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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第十八章 接触
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(90)

 徐福VS尉繚、クライマックス!

 無駄に痛い描写があるので苦手な方はお気を付けください。


 並外れた頭脳を誇る二人の勝負は、どちらに軍配が上がるのでしょうか。

「何ぃ!安息起が捕らえられただと!?」

 地上への道を固めていた徐福は、助手の報告に胆を潰した。

 助手はさも慌てた様子で、早口にまくしたてる。

「敵は一人ですがとんでもない凄腕で、我々ではとても勝負になりません。同僚が次々殺され、どうにもならず逃げてきた次第です。

 あのままでは、あの方がどうなるか分かりません!

 どうか、救援を……」

「くっ……あいつを離宮に残したのがまずかったか」

 徐福は、頭を抱えて歯噛みする。しかしその頭の中では、今の助手の報告をものすごい速さで分析していた。

(強行に脱出ではなく安息起を捕らえるとは……目的は何だ?助手たちが次々殺されているのに、なぜあいつが助かった?

 そもそも、あいつにそこまでの価値は……)

 少し唸って、徐福は渋面でうなずいた。

「分かった、ここにいる半数を連れて助けに行こう。

 だが、その前に……」

 突如、徐福が報告に来た助手に手をかざした。

 ふと見れば、いつの間にか徐福は鼻と口を襟巻のよなもので覆っていた。他の助手たちは皆、徐福から離れている。

 その意味を理解して逃げる間もなく、助手……のふりをした別の人間は気絶した。


 離宮の奥で、尉繚は安息起に刃を突きつけたまま尋問を始めていた。

「さあ、答えてもらおうか。

 おまえたちはあの死体の化け物を使って何をしようとしている?蓬莱とやらは、この国に何をしようとしている?

 素直に答えれば、刑を軽くするよう上に言ってやっても良いぞ」

 だが、尉繚の望む答えは出てこない。

 安息起は馬鹿にするような目で尉繚を見つめ、こう答えた。

「何をするかだと?何もしないさ。あの動く死体は本来何もしないものだし、人食い死体だって目的のものじゃないから何もさせないよう管理している。

 蓬莱だって、おまえたちの皇帝の欲するものの材料と引き換えに、対価を受け取っているだけだ。

 国をどうこうしようなんて、これっぽっちも思っちゃいない!」

 尉繚は、憎々し気に顔を歪めて吐き捨てる。

「話にならんな!この期に及んで詭弁を……」

 安息起が正直に答えても、尉繚には詭弁としか聞こえない。

 だってあの動く死体は人智を超えた化け物で、そんな恐ろしいものを有害な目的もなく保持する訳がない。それの元を送ってきている蓬莱も、そんな事をするからには悪事に加担し……共に国を害そうとしているに違いない。

 尉繚の頭の中で金剛石のように固まった筋書きに照らして、この男はクロに決まっている。

 尉繚は凍てつくような蔑みの目で安息起を見下ろし、手の指を一本握る。

「……やはり、悪党の口などこんなものか。

 いや、素直に言えぬのだな。しでかそうとしていた事が大きすぎて、どう足掻いても死刑を免れぬと分かっているからか。

 だが、話せば死ぬまでが少しは楽にはなるぞ。

 話さねば……このような苦痛が続くことになる!」

 尉繚は、掴んだ指を曲がらない方向に折り曲げた。

「ぎゃあああ!!?」

 その瞬間ボキンと鈍い音がして、安息起が絶叫する。指の骨が、折れたのだ。

 突如与えられた激痛に、顔面蒼白になって悶絶する安息起。元々大切にされていて怪我に慣れていないため、すっかり恐慌を起こしている。

 涙と鼻水をまき散らして叫ぶ安息起に、尉繚は淡々と尋問を続ける。

「で、話す気になったか?」

「だ、だから、何もしないって言ってるだろぉ!?

 うぐぅ……く、国をひっくり返すとか、人を襲わせるとか……そんな事しなぐえええ!!」

 安息起の弁明は、途中から悲鳴に変わった。尉繚の足が、安息起の折れた指をグリグリと踏みつけたのだ。

「素直にならねばこの程度では済まんぞ。まだ折れる所は山ほどある」

「ひいっひいぃ!やめてくれ聞いてくれ誤解だ!

 俺と徐福たちは、皇帝とやらの望みを叶えるためにげぎいいぃ!!?」

「……まだ偽るか。何本目で本当のことを言うかな?」

 尉繚は小枝でも手折るように、無造作に二本目の指を折った。

 しかし、いくら言えと言われてもそんな大逸れた陰謀など存在しないのだ。安息起はただ、それを素直に訴えているにすぎない。

 なのに正直に言っても取り合ってもらえず、ありもしない罪を吐けと強要される。そして、理不尽に指を折られる。

 安息起にとっては、訳の分からない拷問だ。

 だが幸い、その時間は長くは続かなかった。

「徐市様!!」

 手が出せず尉繚に刃を向けているだけだった、助手の姿をした男が叫ぶ。さらに、どかどかと大勢の足音が近づいて来た。

「ほう、ようやくお出ましか」

 尉繚は、獰猛な目を向けてペロリと舌なめずりをした。


「じ、徐市様、こちらです!」

 一人の助手に案内され、徐福たちは奥の間に駆け込んだ。そこの状態を目にして、徐福たちは息を飲む。

 部屋は家探しするように荒らされ、安息起は助手の服を着た男に組み伏せられている。その指は、二本が有り得ない方向に曲がっている。

「……何と惨いことを」

 思わず徐福が呟くと、助手の服を着た男はフンと鼻で笑った。

「貴様の口からその言葉が出るか……人も国も平気で害するくせに。

 なあ徐市……いや、徐福よ!」

 唐突に、この施設では盧生と侯生しか知らぬはずの本名を投げつけられる。だが、徐福にそれほど動揺はなかった。

「ほう、やはり知っているか。

 ま、こんな事をしでかす奴の見当はついているが……」

「予想が当たったか、確かめてみるか?」

 そう言って、助手服の男は覆面を外す。

 果たして、そこには徐福の予想通りの顔があった。

 鋭くつり上がった目と、鼻筋の通った精悍な顔。しかし以前琅邪で会った時より、ほおがこけて目つきがより剣呑になっている。

「尉繚か……蹴落としたと思っていたが、少し見くびっていたようだ。

 さすがに、この偉大な国を支える工作部隊の隊長だけはある!」

「まあな、我らは国を守るためならたとえ火の中水の中よ」

 二人の視線がぶつかり合って火花を散らす。尉繚の獲物を前にした猟犬のような目にも、徐福が怯むことはない。

 徐福は最初から、尉繚に会った時から自信を持って正攻法で突破してきたのだから。

 今回も、徐福は正攻法で尉繚に語り掛ける。

「国を守るためなら、か。大した忠誠心だ。おまえのような奴がいれば、国に仇成す悪党共は枕を高くして眠れぬだろうよ。

 だがな、それは俺たちではない。

 俺たちはただ、陛下に捧げるために不老不死の研究をしているだけだ。方法を偽っていたことは認めよう。だが、これはあくまで……」

 しかし、尉繚は冷めた目でをれを一蹴する。

「フン、さすがに口裏合わせは済んでいるとみえる。

 だが俺の目はごまかせんぞ!死んでも動くような、この世の理に反する化け物をこの国に持ち込んでおいて、害をなさぬ訳がない。

 おまえはしらを切るつもりだろうが、この軟弱者は……いつまでもつかな!」

 挑発するような言葉とともに、迷いなくもう一本、安息起の指を折る。

「おい、やめろ!そいつは取引に応じただけ……」

「おまえたちとの取引に応じる、その時点で悪党だ!

 おまえたち方士は、人を惑わし家も国も傾ける。蓬莱とやらも、方術の伝説の地名を名乗る以上、それで生計を立てているならず者に違いない!

 そしてこれまで吸ってきたうまい汁では足りず、国に化け物を放って全国民から際限なく搾ろうというのだろう!?

 盧生や侯生のやり方を見ておれば、嫌でも見当がつくわ!!」

 尉繚は、徐福の言う事に全く耳を貸さない。その目には、使命感と正義感、それに方士たちへの憎しみと復讐心がごちゃ混ぜになった炎が天にも届かんばかりに燃え盛っている。

 もはや何を言っても、届く状態ではない。

 徐福は、尉繚の妄想に閉口した。

 研究を秘密にしておくために尉繚を遠ざけようと盧生と侯生が煮え湯を飲ませて信頼を奪ったせいで、尉繚は方士を酷く恨んだ。元から方術が詐欺だと見抜いており、方士を良く思っていなかったのもあり、尉繚の中で方士は全て悪事しかしない絶対悪になってしまった。

 その状態で動く死体と対面し、憎悪と正義感が暴走したのだろう。

 あまつさえ尉繚がこの件を捜査するという話は盧生も侯生も掴んでおらず、これは独断で動いている可能性が高い。退くことが許されない背水の心理状態も、暴走に拍車をかけている。

 己の信じている『真実』を掴むまで、誰をどれだけでも壊す気だ。

(うーむ、まさかここまで頑なになっているとは……。

 元はといえば、こちらが追い詰めたせいではあるが……)

 今はとにかく、何とかして止めなければならない。これ以上、安息起や助手たちを傷つけられてはたまらない。

「おい、そこのおまえ。ちょっと来い」

 徐福は、最初からここにいた一人の助手を呼び寄せた。

(よし、これでやれる……!)

 心の中でほくそ笑んだ尉繚の前で、そいつは言われるままに徐福に近づき……いきなりどうと倒れた。

「よし、まずは一人」

 徐福の後ろで、一人の年若い助手……石生が吹き矢を手にして佇んでいた。側面から、毒針を撃ちこんだのだ。

「なっ……!」

 驚く尉繚に、徐福は告げる。

「この俺がだまされると思ったか?

 あれだけ他の助手たちが容赦なく殺されているのに、おまえと対面して生きているこいつが俺の仲間な訳ないだろう。

 ついでに、この急を告げに来た一人も昏倒させてある。

 大方、味方と思わせて不意を突くつもりだったのであろうが……残念だったな!」

 尉繚の背中を、冷たい汗が流れた。

 徐福の言った通り、その二人は尉繚の部下だった。たった二人の、部下。

 これでもう、尉繚はたった一人。徐福が去った地上への道を掃討してくれる者も、意識の外から不意打ちで敵を仕留めてくれる者も、いない。

 焦る尉繚に、石生が吹き矢を向ける。

「くっ!」

 こうなれば切り抜けるしかないと腹をくくり、飛び出した刹那……尉繚の体から力が抜けた。

 意識が落ちる間際に見たのは、襟巻で鼻と口を覆ってこちらに手をかざす徐福の姿だった。

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