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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第十八章 接触
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(87)

 工作部隊長の潜入捜査回。

 尉繚さんは正義のためなら手段を選びません。


 ただし、悪を憎みすぎると……。

 チャキチャキと、無機質な鋏の音が響く。二人の下っ端の助手が、棺の中の梱包を解いていく。

 丁寧にほどくなんてことはせず、死体を縛り付けている包帯を所構わず切っていく。

 だって、動く死体はただ包みをはがして棺に押し込めばいい。再梱包する予定などないのだから、とにかく覆いを外せばいいのだ。

 途中、覆いの下のものがぐねぐね動いたが、助手たちは気にしなかった。

 だって、中身は動く死体なのだ。

 動いても、特に不自然なことはない。

 助手たちは指示通りに、死体を縛っていた包帯をすっかり取り除いた。そして、最後に死体を転がしながら覆いを取った途端……。

「げご?」

 一人の喉に、いきなり短刀が刺さった。

 一撃で喉を潰され、そいつは悲鳴も上げられずに倒れる。

「あ、え?え?……ぐふっ!?」

 まさかの事態に呆然としているうちに、もう一人が首を絞められる。抵抗らしい抵抗もできず意識を失う刹那、目にしたのははっきりと意志をたたえた生きた人間の目だった。


 しばらくして、首を絞められた助手もドサリと地面に倒れた。

 それを、覆いの下から出て来た人間が見つめる。その瞳は澄んでくっきりと黒く、肌には血の気があった。

 その男は数回深呼吸をして息を整えると、辺りを見回した。

「ふう……どうやら、他に気づかれずに済んだようだな」

 その生きた人間こそ、尉繚であった。

 徐福がここにいることを知り、動く死体の存在を知って、それらの謎を暴き悪事を止めるために死体のふりをしてここに潜入したのだ。

 幸いにして、出るところを見られた二人は早々に始末した。

 そのうえ、今ここには尉繚しかいない。

 尉繚は、すぐ次の行動に移った。

 まず喉を刺して殺した男を、自分をくるんでいた布にくるんで自分が出てきた棺に押し込む。

 それから首を絞めて殺した男の方士服をはぎとり、自分の服と取り換える。その死体も、棺の影に隠す。

 これで見た目上、ここに死体はなく助手が一人いるだけになった。

 次に尉繚は残りの二つの棺を開け、中にいた者の梱包を手早く断ち切る。すると、その中からも二人の生きた男が出てきた。

「尉繚様、首尾は?」

「今のところ上々だ」

 この二人は、尉繚の部下の中でも選りすぐりの者である。

 尉繚は棺の中に隠していた武器を方士服の下に仕込むと、二人に言った。

「まずは、俺一人で行く。おまえたちはここに身を潜めていろ。

 俺が少し周りの様子を見つつ、もう一人か二人分奴らの服を手に入れてくるから、全員で動くのはそれからだ。

 その間に別に奴がここに来たら、おまえたちで仕留めておけ」

 潜入は、うまくいった。本番はここからだ。

 目的はここで行われていることを調べ、徐福一味を確保すること。なのでその前に潜入に気づかれてはならない。

 尉繚はしっかりと気を引き締め、魔窟の中に踏み出した。


 部屋の周りは、ひたすら土壁岩壁の坑道だった。

 地下離宮の方から運び込まれたことは聞こえてきた会話から分かるが、ここが地下のどの辺りかは分からない。

 驪山陵の地下の大雑把な構造は事前に調べてきたが、それも役に立つかは怪しい。

 こんなおぞましくいかがわしいものを、皆に知られている場所で扱うものか。皆に知られていない秘密の場所を作ってあってもおかしくない。

(……やはり、一般の労働者が全くいない。

 ここは、他には知らせぬ場所か)

 尉繚は何食わぬ顔で歩きながらのぞける部屋をのぞいてみたが、そこにいるのは方士服の男ばかりだ。

 徐福一味が、部下ばかりで固めていると思った方がいいだろう。

 それからひどい悪臭が漂ってくる扉の先へ行くと、そこには鉄格子の小部屋がいくつもあり覆面をした者たちが働いていた。

 鉄格子の向こうには、ボロボロの服を着た人間がつながれている。中には、目が濁り体が腐っている者もいた。

(クソッやはりあの化け物を量産しているではないか!

 早々に手を打たねば、大変なことになる!)

 そこで働いている方士どもを皆殺しにしたい衝動をこらえながら、尉繚はそのおぞましい区画を後にした。

 その途中、覆面をした助手を一人脇道に連れ込んで絞め殺す。

 これで、顔が分かりづらい相手の服装が手に入った。

 それから、こっそり壁につけておいた印を辿って元の資材置き場に戻る。根城が地下だと分かっていたので、迷わないように対策は万全だ。

 資材置き場に戻ると、部下の二人が助手を一人気絶させて服をはいでいた。

 これで、三人分の方士服と尋問できる敵が手に入った。

 尉繚は部下の一人を見張りに立たせ、気絶している助手を起こす。

「おい、こちらの質問に答えてもらおうか。

 騒いだり無視したりすれば、命はないぞ!」

 目を覚ました助手は、青くなって震え上がった。助手は手足をきつく縛られ、そのうえ眼前に鋭い刃が突きつけられている。

「ひいっ!い、命だけは……」

 助手はすぐさま抵抗を諦め、口を割った。


 それからしばらく捕らえた助手を尋問して、いろいろなことが分かった。

 ここでは、動く死体を元に人食い死体を作り、さらにいろいろな機能の保全を目指して実験が行われていること。

 それに携わる研究員は、死刑囚に動く死体を見せて選別していること。選ばれなかった死刑囚は、人体実験の被験者か人柱にされること。

 そして、ここを取りまとめているのは徐市という男であること。

 尉繚は、ピンときた。

(なるほど、その男が徐福の可能性が高いな)

 聞けば、徐市は元死刑囚の助手たちと同じようにずっと地下にいるという。さらに、地上で物資を調達してくる盧生や侯生に対等以上の態度を取っていると。

 もしそれが徐福だとすれば、つじつまが合う。顔を知っている者に姿を見られないよう、地下に潜んでいるのだろう。

 盧生と侯生が地上とここをつないでいることも分かった。

 この三人は、捕らえてからじっくり尋問しなければ。

 他にもこの助手は、地下での暮らしについていろいろとしゃべった。研究の目的が不老不死であることも。

 だが、盧生と侯生がどのように資金を調達しているかや、動く死体の取り寄せ元については何も知らなかった。

 どうやら、危険な現場で働かされるだけの下っ端のようだ。

「……やはり、徐福本人に問いたださねばならんか。

 おい貴様、徐福はどこにいる?」

 助手はさすがに口ごもったが、首に少し刃を埋めてやると白状した。

「じ、徐市殿は……いつも地下離宮にいらっしゃいます。

 荷物と手紙が届いたばかりですので、上の方々とこれからについて話し合っていらっしゃると思われ……」

「そうか、ならそこを狙えば上を一網打尽にできるということだ」

 尉繚の口元が、ニヤリと弧を描いた。

 それも無理はない。尉繚はずっと、この時を待ち望んでいたのだから。


 徐福を始皇帝に引き合わせてから、後悔のない日などなかった。

 あっという間に始皇帝の心を絡めとられて、莫大な富を持ち逃げされて。その後も、始皇帝の思考はどんどん方士に毒されて。

 今や、始皇帝は盧生と侯生に言われるままに金を使う愚王に成り果てている。

 自分と共に歩んで来た、聡明な中華の覇者はどこに行ったというのか。

 あるいは、これは徐福を食い止められず始皇帝に会わせてしまった自分のせいかもしれない……そう思うたびに、身を焼くような後悔に苛まれる。

 いくら仕事上そうしなければならなかったとはいえ、自分にはその気になれば徐福を跳ね除ける権限があった。

 それを行使せず馬鹿正直に仕事をした結果が、この体たらくだ。

 おまけに挽回を焦るあまり、元は方士どもに勝っていたはずの信頼すら失って。

 そのせいで始皇帝の心が、より方士たちに傾いたかもしれない。

 足掻けば足掻くほど沈んでいく底なし沼にはまったようで、出口が見えず苦しかった。怒りと屈辱で、頭がおかしくなりそうだった。

 がだ、それもようやく今日で終わる。

 徐福たちを捕らえて悪事の証拠とともに突きだせば、始皇帝はきっと再び自分を信頼してくれるはずだ。

 もうひと踏ん張り、あと一歩であの日からの借りを返せる。

 そう思うと、尉繚の心はいつになく高揚していた。


 さらに尉繚が冷静さを失っているところを付け加えるならば、それは徐福たちを悪と決めつけていたことだ。

 元々方士たちを信じていなかったところに何度も煮え湯を飲まされて、尉繚は徐福たちにどうしようもない敵意を抱いていた。

 もはや、研究の目的を聞いてもそれを素直に受け入れられないほどに。

「……まあ、あの徐福がこんな下っ端に本当の事を知らせる訳もなし。

 本当に不老不死の研究かどうかも怪しいところだ。

 不老不死など存在する訳がないのに」

 怯え切った助手を侮蔑の眼差しで見つめ、尉繚は立ち上がる。

 ここまで来たのなら、もう後に引くことはできない。このうえは、徐福のところに乗り込んで身柄と証拠を確保するのみ。

 恨みに染まった手の中の刃が、ギラリと鈍く光った。

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