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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第十七章 露見
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(81)

 徐福たちの活動は、順風満帆に見えました。


 しかし、そこに序盤にいたとある男が帰ってきます。

 覚えていますか?自分が方士たちを始皇帝に引き合わせておきながら、その責任を感じて嘘を暴こうとしていた忠義の工作部隊長を。

 今日も今日とて、驪山陵の建設は進む。

 厳しい法治によって生み出された夥しい刑徒の命を使い潰しながら、未だかつてない壮大な地下宮殿が作られていく。

 始皇帝という、たった一人の命のために。

 しかもこれは、これまでと同じ王の墓ではない。

 この驪山陵は、仙人となって永遠の命を生きるであろう始皇帝の住処なのだ。手を抜くことなど許されるはずがない。

 始皇帝は近頃すっかり己が仙人になれると信じ込み、仙人になった後の生活に思いを馳せている。

 そして、その妄想の中で次々と地下宮殿にほしいものを思い浮かべ、そのたびに臣下にあれを作れと命令が下る。

 そのたびに臣下たちの仕事は増え、労働者たちの負担は重くなる。

 今や驪山陵の建設にかかる手間と暇と金は、始皇帝の妄想が膨らむのに合わせて際限なく膨らんでいた。


 その膨らんだ費用と物資と人手の一部は、人知れず地下に流れていた。

 驪山陵を建てる側も知らない、地下の暗がりに。

 盧生と侯生が絶大な信用を得たことにより、二人はこれまでよりさらに多くの金品を徐福の秘密の研究に流せるようになった。

 徐福もこの機に一気に研究を加速させんと、多くのものを消費して実験に勤しんでいる。

 さらに人手もこれまで以上に必要になるため、新たに届いた動く死体を選別に使ってまた死刑囚の助手を増やしつつある。

 もちろん選ばれなかった死刑囚も多く出てしまうが、それも問題ない。実験には、多くの検体が必要だからだ。

 尸解の血を分ける実験は、実験を行う側にも多くをもたらした。

 尸解仙を作るには、尸解の血が必要。だからこれまでは、人食い死体の感染実験以外の検体は尸解の民でなくてはならなかった。

 しかし、尸解の血を他に分けられるなら、その制限はなくなる。

 つまり、一般の死刑囚に尸解の血を分けて検体とすればいいのだ。

「くっくっく……これならいくらでも検体を作れるではないか。

 血を分ける儀式、素晴らしい成果だ!」

 徐福たちは蓬莱から送られてきた検体を実験に使わず、もっぱら血を採るためだけに生かしていた。

 その血を人柱用の死刑囚に分け与え、検体を量産していく。

 蓬莱から来た検体たちはこれまでのように実験で死ぬこともできず、吸血鬼に囚われた家畜人間のように血を搾られるのみだ。

 終わりが見えない、悲惨な状態である。

 だが、徐福たちにそんな事は関係ない。

 自殺せずできるだけ長く血を採れるように、拘束具をはめて体の自由すら奪う。許すのはただ、生きることのみ。

 だって血を採る元が生きていれば、もう危険を冒して島から検体を取り寄せなくていいのだ。

 これまでは検体となる尸解の血を持つ人間を蓬莱島から咸陽まで取り寄せていたため、輸送費も危険も高くついた。

 場合によっては検体が途中で脱走したり病気にかかる可能性もあったため、信頼できる者が付き添うか送屍屋に法外な金を握らせるしかなかった。

 当然、検体の請求は気軽にできるものではない。

 そのため、これまでは少ない検体をいかに効率よく使うかに頭を悩ませていた。

 検体の請求は、研究の不自由と輸送の危険を天秤にかけて判断せねばならなかった。

 血を分けられるようになったことで、それらの問題が解決したのだ。

 しかし、蓬莱島からの取り寄せを全くしなくていい訳ではない。検体以外にも、取り寄せねばならぬものはあるからだ。

「徐福殿、仙黄草が少なくなってまいりました」

 助手が、渋い顔で報告してくる。

 仙黄草とは、尸解の血を加えて仙紅布を作るのに使う染料の草である。地下では、死刑囚が尸解の血を得たか判別するのに使っている。

 要は、尸解の血の検査薬である。

 さらに最近、もっとありがたい用途が分かった。この仙黄草は尸解の血だけではなく、それを元に作った人食いの病にも反応するのだ。

 つまり、不調を訴える者が人食いの病にかかっているか検査できるようになった。

 そのため徐福は仙黄草を、助手たちや自分の定期的な検査にも使っていた。

 これでは、減りが速いはずである。

「ううむ、これは取り寄せねばならんか。

 死刑囚が検体として使えるかは最悪分からなくなってもいいが、我々の検査ができぬでは困る。

 この研究で最も恐ろしいのは、身内の感染に気づかず拘束されていない人食い死体が発生することだからな」

 徐福は、少なくなった仙黄草を見て呟いた。

 検査薬は、感染の可能性を断つことができない自分たちの生命線である。安全性を大幅に上げてくれるこれを、切らす訳にはいかない。

「では、やはり蓬莱に請求しますか?」

「それしかないな。

 もしかしたら大陸にもあるかもしれんが、探すのも手間だ。

 それに、たまには蓬莱と連絡を取ってあちらの状況を確認せねば。こちらはうまくいっているが、あちらに綻びがないとも限らん」

 徐福が決めると、他の助手が声をかけてきた。

「では、同時に動く死体も請求していただきたく存じます。

 先日の助手の選別で、一体壊されてしまいましたので。

 もう、次を壊されたら後がありませぬ」

 動く死体も、消耗品の一つだ。乱暴に扱えば壊れてしまうし、時間が経てば劣化するのでずっと使い続けることができない。

 こちらで作ることもできるが、それにはまた別の危険を伴う。

「そうだな。少なくとも助手の選別に使うヤツはその方がいい。

 尸解の血を分けた死刑囚からも作れるが、そいつが選別のために連れて来られた死刑囚の知り合いだと面倒なことになる。

 選別や研究に私情が絡むと、ろくなことにならん」

 蓬莱から取り寄せるならば、ここにいる死刑囚と顔見知りであることはない。その方が、私情による余計な問題を防げる。

 その上、効率の問題もある。

 尸解の血を持つ者が死んで動く死体になる確率は四、五人に一人くらいだ。つまり一体の動く死体を作るために四人か五人、運が悪ければもっと殺さねばならない。

 実験でも動く死体は生じるが、それは知見を得るために解剖してしまう。

 それらの事情から、動く死体は蓬莱から取り寄せるのが望ましい。

「よし、では動く死体と仙黄草を取り寄せるとしよう。

 安期小生に手紙も書くから、数日後に送屍屋を手配しろ」

 徐福はすぐに盧生に命じて、蓬莱に連絡させた。

 このところ、地下も地上も非常にうまくいっている。ぜひともこの流れのまま、どんどん研究を進めたいところだ。

 そのためには、蓬莱から取り寄せる物資も惜しんではいられない。

 それに、生きた検体を取り寄せなくてよくなったので輸送の安全性もだいぶ向上したのだ。

 必要であるならば、遠慮なく取り寄せ、使わなければ。

 盧生と侯生の働きによって資金が潤沢になったので、輸送費を惜しむことはない。二人が絶大な信用を得ているので、多少大胆に動いても怪しまれない。

 これだけ追い風が吹いているのだから、今は進むしかないと思っていた。


 そこに、油断と言う最大の危険が生じていることを、徐福は見ているつもりで把握しきれていなかった。


 数日後、蓬莱と連絡を取るための送屍屋が咸陽を発った。

 入れ替わるように、久しぶりに咸陽に帰って来る者があった。

 その男は、くたびれきった旅姿であった。頬はこけ、肌は日に焼け、目には失意の淀みが溜まっていた。

 付き従う者たちが、いたわるように声をかける。

「長らくお疲れ様でございました……尉繚様」

 そう、帰ってきたのは、尉繚であった。

 かつては始皇帝からの信頼厚く、自らもそのことに誇りを持っていた、情報収集に長ける工作部隊の隊長である。

 その尉繚は、江南での長い任務を終えて帰ってきたところだ。

 いや、終わりが見えないので終わらせたと言った方が正しいか。

 尉繚は、前の巡幸で起こった始皇帝暗殺未遂の調査をしていた。始皇帝の乗る轀輬車を狙って鉄槌を投げた、犯人を捜していた。

 だが、手がかりは現場に残された鉄槌一つである。

 これでは、犯人など見つかるはずもない。

 だが、調査をした以上は何らかの結果を持ち帰らねばならなかった。事が事だけに、何もなしでは許されなかったのである。

 結局、尉繚はその鉄槌と同じような比重の鉄を扱う鍛冶屋を数十人も処刑した。暗殺に使う凶器を提供した疑いで、だ。

 思い出すだけで、尉繚は暗澹たる気持ちになる。

(馬鹿な……あんな事をして何になる?

 あの中に犯人がいるとは思えぬし、事情を知っていそうにない職人ばかり殺して……一体何の意味があるというのだ?)

 だが、それを命じたのは自分だ。

 捜査上無意味であっても、尉繚にとってはわずかに意味があったから。

「大丈夫でございます、尉繚様。

 これで一応、陛下や李斯様も納得してくださるでしょう」

 従者たちが、尉繚を励ます。

 そう、尉繚にとってのわずかな意味とはこれのことだ。一応誰かを罰してこの件を終わらせ、実績を作る。

 そして、始皇帝や李斯に形だけでも何かできることを見せつけ、次の仕事にかかる。

 あんな終わらない捜査に延々と時間を費やしてなどいられない。自分には、始皇帝のためにもっと調べるべきことがあるのだ。

(そうだ……陛下のところに行こう。

 俺は、得体の知れぬ者共から陛下をお守りせねば……)

 譲れぬ使命のために犠牲を出しながらも不毛な捜査に幕を引き、尉繚は帰還した。全ては自らの能力をもって、始皇帝を惑わす怪しい輩を排除するために。

 見た目上普通に発展を続ける咸陽の街並みが、尉繚を迎える。

 自分のいない間、この地で……始皇帝の周囲で何が起こっているか知らぬまま、忠義の士は都の門をくぐった。

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