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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第十九章 説得
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(91)

 前回から引き続き、尉繚さんのターン。

 捕まってしまった尉繚が最初に徐福に伝えたことは、何だったのでしょうか。


 そして、その反応を見た徐福が尉繚に持ちかけたのは……。

 ひんやりと、冷たい感覚が頬にしみる。

 ぼんやりと、意識が浮上した。

(ん、俺は……)

 まだうまく動かない頭で、尉繚は自問する。

 確か、やらなければいけない事があったはずだ。愛するこの国を守るために、倒さねばならない奴らが。

(敵……我らが秦の、敵……)

 尉繚の脳内に、これまで対峙した敵が流れていく。滅ぼした国の忠臣、工作部隊、始皇帝を狙う国内の反乱分子……。

 だが、これらの対処はもう終わったはずだ。

 終わっていないのは、国内……だってもうこの中華には秦しかない。

 平和になっても、この国を内から乱そうとする輩はいる。始皇帝の願いに付け込みおもねり、国を内から食い破る害虫どもが。

(佞臣、怪し気な術士共……方士共!!)

 敵が分かった途端、ものすごい焦燥が押し寄せてきた。

 そうだ方士だ。自分は、国の中枢にまで食い込んでいる方士共を倒さねばならない。倒さねば、国が滅ぶ。

 国が滅ぶ……なぜだったか。

 奴らは訳の分からない儀式や呪いのために、始皇帝に浪費を強いて国の富を好き放題に食い荒らしている。

 おまけに実体のない詐欺同然の話で始皇帝の心を曇らせ、自分のような忠臣を蹴落とす。

 だが、そんなことよりもっと大変なことがあったはずだ。

(思い出せ、俺は何を見た……?何をしようとしていた……?)

 尉繚は、頭にかかった霞を払うように答えを探す。思い出そうとするほど強くなる恐怖と嫌悪の向こうに、それはあった。


 死んで腐っているのに動く、化け物。

 その後ろでニヤニヤ笑っている、海の果てに消えたはずの男。


「徐福うぅ!!」

 自らの叫びで、尉繚は目覚めた。

 はっと周りを見回すと、そこは鉄格子で閉ざされた牢の中だった。自分は手足を縛られ、冷たい土の地面に転がされている。

 鉄格子の向こうで、憎き方士服の人影が動いた。

「目が覚めたぞ!早く徐福様を……」

 遠ざかっていく声を聞きながら、尉繚は自身の状況を確認して歯噛みした。


 そうだ、自分は負けたのだ。

 徐福らに気づかれないよう、動く死体とすり替わってここに潜入したはいいが、この魔窟から出ることはできなかった。

 敵に紛れ込ませて不意を突こうとした二人の部下は看破されて倒され、自分も何らかの攻撃を受けて昏倒した。

(ぐっ……あれほど暴くと誓ったのに、情けない!)

 決死の覚悟でここまで来ておいて、このざまだ。

 もっとも、こうして目覚めたということは、命までは取られなかったということだが……。

(三方と上下は岩、出入口は鉄格子のみ、鍵は外……脱出は困難か。それに、体に力が入らぬ……これでは戦えぬ。

 くそっ、せっかく動かぬ証拠を見つけて地上に晒すはずだったのに……!)

 生きてはいるが、今はここから出られそうにない。

 堅固な所に閉じ込められてしまったし、体の自由がきかない。徐福の最後の攻撃、あれは毒だったのだろう。

(……体が回復するまでは、下手に動かぬ方が良いな。

 気力を失ったフリをして、油断したところで再度脱走を図るべきか?いや、それでは時間がかかりすぎる!

 その間に、奴らが化け物を世に放ったら終わりだ!

 ……待て、それ以前に……俺が連れ出したあいつは……!!)

 今後のことを考えていて、尉繚ははたと気づいた。

 自分は地上に持ち出すための動かぬ証拠として、死ぬと化け物になるらしい感染者とやらを一人独房から出した。

 そいつは地下離宮を襲撃する時、近くに隠しておいた。

(もしあいつが、独房の外で化け物になったら……!!)

 その可能性を考えた時、尉繚は真っ青になった。

 もしそうなれば、ここの方士たちの管理から外れた化け物が発生し、外にさまよい出てしまうかもしれない。

 そんな事になれば、方士たちが手を下すより先に国が危機に晒される。

 それで始皇帝が倒れ国が踏みにじられるところを想像すると、尉繚は恐怖と後悔でガタガタと震えた。

 国を救うためと思ってやったのに、そんな結果になったら……。

 とはいえ今は何もできずひたすらうろたえる尉繚に、鉄格子の向こうから声がかかった。

「ほう、ようやくお目覚めかな?」

 そこには、憎くて会いたくてたまらなかった男がいた。


「徐福……!」

 尉繚は、震える声でその名を呼んだ。国を傾ける憎き方士共の親玉、自らの手で必ず叩き潰すと誓った不倶戴天の敵の名を。

 しかし、その声にそれほど殺意はこもらなかった。

 今はそれよりも先に、何としても伝えねばならないことがあるから。

「じ、徐福よ……俺が牢から出した感染者を、すぐに拘束し……」

「ああ大丈夫だ、もう見つけて独房に連れ戻した。

 他に被害は出てないから、安心しろ」

 徐福は、憎らしいほどにこやかに笑って答えた。それを聞いて尉繚は、胸のつかえがとれてほーっと長い吐息を漏らす。

 これでひとまず、目の前の危機は去った。

 徐福たちは脱走させた感染者をきちんと見つけ、管理下に置いてくれた。

 これをやってもらわなければ、他ならぬ自分の手で国を滅ぼしてしまうところだった。ここは、徐福たちに感謝するしかない。

 安心して体の力を抜いた尉繚に、徐福は声をかける。

「目が覚めて俺の顔を見て、そのうえでその言葉が出るか。

 良かった……俺憎しでおかしくなってはいないようだな。きちんと国を思う心がある」

「何をっ!」

 思わず反抗してみせたが、尉繚は内心参ったと思った。

 化け物を解き放つ危険を承知であんな事をしたのは、国を思ってのことだ。だが国を思えばこそ、今ここで怒りと憎しみに囚われて連れ出した感染者のことを放置する訳にいかなかった。

 その葛藤も、すっかり見抜かれている。

 だが、尉繚はそれでも闘志を奮い立たせて言い返す。

「そうだ、俺は国を、陛下を思って行動した。

 国を思う気持ちなどこれっぽっちもない貴様らから、国を守るために!」

 その言葉に、徐福は顔をしかめて反論する。

「これっぽっちもないとは、ひどい言い方だな。

 それならなぜ、俺たちはこんなに厳重に動く死体や病毒を管理しているのだ?ただ国を滅ぼしたいだけなら、ちょっと増やしてすぐばらまけばいいものを。

 ここまで手間をかける必要などないだろう」

「詭弁を!それこそ悪事を隠す者の口上だ。

 あの化け物は、人の手で倒せぬ訳ではなかった。おまえたちがそれを知っている以上、使うなら国の守りを弱めてから一気に大量に放って勝負をかけるはずだ。

 だから、準備が整うまでは誰にも知られる訳にいかない。盧生と侯生が陛下から忠臣を奪い、浪費によって国力が十分に下がるまで……。

 貴様はただ、伏してその時を待っていただけだろう!」

 尉繚が言い放つと、徐福は目をぱちくりして、それから何かを考えるように複雑な顔をした。

「なるほど、伏して時を待つというのは間違っていない。

 他はいろいろと被害妄想がひどいようだが、洞察力が失われている訳ではないか」

 徐福は尉繚を、呆れ半分感心半分という目で見ていた。

 周りにいる助手たちも、尉繚のことを馬鹿にしつつ惜しむような目で見ている。

 その反応に、尉繚は肌の下がささくれ立つような違和感を覚えた。何かが違う、自分の考える通りではないと、勘が警告している。

 ここに来る前、ここに運ばれる荷を押さえて暴いた時、自分の頭の中の仮説が次々崩されたあの時と同じ……。

 無視する訳にはいかない、しかし従いたくない感覚。

 内心で戸惑う尉繚に、徐福がポツリと言う。

「ううむ、やはり殺すには惜しい……。

 むしろこの被害妄想さえなければ、手を借りたい人材なのだが……」

 尉繚の全身が、総毛だった。

 そうだ、自分は今、生殺与奪を徐福に握られているのだ。徐福が害にしかならないと判断すれば、簡単に命を取られてしまう。

 そうならないためには、徐福にとって利用価値があると思わせるしかないが……徐福は今、何と言ったのか。

(手を借りたいだと……!?正気かこいつは!!)

 徐福は、不倶戴天の敵であるはずの尉繚に力を借りたいと言ったのだ。

(どういう事だ!?こいつの目的と俺の目的は絶対に相容れないはず。俺の守ろうとする国を、滅ぼそうとする輩だぞ!

 いや、だがもしそれが違っていたら……。

 いいや、騙されるな!!こいつが欲しいのは俺の力だけ……を、俺を外に出さないでどうやって利用するというのだ?

 くっ……どのみち、協力するフリだけでもせねばここで死ぬ……!)

 振り切れそうな速さで必死に頭を回す尉繚に、徐福はゆっくりと言った。

「のう、こんな所で死んではつまらぬ。

 俺もお前も陛下の望みに応える任は同じ、このように潰し合ってもどうにもなるまい。お前には、まだまだ陛下のためにできる事があるはずだ。

 己の命を守ると思って、こちらの話を聞いてもらえぬだろうか?」

 今の尉繚に、断れる提案ではなかった。

 尉繚は悔しさを噛み潰しながら、うなずいた。

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