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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第十八章 接触
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(89)

 ちょっと子供のインフルでひどい目に遭っていました。

 飛沫感染はどこで感染するか分からなくてシャレにならん。ちなみに人食いの病は血液感染です。


 尉繚対徐福、だいぶ大詰めです。お互いの信念に沿って自慢の頭脳をぶつけ合うこの作戦は、どちらに軍配が上がるのでしょうか。

 地下離宮は、混乱の渦中にあった。

「いなくなった助手は、まだ見つからんか?」

 徐福は苛立ちも露わに、助手たちに尋ねる。

 さっき食事の時間に、席に現れない助手が四人ほどいた。その時には必ず仕事から離れるはずの、必ずいるべき者だった。

 徐福はすぐさま、地下離宮から地上への出口の封鎖と、いなくなった助手の捜索を指示した。

 一人くらいなら、突然の体調不良や事故も考えられる。

 だが、一度に四人となるとただごとではない。しかも同じ仕事場からではなく、通常の区画と隔離区画両方で人が消えている。

 これは大変な事になりそうな、嫌な予感がした。

 それに追い打ちをかけるように、さらに姿を消す助手が出始める。

 一度助手たちを集めて状況を把握しようにも、助手たちは捜索のために方々に散ってしまっている。それに、監視のためにどうしても動かせない者も存在する。

(クソッこのままではまずい!

 一体どうしてこうなった?考えられる動きとしては……)

 こんな状況でも、徐福は懸命に頭を働かせる。混乱に身を任せて思考停止しても、決して事態は解決しないから。

 それに、考える時間を稼げる体制は作り上げてある。

(一番考えられるのは脱走、そのために一時身を隠して混乱を起こさせるか……。

 しかし、ここから地上へはこの地下離宮への通路を通らねば行けぬ構造になっている。奥からここを通らず地上へは出られぬ。

 だから最悪ここを押さえておけば、何人も外には出られぬはず)

 徐福は、ここを研究施設に定めた時から脱走の対策を考えていた。

 ここで一番起こり得る問題が、助手とした死刑囚の脱走だからだ。

 しかもそれが起これば、人食いの病が外に漏れる危険につながる。人食い死体や感染者を扱う助手は、常に感染の危険に晒されているのだから。

 そうした事態を防ぐため、徐福はいくつも対策を講じている。

 まず、研究施設から地上への出口を一か所に限った。この地下離宮に物や人を運び込む、ただ一本の道に。

 他にも水路や通風孔などはあるが、動物や盗賊の侵入を防ぐためという名目で途中に幾重にも鉄格子を張ってもらっている。

 独房のある区画は本宮につながる通路の一部だが、ここも作業が終わったところに人が入らないよう外から封鎖してもらっている。

 このため、外に出ようとする者は必然的にこのただ一つの道に来る。

 有事の際はそこさえ塞げば、誰も外に出さない造りだ。

 さらに、人の扱いにも工夫している。

 ここで最も恐ろしいのは、助手たちが結託して反乱や脱走を起こすこと。それを防ぐため、徐福はあえて助手たちを分断している。

 仕事場ごとに分け、自分の持ち場以外の同僚とあまり仲良くならないように、むしろ対抗意識すら持つように仕向けた。

 こうすれば、助手全てが敵に回るような事態は起こりにくい。

 一部が反抗しても、それ以外の手を借りて鎮圧できる。

 今だって、どの程度の人数が脱走しようとしているか知らないが、いつも地下離宮にいる者たちで地上への道を塞げば容易に突破はされない。

 どの助手が加担しているか分からない怖さはあるが……少なくとも、未だ一人の行方不明者も出していない地下離宮組を最終防衛戦に当てている。

 どうしても鎮圧できないようなら、ここで時間を稼いでいる間に外を衛兵と官吏に固めてもらえばいい。

 徐福の整えた体制は、強固であった。

 しかし、それでも徐福は考え続ける。

 何が起こっているか分からない以上、一つの可能性に考えを絞っては危険だからだ。

(脱走以外に、どんな可能性がある?

 この騒ぎが起こる直前には、何があった?それをきっかけとして、起こり得る他の可能性はないか?)

 そこで、徐福は気づく。

 直前にあったのは、蓬莱からの荷物の搬入。荷物の中身は仙黄草と動く死体で、手紙にもおかしなところはなかった。

 だが、ここで中身を確認していない荷物がある。

 動く死体が入っているはずの、棺だ。

 棺は本来人間の死体を納めるものであるから、当然その中に人が入ることができる。もしその中身が、変わっていたとしたら……。

 徐福の背中を、冷たい汗が流れた。

 徐福はすぐに、近くにいた石生に尋ねる。

「おい、最初に姿を消した奴の中に、例の棺を担当していた奴はいるか!?」

「四人中、二人が動く死体の梱包を解いていたはずです。

 ……そう言えば、棺のある資材置き場周辺で姿を消す者が多いですね!」

 徐福と石生は、ぞっとして顔を見合わせた。

「……すぐ、対応を変更しろ!外部からの侵入の可能性ありだ!!

 ここに戻ってくる助手の、顔と体の確認を徹底しろ。助手は皆罪人だから、だいたい体にそれを示すいれずみがあるはずだ。

 いれずみのない奴は、すぐ毒で昏倒させろ!

 それから、外の官吏に連絡して盧生と侯生を呼べ!」

 そこに、さらに急報が飛び込んでくる。

「隔離区画で、感染者が一人姿を消しました!」

 それを聞くと、徐福はぎりっと歯を噛みしめて呟いた。

「そら見ろ……ここにいてあれの危険性を目の当たりにしている助手たちが、そんな事をするものか。

 誰だか知らんが、やってくれたな!!」

 徐福は、磨き上げられた思考と判断で自ら答えに辿り着いた。

 しかし、この時には既に、侵入者の刃が地下離宮に迫っていた。


「……まずいな、出口を固められている」

 尉繚たちは、地上まであと少しの、地下離宮まで到達していた。しかし、簡単に地上には出られそうにない。

 方士の手下たちが、貧弱な装備ではあるが武器をとって地上への道を塞いでいる。

 しかも、その中心には尉繚の知った顔があった。

「徐福だ……!」

 薄暗い坑道の中、髭の形も髪型も変わっているが……それでも尉繚の目にその面影と雰囲気は隠し切れない。

 何より、指示を飛ばすその声に聞き覚えがあった。

 耳を傾けると、徐福が既に外へ救援を要請していることが分かる。外部からの侵入に、対応を切り替えていることも。

「どういたしましょう?あの数ならば、強引に突破できそうですが……」

「いや、だめだ。それでは外に出た途端、警備兵に皆殺しにされる」

 部下の無謀な提案を蹴って、尉繚は唇を噛みしめる。

 ここの外は驪山陵の工事現場、そこを取り仕切っているのは盧生と侯生だ。そこで衛兵に捕まれば、問答無用で賊として斬り捨てられるだろう。

 脱出は、地上に出て終わりではない。

 広大な驪山陵の工事現場を出るまでなのだ。

 武力で邪魔者を制圧して地上に出られたとしても、地上の衛兵たちに三人ではとても勝負にならない。多勢に無勢だ。

 たとえ地上の衛兵に自分が尉繚であると名乗っても、事態が好転することはない。

 それはまず盧生と侯生に伝わり、始皇帝に伝わる前に握りつぶされ処理される。もし始皇帝に伝わっても、同時に尉繚の勝手な行動がばれて処刑される。

 証拠として感染者を一人連れてはいるが、証言する前に化け物にならない方法で殺されたらそれまでだ。

「この状況で証人を守りながら驪山陵を出るのは無理だ。

 ……となると、外にいる衛兵や官吏をここに入れざるを得ない状況を作り、そやつらに決定的な悪事の証拠を突きつけるしかない。

 この男以外の、一目でわかるようなものが理想だが……」

「地下離宮を探せば、何かあるかもしれません」

 退路を断たれた尉繚たちにとって、最後の希望はそれだけだ。

「……そうだな、幸いと言うべきか徐福は離宮の外にいる。地上への道を塞ぐことに限られた手を割いているのだから、離宮は手薄のはずだ。

 ここは、離宮に入ってできるだけ敵を始末し、悪事の証拠を探すのだ。

 ここならば、屋内で敵の数を限って戦えるし、水や食糧もあろう。最悪、奴らが外から人を入れるまで籠城するしかない」

 尉繚は悔し気に拳を握りしめ、離宮の建物に身を隠した。

 最初にやり込められた時に、徐福の狡猾さと用心深さは分かっていたつもりだった。

 しかし、己の悪事を守り通す徐福の悪しき頭脳はなおもこちらの予想の上を行く。潜入するのはうまくいったが、出るのがここまで難しいとは。

 それでも、もうやり直しや途中下車は出来ない。

 あちらが鉄壁の意志をもって秘密を守ろうとするなら、こちらも不退転の覚悟で道を切り開くのみ。

 尉繚たちは、決死の覚悟で地下離宮に斬りこんだ。

 目についた人間で、反撃できると判断した者はことごとく無慈悲な刃で葬り去っていく。あっという間に、離宮にいた助手たちは物言わぬ死体に変わっていく。

「キャーッ!!」

 助手たちを殺している間に、娼婦のような女たちが逃げ出す。

 だがこれを追うよりも、もっと目を引く者が奥にいた。

「何者だ、貴様らは!?」

 離宮の奥のきらびやかに飾りたてられた部屋に、一人の男が座っていた。でっぷりと太った体に酒焼けした顔、まとう衣は一目で上物と分かる。

 そいつの側には、いくつもの酒壺と美味そうな肴が置かれていた。

 先ほど逃げた女たちも、こいつに仕えていたのだろうか。

(こいつは、黒幕か……?

 いや、そうでなくても重要な人物に違いない!)

 尉繚は、一目見てそう思った。

 こんな地下でこれほどの贅沢三昧、女まで囲っている。こいつが私欲のために方士たちを使って何かしているか、方士たちにとって欠かせぬ人物だから保護されているかのどちらかだろう。

(こいつを人質とすれば、徐福をこちらに引きずり出せるか?)

 尉繚は、風のように駆け寄ってその男を組み伏せた。

「いいご身分だな?

 自分がしてきた事の分だけ、ツケを払ってもらおうか!」

「ぐあっ!?俺が、一体何を……!」

 さすがに尉繚の手際である。

 こうして徐福が地上への道を固めている間に、研究を進めるうえで重要な情報源である安息起が尉繚の手に落ちた。

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