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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第十六章 仙才の色
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(76)

 地下では大成果を上げた研究ですが、その成果は地上に出せないものでした。

 琅邪の船出から二年が経過し、盧生と侯生は地上での成果のなさに焦りを案じます。


 その地上での成果につなげるため、研究の矛先は始皇帝に向き……。

 人食い死体の作成と解剖に、地下離宮は歓喜に沸いていた。

 これまでずっと目指し続けた、欲求とただ動く以上の機能を持つ存在ができた。これまでやってきた研究の、目に見える成果が出たと。

 研究者にとって、目に見える成果ほど嬉しいものはない。

 そのため徐福と助手たちは、これからも研究に力を入れるぞと意気揚々としていた。


 しかし、地上はそうでもなかった。

 盧生と侯生は、今日も漠然とした焦りをすました顔の下に隠して歩いている。

 この二人にとって、地下での成功は確かに嬉しいものであった。しかしその喜びは、地上に持ち出せぬものであった。

 始皇帝を始め地上の人間は、地下で何が行われているか知らない。

 知られてはならないのだ……研究と自分たちの命を、自分たちの手に留めておくために。

 始皇帝は、徐福が蓬莱島の仙人から仙薬を受け取って戻って来ると信じている。そのために盧生と侯生の指示に従い、神々のご機嫌を伺いながら待っている。

 だから始皇帝に研究の成果を示す時は、研究が完成し始皇帝を尸解仙にする時だ。

 途中経過は、口が裂けても言えない。

 地下で研究が進み成果が出ても、盧生と侯生は地上では普通にしていなければならない。何も起こっていないと見せなければならない。

 盧生と侯生は、それがとてつもなく嫌だった。

 自分たちは地下だけではなく、地上で多くの目に晒されている。だが地下での成功を、地上で発表して評価してもらうことができない。

 その身が潰れるほど期待の目を向けられておいて、何も成果を示せない。

 それが二人にとって歯がゆく、そして立場上危うくなりつつあった。


 ある日、始皇帝は二人を呼んでこう言った。

「徐福が海に出てからもう二年か……しかし、まだ何の音沙汰もない。仙薬は、いつになれば手に入るのかのう」

 その言葉に、盧生と侯生は全身に冷水を浴びせられた心地だった。

 二年……徐福が仙人に会いに行くと言って船出してから、もうそんなに経ったのだ。

 その間、仙薬の入手については表向き何も進んでいない。実績として挙げられるのは、徐福が最初に出した仙紅布と盧生が偶然で暗殺を防いだことのみ。

 時が経てば、長く仕えているわりに実績が乏しいと言われ始める。

 既に同僚の方士からは、そのような陰口を何度も聞いている。

 それが表だって言われるようになり、自分たちが再評価される前に、何か一つつなぎで功績を上げなければまずい。

 これまでも薄々そう感じてはいたが、今ほどそれを痛感したのは初めてだ。

 盧生は必死で平静を装いながら、こう答える。

「仙人を相手にする以上、あの方でも一筋縄ではいかぬでしょう。

 神や仙人の感覚は、我々人間と異なります。天を舞い悠久の時を生きる者を相手に、人間相手と同じような交渉ができるとは限りませぬ。

 そのために徐福殿は持てる限りの貢物を持って赴き、我々はここで手を尽くしております。

 それ以上は、神仙の領域としか言えませぬ」

「ううむ、そうかのう……」

 さすがに話術に優れた盧生のこと、鮮やかに煙に巻いて言いくるめてしまった。

 始皇帝は自分がなろうとしている仙人が人間を超越した存在であり、だからこそ尊く崇高な存在であると思っている。だからそれを理由に人のできる事が限られると言えば、それなりに納得してしまうのだ。

 しかし、これもいつまで続くか分からない。

 これからさらに長いこと成果が出なかったら、どうなるか。

 失望した始皇帝は、期待と信頼を他の者に移すかもしれない。あるいは何が何でも成果を出させるために、力で二人を追い込むかもしれない。

(……そうなる前に、何とかしなければ)

 内心戦々恐々としている二人の前で、始皇帝はため息とともに呟いた。

「待つばかりとは、歯がゆいばかりだな……」


 謁見が終わると、二人は重い足取りで地下離宮に向かった。

 驪山陵の工事現場では、今日も今日とて夥しい数の人間が働き、地上にも地下にも壮大かつ華麗な宮殿を作っている。

 これも、研究の場所確保と時間稼ぎのためだ。

 表向きは、始皇帝が尸解仙となった後の住処として作っている。研究が完成して、始皇帝が尸解仙となる前程の下で。

 だからこれの功績は、始皇帝が尸解仙になってみないと分からない。

 驪山陵の地下宮殿を守るという名目で、近衛兵に似せた等身大の俑も毎日焼かれている。その窯の煙は、毎日絶えることがない。

 これもまた、効果を発揮するのは始皇帝が仙人として驪山陵に住んでから。

 現時点では、何の功績にもなっていない。

 それでもこれだけのものを作らせ、盧生と侯生にそれに関わる大きな権限をくれるのは、始皇帝が必ず尸解仙になれると信じている……あるいは信じたいから。

 つまりこれらの事業における二人の功績は、砂上の楼閣のようなもの。

 もし始皇帝が仙人となれることに疑問を持ってしまったら、一気に崩れ去って浪費の罪に反転する危ういもの。

 これらをいくら積み上げても、信頼を勝ち取る証にはならない。

 欲しいものは実体のある……始皇帝が実感できる地上での成果であった。


 地下離宮では、今日も徐福と石生が研究について熱く議論していた。

「……しかし、人食い死体になると肉を食うのに、人として病んでいく過程では食物を受け付けなくなるとは不思議だな。

 おぬしはどう見る?」

「人間から人食い死体になる時に、死んでも機能するように作り変えられるのではないかと。働くのに血流を必要としない以上、明らかに生きている時とは違いますし。

 死んでから肉しか受け付けないというのも、そのせいかと……」

 徐福も石生も、キラキラと目を輝かせながらそれぞれの意見をぶつけ合う。

 二人とも、確かな前進によって得られた知見をさらに先につなげるのが楽しくて仕方ないのだ。

 研究は、報われると分かったのだから。

 しかし、そこに踏み込んで来た盧生と侯生はそうでもなかった。

 二人の浮かぬ顔に、徐福が気づく。

「む、どうした。何か問題でも起こったか?」

「今は、問題ありませぬ。

 しかし、放置して取り返しがつかなくなる前に対応を考えていただきたく……」

 熱い議論に水を差されて少しムッとしたが、徐福は素直に二人の話に耳を傾けた。その耳に、二人は地上の状況と自分たちの感じるところを告げた。


「……そうか、そうなっておるのか」

 話が終わると、徐福は難しい顔をした。

 二人の話は、徐福としても聞き捨てならない話だった。地上での二人の立場が悪くなれば、徐福たちも研究に必要な場所と物資を失ってしまうからだ。

 地上と地下の活動は表裏一体、どちらが欠けても成り立たない。

 だが、徐福は最近地下のことにかまけすぎて地上のことを忘れかけていた。地下で出た大きな成果に、目を奪われていたから。

 しかしその間にも、地上では見かけ上無為に時が過ぎていたのである。

「うむ、二年か……もうそんなに経ったのだな。

 地下で研究ばかりしていると、時の感覚がなくなっていかん。

 しかし確かに、あまりに長い間始皇帝に何の刺激もなしではまずいな。何か仙人に近づいている実感を与えるものが必要か」

 徐福は己の地上への無関心を反省しつつ、考える。

「仙人に認められた証として、新たに仙紅布を与えるのはどうだ?

 あれなら今すぐにでも出せるが」

 その案に、盧生は渋い顔をした。

「それならば確かに仙人とのつながりを示せますが、所詮は布一枚です。

 それに、同じ手を何度も使うのはあまりいい手ではありません。人を騙すには、手を変え品を変えが常道です。

 それから仙薬を取りに出かけた後でとなると、仙紅布はもらえたが仙薬はもらえなかったのかといらぬ心配を呼ぶ恐れもございます」

 盧生の懸念は、もっともだった。

 仙紅布は、蓬莱の民にしか作れぬ色の布でしかない。

 特別に魔除けの力がこもっている訳でもないし、何か奇蹟を起こす力がある訳でもない。本当に、何でもないただの布だ。

 大陸で作れないものとして初見で驚かせることはできたが、そこまでだ。本当に神仙に通じるのか、検証に堪えるものではない。

 何度も使えばそのたびにありがたみが薄れ、疑念を呼ぶだろう。

「ふむ、では仙紅布のみという訳にはいかぬな」

「はい。できれば陛下が仙人に近づいている実感が得られるようなものがよろしいかと……」

 侯生の意見に、徐福は考え込んでしまった。

 仙人に近づいている実感と言っても、どうすればいいか分からない。何か意味のない儀式を行ってそれらしい結果を演出する手はあるが、詐術がバレると状況が悪化する。

 どうにもいい考えが浮かばず唸る三人に、石生が声をかけた。

「では、本当に仙人に近づけてはいかがでしょう?」

「何、どういう意味だ!?」

 思わぬ提案に、徐福たち三人は目を白黒させる。

 石生は、恥ずかしそうに言う。

「恐れながら申し上げますが、最終的に陛下を尸解仙になさるのであれば、今から少しでも陛下の準備を進めておいた方がよろしいかと。

 尸解の民に肝の病を重ね、天然痘を与えて人食い死体を作るまでに、一年以上かかりました。

 研究が完成したとて、尸解仙にするまでに長い時を要するようだと、もしかしたら陛下の寿命に間に合わないかもしれません。

 なのでこの機に、今からでも陛下のお体にできる事を探してみては……」

 それを聞いて、三人の頭に稲妻が走った。

 言われてみればその通りだ。最終的に尸解仙にしたいのは尸解の民ではなく、元々尸解の血を持たない始皇帝なのだ。

 そのために、始皇帝の体にやれることを探さねばならない。

「よくぞ言ってくれた!すぐその方向で調べるぞ!!」

 徐福は、感謝感激して石生の手を握った。

 この案は突飛なようで、理に適っている。始皇帝を尸解仙にするための準備なら長い目で見ても損はないし、始皇帝にも実感を持ってもらえるだろう。

 徐福たちは勇んで、そちらの方向に研究の舵を切った。


 それが後々何をもたらすか、想像もつかぬままに……。

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