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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第十七章 露見
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(83)

 まだまだ尉繚さんのターンです。


 徐福たちは自分たちのガードはしっかりしていますが、彼らの目の届かないところはあります。

 尉繚は、そこに狙いを定めて斬りこみます。

 それから一週間ほどかけて、尉繚はいろいろと調べ上げた。

 最初の数日は高漸離の方の調査に顔を出していたが、その間にも配下の工作部隊たちは秘密裏に盧生と侯生のことを調べてくれた。

 その結果分かったのは、ここ咸陽で二人に直接手を出すのは難しいということ。

 二人に当てがわれた宿舎には、目ぼしいものは何もなかった。それどころか、仕事のある日中はもちろん夜でさえ帰らないことがあるという。

 かといって、夜に遊び歩いているかというと、そうでもない。

 色街や料亭に出入りすることは時々あるが、そうして過ごす日は宿舎に帰らなかった日よりはるかに少ない。

 別のどこかで、夜を過ごすことが多いのだ。

(……となると、別の拠点があると考えるのが妥当か)

 その別の拠点の目星も、すぐについた。

 二人の仕事場である、驪山陵だ。

 二人が驪山陵で長い時を過ごすことは、二人がそこの監督に任じられていることを考えると不自然ではない。

 しかし、現場の話を聞いてみると奇妙なことが分かった。

 二人は驪山陵の中で、居場所が分からない時間が長いのだ。

 日中は、それなりに現場を見回ったり儀式を行ったりしている。だが建設作業が止まるはずの夜になっても現場から帰らず、姿を消してしまう。

(つまり、その驪山陵の中に奴らが何かを隠している可能性が高い)

 それでも、驪山陵に強襲をかけることはできなかった。

 驪山陵には、そこで働く刑徒を監視したり地下宮殿の財宝を守ったりする官吏や衛兵が数多くいて目を光らせている。

 見慣れぬ者が見慣れぬ動きをしていれば、すぐに彼らの目に留まる。

 通常の始皇帝に命じられた調査ならそれでも構わないが、今回は始皇帝にも内密の独断で行う調査なのだ。

 決定的な悪事の証拠を掴む前に、気づかれてはならない。

 そのうえ驪山陵は広く、特に地下は入り組んでいて自分も全体を把握しておらず、そのどこに二人の拠点があるかは分からない。

 この状況で驪山陵に特攻をかけるほど、尉繚は愚かではなかった。


 代わりに、尉繚は驪山陵への物の出入りを調べた。

 すると、そこに糸口が見つかった。

 二人は時折、送屍屋を使って咸陽に何かを取り寄せ、それを驪山陵に運び込んでいるのだ。その荷が何であるかは、誰も知らない。

(ここだ!その荷と一緒に奴らの懐に潜り込めれば……。

 いや、せめてその荷を暴くことができれば……)

 その謎の荷物が、二人の後ろ暗い部分とつながる可能性は、極めて高い。

 その謎の荷を手中にすることができれば、きっと二人の悪事を暴ける。そして惑わされている始皇帝と李斯も正気に戻ってくれる。

 と、そこに素晴らしい知らせが舞い込んできた。

 盧生が最近、また謎の荷を取り寄せるための連絡をしているというのだ。

 すなわち、その荷が監視の目のない街道を通る日は近い。

 尉繚はすぐさま、咸陽の都を飛び出した。


 咸陽から海のある地方まで整備された街道を、尉繚は駆ける。

 謎の荷が運ばれる道は、既に調べがついている。盧生と侯生から依頼を受けた送屍屋は、いつも同じ道を通って荷を運ぶのだ。

 黄河に近い大きな町をいくつもつなぐ、人通りが多く賊に襲われにくい大きな街道。咸陽までにかかる日数が短く、かつ途中に遊び場のある華やかな道。

 そこでの送屍屋たちの動向も、既に配下たちに調べさせている。送屍屋たちは途中の街で、派手に金を使って遊ぶらしい。

 使う金の額は、普通の送屍屋の収入からは考えられないほどだ。

 おそらく、あの二人から相当な報酬を渡されているのだろう。

 その金がどこから出ているのかを考えると、ふつふつと怒りが湧いてくる。あの二人は、そんなところに国民の血税を流しているのだ。

(必ず、尻尾を掴む!

 そして、こんな馬鹿な状況を終わらせてやる!!)

 あの二人のせいで、最近は国家の金が無意味なことに流れっ放しだ。

 以前聞いた地下宮殿の宝石の空と水銀の海もひどかったが、今回留守にしている間にもっと無駄で意味不明な事業が始まっていた。

 等身大の兵馬の俑を、二万体も作るという。

 宝石の空と水銀の海は、資産をそこに貯めると言われれば実際の損失は少ないかもしれない。

 だが兵馬俑は違う。もっと有用な使い道がある材料を消費し、もっと有効に使える名工の手を割かせて、使い道のない置物を大量に作るだけだ。

 まさに下々に徒労を強いるだけ、無駄の極致である。

 しかし、始皇帝も李斯も二人に言われるままにそれをやっているのだ。

 あの二人の言うことには、そこまで正しい判断ができなくなっている。

 これでは、送屍屋に多額の金が流れていることだけ報告しても、目を覚まさせることはできまい。

 必要なことだと言いくるめられて終わりだ。

 何か決定的で、相当衝撃的なことを掴んで、突きつけねばならない。

 だから何としても、この機会を逃す訳にはいかない。

 そんな尉繚の決意に応えるように、送屍屋が謎の荷を運んで咸陽に向かい始めたと配下から知らせがあった。

 尉繚は手ぐすね引いて、途中の宿場町に身を潜めた。


 数日後、問題の送屍屋の一行が現れた。

 三台ほどの大きな馬車に、三つの棺といくらかの荷物を積んでいる。

 その馬車は、移動距離は長いもののまだ新しいらしく雨や土に当たらないところはきれいだった。多額の金が手に入るようになって、買い替えたのだろうか。

 身なりや旅の装備も、よく見れば上物だ。少なくとも、死体を運んで生計を立てている者の普通のそれではない。

 一行は、棺だけ送屍用の宿の部屋に入れると、自分たちは別の宿をとった。

 もっと裕福な層が泊まるような、広く快適な宿だ。

 さらに、宿に荷物を置くと高級料亭が軒を連ねる通りに繰り出す。

「へっへっへ、旅ばっかの仕事でも、こんな旅が出来るなら上等だぜ!」

「ああ、旅の費用をもらって各地の美味い物と美女を食い放題よ!こんなうめえ仕事にありつけたなんて、毎日が夢みてえだ」

 上機嫌でそんなおしゃべりをしながら、いかにも高そうな店に入っていく。

 その夢のような旅生活を支えているものが何なのか、こいつらは知っているのだろうか。盧生と侯生が支払う報酬は、どこから出ている金なのか。

 ぎりっと奥歯を噛みしめる尉繚に、配下が耳打ちする。

「宿の荷物や棺の見張りは手薄でございます。

 荷を暴くなら、今です」

 だが、尉繚ははやる心を制して、配下を止めた。

「待て、突入はこいつらが宿に戻ってからだ。

 今行けば荷は調べられても、人は逃げて我々より先にあの二人に知らせるだろう。それでは、我々が帰るまでにあの二人に先手を打たれる。

 奴らがしたたかに酔って眠ったところを襲い、全員捕らえるのだ。

 急いて事を仕損じてはならん!」

 尉繚と配下たちは、こみ上げる怒りを抑えながら辛抱強く待った。

 奴らはおそらく悪事の片棒を担ぎ、その報酬でのうのうと美味い飯を食っている。

 だが、それも今夜までだ。自分たちの手で必ずそれを止めるから、これが最後の晩餐だ。せいぜい楽しむがいい。

 華やかな明りの中に影を隠して、夜は更けていった。


 真夜中になって、送屍屋の一行はようやく宿に戻った。

 上等な酒家を何件もはしごして、すっかりべろべろに酔っている。見張りの下っ端は、うらやましそうにそれを見ている。

 やがて、戻ってきた者たちは寝台の上で大いびきをかき始めた。見張りの下っ端も、誰も見ていないと思って居眠りを始める。

 時は来た。

 尉繚は満を持して、配下どもを位置につかせる。

「国庫を食い物にする邪な方士の手下だ、一人も逃がすな!」

 宿の周りをしっかりと固めさせ、自分は数人の配下とともに正面から乗り込む。慌てて出て来た宿の者に、尉繚は身分証を見せて宣言する。

「これより、国家犯罪の捜査を行う!

 邪魔する者は刑に処す、大人しくしておれ!」

 宿の者たちは、尉繚の身分証を見て大慌てで平伏した。命令書がなくても、何も知らない市民は国の高官というだけで委縮するものだ。

 静かな宿の中を、尉繚たちは足音を殺して進む。

 そして送屍屋たちの部屋の前まで来ると、一度止まって身を低くした。

 できるだけ音を立てずに鍵を開けると、扉の側にいた見張りの口を一瞬で塞いでしまう。

 それから寝台一つに一人ずつがしゃがんだまま近づき、一斉に眠っている送屍屋たちの口を塞いで拘束する。

「むぐっ何だ!?」

 送屍屋たちは慌てて起きるが、深酒のせいで体が上手く動かない。そうしてもたもたしているうちに、全員が縛り上げられてしまう。

「て、てめえら……俺らにこんな事して、ただですむと……!」

「ほう、どうなるのだ?

 盧生と侯生が、権力でかばってくれるのか?」

 尉繚が二人の名前を出すと、頭目の男はぎくりを身をこわばらせた。

 尉繚はその耳元で、酷薄そうな笑みを浮かべてささやく。

「残念だったな、俺はその二人について調べるためにおまえたちを拘束したのだ。助けを求められると思うなよ。

 俺は、陛下にお仕えする工作部隊長の尉繚だ」

 それを聞くと、送屍屋の頭目は青くなった。

 この夜、徐福たちの生命線とも言える極秘の荷は尉繚の手に落ちた。

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