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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第二十章 協力
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 いよいよ、恐怖の地下案内ツアーです。


 秦で一番信頼できる情報機関の、プライドを叩き潰せ!

 そして、見て聞いてそれでも信じない者には、ろくな末路が待っていないのです。

 数日後、盧生たちは尉繚とその部下十数名を地下に招待した。

 目的はもちろん、地下で行われている研究の様子を実際に見てもらい、研究の目的と現状を理解してもらうことである。

 直接見た尉繚はともかく、部下たちは未だに盧生たちを詐欺師だと疑っている。

 もっとも、不老不死を手に入れる方法については嘘だったと認め、そのうえで本当にしていることを説明した。

 それでも、信じてくれない者が大半だ。

 中には尉繚が騙されていると思い込んで、今にも飛びかかってきそうなほど怒りをたぎらせている者もいる。

 研究を手伝ってもらうのに、これではいけない。

 そのため盧生たちはそういう特に頭の固い者を選び、真っ先に地下見学に招待した。

 国中を駆け回って世界の全てを知っていると思い込んでいる奴らに、知らない現実を見せつけてその石頭を粉砕するために。


「工作部隊の皆さま、ようこそおいでくださいました」

 地下離宮で、徐福が慇懃に頭を下げて迎える。

 その時点で既に、工作部隊の数人がぎょっとして顔色を変えた。琅邪で徐福に対応し、顔を知っていたからだ。

 そんな事は歯牙にもかけず、徐福は早速説明を始める。

「では、まず研究の目的と進捗についてお話ししましょう。

 どうぞ中に」

 そこで、取ってつけたように一言。

「言っておきますが、離宮は施設も予算もきちんと李斯殿の決裁を受けた正当なものですぞ。余計な手出しはせぬように」

 いきなり許可されていないところに案内すると、衝動的に何をされるか分かったものではない。

 そのため、まずは完全に合法なところからだ。

 地下離宮の建設と、そこに人を住まわせて住み心地を試すというのは、きちんと表の驪山陵建設計画に入っている。

 つまりここで問題を起こした場合は、盧生たちが業務妨害の罪で堂々と官吏に突きだすことができる。

 始皇帝肝いりの計画を邪魔されたことになるので、刑は軽くないだろう。

 そういう訳で、ここなら工作部隊たちも下手な行動に出られない。

 離宮に着くと、徐福たちはまず尉繚にしたように目的と経緯の説明から入った。そして、ここで一つ種明かしをする。

「琅邪であなた方に調べていただいた仙紅布ですがね、本物の仙人がいない以上仙人が作ったというのは方便です。

 しかし、それまで大陸で作れなかったのは事実。

 なぜなら、大陸にいない特別な民の血を必要とするもので」

 ここで、安息起と残っている検体を連れてきて実演する。

 仙黄草の煎液に蓬莱人の血を混ぜると、液は仙紅布の色に変わる。盧生たちや工作部隊の者など、大陸人の血を混ぜると青緑になってしまう。

 それを見て、工作部隊の者たちは悔しそうに歯を噛みしめた。

「くそっ……近くの海にそんな民がいたのか!」

「これでは、国内からも西域からの交易品にも見つからぬはずだ……」

 工作部隊たちは天下が乱れていくつもの国に分かれていた頃から、雇われの専門家集団として国中のことを調べてきた。

 その知識は彼らが秦に仕えたことで、秦の天下統一の大きな助けとなった。

 それが、工作部隊の誇りだった。自分たちはこの広大な中華の様々な事を知り、もしくはすぐ調べることができると。

 だから、自分たちが国で一番信頼できる機関なのだと思い込んでいた。国中で、自分たちが知る事ができないものなどないのだから、と。

 しかし徐福にしてみれば、それは穴だらけのうぬぼれだ。

 第一に、工作部隊が知っているものの範囲は、大陸かそこから行きやすく存在が確認されている島に限られる。

 だから、存在が確認できなかった蓬莱はそこから外れていた。

 もし工作部隊が本気で探そうとしていれば、行き着いたかもしれないが……そこにも問題がある。

 第二に、工作部隊が存在を信じていないものは深く調査されない。もしくは、既存の知識で考えて有り得ないものはない前提で考えてしまう。

 そのせいで、工作部隊たちにとって仙人は有り得ないものであり、それに関連付けて提出されるものは全て既存の何かを使ったこけおどしだと思っていた。

 だから、大陸にない仙紅布を持ち込むことで出し抜くことができたのだ。

「皆さま、ご存知なかったようですな。

 私が解明したこれらの知識が、皆様の糧になれば光栄ですぞ」

 徐福が皮肉めいて言うと、工作部隊たちは言葉を失った。

 今、彼らは自分たちの情報力と調査力の誇りを叩き潰されたのだ。

 世の中には、自分たちの知らない事が、調べられないことがあった。それを知って探求している者が、他にいた。

 すると、自分たちが絶対に正しいんだという自信にひびが入る。

 徐福や盧生たちが方士だから全ては詐欺に違いないという思い込みに疑問が生じ、意見を受け入れる隙ができる。

 ここぞとばかりに、徐福はこれまでの研究の記録を工作部隊たちの前に積み上げた。

「さて、我々のこれまでの研究記録がここにございます。

 私がいかにして蓬莱を発見し、そこで何を見たのか。そして、それを元にどのように尸解仙を作ろうとしているのか。

 存分に検分し、よろしければこれからの業務の参考になさってください」

 工作部隊たちは最後の一言にムッとしたが、ともかく資料を読み始めた。

 そして、驚愕した。

 そこに記録されているのは徐福たちのこれまでの道のりの全て。仙人伝説の元となる現象を求める冒険から、驪山陵地下での人体実験に至るまで。

 冒険はともかくとして、人体実験の詳細な手順と検体ごとの克明な記録はあまりに残虐で生々しかった。

 闇の業務に慣れその手を幾度も血に染めた工作部隊でも、みるみる顔が青ざめて引きつる。

 しばらくして、一人が叫んだ。

「で、でたらめだ、こんなもの!

 こんな実験を本当にしたという証拠が、どこにある!?」

 すると、徐福は待っていましたとばかりにニヤリと笑って立ち上がった。

「では、それをお見せするために実験区画に参りましょうか。

 ここでは今も、尸解仙を目指してそのような実験を続けております。実際に見ていただけば、分かっていただけるかと」

 それを聞くと、工作部隊の数人が息を飲んだ。

 資料を読むだに恐ろしいのに、本当にそんな事をしている現場を見るなど、想像するだけで気が狂いそうになる。

 だが、行くしかない。自分たちは、真実をこの目で確かめに来たのだから。

 徐福に誘われるまま、工作部隊たちは闇の奥の深淵に足を踏み入れるしかなかった。


 湿っぽい坑道に足音を響かせて、一行は進む。

 離宮側と隔離区画をつなぐ鉄の扉を越えると、空気の湿っぽさと悪臭がぐっとひどくなった。息をするだけで内臓が腐りそうな気さえする。

 そして実際に、その先には内臓を腐らせた者たちが蠢いていた。

 人食い死体と、間もなくそうなるであろう感染者たちだ。

 特に全身を腐らせながらも手を伸ばして迫って来る人食い死体は、その行動も相まって工作部隊たちを震え上がらせた。

「ほ、本当に……こんな事が……!」

 これを見せつけられると、工作部隊たちも認めざるを得ない。

 徐福たちの言う事は本当で、この世には本当に、今は体の一部だけだが死を超越させる何かがあるのだと。

 それでも、まだ認めがたい一人が言う。

「フン、こんなもの、人間に細工をすればそれらしく見せることなど容易だ!

 本当に死んでいるのか、この俺が確かめてやる!」

 すると、徐福が呆れたように注意する。

「おやおや、素手でこれに触るのは危険だと先ほどここに入る時に説明したはずですぞ。これの病毒は感染するのです。

 私としては、皆さまを無事にお返ししたいのですが……」

 と言いながら、その口調はどこか他人事で止める気などないように見えた。

 それを挑発ととったのか、認めがたい隊員は肩をいからせて言い放つ。

「真実を知るために命を捨てるなど、とうに覚悟の上よ!どのような危険があろうとも、必要ならばやる。それが我々の務めだ!」

 それに血相を変えたのは、隊長たる尉繚だった。

「待て、それは本当に危険……!」

「あなたまで騙される方が、よほど危険でございます。

 ここはこの俺が、確かめて参りましょうぞ!」

 尉繚の制止を振り切って、その隊員は人食い死体の方に近づいていった。

 徐福は盛大にため息をつきながら、素直に助手たちに牢を開けさせる。そしてさすまたで人食い死体を取り押さえさせると、その隊員を中に入れた。

「命の保証はできませぬぞ」

「百も承知だ!必ず暴いてやるぞ!!」

 その隊員は鼻息荒く腕まくりをして、人食い死体の体を切り刻み始めた。どこかに生きている兆候はないかと、血眼になって腐った体内を探る。

 程なくして牢の中には、腐って変色し崩れかけた内臓が散らばった。ビクビクと動く手足と開閉する口、わずかにのたうつ胃腸、そして動かない肺と心臓。

 腕まで汚血と腐汁で染めた隊員は、目をこぼれそうに見開きわなわなと震えていた。

「な、何でだよ……畜生!何で、動いてるのに……こんな事が……。

 そ、そうだ、死んだばかりならっ!!」

 いきなり叫んで、心臓からこぼれた血の塊を指ですくう。

「やめろーっ!!!」

 尉繚の叫びにも耳を貸さず、その隊員はそれを口にねじ込んだ。まだ生きている血の味がしないか、自らの舌で確かめようとしたのだ。

「嘘だろ……これじゃ本当に、腐り切って……ぐぁっ!?」

 次の瞬間、その隊員は助手にさすまたで取り押さえられていた。徐福が冷たく、わずかに嬉しそうな目で隊員を見下ろして告げる。

「注意したというのに、仕方がありませんね。

 あなたは病毒を体内に取り込み、感染しました。あなたはこれより、感染者として扱います。そして、もう助かることはないでしょう」

 他の隊員たちが尉繚に助けを求める視線を送ったが、尉繚は首を横に振った。

 信じなければ命を落とす、それが地下の法であった。

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