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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第十三章 嘘の雪だるま
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(63)

 引き続き、兵馬俑の回です。

 二人の提案を受けて、始皇帝はどのようなものを作ろうとしたのでしょうか。


 兵馬俑はその精巧さと規模から、中国でも世紀の大発見と言われています。あまりにも多すぎるので、保管できる場所が作れない現状では掘り出さずに保護している状態です。

 そんなものを、始皇帝はなぜ作ろうとしたのでしょうか。

 それから、俑の製作を命じる公式の命令が出た。

 官僚の李斯や馮去疾はすぐにそれを実行するための人や物の手配を始め、驪山陵の側にまた新たな作業場が作られた。

 始皇帝を守るための俑を焼き、さらにそれを入れる坑道を掘るために。

 それを報告すると、徐福はニヤリと笑った。

「なるほど、うまくやったな。

 俑とはいえ軍勢を作るとなれば、ちょっとやそっとの時間ではできまい。その間に人食い死体を作れれば、我らの勝ちは目前だ」

「は、ありがたき幸せ!」

 盧生と侯生は、得意顔で頭を下げる。

 すると、徐福は少し顔をしかめて二人に言った。

「策がうまくいったのは良い、しかしこれからは自分たちの身に気を付けろよ」

「は……それはどういう意味で?」

「おまえたちの言で、いろいろな事業が動きすぎている。その結果しわ寄せがいった者に恨まれたり、嫉妬を買うこともあるだろう。

 時によっては、おまえたちを害そうと動く者がいるやもしれん。

 おまえたちは周囲に気を配り、そうした者から身を守るのだ。おまえたちに倒れられては、この計画は続けられぬ」

 その言葉に、二人はピンとこない様子で顔を見合わせた。

「それはまあ、前々から気にしておりましたが……今さら改めて……」

「それに、事業といっても所詮俑をたくさん作るだけですし……」

 危機感のない二人を、徐福は厳しく叱りつける。

「馬鹿者、あの皇帝に事業を提案する時点で周りにかかる負担は尋常ではないのだ!自分の一言でどれだけの人間をどれだけ働かせることになるかを考えよ。

 驪山陵のことは、元々掘る予定だったのを転用しただけだからまだいい。

 しかし新たな事業となると、陛下の気分次第でどれだけ大掛かりになるか分からん。その規模によっては、おまえたちへの反感は尋常では済まぬぞ!」

 徐福は、二人をにらみつけて低い声で言った。

「おまえたちは、湘山の件や地下の星空と水銀の海から何を学んだのだ!?」

 その瞬間、二人ははっと思い出した。

 これまでも、始皇帝の望みから新たな仕事が生み出されたことはあった。そしてその規模は、総じて自分たちの予想をはるかに超える大きなものになっている。

 湘山では巡幸を妨害する女神に報復すべく、山一つ丸裸にして囚人の血で汚すという嫌がらせに出た。ただ信仰を失わせるだけなら、祠を壊して信仰を禁じるだけでいいのに。

 驪山陵の地下宮殿では、地上の風景を再現するために宝石で星空を作り、水銀を巡らせて川や海を作ることになった。地下水で川や池を作るという、もっと簡単で安く済む案が出ていたにも関わらずだ。

 つまり、始皇帝は何か始めようとするとことごとく大掛かりにする癖がある。

 かつてない肯定の威厳を見せつけようとしているのか、ただ単に大きいことはいいことだと思っているのか。

 徐福が言いたいのは、俑のことも同じようにとんでもない大事業になるのではということだ。

 しかも、今回盧生と侯生はどんな俑を作れと具体的に細かく指定していない。

 これは、始皇帝の考え次第でいくらでも膨らむと思っていい。

 それでも下は行程のやることを批判することを許されない。ならば批判と恨みはどこへ向かうかというと、それを提言した者だ。

 提言した者にそこまでやらせる気がなくても、始皇帝が膨らませた分も加えた恨みが提言した者に向けられる。

 それに気づくと、盧生と侯生の額に脂汗が浮かんだ。

「そ、そんな……まさか俑ごときにそこまで大掛かりなことは……」

「それは、結果を見て判断するんだな」

 徐福の厳しい一言に、二人は己の至らなさを恥じ入るしかなかった。


 それから一月ほど後、盧生と侯生は咸陽宮に呼び出された。二人が赴くと、李斯が待っていてえびす顔で言った。

「先日そなたらが提案した俑について、試作してみたので見ていただきたい」

 李斯の顔には、誇らしげな達成感に満ちた笑みが浮かんでいた。

 二人はそれを見て、とてつもなく嫌な予感を覚えた。

 いつも神経質な李斯がこんな顔をするのは、自分の仕事に絶対の自信を持てる時だ。となると、一体どんな代物を作り上げたのか。

 試作品ができるまでに一か月という時点で、何となく嫌な予感はしていたが……。

 二人が戦々恐々の思いでついて行くと、そこには案の定始皇帝が待っていた。白い布をかけられた俑と思しきものと、護衛らしき武人も並んで立っている。

 二人が前に出ると、始皇帝は興奮を抑えきれぬ様子で言った。

「おまえたちに言われた通り、できる限り似せて作ってみたぞ!

 存分に見て、審査してもらおうではないか」

 始皇帝の言葉とともに、白い布が取り払われる。

 その下から現れた物体に、盧生と侯生は目をむいた。


 それは隣に立つ武人にそっくりな陶製の像だった。

 身長や体格などはもちろん、顔の造形も瓜二つと言えるほどに似ている。さらに神や髭の流れ、鎧なども精巧に再現されている。

 そのうえ本人と見まがうばかりに忠実な彩色がなされ、今にも動き出しそうな生気をまとっているようにさえ感じられた。

 まさに一人の人間の姿をそのまま写しとったような、等身大の傑作であった。


 そのあまりのできばえに、盧生と侯生は開いた口が塞がらなかった。

(な、何と……まさかここまで……!!)

 目の前にあるのは、二人が想像していたものとかけ離れたとんでもない作品だった。あれを一体作るのに、どれほどの腕を持つ職人がどれだけ手間をかけているのだろうか。

 考えるだけで、気が遠くなる。

 盧生と侯生は、ただ顔を似せただけの小さな素焼きの、良くても上薬をかけた程度の普通の俑だと思っていた。

 それが、蓋を開けてみればこの結果である。

 徐福に言われた言葉の意味が、骨の髄までしみて分かった。

 始皇帝の何でも大掛かりにしようとする癖は、常軌を逸している。こちらが規模を指定しないで何か案を出した場合、それがどこまで膨らむかは常人の考えの及ぶところではない。

 二人は今さらになって、自分たちで大きさやでき具合を指定しなかったことを悔いた。

 これで二人は意図せずして、ここまでのものを作らせる事業の発案者になってしまった。もう取り返しはつかない。

 唖然としている二人に追い打ちをかけるように、李斯が説明する。

「これを陛下の近衛兵二万人分作り、驪山陵の周囲に埋めようと計画している。

 これで、地下の陛下をお守りできるであろうか?」

 教えを請うような李斯の眼差しに、二人ははっと我に返った。

「は、じ、十分でございます。

 そこまでなされば、いかに六国の亡霊といえど近づけますまい!」

 二人は背中にびっしょりと汗をかいて、声を揃えて答えた。これ以外に、答えられようはずがなかった。

 ここまでやらなくていい、などとは言えない。

 始皇帝にとってこれは自分の身と住処を守る切実な問題であり、できが良ければ良いほど安心できるからだ。

 いかに始皇帝の身を全うし満足させるかしか考えない李斯については、言うまでもない。

 それに、下手にいい加減でいいなどと言えば疑問を持たれてしまう。始皇帝はこれを仙人になるための試練のように考えているためできる限りを尽くしてこそと思っているのだ。

 これでは、明らかにやりすぎでも現状を認めて任せる他ない。

 もはや、後に引ける状況ではない。

(しかし、こんなものを二万体……)

(一体どれだけの人手と金がかかるというのだ……とんでもない事になってしまった!)

 この事業のために何がどれだけ動員されるのかと考えると、二人は頭がくらくらした。自分たちが思い描いていたのとは比べ物にならない、巨大事業だ。

 二人はただ、ちょっと造りが細かい俑をたくさん作らせて数ヶ月稼げればと思っていたのだ。

 それがここまで精巧なものを二万体となると、もはやいつ終わるのか見当もつかない。効果の出過ぎもいいところだ。

(もし、これが終わるまでに研究の成果が出なかったら……!!)

 最悪の予想が頭をよぎって、二人はぞっとした。

 始皇帝がここまでやるのは、どうしても不老不死になりたいという強すぎる願望の表れでもある。

 もし自分たちがその願いを叶えられなかったら、何が起こるか……。

 その恐ろしい未来を回避するには、必死で研究を進めて成果を出すしかないのだ。

 寒気を覚えながら決意した二人の前で、始皇帝は満足そうに笑っていた。

「はっはっは、そうであろう!

 ここまでやって満足してもらえぬとあっては、朕にも打つ手がなくなるところであった。それでは仙人になっても、居場所に困ってしまう。

 だが、これで問題は解決じゃ!

 後は計画通りに頼んだぞ、李斯!」

「は、仰せのままに」

 深々と頭を下げる李斯と二人を横目に、始皇帝は上機嫌で退出していった。武人もその後を追うように、持ち場に戻っていった。

 三人だけが残されると、李斯が盧生の方を見て言った。

「ふう、また仕事が忙しくなるが……この忙しさも陛下の懸念を解決する方法あればこそ。

 我々だけでは対処できぬ難題に次々と対策を出してくれるそなたらのことは、非常に心強く思っておる。

 また何かあれば、よろしく頼むぞ」

 そう言う李斯の目には、一点の疑いもなかった。

 仙人になるためと言われれば惜しみなく全力を注いで完璧にしようとする始皇帝と、彼のためなら骨身を惜しまず願いに沿おうとする李斯。

 この組み合わせの恐ろしさを、二人は改めて思い知った。

 こうして、ただ少し時間を稼ぐために軽い気持ちでした提案は、坂道を転がり落ちる雪玉のように途方もない大きさに膨らんでいった。

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