく今の状況を感じ取ったようだ。
そんな桐谷さんたち三人が話しながら教室へ向かって階段を登っていき、花ヶ崎もそれについて行こうとする。
しかし、動こうとしない四ノ宮と俺に気付いて足を止めた。
「あれ、二人ともどうかした?」
「花ヶ崎も先に行ってて」
「……あ、昨日の封筒?」
「そうそれ」
俺が頷くと、四ノ宮がピクリと肩を揺らした。
「分かった、後でね」
気にならない訳では無いだろうに、一切の詮索をせず素直に頷いて二階に上がっていった花ヶ崎を見送り、俺は四ノ宮へと向き直った。
四ノ宮はしばらく俯いたまま顔を上げず、床を見つめている。
「……っ……」
四ノ宮が息を呑んだと思ったら、不意にぽたっと水滴が地面に落ちた。
「?」
「──おい!お前何やってんだ!!」
「うわ星野っ!まだ居たのかよ!?」
急に四ノ宮の背後から現れた星野に俺が驚いていると、星野は四ノ宮を強く抱き寄せた……その時。
「やめてっ……!!」
四ノ宮は星野の手を振り払って、俺の胸元に飛び込んできた。
「「えっ!?」」
「ごめん、赤瀬くん……ごめんなさい……!」
一旦抱き留めはしたものの、腕の中で完全に泣き出してしまった四ノ宮を見て、俺と星野は困惑したままの顔を見合わせた。
「な、何があったんだよ……?」
「……星野、四ノ宮になんかした?」
「えっ、オレなのか?お前何かやったんじゃ……」
「俺まだ四月入ってから一回も話してない」
「……??」
四ノ宮に拒絶された経験なんて片手で数えるのも難しいだろうに、それでも星野は冷静になって考え始めた。
ここで頭ごなしに俺が悪いって言わない辺り、こう言うところは本当にマトモなんだけどな……。何やったんだマジで。
ていうか、さっき四ノ宮は俺に謝ってたんだよな……。なんでだ?
「取り敢えず、保健室連れてくよ。花ヶ崎辺りには言っておいてくれ」
そうすれば時間がかかって戻らなくても先生に言ってくれる事だろう。
ゆっくり四ノ宮を立ち上がらせようとすると、星野が一歩近付いてきた。
「それならオレが」
「この状態では無理だろ……」
「っ……」
四ノ宮を軽く抱き寄せ、星野の横を通って保健室へ向かう。
まだ高校に入って一週間も経ってないのに、どうしてこうもトラブル続きなんだ。
「どうしたんだよ、伊緒……」
こっちの台詞だっての。
一体何があったのか、星野に心当たりが無い以上は本人に聞くしかないのだが、果たして落ち着いて話せるようになるまでどれくらいかかるのやら。
流石に泣きじゃくる女の子の相手をするのは初の経験なので、俺は少しだけ憂鬱な気分になった。
相手にとって嫌なことがどんな事だったのか、本当に分からない事ってありますよね。




