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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第十七章 露見
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(82)

 久しぶりに尉繚のターンです。


 長く都を空けていた彼は、始皇帝の現状を知って愕然とします。

 だって彼が前始皇帝の側を離れた時は、ここまでひどくありませんでしたから……その時ですら、彼は盧生と侯生を怪しんでいたというのに。

「それで、結局犯人は見つけられなかったのだな?」

「……はい。申し訳ございません」

 尉繚は、始皇帝と李斯の前で頭を垂れていた。その表情には、悔しさと危機感がありありと浮かんでいる。

 尉繚は今、前の巡幸での暗殺未遂捜査の報告をしたところだ。

 一年以上調査を続けていたが、犯人は見つからなかった。そのため、仕方なく武器を作った可能性の高い鍛冶屋を処刑してきた。

 全くもって、すっきりしない終わり方だ。

 結局犯人を挙げられなかった以上、この結果に始皇帝が納得してくれるかは怪しい。

 どんな処分が下るかと戦々恐々としていた尉繚だが……

「まあ仕方ない、人間のできることには限界がある」

 始皇帝の呟いた言葉は、思いのほか優しいものだった。

 始皇帝は確かに実績主義だが、同時に人間の限界というものを知っている。だからできそうもない事は高望みせず、さっさと諦めてくれるのだ。

 そうして壁にぶつかっても素早く切り替えて進み続けられたからこそ、中華の統一を成し遂げられたのだ。

 皇帝になってもそこは変わっていなかったかと、尉繚は安堵した。

 李斯も、あまり表情を変えずに言う。

「あの件は、手がかりが鉄槌一つであったからな。

 いかなる目利きであろうとも、犯人を捜すことは容易ならぬことと分かっていた。

 しかし、きちんと再発防止の策は取ってくれたようで何よりだ。それだけの鍛冶屋を処刑すれば、もう怪しい者に武器を売る不届き者は出にくくなるであろう。

 それでも、完全になくせぬのは悔しいところだが……」

 李斯も始皇帝と同じく、現実的だ。

 ただし、できない事がある場合は官僚としてその代わりにできる事がないか考える。そしてその代案は、法家の思想に基づいている。

 すなわち、法を定め、それを破る者をできるだけ少なくするように。

 その点、尉繚のやった事はそれなりに評価されたらしい。

 犯罪が起きるなら、必要なものが手に入らないように元を断つ。そして疑わしきは罰する。さらに、処刑して見せしめにすることで犯罪の抑止力とする。

 どれも、尉繚の本意には反することだが。

 ともかく、尉繚の働きは実績として評価され、罰せられることはなかった。

 尉繚が安堵して一息ついていると、またも李斯が口を開いた。

「長旅ご苦労であった。しかし、あまり長い休息は与えてやれそうにない。

 実は、陛下のお命を狙う不届き者がまたも現れたのだ。こちらの対応は済んでおるが、一応調査を依頼したくてな……」

 李斯から語られたのは、高漸離による暗殺未遂のことだった。

 以前始皇帝を暗殺しようとした荊軻の親友ということで、警戒はしていたつもりだった。しかし、事件は起きてしまった。

 幸いにも投げられた針が始皇帝に当たらなかったため、事無きを得た。しかし、当たりどころが悪ければ死んでいた。

 一通りの顛末を話すと、李斯は悔しそうに顔を歪めて言った。

「……やはり、結果としてはあの者を陛下のお側に置くべきではなかった。

 いくら陛下のお望みであっても、危険を遠ざける事を優先すべきであったのだ。それを私は……。

 いや、私も危険を承知していたから、できる限りのことはやった。やりきって安全になったと思ったから、宴席に出したのに、あのような事に……。

 これも、陛下の言われる人間のできる限界であったということか」

 李斯は、自分の判断で危機を招いてしまったことを心の底から悔いていた。

 そして、己の罪を恥じるようにすまなさそうな顔で言う。

「……私の不明で仕事を増やしてしまってすまない。

 高漸離はもう処刑したし、奴を住まわせていた家屋も調査した。調査の結果では、一応奴が一人でやったということだ。

 しかし……裏から操っていた者がおらぬとも限らぬ。

 おぬしの力で、もう一度調査してもらえぬだろうか?」

 尉繚は、素直にうなずいた。

「御意。ただし、これまでの資料は提出していただきます」

「分かっておる。存分に吟味して検分してほしい」

 前回がかなり無理難題だったので今回もどうかと思っていたが、どうも今回はそれほど気が重い仕事ではなさそうだ。

 尉繚はホッと肩の力を抜いた。


 その時だった。始皇帝が妙なことを口走ったのは。

「うむ、暗殺は何度くぐっても心臓に悪い。できればもう二度と許してほしくないのう。

 もっとも、奴らの執念も朕の得た仙才には敵わなかったが」

(は?)

 尉繚は、一瞬耳を疑った。

 始皇帝は今、何と言ったのか。暗殺者の執念がこもった刃も、自分の仙人となる才能に敵わなかった。だから助かったと。

 どうして、そんな思考になったのか。

「は……せ、仙才……で、ございますか?」

 尉繚がどうにか口にした問いに、始皇帝はえびす顔で答えた。

「ああ、そう言えばおぬしは留守にしていて知らぬのであったな。

 朕は、類稀なる高い仙才を授けられたのだ!この前盧生と侯生がな……」

 唖然としている尉繚に、始皇帝は己の身に起こったことを饒舌に話し始めた。その目には、自信と希望がこれでもかというほど詰まっている。


 徐福が仙人から仙薬を受け取れるようにするため、盧生と侯生は始皇帝に高い仙才を授けると言ってきた。

 始皇帝はそれを受け、高い仙才を得たという。


 話を聞きながら、尉繚は必死で全身に力を入れて震えをこらえていた。驚きと怒りが頭の中を暴れ回り、どうにかなってしまいそうだ。

(あの腐れ方士ども、よくも陛下をここまで惑わしおってからに……!!)

 長く留守にしてしまったことを、こんなに後悔したのは初めてだ。

 自分がもっと早く江南での調査を切り上げて咸陽に戻っていれば、始皇帝の側で目を光らせていれば、ここまでは許さなかったのに。

 始皇帝は、己の体を傷つけるような怪しい儀式を平然と行い、暗殺を免れたことをそのご利益だと思い込んでいる。

 もはや、まともな思考ではない。

(……何でザマだ!!

 こんなになるくらいなら、多少派手に犠牲を出しても早く戻ってくるべきだった!)

 尉繚は、己の愚行を恥じた。

 自分の役目は始皇帝を守る事。側でおもねる輩から守るには側にいるのが一番なのだから、それを優先すべきだった。

 たかが方士と侮って長く都を空けた結果が、この体たらくだ。

 始皇帝も李斯も、完全に思考が方士たちに毒されてしまっている。

 それでは、方士たちの思うままに天下の富を吸い上げられて人々が意味もないことのために動かされてしまう。

 その害は、自分がおそらく冤罪で処刑した職人たちの比ではない。我ながら何と小さなことに悩んで対局を逃してしまったのかと、尉繚は後悔で頭が割れそうだった。

 心酔したように仙道について語る始皇帝を前に、尉繚は決意する。

(くっ……この上は、何としてもあの二人の偽りを暴いてみせる!

 これ以上、あの二人の好きにさせてたまるものか!!)

 胸の中にはちきれんばかりの業火を燃やしつつ、それでも表面は冷静を装って尉繚は言った。

「……では、さっそく調査にかからせていただきます。

 裏に黒幕がいるにしろ陛下が安心なさるにしろ、早い方がよろしいでしょう。場合によっては、また旅に出ねばなりませんので」

「うむ、ご苦労」

 そこで、尉繚は始皇帝と李斯に釘を刺した。

「それと、私が帰還したことと調査のことは内密にお願いします。

 もし裏で糸を引いている者に知られれば、私が調べるより先に逃亡したり証拠を処分するかもしれません。

 それでは、いくら私といえど調査になりませぬので」

「む……確かに。では、そのようにしよう」

 始皇帝と李斯は、納得してうなずいた。

 隠密行動は、それ自体を相手に知られては意味がないと、二人とも分かっているから。

 尉繚は頭を下げて二人から見えぬように、してやったりと口角を歪めた。


 そう、これは隠密行動だ。

 今から自分がやろうとしていること……それは、始皇帝と李斯にすら明かせぬ調査。知られれば、場合によっては罰せられてもおかしくない行為。


 尉繚は、命じられた調査を隠れ蓑にして、盧生と侯生を調査するのだ。

 これは、始皇帝にも李斯にも知られる訳にはいかない。知られれば、あっという間にあの二人に情報が流れて調査にならないだろう。

 もっと悪いことに、こちらが讒言を受けて処罰される恐れすらある。

 それだけは、断じて避けねばならない。

 だってもう、始皇帝の周囲であの二人を止められそうなのは、自分しかいないのだから。ここで自分が倒れる訳にはいかない。

 だから、あらかじめ釘を刺しておいた。

 始皇帝や李斯が詮索して、それに気づかないように。

 前の巡幸での苦い思い出が、尉繚の頭を巡る。

 前の巡幸では、それをしないで衝動的に侯生を追いかけてしまったため、始皇帝に命令違反を咎められて侯生の尻尾も掴めなかった。

 結果、自分は信用を落とし始皇帝は方士に絡めとられてしまった。

(もう二度と、同じ轍は踏まぬ!!)

 金剛石の如き固い決意を胸に、尉繚は人目を避けて宮中を出る。

(今度こそ、逃しはしない。奴らのしていることとその動機を暴き、白日の下に晒して相応の罰を下してやる!)

 都の上の広がるのは、いつもと変わらぬ咸陽の空。

 そこから見下ろせば尉繚一人の姿など本当にちっぽけで、都の様子にいつもと変わったところなど見つかるはずもなかった。

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