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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第十九章 説得
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(93)

 一しきり説得を終えて、今度は味方内でのミーティング。


 今回の尉繚の襲撃が成功した背景には、地上での深刻な問題がありました。

 徐福が尉繚を仲間にしようとする理由は、そこに関することなのですが……。

 地下離宮では、なじみの面々が徐福を待っていた。地上で活動している盧生と侯生、助手筆頭の石生、そして蓬莱出身の安息起である。

「お帰りなさいませ。首尾はいかがでございますか?」

 石生が尋ねると、徐福はニンマリと笑ってうなずいた。

「ああ、まずまずといったところだ。

 すぐに詫びて協力してくるとはいかなかったが、相当迷っているようだ。想定していた中では一番いい反応だ。

 すぐ手のひらを返すようでは、演技かどうか見極めねばならんし、こちら側についたとしてもいつまた寝返るか分からん」

 徐福としては、芯の強さと可能性の両方を確認できた形だ。

 しかし、侯生は不安そうに言う。

「それでは、いつになったら態度を決めるか分かりませんな。

 このままでは我々も動きを決められませんが……」

 侯生が言うのは、地上でのことだ。

 現状、地上で特に目立った動きはない。尉繚の特攻は地下のみで押さえ込めたので、地下の騒ぎは地上に伝わらずに済んだ。

 しかし、地上にも懸念材料はある。

 尉繚と共に動く死体と対峙した部下たちが、まだ地上に潜んでいるのだ。

 尉繚があまりに長く姿を消していると、彼らが焦れてどんな行動に出るか分からない。最悪、盧生と侯生に突然襲い掛かることも有り得る。

 そのため、盧生と侯生は地上で動きづらくなっていた。少しでも危険を避けるため、人目の少ない夜はこの地下に泊まるようにしている。

 徐福も、そこは苦々しく思っていた。

「ううむ、尉繚のことだから部下にも下手に動くなと厳命してあろうが……子は親に似るというからな。

 正直、時が経てば経つほど暴発を防ぐのは難しくなるだろう。

 さりとて察知も難しい。おぬしらが、尉繚の行動に気づかなかったように」

 その一言に、盧生と侯生は悔しそうに頭を下げた。

「申し訳ありません……我々が尉繚の帰還に気づかなかったばかりに」

 この一点に関して、二人は痛いほどに責任を感じていた。

 二人が地上にいるのは、研究の場である地下に迫る危険を察知するためでもある。徐福や元死刑囚の助手たちは基本地上に出られないため、これは二人にしかできない。

 だが今回、二人はその役目を果たせなかった。

 尉繚が先手を打って始皇帝と李斯を口止めしたうえ、二人は蓬莱からの物資輸送の手続きに忙しく注意がそれていたから。

 そして何より、尉繚がいない環境に慣れ切って油断してしまっていたから。

 だが、徐福は寛大にも二人を責めなかった。

「仕方ない、二人でできる事にも限りがあろう。

 秘密を守るため、地上で我々とつながっているのはおまえたちだけ。ここに直接関わる仕事を、全て二人だけでやらねばならない。

 最初はそれでも良かったが、ここも大きくなりやる事が増えた。

 そろそろ、おまえたち二人だけでは手に余る頃だろう」

 徐福の言うことは、実に的を射ていた。

 要は、人手不足なのだ。地下の規模が大きくなるにつれ、地上から入れねばならない物資や研究に必要なものは増える一方だが、盧生と侯生はそれを二人だけで用意せねばならなかった。

 そのため、今二人は地上でてんてこ舞いに働いている。

 これでは、尉繚の情報収集に手を回している余裕がない。

 ゆえに今回のことは、地上の働き手不足により警戒がおろそかになった結果とも言える。

 たった二人でできる事にはどうしても限りがあるのだから、これはあまり二人を責める訳にはいかなかった。

「……だからこそ、尉繚が仲間になってくれれば一番助かるのだが」

 徐福は現状を憂いつつ、ため息をついた。

 だが、それに安息起が水を差す。

「あの石頭狂人をだと!?冗談じゃない!

 あいつが俺をどんな目に遭わせたか、分かっているだろうが!!」

 安息起は右手を包帯でぐるぐる巻きにして、二人の女に付き添われていた。利き手の指を三本折られてしまったため、介助が必要なのだ。

 安息起は怒りで顔を真っ赤にして喚き散らす。

「あいつは、俺が何を言っても聞かなかった。正直に言えと言われたからその通りにしても、俺たちが悪いの一点張りで話にならん!

 その結果がこのざまだ!!

 あんな奴の考えを変えることなどできるものか。牢から出したが最後、今度は部下を大勢連れてきて、ここにいる全員が拷問の末首を切られるに決まっている!」

 安息起の言う事は、確かに起こり得る一つの可能性だ。

 尉繚の真意を正確に知る術がない以上、こうなる危険を否定することはできない。

 盧生も、心配そうに眉根を寄せて訴える。

「そうです、仲間にするのは尉繚に限ることではありますまい!

 あえて危険を冒さずとも、新たに王宮の人間を抱きこむか、方士仲間の中から選んではいかがでございましょう?

 あの男は我々をひどく恨んでございます!嫉妬し、ひがんでございます!

 あの男と共に働くなど、我々の心身がもちませぬ」

 盧生の言葉も、現状では正しい。

 尉繚は、始皇帝を惑わし信頼を奪った盧生と侯生を蛇蝎のごとく嫌っている。その抑えがたい憎悪が、今回の暴走を招いた面はある。

 それに、盧生と侯生も最近同僚や元からいた官吏からの妬みが激しいため、そういう感情に辟易していた。

 自分たちを殺したいほど憎む男と秘密を共有して働くなど、考えられない。

 だが、徐福はそれらの意見を一蹴した。

「黙れ!貴様らはこの研究の何が危険か分かっているのか!?

 そのうえで、研究を手伝うに適しているのはどのような人間か考えてみよ!」

 そう言われると、盧生と侯生はバツが悪そうに目を伏せた。彼らには、思い当たることがあったのだろう。

 それでも分からない顔をしている安息起のために、徐福は説明した。

「良いか?この研究は死というこの世の常識、宿命を覆すものなのだ。

 それが欲が深い、もしくは口の軽い人間に知れたらどうなる?中途半端とはいえ出ている成果は、確実に人目を引くだろう。

 そうなれば、研究を奪って安全をないがしろにして成果を追い求めたり、中途半端な結果……人食い死体そのものを金に替えようとする輩が必ず湧き出す!

 そういう輩に内情を知られたうえで攻撃されれば、我々も蓬莱も世界も終わりだぞ!」

 そう突きつけられると、安息起はまだ納得できないながらも口をつぐんだ。

 徐福は、さらに続けて語る。

「おまえが美女美酒美食を求めるように、人間は欲深く浅慮な生き物だ。そうでない人間……口が固く、己を殺して他者や理念に尽くせる者は少ない。

 そういう者を一から探すのは大変なのだ!

 だが、尉繚とその手の者なら?」

 徐福の問いに、石生が静かに答えた。

「口の固さと滅私奉公を、国と実績に保証されている……ですね」

「その通り!」

 これが、徐福が尉繚を求める理由なのだ。

 尉繚たち工作部隊は、国のために秘密の工作活動をしなければならない。よって、初めからそれに適した人材が集められている。

 国のために非情な手段をためらいなく行使し、他国からの誘惑に負けず決して秘密を漏らさず、時に必要とあらば自らの命すら捧げる忠実な駒が。

 彼らならば、仲間にすれば秘密を破る事無く研究の力となるだろう。

 既に秦の重要な役職についているため、大手を振って地上で活動できる貴重な戦力となる。それも、尉繚が率いる様々な専門性に秀でた部隊丸ごと。

「こんな機会は滅多にない。

 できれば、災いを転じてそれを取り返せるほどの福としたいものだ」

 徐福は、これが成功すればできる事を思い描いて感慨深げに呟く。

「何としても、尉繚にはこちら側についてもらいたいものだ。そのためには、もっとこちらに降りたくなる状況を作らねば。

 盧生、侯生、もう一働きしてもらうぞ。

 おまえたちは始皇帝か李斯に、自分たちが狙われていることを伝え警備を手厚くしてもらえ。そして、尉繚の関与をほのめかすのだ」

 徐福は、さらに事態を好転させるための手を打つ。

 こうしておけば二人の身を守ることにもなるし、始皇帝や李斯が尉繚を疑うようになれば部下たちも容易に動けないだろう。

 それから徐福は、石生にも命令を下した。

「おまえは尉繚に、このことを伝えるのだ。

 ……あくまで、善意を装ってな」

 徐福は、ニッと歯を剥いて耳打ちする。

「尉繚も、まな板の上の鯉同然の状況にだいぶ参っておろう。それに奴とて、部下たちのことは可愛いはず。

 おまえがそうだった頃の経験を生かして、存分に優しく寄り添ってやれ!」

「では、私から効果的な言い方をいくつかお教えいたしましょう」

 盧生が、徐福の意図を汲んで石生への話術の伝授を買って出る。

 これで、打てる手はあらかた打った。後は、尉繚が国と自分のために正しい判断をしてくれることを願うのみ。

 徐福たちは、それぞれ果たすべき任のために再び散っていった。


 一方、尉繚に打てる手はなかった。

 尉繚は相変わらず手足に枷をかけられ、一人ぼっちで牢に閉じ込められている。言葉を交わす相手すら、いない。

 自分が正義のために殺そうとした相手に捕らわれ、自分が考えることができなかった事情を聞かされ、それを整理するだけで精いっぱいで。

 おまけに地上に置いてきた部下や一緒に襲撃をかけた部下が今どうなっているか、知る術もない。

 たった一人で、いくら考えても答えが出ないことばかりで、気が狂いそうだった。

 そんな尉繚の前に、一人の人影が立った。

「尉繚殿、おかわいそうに……」

 その人物は、尉繚の傷だらけの体中に染み込むような慈悲の表情を浮かべていた。

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