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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第十四章 一線を越えて
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(69)

 ようやく、物語の趣旨である例のブツができます。

 病に病を重ね狂気を重ねて、徐福はやっと目的の中間産物を手に入れます。


 最近亀更新ですみません。二人育児は思った以上に時間がない。

 最初の検体が死んでからも、徐福たちの下には次々と肝の病を発症した検体が届けられた。彼らは天然痘の病毒が与えられ、不老不死を求めるために殺される。

 しかし、もはや徐福の興味は後から来た検体たちに向かなかった。徐福が全ての感覚と情熱を向ける先、それは肝の病を異様に重く発症した異常検体だ。

 最初の検体と二人目を見ていて、普通に肝の病を発しただけの検体が辿る変化はだいたい予想がついた。

 だが、あの異常検体は何か違うことが起こりそうな気がする。

 徐福は他の普通の検体たちを助手たちに任せ、自分はひたすら異常検体の様子に目を凝らし続けた。


 異常検体の変化は、一度熱が下がってから起こった。

 これもまた、出るべきものが出ないのだ。

「熱が……再び上がってきません」

 石生が、心配そうに言う。

 天然痘の通常の経過では、熱は一度下がって再び上がり高熱が続く。肝の病を重ねた検体でも、熱は同じだった。

 しかしこの異常検体は、一度熱が下がって二日経っても再び上がる様子がない。

 石生は異常検体の首や脇に手を当てながら、力なく言う。

「……やはり、肝の病が重すぎて弱りすぎたのでしょうか。毒を少なくするためにあまり食べさせなかったせいで、もう熱を出す力もないのかも」

 異常検体は、げっそりとやせ細っていた。手足は枯れ枝のように細くなり、胴にはあばらが浮き、動くこともできなくなっている。

 重い黄疸のせいで土気色よりさらにひどい顔色をして、うつろな目をしてぶつぶつと訳の分からないことを呟いている。

 どう見ても、これ以上命を延ばせそうになかった。

「ううむ、熱が出るのも体力あってこそだからな」

「はい……この者はもう、病の邪気に抵抗できないのでしょう。

 既に、体が冷たくなり始めてございます」

 中国には古代から、熱は体が病と戦っている証だという考え方があった。熱が上がる病態を陽病、逆に冷えてしまう病態を陰病といい、陽病よりも陰病の方が体力が落ちていて重症であると言われている。

 つまり熱が出るべきところで出ないのは、死に近づいている証だ。

 石生が、悔やむように言う。

「申し訳ありません。おそらくこの者は、このまま死ぬでしょう。

 少しでも命を延ばすために食物を控えましたが、このような結果になってしまうとは……。こうなるくらいなら、危険を冒しても体力をつけておくべきだったのか……」

「いや、良い。

 これは元より実験に使えるかも分からぬ検体であった。むしろここまでもたせてくれたのだ、おまえは十分働いてくれた」

 徐福は、肩を落とす石生をねぎらった。

 それに、まだ見るべきところはある。

(この変化が、人食い死体につながらぬとも限らん。

 材料は揃えたのだから、最後まで見届けるべきだ)

 石生はこれを体力を落としすぎたせいだと嘆いているが、人食い死体につながる変化である可能性はある。

 むしろ徐福は、そちらに期待していた。

 その時、石生が声を上げた。

「うわ……!」

 徐福が目を向けると、石生は異常検体の着物をめくって顔をしかめていた。そこには、血と膿が染みだし周りが変色した傷口があった。

「動けなくなってからも姿勢を変えてやらなかったせいで、床ずれを起こしたようです。それに、もう傷から腐りかけている……。

 これは、本当に長くもたないでしょう。

 今日中には、死ぬと思われます」

 石生が顔をしかめているのは、傷から漂ってくる腐臭のせいだ。体力が極度に落ちているせいで、もう傷も治らないのか。

 だが徐福にとっては、琴線に触れるものがあった。

(腐っても動く……これはもしや……!)

 徐福の頭の中で、腐った傷口がかつて見たもっとひどいものと重なる。体中がボロボロに腐り、皮膚がはがれて内臓が垂れても動いている……動く死体だ。

 今までの動く死体は皆、死んでから劣化してそうなっていた。

 だがこの異常検体は、生きているうちにそうなりかけている。生きているうちに死の変化が始まるのは、境があいまいになっている証ではないか。

 少なくとも徐福には、そう思えた。

「……まあ、結論は死んでからしか分からんよ。

 とにかく、待ってみよう」

「そうですね」

 少し気を取り直した石生と共に、異常検体の顔に拘束面をつける。どのみち一日以内に死ぬのなら、もう水も必要ない。

 この検体たちの役目は、あくまで人間としての生を失って果たすものであった。


「例の異常検体が、死亡しました」

 一刻も経たないうちに、その報告はもたらされた。予想していたことではあるが、石生は残念そうな顔をした。

「ああ、やはり……こう早く死んでしまっては、天然痘が変化を起こす暇があったかどうか」

「一度は熱が出ているのだから、かかってはいるだろうさ。

 問題はあくまで、変化の方向だ」

 そう声をかけながら、徐福は他の検体の経過を整理して記す。

 これまでに、異常検体を含めて五人が肝の病を発して隔離区画に引き渡された。そのうち三人は死に、残った二人も発病している。

 しかし助手たちの報告を聞く限り、普通に肝の病を発した者の経過はみな似たり寄ったりだ。

 だからこそ、徐福はどうか異常検体にもっと変化が起こって欲しいと願いながら待っていた。


 その待望の報告がもたらされたのは、半日ほど経ってからだった。

「異常検体の死体が、動いています!」

 徐福と石生は、目を見開いて勢いよく立ち上がった。

「何、起き上ったか!」

 二人ははやる胸を押さえて、異常検体のいる独房に急行した。途中、他の作業をしていた数人の助手にも声をかけてついて来させる。

 心臓が止まってこれだけ時間が経っているのだから、蘇生は有り得ない。

 運が良ければ人食い死体、最低でも動く死体だ。それもこれだけ異常な経過を辿った動く死体なのだから、これまでのものとは違うだろう。

 徐福は、体中に湧き上がる衝動のままに独房に向かって走った。

 独房が見えてくると、鉄格子の向こうで蠢くものが見えてきた。

「お、おお……これは……!!」

 足枷のせいで膝立ちになり、包帯でぐるぐる巻きになった手で鉄格子を叩く、拘束面をつけたそれは、紛れもなく死んだ異常検体であった。

 徐福たちが近づくと、異常検体はぐるりと徐福たちの方を向いた。そして、格子の隙間から腕を伸ばし、体を格子にぶつけ始めたのだ。

 その動きに、徐福と石生の心に歓喜が弾けた。

「これは、普通の動く死体と違う!」

 これまで見てきた動く死体は、意味も意志も感じられない行動を繰り返すだけだった。音や光にわずかに反応するだけで、それに働きかけようとすることはなかった。

 だがこの異常検体の死体は、明らかに徐福たちに近寄ろうとしている。白く濁ったその目は徐福たちを捉えたまま、離さない。

 何のためにそうするのか……答えは、明白だ。

 それでも答えを確認するために、徐福は助手たちに指示を出す。

「おい、そいつの腕を押さえつけ、拘束面を取れ」

 死体を扱う防具を身に着けた助手たちが、数人がかりで異常検体の体を押さえつけながら拘束面を取る。

 拘束面が外れた途端、異常検体は大きく口を開けた。

 もう息をするのも忘れた口を顎が外れそうなほど開き、助手たちの方を見て時々カチカチと歯を鳴らす。

 その口の奥から、低い唸り声が漏れた。

「ウ……ウ……」

 まるで意志があるかのような動きに、助手たちは思わず身震いした。

 その恐怖に満ちた空気の中、徐福はギラギラと目を輝かせて異常検体をにらみ返した。

「いいぞ、素晴らしい変化だ。これまでの何の目的も意志もないただの動く死体とは違う……まるで、目的を持って行動しているようではないか!

 さあ石生、その目的は?」

 いきなり聞かれて、石生はびくりとした。

 だが、その答えはもう分かっている。


「我々を……食べようとしているのですか?」

 徐福は、顔いっぱいに喜びを浮かべてゆっくりとうなずいた。それを目にした他の助手たちにも、驚きと喜びが広がっていく。

「それでは……!」

 歓声を上げようとした助手たちを制して、徐福が一切れの布を取りだす。

「予想はついた、だが証明は必要だ。

 誰か、これに血を垂らして格子の向こうに放り込め!」

 すぐさま助手の一人が自らを傷つけて流した血を布に染みこませ、鉄格子の向こうに素早く落として身を引く。

 すると、異常検体は突然身をかがめようとして派手に転んだ。しかし人間のように痛みを気にすることなく身をよじって血染めの布を口に当て……ぐしゃぐしゃと噛みながら血をすすり始めたのだ。

 その光景に、今度こそ助手たちから大歓声が上がる。

「うおおお!!やったぞー!!」

 徐福もそれを止めることなく、一緒になって拳を天に突き上げた。


 ついに、できたのだ。

 死んでいながら食物を……人の血を求める、人食い死体が。


 この日、ほとんどの人間が知らぬ地の底で、開けてはならぬ扉が一つ開いた。その先にある災厄を、今の人は初めて目にした。

 だが目にした人々にとってそれは、今は希望に見えていた。

 それがいかに恐ろしいものであるか本質を知らぬまま、人はさらに大きく扉を開いていくのであった。

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