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人食い死体ができたので、徐福たちはそれを使った実験に移ります。
一気にグロくなるのでご注意を。
徐福が最初に手を付けたのは、危険の確認でした。
よくあるゾンビものの研究者みたいなずさんな管理は、うちの徐福はできる子なのでやりません。
記念すべき一体目の人食い死体が発生してから、研究はそれ中心に動き出した。
噛ませて感染させる実験により、既に人食い死体は五体に増えていた。それぞれ独房の中で、人が通るたびに物欲しそうな唸り声を上げている。
だが、無論徐福たちはそれで済ますつもりはない。
人食い死体はあくまで、不老不死への通過点なのだ。ここから不老不死につなげるために、調べるべきことは山ほどある。
徐福は、勇んで実験を開始した。
「まずは、どの程度の感染力があるかを調べよ。
それによって、他の実験を行う際に取らねばならない対策が変わる」
最初に着手したのは、感染しやすさを調べることだった。
噛まれたら人食い死体になることは、伝承にも残っているし実験で確かめた。だから噛まれてはいけないことは、分かる。
だが、それ以外にも感染する方法はあるかもしれない。
もしあった場合、それを見落として実験を行えば自分たちが感染してしまう。
そうなれば自分たちの命が危ないし、最悪の場合は驪山陵の地下が人食い死体で埋め尽くされてしまう。
そのような事故は、防がねばならない。
よって、どの程度の接触で感染するかは最優先で調べねばならない。
「まずは、人食い死体の隣の独房に生きた人間を入れてみよ。
それから、人食い死体の血肉を肌につけた人間も隔離して様子を見よ。ああ、汚れはすぐ洗い流す者と半日ほどつけたままの者に分けよ」
隣の独房に入れるのは、空気や飛沫による感染の有無を見るため。
大流行を起こす疫病の中には、直接患者に触れなくても伝染するものがある。人食い死体の材料の一つである、天然痘もそうだ。
これらは患者に近づいたり、患者の持ち物に触れただけでうつってしまう。
人食いの病がこの仲間であれば、安全に実験するのは非常に難しくなる。それどころか、今既に自分たちが感染していてもおかしくない。
場合によっては緊急対応を取らねばならないため、これの確認は急務だ。
血肉をつけるのは、接触感染の有無を見るため。
患者それ自体に肌で触れる事で、どの程度感染するのか。もし少し触れるだけで感染するようなら、解剖などの一部の実験が制限される。
これからの実験の方針を決めるために、まず病の性質を知ることが第一だ。
徐福たちは固唾を飲んで、実験に使った死刑囚たちを見守った。
結果、隣の独房に入れただけの者には一週間たっても変化がなかった。常に人食い死体を見続けるため精神はだいぶ参っているが、肉体は健康なままだ。
「うむ、これなら触れずに感染することはないと思ってよさそうだ」
徐福と助手たちは、ひとまず安堵した。
だが、血肉をつけた方はそうはいかなかった。
すぐ洗い流した方は三人のうち誰も発症しなかったが、半日つけたままにした方は三人中二人が不調を訴え始めていた。
石生が診ると、やはり体が冷たくなり始めている。
「体幹はさほどでもありませんが、手足が冷たくなり始めています。冷や汗もかいていて、これは人食い死体になる兆候と思われます」
「そうか……しかし、ずいぶんゆっくり発症したな。
死ぬまで待っていては、時間がかかるかもしれん。
試しに、一人この場で殺してみよ」
徐福の命令を受けて、不調の一人が胸を矢で射抜かれて殺される。
間違っても、頭を射ることはしない。蓬莱島の言い伝えによると、頭が潰れたり首が折れたりすると死体が動かなくなるとのことで、それでは人食い死体になったか分からないからだ。
殺された不調の死刑囚は、程なくして人食い死体として起き上った。
「うむ、やはり感染しているな。
だが……元気な者もいる。これはどう見るべきか?」
「感染していないのか発症していないだけなのか、現状では分かりかねます。
確かめるためには……殺してみましょうか?」
石生の残酷な提案に、徐福は事もなげにうなずいた。
不調な者の結果から、自然に死ぬ前でも感染者は殺せば人食い死体になると分かった。確認のために必要なら、やるだけだ。
かくして殺された元気なままの男は、起き上がらなかった。
「ふーむ、となるとこいつは感染していなかったと考えるのが妥当か。
同じようにしても感染する者とそうでない者がいる。これは難しいな」
渋面の徐福に、石生が自分の見解を述べる。
「これは私の予想ですが……感染した者は、半日の間に血肉の汚れを自分で体内に入れてしまったのでは?
噛まれて感染するという事は、体液が体内に入ったら感染すると思われます。
同じように血肉の汚れを、傷口につけたり口に入れたりすれば……」
「なるほど、本人の行動次第という訳か」
徐福は、感心して呟いた。
確かに、死刑囚たちとしても半日も汚れがついたままなのは不快なものだ。気になってこすったり引っ掻いたりして、その手で傷口や口に触れれば……噛まれたのと同じ事だ。
「見事な洞察だ……が、これも証明せねばならん」
すぐさま、次の実験の指示が出る。
すなわち、人食い死体の血肉を傷口につけたり、口から飲ませてみるのだ。
結果、それをされた死刑囚たちはことごとく発症して人食い死体に変わった。傷の深さによって発症の早さに違いは出るものの、感染するのは確かだ。
「……これは、解剖実験には覆面が要るな」
「ですね。血や肉の欠片が口に入ったらうつってしまいますし」
実験結果を見て、徐福はすぐ助手たちに口元を覆うよう注意を促した。
こうして感染についての知見を積み重ね、危険な実験を少しでも安全にするための対策を立てていく。
「後は、感染した後どのくらいの時間で他への感染力を持つかも知りたいところだな。
それから、同じように感染からどのくらいで死んだら人食い死体になるのかも」
「はい、問題はまだまだ山積みですね」
しかし困った事に、発生した人食い死体も山積みになっていた。
いつの間にかたくさん作ってあったはずの独房は人食い死体で埋め尽くされ、次の実験を行う場所がなくなっている。
それに気づくと、徐福は軽く寒気を覚えた。
(……これだけの数、扱いを誤れば一気に手に負えなくなるな。
少し、増やしすぎたか?)
人間の血肉を求めて眠る事も休む事もなく呻き続ける化け物が、気が付けば自分たち研究する側の人数を超えている。
これでは、何かの間違いで解放されてしまったら太刀打ちできない。
一気に多数の人食い死体が解放されないよう一体ずつ独房に閉じ込めてはいるが、この数には恐怖を覚えた。
「せっかくの実験体を手放すのは惜しいが……安全には替えられぬ。
動く人食い死体は十体までとせよ。それ以上の分は、速やかに処分しろ」
命令一下、処分は迅速になされた。
格子の外から人食い死体の頭を槍で突き、本当の死に落とす。そして独房から引きずり出し、油をかけて燃やす。
天然痘でも燃やしてしまえば感染性はなくなるので、安全に廃棄するにはこれが一番確実な方法のはずだ。
念のため灰を死刑囚の傷にすり込んでみたが、さすがに感染しなかった。
とはいえ、こんな地下では燃やして処分するのも不自由だ。通風孔を作ってあるため火は焚けるが、人の死体を一度に何体もとなると煙が充満して息が苦しくなる。
結局、不要になった人食い死体の処分には思ったよりだいぶ時間がかかった。
「……処分できる速さを考えて感染実験をせねばならんな」
「感染性のある死体をあまり長く放置する訳にもいきませんし……。
まさかここが制限する要因になるとは」
思わぬ問題に、石生も苦い顔で頭を抱えている。
しかし、このような問題点を早く発見しておこうとするのが徐福の慎重で賢明なところである。研究を完成させるためには、安全に研究を続けられなくてはならないと分かっているのだ。
致命的な危険を孕む研究を行う以上、安全策は後手ではならない。
もし人食い死体を作り過ぎて管理しきれなくなったら、もし動かない感染性のある死体から助手たちに感染が広がったら……研究も自分たちの命という意味でも、命取りだ。
それを未然に防ぐことを考える徐福は、やはり一流の研究者であった。
だが、全ての懸念事項を迅速に検証できる訳ではない。
確かめたい項目によっては実験に長い時間を要するものもあるし、何より多くの実験を行うには多くの死刑囚が必要だ。
「侯生様より伝言です。
人柱用に飼っている死刑囚がこのままでは底をついてしまうと。近頃既に一度官吏に請求したので、あまり何度も請求すると怪しまれるとのこと。
つきましては、一旦死刑囚の使用をお控えいただきたいと」
これまでに行った実験で、蓄えておいた死刑囚を使いきってしまったのだ。
死刑囚は確かに長い目で見ればいくらでももらえるが、短期間に大量に使い潰せるものではない。
あくまで盧生と侯生が儀式用の人柱としてもらっているため、儀式で使う数を遥かに超えてどんどん人が消えるとさすがに怪しまれる。
一度怪しまれるとすぐには証拠を隠せず命取りになるため、侯生が危ぶんで止めたのだ。
「ううむ……だが、ここは侯生が正しいか。
道筋が見えてきたとはいえ、未だ不老不死は遠い。ここで露見する訳にはいかぬ。
とはいえ、我々が使える時間も無限ではない。多少の危険は残るが、できる実験からこなしていくしかないな」
死刑囚を使う感染実験は、ひとまずここまでだ。
まだ分からないこと知りたいことはあるが、それらを全て解明していては時間がかかりすぎる。研究は、始皇帝が生きているうちに完成しなくては意味がない。
それに、どうせ見落としを完全になくすなど不可能なのだ。
(始皇帝にも我々にも寿命がある以上、できる範囲でできる事をやるしかない。
さしあたって今できる事と言えば……解剖だな)
危険があることと、感染の仕方はある程度分かった。ならばその対策を取ったうえで、次に歩を進めるべし。
徐福はごくりと唾を飲み、解剖の計画を練るべく頭を巡らせ始めた。




