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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第十九章 説得
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(95)

 交渉の総仕上げ、徐福と方士たちの狡賢さが冴えわたります。

 こういう詐欺的な話術は、本来の方士たちの得意分野ですね。それに実際の権力が加わったら、鬼に金棒です。


 そして今回もグッドポリスアンドバッドポリス。

 本当に恨みを買っているバッドポリスは実際怖い。

 尉繚が折れそうだという報告は、すぐに徐福にもたらされた。徐福は満面の笑みで、うんうんとうなずいた。

「そうか、よくやった!

 では、この仕事が片付いて盧生と侯生を呼んでから行こうか」

「……すぐ行かれませんので?」

 石生の拍子抜けしたような質問に、徐福は余裕の表情で答える。

「くっくっく……今どちらがより慌てているかを考えれば、答えは明白だ。慌てている奴を待たせるほど、交渉はうまくいく。

 奴には、少し己の行いを後悔する時間をやろうじゃないか。

 それに、部下の危機がこけおどしではないと分からせてやらんと」

 それは、盧生と侯生のことだ。この二人には、きっちり尉繚と部下たちのことを始皇帝に伝えてもらわなければ。

 この既成事実を作っておけば、尉繚を地上に出しても妙な動きはしづらいだろう。既に上に目をつけてもらっていれば、手のひらを返される可能性はぐっと下がる。

 そうして待つこと半日ほど、盧生と侯生が地下離宮を訪れた。

「しっかりと、陛下のお耳に入れて参りました」

「……といっても、あくまで我々の不安としてほのめかす程度でございますが」

 これで、退路を断つ仕込みは済んだ。

 徐福は、愉快そうに手をパンパンと叩いて皆に言う。

「さあ、それでは待ちくたびれている奴の所へ行こうか!いよいよ、奴とその力が我々のものになる時だ!

 皆、己の役割は分かっているだろうな?」

「は!」

 盧生、侯生、石生、そして安息起も一緒に声を上げる。ここで力を合わせて研究を続けてきた皆の力で、総仕上げだ。

「では、我々のよりよい研究のために!」

 徐福たちは、満を持して尉繚のいる牢へと歩き出した。


 一方、尉繚は過ぎて行く時間にガリガリと心を削られていた。

 石生はすぐ徐福を呼んでくると言ったが、あれから一向に戻って来ない。一人でこんな所にいては、どれだけ時が経ったのかも分からない。

 何もできず待っていると、悪い考えばかりが頭に浮かぶ。

 盧生と侯生は、もう始皇帝の下へ行ってしまったのだろうか。その報告を聞いた始皇帝が自分たちを調査し始めるまでに、どれほどの猶予があるだろうか。

 それ以前に、地上にいる部下たちはきちんと大人しくしているだろうか。焦れて下手な行動に出て、尻尾を掴まれたらそれまでだ。

 時が経つほどに、事態は悪化するだろう。

 今すぐにでも止めたいのに、止めるには徐福と話すしかないのに。石生は、徐福を呼びに行ったまま戻って来ない。

(……もしや、徐福は我々を諦めた?)

 ぐるぐると回る考えの中に、最悪の予想が浮かび上がる。

 だって徐福は、来ないのだ。自分がこうして対話に応じると伝えているのに、何の音沙汰もない。

 それが、何を意味するか……。

 襲い来る絶望に尉繚の心が折れかけた時、その耳に大勢の足音が響いた。


「尉繚よ、心は決まったか?」

 ゆっくりと、もったいぶるような足取りで、徐福たちは尉繚の前に出た。

 尉繚の顔面は蒼白になり、額には脂汗が浮いている。餌を前にした飢えた獣のように息を荒げ、光を失いかけた目ですがるようにこちらを見ている。

「あ、じ、徐福……!」

 尉繚はしばらく固まった後、いきなり地面に頭を打ちつけた。

「す、すまぬ……今回の事は、出過ぎた真似であった!

 こちらの過ちもそなたらの目的も分かった!どうか、今回の償いに微力ながら尽くさせていただきたい!!」

 吐き出されたのは、徐福の望む返事。

 徐福たちは、皆内心飛び上がって喜んだ。

 しかし、それを最大限抑えて表には出さなかった。むしろ呆れたような困ったような目で見下ろし、興味なさげに言う。

「……と言ってますが、どういたしましょう?」

 盧生と侯生が、ゴミを見るような目で尉繚を見下ろしながら告げる。

「我々はもう、この男のことを陛下と李斯殿に告げてしまいましたし……」

「このまま切り捨てた方が良いのではないでしょうか?今回のことでも、何かを間違えればどれほど被害が出ていたか分かりません。

 わざわざ火中の栗を拾う事もありますまい」

 二人は、淡々と冷たい事実を突きつける。

 それを聞いて、尉繚は背筋が凍る思いだった。

 この二人はもう、尉繚を殺してその勢力を根絶やしにするつもりで動いていた。そのための準備を、もう地上で済ませてしまった。

 つまり、自分たちがこの世から排除されるのは時間の問題。

 ここで徐福に受け入れてもらえなければ、近いうちに……。

 だが、ここで石生が助け舟を出した。

「火中の栗だなどと……そうかもしれませんが、それなしで現場が成り立ちましょうか。

 今回、あまりに多くの助手が命を落としました。現場はもはや感染者の管理で手一杯で、とても研究を進められる状態ではありません。

 火中の栗でも、食わねばやっていけないのです」

 石生の言う事は、もっともだ。

 地下の研究施設は今、とんでもない人手不足である。尉繚らによって多くの助手が殺されてしまったため、研究を進める余裕がないのだ。

 そのうえ助手は簡単に補給できないし、使えるようにするには教育が必要であるため、事件前の体制に戻すには相当な時間がかかるだろう。

 その穴埋めに、尉繚とその部下が必要だというのだ。

 その現状に、尉繚は少しだけ希望を取り戻す。

 盧生と侯生は始皇帝に告げ口したが、自分たちにまだ裁きは下っていない。ここで利用価値を認めてもらえば、助かるはずだ。

「そうだ、我々は身を粉にして働こう!

 陛下のためなのだから、望むところよ。解放してくれればすぐにでも、部下たちを率いてここにはせ参じ……」

 ここぞとばかりに平身低頭して懇願する尉繚の言葉は、乱暴な罵声に遮られる。

「冗談じゃねえぞ、こんな虐殺鬼を仲間にするなんぞ!

 考えてみろ、こいつは俺たちに何をした!?助手どもは弁明もできず手あたり次第殺されたし、蓬莱からの唯一の情報源であるこの俺の指を折りやがった!

 こんな奴と一緒に働くなんて、みんな嫌だと思ってるさ」

 暴言を浴びせてきたのは、安息起だった。

 だが、それも当然だろう。尉繚の方が先に、安息起に一方的な暴力を浴びせたのだから。そんな相手と一緒にいたくないのは、人として自然な感情だ。

 生き残った助手たちとこの安息起にとって、尉繚は恐怖と憎悪の的だ。

 これでは、はいそうですかと受け入れる訳がない。

「待ってくれ、あの時はおまえたちを誤解していたのだ!

 国のために、倒すべき敵であると思い込んでいた!

 だが今は違う。俺たちは犯した過ちを償うために……」

「ほーう、誤解ねえ?お役所仕事の間違いじゃないのか。よく調べもせずに計画通りにやらないと気が済まないっていう……。

 そんな頭でっかちが、想定してなかった協力とかできるのかねえ?」

 尉繚が必死に訴えても、安息起は疑うばかりだ。盧生と侯生も、それに賛同して早く殺してしまえと煽る。

 石生は尉繚をかばおうとしてくれているが、いかんせん三対一では分が悪い。所詮替えのきく助手だとなじられ、涙目になっている。

 このまま多数派に押し切られると思うと、尉繚は心臓が押し潰される思いだった。

 こうなると、後はもう最高司令官である徐福の判断を頼るほかない。しかし、当の徐福はさっきから黙っているばかりだ。

(頼む、どうか……どうか聞き入れてくれ!

 ほら、さっき心は決まったかと聞いてきたじゃないか!あれはきっと、受け入れてくれる証……いや、そんな証拠がどこにある!?)

 もはや何をどう考えていいかも分からず、尉繚の心中はひたすら混迷を極めていく。

 多くの絶望とわずかな希望でぐちゃぐちゃになった世界の中で、徐福だけが物言わぬ唯一神のように見えた。

 その徐福が、唐突に目をカッと開いた。

「黙れおまえたち。俺は決めたぞ!」

 一声で、周りはしーんと静かになる。

 全員の視線が突き刺さる中、徐福はゆっくりと言った。

「尉繚の降伏は……受け入れる!!

 手段は違えど、我らの陛下に尽くす気持ちと任は同じ。ならば共に手を取り合い、陛下のためにさらなる働きをするのが当然であろう」

 まさに、鶴の一声であった。同時に、徐福の小刀が尉繚の手を縛る縄を断ち切る。

 盧生、侯生、安息起らは驚いて反論しようとするが、徐福は取り合わない。

「俺は、研究の力となる者ならば受け入れる。研究を完成させ陛下を不老不死となすことが、何より大事だからだ。

 そもそも、おまえたちを今の立場に引き上げてやったのもそのためではないか。

 ならばおまえたちも、つまらぬ恨みは捨てて目的に尽くせ!」

 こう言われては、盧生たちは引き下がらざるを得ない。

 徐福はゆったりと尉繚の前に腰を下ろし、父のように優しい笑みで手を差し伸べた。

「おまえの気持ちはよく分かった。

 おまえと部下たちの力は、俺も喉から手が出るほど欲しかったのだ。我らが力を合わせればきっと、これまで以上に研究がはかどることだろう。

 共に陛下のために尽くそう。よろしくな!」

 安心させるような親し気な言葉に、尉繚は涙を流しながらうなずきその手を取る。それに応えて、徐福も寄り添うように尉繚に頬を寄せた。

 それは、感動的な和解の光景だった。


 だがその感動に浸る尉繚の耳元で、徐福はささやく。

「……しかし、これだけのことをやってくれた以上、生半可な働きで返せると思うなよ。本来死刑にされてもおかしくないところを、助けてやったんだから。

 これからおまえと部下たちは、俺たちの手足となるのだ!

 もしまた反抗するようなら……分かっているな?」

 それは、恐ろしく冷たい威圧に満ちた声だった。

 だがそれが悪魔の声であったとしても、もはや尉繚が逆らう事はできない。凍てついたような顔をする尉繚の手を、徐福の節くれだった手がぐっと握る。

「まあ……これから俺たちは一蓮托生だ。

 見ちまった以上は、よろしく頼むぜ!」

 暗闇に囲まれた坑道に、徐福の哄笑がこだました。

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