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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第十九章 説得
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(92)

 新章追加を忘れていました。


 徐福の尉繚説得ターン。

 尉繚さんは思考が論理的であるがゆえに、突きつけられた現実と筋が通った理論に弱いです。それを盾に、これまでは偽りに満ちた方士たちを跳ね除けてきたのですが……。

「まずはこちらの目的だが……聞く気はあるんだろうな?」

 徐福は、尉繚に薬入りの水を差しだしながら念を押した。

 尉繚がどんな大層な決意でここに侵入して来たかは、何となく想像がつく。ここまでやるくらいだから、徐福たちが国に害をなすと信じて疑わなかったのだろう。

 まずは、この誤解を解かなければ。

 ただし、今の尉繚は相当頑なになっている。

 あれほど国を思う尉繚が、一歩間違えば国を滅ぼしかねない、感染者を連れ出すなどという暴挙に出たのがその証だ。

 もはや何を言っても聞く耳持たず、話を合わせたフリをしてまた襲ってくるかもしれない。

 そうなれば、徐福たちは今度こそ身の破滅だ。

 ゆえに、尉繚の態度の見極めは自分たちの明暗を分ける。

「こいつは、毒で鈍った頭を冴えさせる薬だ。

 こいつを飲んで、きちんと考えてくれよ」

 そう言って水を口につけてやると、尉繚は素直に飲んだ。特に抵抗するとかためらうとか、そういうことはしない。

 苦味に少し顔をしかめながら、尉繚はそれを飲み終える。それから少し様子を見ていると、目つきがしっかりして表情に締まりが出てきた。

 薬が効いてきたのだろう。

「で、聞く気は?」

「ある。聞いたうえで考える」

 尉繚は、はっきりと答えた。

 それを見て徐福は、ひとまず上出来だとばかりに頬を緩めた。

 とりあえず会話に乗ってもらいさえすれば、揺さぶる手段も切れる札も豊富にある。徐福は尉繚の解答に感謝しながら、説明を始めた。


「我らの目的は、陛下のお望みを叶える……不老不死を作り出すことだ」

 徐福は単刀直入に、最終目標を告げる。

 これに関しては、小細工など必要ない。目的にやましい事は何もないし、変に揺さぶって余計な疑念を持たせることもない。

 案の定、尉繚はあからさまに眉をひそめた。

「不老不死……おまえたち方士の決まり文句だな。

 で、その商売文句をどう商品にするのかな?」

 思った通り、尉繚は不老不死を実体のないただの看板と思っている。有り得ないものを目的とする時点で、嘘が確定したと言わんばかりだ。

 しかし徐福は、たしなめるように続ける。

「おいおい、作り出すためと言っただろう。

 現状、不老不死などこの世に存在せん。だから今他の方士たちが売りつける修行法や薬は全て偽物だ。そんな事は百も承知なんだよ。

 俺たちは、これから作り出すと言ったんだ。

 動く死体は、その原料だ」

「何?」

 尉繚の眉が、興味を引かれたようにピクリと動く。

 あえて尉繚の考えている通り、現状はないと認めたうえでの言葉だ。少しは心に作った壁が脆くなっただろう。

 そもそも徐福自身も一般的な戦術や方術を否定して嫌悪を抱いているため、そこは尉繚と考えが同じなのだ。

 嘘偽りなく、尉繚の方士への嫌悪に賛同できる。

 そうして思わぬ共通認識に尉繚が驚いたところで、からくりを説明する。

「おぬしも見たであろう?死んでいるのに動くのだ。

 あれはすごい事だ。死んで腐りかけた死者が自ら動くことはないという、この世の理を覆すものだ。

 ……で、俺は考えた。

 あれの死んでも機能する部分を広げれば、死んでいながら生きているのと変わらない活動ができるのではないかと!」

 途端に、尉繚がはっと目を見開く。

「そうか!それが……不老不死!?」

 さすがに頭のいい尉繚のこと、自力で話をつなげたようだ。

 理解が早くて助かると感心しながら、徐福は補足する。

「簡単に言えばそういうことだ。ただし死んでいるから老化しないだけで、壊れれば停止するから厳密には不死ではないが……。

 まあ、人間最大の宿命である老いによる死からは逃れられる」

 ここでも、目標としているものの難点まで包み隠さず伝える。

 下手に理想的な完成形を語ったところで、尉繚には逆効果だ。現実的な課題を含んだ現実をそのまま伝えた方が、すんなり受け入れられるだろう。

 それに、何より尉繚は一度動く死体と対面し、停止させることに成功している。ならば、今の説明をその体験と重ねて考えられるだろう。

 尉繚は視線を徐福から外してさまよわせ、ブツブツと呟く。

「そうか、アレが……だが確かに……しかしアレは……。

 そうだ!アレは外も崩れて知能も失われているようだったが、あれでは人間とは言えぬぞ!」

 その指摘に、徐福はほくそ笑んだ。

「それよ……分かっているではないか!」

 尉繚が今指摘してきたことは、動く死体と不老不死をつなげて考えた証だ。尉繚は内心確実に、徐福の研究を理解しようとしている。

 徐福はニッと歯を剥いて笑いながら、本題を切り出した。

「なに、生前に近い機能を維持するあてはある。

 我々は既にそれに向けて研究を進め、少しだが成果を上げている。

 それが、人食い死体だ!」

「なっ……!?」

 絶句する尉繚。その目には、恐怖と正気を疑うような驚きがありありと表れていた。

 だって、死んでいるのに動いて人の肉を食らう化け物なのだ。倫理とか生理的嫌悪で考えれば、むしろ人間から離れているような君の悪さを覚える。

 だが徐福は、あくまで論理的に切り込んだ。

「考えてもみろ。奴は機能を取り戻したのだ!

 今のところ肉……それも人肉しか欲しがらぬが、食って、消化できるのだ。それに、それをしない動く死体より明らかに劣化が遅くなった。

 少しだが、生きた人間に近づいたのだ!」

 尉繚は、表情こそそのままだが否定はしなかった。

 徐福は、それに確かな手ごたえを感じた。

 普通の感覚に流される人間なら、狂気の沙汰だとか喚いてまともに話を聞いてくれないだろう。

 そうならないのは、尉繚があくまで論理的に判断しようとしている証。

 そして、論理的にただ機能の比較だけで判断すれば、徐福の言が正しい。何もせず腐るだけの動く死体と食って消化できる人食い死体では、明らかに後者の方が生きた人間に近い機能を持っている。

 それに気づいたのか、尉繚の額に脂汗が浮かぶ。

「な、なるほど……それは、類稀なる成果だな。

 確かに、食うことは……生きる基本……」

 言葉がうまくつながらないのは、尉繚自身がこの成果をどう形容していいか分からないからだろう。

 ここまで人倫を外れて、常軌を逸し、それでいてこれまでの理と思われていた定めを覆すほどの研究を、尉繚は知らなかった。

 しかし確かに理論の筋は通っているし、始皇帝の願いに沿っている。

 それでも心の底から湧き出す生理的嫌悪と拒否感は、尉繚の理性をもってしても抗いがたいものだ。

 徐福は、そんな尉繚をなだめるようにささやく。

「簡単に受け入れられぬのは分かる。今すぐ判断しろとは言わぬ。

 ただまあ……こちらのいきさつを聞きながら、考えてくれぬか?」

 衝撃と葛藤で頭の中がぐちゃぐちゃで、それでも使命感から顔を上げた尉繚に、徐福はこれまでの研究の流れを語り始めた。


 自分が、仙人を理として捉えようと志し、研究を始めたこと。

 その有力な手がかりとして蓬莱の仙人の話を聞き、噂の元を確かめるため漂流覚悟で海に漕ぎ出し、蓬莱に辿り着いたこと。

 そこには仙人はいなかったが、時々死んでも歩き回るふしぎな民がいた。

 さらに、その民からかつて人を食い死体が発生したと知った。

 その時、動く死体から生前と同じように生活できる死者……尸解仙を作れるのではないかと考えるに至った。

 そしてその血を利用するため、始皇帝に用意させた莫大な貢物と千人の処女童男を対価として島に引き渡し……。

 手に入れた尸解の民の体と病を掛け合わせ、人食い死体ができたのが最近のこと。


 徐福は、尉繚の心に引っかかりそうな所について丁寧に説明した。

「不老不死を手に入れる手段を偽り、その偽りの計画に基づいて金を出させたのは悪かった。

 しかしな、これは国を守るためなのだ。

 研究が公になり、もしくは国の役人に知られて管理がそちらに移ったら、どうなると思う?これほど破格の成果を目指す研究が、欲深い者の心を刺激せぬはずがない。

 そういう者が研究に手を出し、人食い死体を手にしたら?」

 徐福は、大げさに身振りまで使って絶望の仮説を告げる。

「……それこそ、おぬしの言う国の終わり、世界の終わりだ!

 俺はそれを防ぐため、研究を国にも秘匿した!」

 まさにその世界の終わりをその手で起こしかけた尉繚にとって、これは刺さる話だ。もちろん徐福も、その後ろめたさを突くことは忘れない。

「おぬしのような明晰な人間でさえ、無知ゆえに扱いを誤ればあの通りだから……な?」

 尉繚がぎりっと奥歯を鳴らし、しかし何も反論できずに息を飲む。

 己の能力と判断に自信があったからこそ、この一言がもたらす打撃は甚大だ。

 しかし徐福も、責めてばかりではない。人を従わせるには飴と鞭……たまには甘い言葉も必要だ。

 徐福はにわかに優しい顔になり、尉繚を同情するような目で見て言う。

「なあ、おぬしもいろいろと表に出せぬ仕事をしてきたのであろう?

 世の中には、そういう仕事があるものだ。暗殺、買収、裏工作……広く知られることそれ自体が仕事の失敗につながる。

 おぬしも、具体的な手順まで全てを陛下に明かせぬことをしてきたのであろう?

 俺なら、その気持ち分かってやれるつもりだ」

 ここで、鞭をもう一打ち。

「陛下のために、陛下の許可なく行動する気持ちもな」

 徐福は、気づいていた。尉繚が今ここにいることは、始皇帝の命令ではなく尉繚の独断であることに。

 そうして最後に喉元に刃を突きつける形で、徐福は話を切った。

「ま、ゆっくり考えてくれればいい。

 俺はいつでも、おぬしの返事を待っておるから」

 もはや頭が疲労困憊で返事もできぬ尉繚を背にして、徐福は去った。


 とはいえ、尉繚に考える時間がそれほど残されている訳ではない。

 いつまでもここにいて地上から消えていれば、始皇帝や李斯がそれを怪しみ居場所を探そうとするだろう。

 その結果尉繚がどうなるかは、もはや言うまでもない……。

「ふふふ……良い返事の準備をして、待っておるぞ」

 徐福は上機嫌で、地下離宮に戻った。

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