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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第十四章 一線を越えて
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(67)

 今回の実験の体制について。

 今回は盧生、侯生は参加しません。地上の都合と、それから二人にはそれぞれ現場以外の任務が割り当てられていました。

 しかし、だんだんと現場から遠ざかる立場に二人は内心不安を抱え始めています。

 その日から、地下離宮はにわかに慌ただしくなった。

 天然痘を用いた実験に備えて、必要なものが本宮近くの隔離区画へと運び込まれていく。天然痘に触れた者は二週間ほど離宮に戻れなくなるため、そのための準備も抜かりない。

 前回は準備もままならず実験することになってしまったため、いろいろと不都合があったが、それも今回のためのいい勉強になった。

 助手たちは実験のための役割分担を確認し、必要な資材を隔離区画に運び込む。

「侯生、今回はおまえは参加せず残れ」

 徐福は、うきうきしている侯生に水を差す指示を下す。

「は……私は立ち会えぬのでございますか!?」

「うむ、今回は石生と俺が隔離区画に行き、おまえをこちらに残す。

 おまえには、ここで他の検体たちの様子に気を配っていてもらいたい。そして、他にも肝の病にかかった検体が出たらすぐ隔離区画に移せ」

 思わず不満を漏らしかけた侯生は、徐福の指示を聞いて気を取り直した。

 これはこれで、責任重大な仕事だ。

 検体たちが肝の病を持った女と接触し始めたのは、全員ほぼ同じ時期だ。その中の一人が肝の病を発症したのだから、これから次々発症する者がいてもおかしくない。

 そういう者を、速やかに診断して実験に投入する。

 悠長に一つの実験が終わるまで待ってはいられない。なぜなら、病人がいつまでも病人でいるとは限らないからだ。

 病気はたいがい、時間が経てば患者が死ぬか治るかしてしまう。そうなってしまったら、もう実験には使えない。

 検体が実験に使える状態になったら速やかに見極めて実験場に送り届ける、これが今回の侯生の役目である。

 これは、医術の心得がある侯生と石生にしかできないことだ。

 前回は二人とも隔離区画に入ってしまったが、今回はそれでは都合が悪い。

 それに、侯生には別の役目もある。

「おまえは、正式に始皇帝に仕えて地上で働く身分でもある。始皇帝が留守にしていた時ならともかく、今長いこと姿を消すのはまずかろう。

 地上の様子に目を光らせ、盧生を支えてやってくれ」

「は、心得ました!」

 徐福は次に、盧生にも指示を出す。

「おまえは地上で必要な物資を調達し、それから蓬莱島と連絡を取る準備をせよ。

 材料は揃ったが、この実験が成功するとは限らん。もしかしたら、追加の検体が必要になるかもしれん。

 いや、人食い死体ができてもその先を考えると、検体はもっと必要だ。

 円滑に実験を進められるよう、材料の確保を頼んだぞ」

「……は、仰せのままに!」

 そう答える盧生の顔は、しかし悔しさをにじませていた。

 実際に、盧生は内心悔しいのだ。徐福に一番最初に声をかけられておきながら、その側で不死の研究の現場に携われないことが。

 これは、得意分野の問題である。話術や小手先の手品で人を欺くのが得意な盧生は権力者との交渉に向くが、解剖や感染実験では役に立たない。

 こちらに必要とされるのは、医術や薬学を得意とする侯生や石生だ。

 そのため盧生は、最近この二人に嫉妬を覚え始めていた。

(くそっ……俺は毎日あんなに神経をすり減らして始皇帝に仕えているのに、一番大事なところの手柄は侯生や助手どもに持っていかれっ放しだ!

 このまま不老不死が完成したところで、俺の手柄がどれほどになるやら……)

 一方、侯生も今回の実験に参加させてもらえないことに焦っていた。

(何と中途半端な立場であろうか……実験を間近で見ることもできなければ、始皇帝に誰より信頼されている訳でもない。

 俺だっていろいろと働いているのに、研究が完成したとて俺の立場は……)

 どこか剣呑な視線を交わし合う二人に、徐福は呆れながら釘を刺した。

「言っておくがな、おまえたちの仕事は研究になくてはならない大切なものだぞ。

 おまえたちが与えられた仕事をきっちりこなさなければ、研究の完成は望めぬ。それでは、栄光も富も何も得られぬぞ。

 人食い死体は、中継点でしかない。

 研究の完成までの道はまだまだ長いことを、肝に命じておけ!」

「はっ……」

 二人は、慌てて平伏した。

 そんな二人と、それから周囲で行き来する助手たちの様子を見て、徐福は小さくため息をついた。

(……どうも、皆が浮足立っていかんな。

 人食い死体はあくまで尸解仙への道標にすぎぬのに、それができそうだというだけで完成を目前にしたような心持では困る。

 目標は人食い死体を作ることではなく、そこから尸解仙へ至る道を求めることだというのに)

 徐福としても、気持ちは分からなくもない。

 これまでの実験では人食い死体を作ることを当面の目標としてきたし、人食い死体が研究の重要な足掛かりであることは確かだ。

 しかし、そこで気を抜かれては困る。

 研究は人食い死体で終わりではないし……何より、ここから先の実験はこれまでよりずっと危険だからだ。


 人食い死体に噛まれた者も人食い死体になる。

 村は手がつけられないほどの人食い死体であふれ、出入口を塞いで村ごと焼き払うより他に手がなかった。


 尸解の村がかつて辿った道を思い、徐福はぶるりと震えた。

(ここで、また同じ轍を踏む訳にはいかぬ)

 これまでのただの動く死体と異なり、人食い死体はその性質が病のように伝染するらしい。

 尸解の血を持たぬ者でも検体にできる便利がある反面、感染を制御できなくなる危険も孕んでいる。

 そんなものを、浮足立った心で扱ってほしくない。

 それでも人の心を思うように落ち着かせるのは難しいため、徐福は以前からの安全対策をさらに強化する。

「隔離区画に入れた患者は、必ず四半刻(30分)ごとに生死を確認しろ。

 もし意識がないようなら、生きていても足枷と拘束面をつけろ。その作業は必ず二人一組で行い、決して一人になるな。

 俺自身も含め、作業する者は必ず一日一回裸になって傷の有無を確認する」

 人食い死体から感染が広がらないように、微に入り細をうがち対策を立てていく。

 しかし、それでも穴がなくなったとはいえない。そもそも人食い死体の伝承自体が長い間語り継がれてきたため、どこまで正確か分からない。

 どれくらい危険かを確かめるにも、実際に作って観察するしかないのだ。

(……やれやれ、楽しみにはしていたが、これは正念場だな。

 だが願わくば、人食い死体はすんなりできてほしいものだ)

 危険だが、やらなければ先に進めない。

 安全のために、いろいろと新しい道具も揃えた。

 死体が他の人間に噛みつけないようにする拘束面、噛まれても人の歯が通らない作業時用の防具、できるだけ近づかずに取り押さえるためのさすまたも用意した。

 それらの使い心地を自分で試しながら、徐福は隔離区画を歩き回って準備の最終確認をする。

 失敗は、そして事故は許されない。

 徐福は不退転の決意とともに、助手たちと例の検体を連れて隔離区画に入った。


「さあ、おまえは今日からここで過ごしてもらう」

 本宮につながる迷宮の端、鉄格子で仕切った無機質な独房に、徐福は肝を病んだ検体を押し入れた。

「ここは、最初の……」

「ああ、天然痘を防ぐために隔離した場所だ。

 といっても、今回はおまえが隔離される側だぞ。おまえはうつる病気にかかっている、だから治るまではここで大人しくしておれ」

 そう言われると、検体は一応納得した。

 自分の体が辛いのは確かで、それを周囲に広げないためなら仕方ないと思っているのだろう。

 扱いやすい奴だと内心思いながら、徐福は検体を入れた独房の鍵を閉めた。だが、そこで検体が不安そうに尋ねる。

「……あの、この拘束具のようなものは?」

 徐福は優しそうな顔のまま答える。

「これはな、おまえが自分を傷つけるのを防ぐためだ。

 肝の病がひどくなって頭に毒が回ると、気がふれたようになる時がある。その時に暴れて体を傷つけぬようにな」

「……そんな恐ろしい病があるのですか!?

 ううっ……やはり島にいれば良かったか……」

 後悔してしょげかえる検体を慰めるように、石生が言う。

「申し訳ありませんね。大陸は元よりこういう所なのですよ。

 できる限りの手当てはいたしますから、今はゆっくり休んでください」

 そう言われると、検体は仕方なく横たわって置いてあった毛布にくるまった。

 毛布は少し湿っていて臭かったが、こんな坑道の中では天日で干すこともできないので無理もないと思った。


 よもや、その毛布が……天然痘で死んだ患者が使っていたものだなどとは……思いつく由もなかった。


 病を治そうと毛布にくるまる検体の体を、徐々に病毒が侵していく。

 これで材料は揃ったはずだ。尸解の血と、肝の病と、天然痘と。

 これからこの検体がどのような経過をたどりどうなるかは、観察してみなければ分からない。

 しかし確実にこれまでとは違うであろうという予感が、徐福にはあった。

 人食い死体が手に入るのは、もうすぐだ。

 徐福は検体に背を向けて見えないところで笑いながら、助手たちとともに心躍らせつつ去っていった。

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