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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第十四章 一線を越えて
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(68)

 ついに天然痘と肝の病を重ねる実験が始まりますが、予想外の方向でイレギュラーが起こってしまいます。

 そして、検体に現れた変化とは。


 肝の病については、B型肝炎をイメージしています。

 ただの保菌者から急性肝炎、慢性肝炎、劇症肝炎まで多彩な経過を辿ります。体液を介して感染するので、割とうつしやすいです。

 輸血や性行為の他、ピアス器具の共用や刺青もリスクだから気をつけてね!保健所で無料検査ができるよ!

 数日間は、何事もなく過ぎた。

 天然痘は病毒に触れてから発症するまで一週間以上かかるので、何か変化があるとしたらそれからだと思われた。

 もちろん、それ以前に何かあっても対応できるよう検体の様子には常に気を配っている。

 だが、そんな心配をよそに一週間は何事もなく過ぎていった。

 治療のためを装って検体に体調を聞き、消化の良い粥を与えて養生させる日々。もちろん、食事が粥なのは後で解剖する時に消化管の中身が少ないようにだ。

 変わり映えのない日々に若干の苛立ちを覚えながら、そろそろ何か起こるはずだとやきもきしていた矢先……その報告はもたらされた。

「侯生様より、新たに肝の病を発した者ありとのこと!

 すぐこちらに引き渡すと」

 別の方面で進捗があった。

 徐福の予想通り、検体たちの中に他にも実験可能になった者が出だしたのだ。

「くくく、これは都合が良いことだ!

 前の検体と同じように独房に放り込め。そして前からいる検体が発症したら、食器や体を拭く布を共用にしてやれ。

 そうすれば少しは発症が早まるかもしれん」

 素早く指示を出して、徐福は湧き上がる期待に口元を緩めた。

「さあ、これからどんどん忙しくなるぞ。

 どうか、有意義な忙しさであってほしいものだな」

 徐福の思いに応えるように、この日を境に実験は一気に進んでいった。


 翌日には、先に運び込まれた検体が発熱した。まだ天然痘かは分からないが、助手たちはそれを想定した動きに移った。

「もし天然痘ならば、二日か三日で一度熱が下がり、それから熱が燃えるように高くなって発疹が出るはずです」

「うむ、前に侯生が運び込んだ患者と同じ流れだな。

 ただし、普通に発症すればの話だが……」

 石生から報告を受けながら、徐福は付け足した。

「安息起に聞いた話だと、島の伝承によれば、人食い死体に発疹はなかったらしい。だからもしかすると、症状に何か変化が出るかもしれん。

 その辺りを気に留めて、記録と監視を怠るな!」

「はっ!」

 それから三日後までは、おおむね普通の天然痘と同じだった。熱が一度下がり、再び上がって燃えるように高くなる。

 変化が出たのは、それからだった。

 いや、出るべきものが出なかったと言うべきか。

「……発疹が、出ませんね」

 高熱にうなされる検体の口の中を覗き込みながら、石生が言う。徐福も口に火を近づけてよく見たが、粘膜は少しむくんで荒れているだけだった。

 天然痘に特徴的な発疹が、出てこない。

「そうだな、この時期になればだいたい喉や口に発疹が出てきて、顔や胸にも広がっていくものだが……。

 前に侯生が持ち込んだ時は、皆もっと進行が速いくらいだった」

 徐福は、前回の感染実験を思い出しながら考える。

 検体たちは数百年の間天然痘に曝されなかったため、この病に極めて弱い。そのため前に天然痘のみにかからせた時は、大陸の者より発症が早く重症化して皆死んだ。

 あまつさえ今回の検体は肝を病んでいるため、もっと重症化してもおかしくない。

 それなのにこの時期になっても発疹が出ないとは……明らかに、通常の経過とは違うと言わざるを得なかった。

「このままだと、発疹が出る前に死んでしまいそうですね」

 検体は、既に意識がもうろうとしてうわごとを言っている。

「うむ、だがその方が人食い死体に近づきそうだ。

 いや、実際になるかもしれん。

 今からすぐに拘束しておくか。どうせこの状態では動けぬし、飯も食えぬだろうから、拘束しても同じことだろうしな」

 危険なものになる兆候があるなら、安全対策は早い方がいい。

 徐福と石生は協力して、検体の手足に枷をはめ、さらに猿ぐつわを噛ませた。そして検体の手を包帯でぐるぐる巻きにし、何もつかめないようにする。

 こうしておけば、人食い死体になったとしてもこちらを攻撃できない。

 患者の身が不自由になるとか、そんな事は関係ない。もう重症で動けないし、そもそも検体を人として扱う気がないからだ。

「さて、楽しみなことだ。

 人食い死体になればよし、ならなくても新しい知見は得られそうだ」

 明らかにこれまでと違う経過を示した検体を前に、徐福は一日千秋の思いだった。


 ところが、この検体が死んでいくところをゆっくり観察している暇はなかった。

「侯生様より、新たに肝の病を発した者の引き渡しです!

 発症から見る間に症状が重くなり、もう長くもたぬかもしれぬとのこと。検体として使うならば、処置を急げと!」

「何ぃ、そうきたか!」

 運び込まれてきた検体は、数日前に発症したとは思えぬほど重症だった。

 体と白目は松明の光の下でも分かるほど色が変わり、肝が大きく腫れているせいで腹がふくれている。息は荒く自分ではもう起き上がる事もできず、それでも恐慌をきたしたように暴れて訳の分からぬことを口走っている。

「こ、これは……もう肝がほとんど解毒の用をなしておりません!

 脳まで毒が回っているようです」

 石生が、驚きながらも診断を下す。

「まるで、酒に弱い者が急激に酒に肝を破られた時のようでございますね。

 徐々に肝が硬くなって死ぬ者でも、最期はこのように狂うと聞きます。これでは、感染させても発症までもつかどうか……」

 徐福は、頭を抱えて唸った。

「なるほど、肝の病の方を激烈に発症した訳だな」

 考えてみれば、検体たち蓬莱の民はこれまで大陸の流行病をほとんど経験していない。だから大陸のあらゆる病に弱いと考えるべきなのだ。

 肝の病は数百年前の人食い死体の発生前に村に入ったようだが、その時の病が島に移住してからも続いていなければ耐性は弱いと考えていい。それに、その時の病と今女からうつした病が同じとは限らないのだ。

 そういう訳かそれともただ運が悪かったのか、肝の病で普通と異なる経過をたどる者が出てしまった。

「どうしましょう、これも実験に使いますか?」

 困惑して聞いてくる石生に、徐福は少し考えてからうなずいた。

「やるだけやってみよう。

 逆に考えれば、肝の病でこうなる検体は貴重かもしれん。であれば、普通に発症した者とは違う知見が得られるかもしれん。

 いろいろな状態の検体で試して損はない。とにかく知見を集めるのだ!」

 徐福たちは、急いでその重症の検体に天然痘の病毒を与えた。少しでも多くの病毒を与えて発症を早めるように、既に発症した検体の唾を飲み水に混ぜる。

 そして、いつ死んでもいいように猿ぐつわ以外の拘束をした。

「ここまで肝をやられていたら、下手に食べさせるとかえって命を縮めるかもしれません。ですが、水だけはたっぷり与えて、せめて尿から少しでも毒が出ていくようにしましょう。

 どうにか、天然痘の発症までもってくれると良いのですが……」

 石生が医術の知識を総動員して、重症の検体を少しでも長らえさせるよう策を立てる。せっかくの異常検体なのだから、ぜひとも経過を見たいところだ。

 そうして重症の検体の対応にてんてこ舞いになっている間に、一番早く発症した検体は死んでしまった。


「……結局、発疹は出ませんでしたね」

 遺体を観察しつつ、石生が言う。

「今日で、熱が出てから八日目になります。普通なら、もう一目見て天然痘と分かる発疹が体中にあるはずなのですが……」

「うむ、やはり肝の病を重ねたことで何か変化があったようだな。

 喜ばしいことだ」

 そう言う徐福の目は、しかし笑っていなかった。

 なぜならこの検体はもう死んでいる……いつ起き上るか分からないからだ。場合によっては、人食い死体となって。

「とにかく、五日経つまでは起き上がっていないか一刻ごとに監視しろ。

 起き上がらなくても、解剖には回す」

「そうですね、体内がどうなっているか見なくては」

 実験は、死んで終わりではない。むしろ、死んでからが本番だ。

 起き上れば挙動を見て普通の死体と比べねばならないし、そうでなくても解剖して隅から隅まで体内を調べなければ。

 ただ、忙しさが一段落しないと解剖には取りかかれそうにないが。

 解剖にはどうしても多くの人手が必要になり、その分検体の監視が手薄になってしまう。そして、解剖に集中している間、自分たちは無防備だ。

 その間に人食い死体が発生して感染が広がる……などという悪夢は起こしたくない。

(やれやれ、あちらを立てればこちらが立たずか……痛し痒しだな。

 仕方のないこととはいえ、人手が限られているのが痛い。いや、そもそも天然痘がここまで危険な病でなければもう少しやりやすいのだが……)

 心の中でぼやきながら、徐福は他の検体を観察しつつ待った。

 二番目に発症した検体も最初の検体と同じように発熱しているが、発疹は出てこない。どうやら同じ経過を辿りそうだった。

 つまり、肝の病を重ねる事で確実に変化は起こっている。

 後は、どのくらいの確率で、どのくらい変化すれば人食い死体になるかだ。かつての発生でも、千人ほどの村で病により人食い死体になったのはごく少数なのだから。


 そうして五日が経ってみたが、最初に死んだ検体は起き上がらなかった。

「やれやれ、これは解剖用だな。

 もっとも、あまり傷む前に解剖できればの話だが」

 それでも新しい知見は得られたのだと、徐福は気を取り直す。実験はまだ始まったばかりだ、これからだと思いながら。

 そうして一息ついていると、助手の一人がかけつけてきた。

「肝の病の重い検体が、熱を出しました!」

 徐福は、思わずニヤリと頬を緩めた。

 どうやら、天然痘の発症までもったようだ。これでこの検体が、どのような変化を見せるのか確かめることができる。

 そうとも、実験はまだまだ続くのだ。

 残酷な病と病を絡めた実験は、加速度的に狂気を増していった。

 肝炎描写について

 病をうつす美女:慢性肝炎、血中ウイルス量高い。

 普通に肝炎を起こした検体:急性肝炎

 いきなり重症化した検体:劇症肝炎

 急激に酒に肝を破られた:急性アルコール性肝炎

 最期はこのように狂う:肝性脳症、アンモニアを解毒できず脳に回ってしまった状態。

 酒で肝臓が悪くなるのは古代から知られていたようです。

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