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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第十三章 嘘の雪だるま
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 どんどんやる事が膨らんで生きづらくなる盧生と侯生。

 そして久しぶりに韓衆が登場します。


 始皇帝は暴君でしたが、非常に仕事熱心であったとも言われています。何でも自分で決めて全力でやろうとしたからこそ、寿命が縮んだのではないでしょうか。

 盧生と侯生が並んで歩いていくと、周りにいる宮廷の人々が次々と振り返る。今や二人は宮廷で最も注目を集める、時の人となっていた。

 しかし向けられる視線は、どちらかといえば刺刺しいものが多い。

 いや、目が合えば歯の浮くような愛想笑いを向けてくるのだが、観衆の一人に戻った途端に舌打ちするような感じだ。

 特に、古くから宮廷にいた儒者や博士からのやっかみは激しかった。

「あのような素性も分からぬ方士に国政をいいようにされるとは、我慢ならん!」

「これまで秦の国を支えてきたのは我々だというのに、最近の陛下は何かあれば方士方士とそちらばかりじゃ。

 完全に詐術に惑ってしまわれて……嘆かわしい!」

 二人の耳に届くところからさえ、こんな会話が聞こえてくる。増してや耳に届かないところでは、どんな言い方をされていることやら。

 中には、二人にあからさまに殺気を向けてくる者もいた。

「こんな怪しい奴らをのさばらせておいたら、国が腐ってしまう。

 何とかあの二人を排して陛下の目を覚まさせる方法は……」

 そういう者が現れ出したことについては、二人とも胆を冷やした。

 すぐに李斯に相談して、宿舎に他人が容易に近づけないよう防備を固めてもらった。おかげで今の二人の宿舎は、他の方士たちの宿舎から少し離れている。

「ふう……まさかこんな事で引っ越しまでせねばならぬとは」

「いや、引っ越しなど慣れっこさ。

 問題は、引っ越しても殺意から逃げられないことだ」

 新しい宿舎で疲れた様子の侯生に、盧生もうんざりしたように指摘する。

「自由気ままな田舎の方士だった頃は、やっかみを買ったり疑われて殺意を持たれても遠くに逃げればどうとでもなった。

 しかし、今はそうではない。

 陛下にお仕えして驪山陵で研究を続けるために、我々はここを離れられぬ。猫の爪が迫っても大空に飛び立てぬ、籠の鳥と同じだ」

 盧生と侯生にとって、こんな窮屈な状態は初めてだった。

 斉の沿岸地域で方士として暮らしていく中でも、意味のないことで金を巻き上げて嘘で嘘を塗り固めることはよくあった。

 しかしそういう時でも、彼らには常に逃げるという選択肢があった。

 自分たちを恨む刺客の刃が喉元に届く前に、嘘が取り返しのつかぬ大きさになる前に、何かと理由をつけてさっと行方をくらました。

 だいたい、それが方士の普通の生活だ。

 ずっとそんな生活をしていた彼らは、機を見るに敏で引き際を心得ていた。

 だから徐福に気を付けろと忠告されても、いまいちピンとこなかったのだ。逃げられなかった経験が、今までないから。

「……だが、今はこれまでとは勝手が違う」

「その通りよ、こうなってはもはや逃げる事も容易ではない。

 我々の命をつなぐためには、研究が完成するまで嘘で身を守り続けるしかないのだ」

 そうぼやく二人の目には、悲壮感すら漂っていた。

 今でも、本当にどうしようもなくなったら逃げるという選択肢はあるように思える。しかしその難易度は、前とは比べ物にならぬほど跳ね上がった。

 まず秦が天下で唯一の国となったせいで、逃げ込むべき他国がなくなってしまった。この広大な中華の大地のどこでも、秦の官吏が目を光らせている。

 そのうえ、二人は有名になり過ぎた。

 これだけ大々的に事業に関わって下々まで名が知れてしまうと、隠れるのも難しくなる。厳格な始皇帝が二人を探そうとすれば、なおさらだ。

 こうなると、身を守る方法は一つしかない。

 嘘に嘘を重ねてとにかく始皇帝の信頼をつなぎ止め、庇護を求め続けるしかない。

 これがいつまでも続けられない危うい方法であることは、分かっている。しかし、やめたくともやめられないのだ。

 それに気づいた時、二人は徐福が自分たちに与えた任の重さを理解した。

 しかし、それでも二人は雁字搦めの慣れぬ立場で嘘を重ね続けるしかなかった。


 こうなってくると、仲間のはずの方士からも妬みが激しくなってくる。

 自分たちと同じように徐福に推薦されたとして咸陽に来た他の方士たちは、今や自分たちとは全く違う天上の人間になった二人を羨んでやまなかった。

「くそっ適当なことを言って当たったからいい身分になりやがって!」

「信用されてると言ったって、当たったのは轀輬車の一件だけじゃないか。

 その他の事は、未だに何一つ成果が出てやしない」

 しかも同業者であるからこそ現状を見抜く目は的確で、彼らの指摘は二人にとって真実を突かれる脅威となりつつあった。

 ただ、彼らが同業者以外の前で口に出すことは幸いにしてほぼない。

 なぜなら、彼らも二人と同じような詐術に多かれ少なかれ手を染めているうえに、何一つ実績がないからだ。

 同じような詐欺の疑いで争った時に負けるのは、実績がない方だ。

 そのため今二人に対して声高に勝負を仕掛けると、逆に自分たちが破滅しかねない。それが分かっているから、内心憎くても黙っているのだ。

 黙っていられないのは、自説に相当自信がある者か極端に嘘を嫌う馬鹿正直者、そして己の破滅を恐れぬ無鉄砲だけだった。

 そんな馬鹿は滅多にいないが、いない訳ではない。

「最近のあなた方の行動は、同じ方士の目から見ても目に余る」

 そう言ってきたのは、韓衆だった。

 二人と同じように咸陽に来た方士の一人で、人が普通食べないものを常食とすることで仙人を目指すという変わった説を唱えている。

 しかも韓衆はこの自説に相当な自信を持ち、それを証明するために自らそれを実践しているという愚直者だ。

 この事実に基づいて効果を求めようとする姿勢は、盧生と侯生も評価していた。

 そんな韓衆が宮中で二人に会うなり、険しい顔でこう言ってきたのだ。

「我々が仙道を語るのは、人を導くためであっていたずらに人を苦しめるためであってはなりません。

 残念ながら方士仲間の中には、小生の考えを笑う者も多くおります。方術を金儲けの道具としか考えておらぬ輩が多いのです。

 小生は、あなた方はそうではないと思っておりましたのに……」

 韓衆は、失望も露わに言い放った。

「しかるに今のあなた方は、実体の分からぬものを語って周囲に苦しみを生み出すばかりだ。自らの利益のために次々と新たな事業を生み出し、人々を苦しめている!

 あなた方は、自分たちが始めたことでどれだけの人間が命を削るか分かっておられるのか!?」

 その言い方に、盧生と侯生の眉間に青筋が立った。

(我々が何をしているかも知らぬくせに、何を言う!!)

 二人にしてみれば、数々の事業は本当に不老不死という結果を出すために必要な布石なのだ。

 それに、俑にしろ地下宮殿にしろ二人が望んでこの規模になった訳ではない。二人が必要な物資や時間を手に入れるためにした事を、他でもない始皇帝がここまで広げたのだ。

 二人にとっては、むしろいい迷惑だ。

 自分たちにそのつもりはなかったのに、無駄に仕事を広げて多くの人々を苦しめているのは始皇帝だ。

 その言葉が喉まで出かかったが、二人はどうにか飲み込んだ。

 研究のことを知らない韓衆に、今ここで事情をぶちまける訳にはいかない。

 代わりに、盧生は皮肉たっぷりに言った。

「ほう、まあおまえの目から見ればそうなのだろうな。地を這う虫や蛇を食するおまえは、考え方までそいつらのように卑小になっているらしい。

 我々には、おまえには分からぬ崇高な目的と、そこに至る道が見えている。

 目の前に囚われて陛下の不老不死を妨げようとするおまえこそ、いたずらに苦しみを生み出しているのではないか!」

 すると、売り言葉に買い言葉、韓衆もカッと怒りを露わにして言い返してきた。

「何が不老不死だ!陛下のお命をも削っておいて!

 あなた方が苦しめている人々には、陛下ご自身も含まれるのですぞ。

 そうやって次々やらねばならぬ事を押し付けて陛下を追い込んで、このままでは不老不死どころか死を早めるだけです!」

「何ぃ!?」

 自分たちの目的を全否定されたように感じて、盧生は思わず韓衆に掴みかかろうとする。

 それを、侯生がとっさに間に入って止めた。そして、憤る盧生を抑えながら韓衆に問いただす。

「ほう、我々が陛下を苦しめていると?

 それは初耳だな、理由をお聞かせ願いたい」

 喧嘩腰の話ではあるが、侯生には確かに引っかかるところがあった。

 自分たちの提案が始皇帝の命を削っているという一言である。もしそれが本当ならば、それは自分たちの目的にも害となる。

 韓衆が事実に基づいて物を考えるということは知っているので、無視できなかった。

 すると、韓衆は呆れたようにこう答えた。

「あなた方が仕事を増やすせいで、陛下に負担がかかっていると言っているのです。

 お分かりになりませんか?」

 そう言われても、二人にはピンとこなかった。

 だって、始皇帝は最高権力者である。手足となって働く臣下ならいくらでもいる。一言命令を下せば、後は臣下がやってくれるではないか。

 だから臣下や労働者が苦しむのはともかく、始皇帝が苦しむことは理解できない。

 しかし戸惑う二人に、韓衆は告げる。

「陛下は、少しでも大事だと思った仕事は御自ら決裁をなさっております。毎日決められた量の書簡に目を通し、さらに書簡だけで分からぬことは自ら確認して決めておられるのです。

 その書簡の量は、一日一石にも及ぶそうです」

「一石!?」

 韓衆の言葉に、二人は仰天した。

 一石とは、約三十キロである。始皇帝は一日にそれだけの書簡に目を通し、自分で決裁を下しているというのだ。

 もっともこの時代の書簡は木や竹の板なので、紙と比べて内容の割に重い。しかしそれでも一石とは、相当な量だ。

 しかも書類で分からない部分は自ら赴いて確認するとなれば、その仕事量は想像するだに恐ろしい。

 二人は、俑の試作品のお披露目に始皇帝が立ち会っていたのを思い出した。

 その時は、俑ごときに顔を出すとは始皇帝も暇なのかと思ったが、そうではない。始皇帝は自分にとって重要な事業だから、忙しい中時間を割いて顔を出していたのだ。

 自分たちが言い出した事業をほぼそのように扱っているなら、これは始皇帝の命を削っていることに他ならない。

 二人は、全身に冷水を浴びせられた気分だった。

 侯生は、思わず韓衆の手を握って言う。

「大切なことを教えていただき、誠にかたじけない!

 我々は陛下がそこまでなさっているとは知らなかったのだ。これからも陛下の生活のことで気づいたことがあれば、どんどん指摘してくだされよ!」

「は……ま、まあそうおっしゃるのであれば……。

 というか、陛下のご健康を願う以上陛下の生活を知っておくのは当然のことだと小生は思ったまでで……」

 まさか素直に聞いてもらえると思っていなかったようで、韓衆は怒りを忘れてうろたえている。

 二人は韓衆に短く感謝を伝えると、足早に立ち去った。

 始皇帝がそんな生活をしているなんて、知らなかった。自分たちが始皇帝の首を絞めているなら、理由を探って手立てを考えなければ。

 意外なところから予想だにしなかった情報を得て、二人は今さらながら膨らんでいく嘘の重さを感じずにはいられなかった。

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