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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第十六章 仙才の色
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(77)

 尸解の血を始皇帝に与える、具体的な話が進みます。

 その過程で、最初に鍵となったあの布がまた鍵となります。


 それにしても、血はそんなに簡単にうつるものでしょうか?

「まずですね、陛下のお体に尸解仙となる下地を作った方が良いと思うのです」

 徐福と盧生、侯生の前で、石生は自らの考えを述べる。

「現状、研究がどのような形で完成するかは分かりません。

 人間を尸解仙にするためには完成した病毒を与えるだけでいいかもしれないし、地道に定められた手順で病を重ねなければならないかもしれません。

 前者ならさほど時間はかかりませぬが、後者の場合は厄介です。

 特に、全く何の下地もない人間にやるとなると……」

 石生の意見に、徐福もうなずいた。

「うむ、特に後者で材料に必ず尸解の血を要する場合が困る。それでは、尸解の血を持たぬ者は決して尸解仙にはなれぬからな」

「それでは、陛下に対して使えませぬな」

 盧生と侯生も、懸念の意味は分かっていた。

 実験の中で、病と掛け合わせて不死に近づく変化を起こすのは尸解の血を持つ者のみ。だから検体は、蓬莱から取り寄せるしかなかった。

 人食い死体を作る病は誰にでも感染するようだが……あれが直接尸解仙につながるかは分からない。

 その人食い死体を作るにも、尸解の血は不可欠だった。

 となると、尸解仙にするにも尸解の血が欠かせぬ可能性が高い。

 だが、それでは研究の最終目標が達成できないことになる。始皇帝は、尸解の血を持たないただの人間なのだから。

「……要するに、陛下に尸解の血を持たせるのが望ましいと」

「そういうことだ」

 侯生が要約すると、徐福が続ける。

「それをやっておかねば、最悪研究を完成させても陛下に使えぬという事態が起こる。それでは、何のために研究をしたか分からぬ。

 ここまでの努力を無駄にせぬためにも、何とか方法を考えねば」

 しかし、盧生は不安そうに呟く。

「とはいえ、簡単なことではありますまい。

 体に流れる血の性質……体質を他の者に移すなどと」

「ああ、分かっておる。普通に考えれば無理難題だ。

 だがこれができるかどうかで、研究の目標達成の難易度が大きく変わる。何か糸口がないかだけでも、探ってみるべきであろう。

 さしあたって調べるべきは……餅は餅屋か」

 徐福は少し考えると、ここで唯一心当たりがありそうな人物の下へ向かった。


 その人物は、今日も離宮の一室で女を侍らせて自堕落に過ごしていた。

 ただし、その目はいつもと違って眠そうに濁ってはいない。できるだけ素面で正確な情報を聞き出すために、半日酒を止めさせたせいだ。

 その男は、酒で緩んだ体に似合わぬ真面目な顔で徐福に問う。

「それで、俺に何を聞きたい?」

「尸解の血……その性質が、島外から来た者に移ることがあるかどうか。

 一族の長候補として、知っておかねばならぬだろう?」

 徐福たちが前にしているのは、蓬莱島から情報源として連れて来た男……元は尸解の民の長候補であった、安息起だ。

 徐福は、低い声で安息起に問いかける。

「尸解の血がもたらす現象……死体の起き上がりは絶対に島外で起こってはならぬ事だ。それを島外に漏らさぬため、島は外部と極力関わりを持たぬようにしていた。

 だが、何事にも間違いは起こる。

 帰す予定の漂流者を、どうやって帰していいと判断していたのか?

 その方法を教えてほしい」

 徐福が口にしたのは、島の危機管理だ。

 島は、自分たちの体質によって起こる死体の起き上がりを仙人だと言い広める事で、島の神秘性を高めて不可侵と交易上の優位を得ていた。

 そのため、万が一島の外で死体が起き上がれば、真実が知られて島の秘密が崩壊する。

 そのような事態を防ぐため、外に帰す者は絶対に死んでも起き上がらない者でなくてはならない。

 例えば、外の話を聞いた島の若者が漂流者に成り代わって外に出ようとするような……そんなほころびは絶対に防がねばならない。

「おまえたちは数百年に渡り、仙人の島の秘密を守ってきた。

 いや、海に追放される前からずっとだ。

 それだけ長い間、いかに地理的に隔絶されているとはいえ、全く秘密を漏らさなかったというのは驚嘆に値する。

 その守りについて、何か断片的な伝承でもあれば」

 すると、安息起はニヤリと笑った。

「くっくっく……大それたことを聞いてきたな!

 こいつを漏らすからには、報酬は弾んでもらうぞぉ……!」

 安息起の目は、欲望にらんらんと輝いている。

 それを見て、徐福たちの目の奥の炎も燃え上がる。これは明らかに、何か知っていそうな反応だ。

「へへへ、まずは新しい女を三人……いや五人だ!

 それから前に飲んだあの強い酒、それにあの珍味も……」

 さっそく報酬の話をしだす安息起を、徐福はやんわりとたしなめる。

「おいおい、報酬は結果が分かってからだぞ。少しなら前払いでやらん事もないが、報酬目当てに嘘を並べられては困るのでな」

「チッ、分かったよ。話すからしっかり聞いておけ!」

 安息起は悔しそうに舌打ちしたが、大層な話をしてやるという自信は揺るがなかった。


 全員が書簡と筆を持って聞き耳を立てる中、安息起はさんざんもったいぶった後、ついに口を開いた。

「尸解の性質が他人に移ることは……ある!」

 その答えに、徐福たちは全員が目を見開いた。

 これはいきなり福音だ。これが可能であれば、始皇帝を尸解仙にする目処が立つ。近くその処置を行えば、つなぎの実績にもなる。

 徐福は、思わず身を乗り出して食いつくように尋ねる。

「ほ、本当か!?

 それはどのように!?何が要る!?」

 我を忘れてまくしたてる徐福に、安息起は告げる。

「まあ、落ち着いて聞け。

 こいつは俺たちにとっても古い伝承だが……かつて、よその土地から来た者に我々の血を分け与える儀式があったらしい。

 例えば島……いや、もっと昔は村の外の者が我ら一族に嫁ぐ時に、血を分け与えて一族の一員として迎え入れる、と言ったか」

「おまえたちにとっても古い……ということは、廃れてしまったのか」

 徐福が心配そうに聞くと、安息起は神妙な顔でうなずいた。

「ああ、例の人食い死体の災厄以来、行われていないと聞く。

 おそらくそれで外からの血を入れることをひどく恐れた先祖が、外の者を受け入れない方針に変えてしまったのだろう。

 で、血を分けることがなくなったのだ」

 それを聞いて、徐福は納得した。

 徐福が蓬莱島を訪れた時、蓬莱の民は親近相姦による血の淀みで滅びかけていた。数百年の間外の血を入れず、島内だけで交配していたせいで。

 だが、外界から隔絶されていたのは島に追放される前も同じ。

 それでも、村が大陸にあった頃はそうした問題を起こさず続いていた。時折、その儀式によって血を与えて同族とした、外の人間を入れていたせいで。

「……となると、儀式のやり方や必要な物が分からない可能性が高そうですな」

 侯生が、渋面で懸念を口にする。

 盧生も、苦々しく顔を歪めて言う。

「論語に、三年間礼を行わなければ礼は必ず廃れ、三年間楽を奏でなければ楽は必ず破れる、とあります。

 それほど昔に廃れてしまった儀式では、もはや復活は難しいのでは……」

 だが、安息起はあっけらかんとして答えた。

「大丈夫だ、そんなに難しいものじゃない。やり方は簡単、材料もすぐ手に入る。

 あんなもの、やろうと思えばすぐにでもやれるさ」

 そう言って安息起は、徐福たちにその方法を耳打ちした。

 方法を聞いた徐福たちは、あっけにとられたように目をしばたいた。その方法が、拍子抜けするほど簡単だったからだ。

「……なるほど、それなら確かにすぐできそうだな。

 だが問題は……」

 ここで再び、徐福の表情が曇る。

 なぜなら、目的は始皇帝に尸解の血を与えるだけではないからだ。

「血を分け与えたところで、陛下が尸解の血を手に入れたとどうやって証明する?まさか殺して起き上がるか見る訳にもいくまい。

 陛下の実感として、仙人に近づいていると分からせねばならんのだ。

 それに、血を与えるのに成功したかどうか分からぬでは我々も困る。いざ陛下を尸解仙にしようとした時に、材料が揃っているか分からぬから」

 始皇帝が尸解の血を得たと、目に見えて分かるのが望ましい。これが島の守りの質問だ。

 だがその要望にも、安息起は自信の笑みを崩さなかった。

「なんだ、そんな事か。

 それなら今も行われている方法で確かめられる。我々……尸解の民の血を使わねば作れないものがあるからな」

 安息起はそう言って、島から持ち込んだ荷物の中からある物を取り出した。

 それを見て、徐福は目を見開く。

 安息起の手には、見慣れた独特の光沢を持つ赤い布。

「仙紅布か……!!」

 徐福が初めて始皇帝に近づく時に使った、仙人にしか作れない布がそこにあった。この布こそが、尸解の血の証明であったのだ。

「この色と光沢を出す染料を作るには、我々の血の上澄みがなければならぬ。血を加えてこの色が作れるようになれば、血を与えるのに成功したということだ。

 ただ、染料の素になる草は、安期小生の許可を取って島から取り寄せねばならんが」

 安息起の言葉に、徐福たちは歓喜した。

 尸解の血を他人に与える方法は、存在した。そしてそれを証明する手段も、あった。よりによって、徐福が仙人と関連づけて贈った品で。

 これはもう、やらない手はない。

 徐福はすぐさまこれを実行に移すべく、計画を練り始めた。

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