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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第十七章 露見
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(84)

 捜査回です。

 送屍屋を通じて盧生が咸陽に取り寄せようとしていたものを暴きながら、尉繚は読めぬ展開に悩まされます。


 運んでいる荷物の中には、暴いてはいけないとんでもないものが……。

 翌朝、早速尉繚たちによる捜査が始まった。

 捕らえられた送屍屋たちは一か所に集められ、一人ずつ尉繚の手の者によって尋問されていく。

 といっても、送屍屋たちはほぼ何も知らなかった。

「お、俺たちはただ頼まれものを運んでただけだ。

 これを使って方士様が何をするかなんて、聞いたこともねえ」

 送屍屋たちはあくまで、自分たちは仕事の内容以外何も知らないと言う。

 尉繚は彼らを氷のように冷たい目で見下ろし、言い放つ。

「ほう、ではその荷はどこでどうやって手に入れたのだ?まさか荷物がひとりでに現れる訳でもあるまい。

 それと、その荷を用意しているのは何者だ?

 運ぶにしても、それくらいは知っているはず。

 もしこれも答えられぬとあらば……少々手荒な聞き方をするが、仕方ないな」

 それを聞くと、送屍屋たちは震え上がった。

 所詮、彼らはおいしい仕事だと思ってやっていたにすぎない。金で釣られていた彼らに、仕事への誇りなどあるはずもない。

 そういう者はだいたい、痛い目に遭いそうになると依頼人との約束を放り出しても生き残ろうとあがく。

 その卑しい性根が、尉繚に情報をくれる。

「……荷は、琅邪に近い海岸で船から下ろされるものです。

 それを揃えるのが何者かは、教えられておりませんが……盧生様と侯生様は、手紙で彼らとやりとりをしております」

「その手紙は?」

「ええっと……こちらに」

 送屍屋の頭目が、青ざめた顔で手紙を差し出す。

 尉繚はそれを受け取ると、配下の一人に渡した。

 尉繚の配下には、工作活動のために様々な技術を持つ者がいる。その中には、手紙の封をきれいに破り、何もなかったかのように再び封をできる者がいる。

 これまでの工作活動で培われた技術の前には、手紙の封など無意味だ。

 荷と一緒に驪山陵に届くはずだった手紙は、あっけなく封を切られ尉繚の手に収まった。

 尉繚はさっそく、その手紙に目を通した。

<安期小生より 徐福殿へ>

 宛名を見た瞬間、尉繚の頭に稲妻が走った。


 徐福といえば、最初に始皇帝に取り入った方士の親玉ではないか。

 始皇帝の命令で信頼できる方士を探していた自分の下に、唯一仙人の関与が否定できない品……仙紅布なる布を持ち込んできた男だ。

 大陸で作れないその布の神秘性をもって、徐福はあっという間に始皇帝の心を掴んだ。

 そして、始皇帝に莫大な貢物と数多の少年少女たちを用意させ、仙人に仙薬をもらいに行くと言って海に出てしまった。

 それっきり、何の音沙汰もなく行方不明になっている。

 それが、咸陽へ運ばれる手紙の宛名になっているとは……。


(徐福が、咸陽にいるのか!?)

 思わず、手紙を持つ手が震えた。

 徐福は今も仙薬を求めて海の彼方にいるはずであり、皆それを信じている。始皇帝はその仙薬を求める交渉を有利にするために、いろいろと怪しげなことをしているのだ。

 その徐福が、咸陽にいるとは一体どういうことか。

 誰にも知らせず戻って来て、一体何をしているというのか。

 さらに徐福が仙人と交渉していないのであれば、仙人への貢物として持って行った少年少女や財宝はどこに行ってしまったのか。

 雷雲のように湧き上がる疑問にふらつく頭を押さえながら、尉繚は手紙を読み進めた。

<蓬莱の復興は、すこぶる順調だ。

 連れてきてもらった若者たちは次々と島の民と交わり、多くの子が生まれている。ほとんどが健康な子だ。島の未来は明るい。

 それから、兵士の排除にも成功した。

 これで、こちらから秘密が漏れる危険はほぼなくなったと思われる>

「蓬莱……は、本当にあるのか?」

 手紙の内容は、またしても尉繚の予想を裏切った。

 尉繚は、徐福が貢物を着服してどこかでぜいたくに暮らしているのだと思った。咸陽にいるからには、そういうことだろうと。

 だが、この手紙を読むとどうもそれは違う。

 徐福は本当に海の向こうにある蓬莱と呼ばれる地に赴き、少なくとも仙人の処女童男はそこに送り届けている。

 復興という言葉から察するに、島が必要としていたのだろう。

 となると、徐福はその島にいる何者かに従っているとも考えられるが……

<請求された物は、今回は希望通り送ることができた。

 ただし、この調子で何度も請求されては、こちらも底をついてしまう。

 仙黄草は元々、そんなに大量に作っているものではない。もっと大量に要るというなら、作付を増やすので一年待ってほしい>

(……いや、徐福が島に従っている訳ではないか。

 むしろ島にいる送り主の方が下手に出ている)

 尉繚がさっきから弾きだす予想は、裏切られてばかりだ。

 徐福は処女童男を島に捧げたようだが、従わされている訳ではない。島と対等に取引、いやむしろ徐福の方が主導権を握っている。

 やはり、一連の中心にいるのは徐福だ。

 ただし、何の目的で何をしようとしているのかは見当もつかないが。

 その見当をつけるために、尉繚は手紙を最後まで読み進めた。

<例の死体についても、いつでも望むだけ送るのは難しい。

 重ねて言うようだが起き上がる者は少ないし、こちらで防腐処置をしてもどうしても長い時が経てば劣化してしまう。

 今回送った死体も、かなり劣化が激しい。

 そちらが必要としているのは分かるが、限りある資源であることを分かっておいてほしい。>

 内容から、徐福が島から取り寄せたものが仙黄草なるものと死体であることは分かった。

 しかし、これだけでは何をしようとしているのか分からない。それがどういうもので、何に使うのかが分からなければ。

「……やはり、荷を暴かねばなるまい」

 尉繚は手紙を部下に渡すと、部屋の隅に置かれている荷物に目を移した。


 それからしばらくかけて、尉繚たちは謎の荷物を暴いてみた。

 中から出てきたのは、大量の乾燥した草だった。おそらくこれが、手紙の中で仙黄草と呼ばれているものだろう。

 しかし、見ただけでは何に使うものかは分からない。

「草本の専門家に回せ。大陸に同じものがないか探させろ」

 尉繚とて、一人で何でも分かる訳ではない。

 ここにいる者が分からないことを、いつまでも考えていることはない。さっさと分かりそうな者に回して、次に進まねば。

 荷物の中身は、ほとんどこの草だった。

 すると、残るのは……

「棺の中……死体か」

 送屍用の宿に置かれた、三つの棺がある。手紙の中にも死体と書かれているので、あの棺の中に鍵となるものがあるのだろう。

「え……そんな、棺を暴くんですかい?

 それはちょっと……」

 送屍屋たちは、露骨に嫌な顔をした。

 死体は、丁寧に扱ってしかるべき所に葬るものだ。人々の間にそういう意識があるからこそ、送屍屋などという職業がある。

 だから送屍屋たちは、運ぶ死体に失礼がないよう気を払っていた。遺族や個人の霊を傷つけることがないよう、いつも肝に命じていた。

 そんな彼らにとって、棺を暴くなど言語道断だ。

 そんな事をすれば大切な死体に傷がつくかもしれないし、下手をすれば霊を怒らせて祟りに遭うかもしれないから。

 だが、あくまで現実主義の尉繚にそんな事情は関係ない。

「これは、国家による犯罪の捜査である。

 証拠となるものを隠そうとすれば、すなわち罪となる。

 素直に我々に協力せよ!」

 渋る送屍屋たちに恐怖の刃を突きつけ、尉繚は送屍用の宿に向かった。


 送屍用の宿に入ると、尉繚たちは送屍屋たちを再び動けないように拘束した。そして、自分たちのやることを見られないように人払いをした。

 普段人がやらない事をやって下手に野次馬が集まってしまうと、そこから情報が方士たちや始皇帝に伝わってしまいかねない。

 あくまで、秘密裏に行うのだ。

 静かな土間で、尉繚は棺の蓋に手をかけた。

「ひっ……!」

 送屍屋の男たちが、くぐもった悲鳴を漏らす。

 それでも気にすることなく、棺の蓋を開ける。

 すると、棺の中からふわりと芳香が漂った。それほど洗練されてはいないが、死臭を隠して空気を清浄にする香りだ。

 棺の中には香りを放つ草が詰め込まれ、死体は布をかぶせた上からさらに包帯を巻いてきっちり梱包してあった。

「なるほど、手のこんだことを……これなら運ぶ側は楽だな。

 だが、これもほどいて中を検めねば」

 そう言って、尉繚は巻き付けてある包帯を切り始める。

「ええっそ、そこまで……死体は死体なんですから、もうこれ以上は……!」

 送屍屋たちは真っ青になるが、尉繚は意に介さない。

「この中が本当に死体であるか、誰か確かめたのか?こんなにきっちり梱包してあるのは、別のものを死体と言ってごまかすためではないのか?

 この死体も方士どもが取り寄せているものなのだ。ただの死体ではあるまい」

 刃のように鋭い推理で悪事との関連を考え、ためらわずに包帯を切っていく。


 ただ、尉繚にも読めぬことはある。

 それは、そこに隠されていたものが世の常識をはるかに超える異物であった場合のこと。


 どんどん包帯を解いて、後はぶ厚い布をはげば中が見られそうだという時、尉繚は作業中の手に違和感を覚えた。

「ん?」

 動かぬはずの死体が、手の下でもぞりと動いた気がした。

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