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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第十二章 隔離区画
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(59)

 ついに、天然痘にかかった死体の解剖です。

 人食い死体の材料を一つ加えたことで、死体にはどんな変化が起こったのでしょうか。


 天然痘は本当に内臓にも病変が出るらしいです。

 解剖の日、侯生は約束通り隔離区画にやって来た。

 隔離区画の死体置き場では、既に徐福たちが解剖の準備を終えていた。普通の死体が一体と動く死体が一体、寝台に拘束されている。

 普通の死体はもう一体あるが、これは天然痘の種として残すらしい。

「お待たせしました、徐福殿」

「うむ、ちょうどいい時間だな。

 あまり遅いと、熱湯が冷めてしまうところだった」

 死体置き場には、桶何杯分もの熱湯と、そして通気口の近くに小さなかまども用意してあった。さらに、部屋の中に水路が通っている。

 以前の解剖で苦労した点を改善するために、盧生と侯生が設備の充実を訴えた結果だ。

 徐福は感心してその設備を見回し、侯生に礼を言う。

「前回は道具を洗うにも片づけるにも苦労したが……今回からはぐっと楽になりそうだ。

 これもおまえたちの働きの賜物だ、感謝しておるぞ!」

 解剖を行うすぐ側にいつでも使える流水があり、通気口のおかげで火を焚けて湯を沸かせる……これは便利だ。

 これで解剖が、以前よりずっと簡単にできるようになった。

 徐福は、待ちきれぬと言うように手をわきわきと動かしながら言う。

「さて、それでは早速始めようか!

 前回と同じようにまずは普通の死体、続いて動く死体を解剖する。

 新たなる叡智を得る時だ、皆存分に好奇心を奮わせよ!」

 死体置き場を、かまどの熱さとは違う熱気が支配した。徐福だけでなく、助手たちも色めき立っているのだ。

 自分たちを自由の身に近づける、大いなる探求の場に。

「では、しっかりと記録しておけよ!」

 全員が目を皿のようにして見つめる中、徐福の小刀が閃いた。


 発疹でボコボコになった肌を、注意深く切り裂いていく。発疹のせいで肌の触り心地が変わってしまっているため、切るべき所を見極めるのも一苦労だ。

 発疹の下まで一度切って、そこに指を突っ込んで骨や筋の形を確かめてから深く切る。

 何とも面倒で、汚れの多い作業だ。

「ふう……これは水道なしではきついものがあるな。

 だが、死体の劣化具合は以前よりだいぶましか」

 それでも手指にまとわりつく汚れそのものの不快感や気持ち悪さは、前回の解剖とは比べ物にならないくらい軽い。

 前回解剖した、特に動く死体はだいぶ劣化が激しかった。島から持ち出されて数ヶ月が経過し、さらに助手の選別に何度も使ったため損傷していた。

 そのドロドロに腐敗して蛆までわいた死体には、徐福以外の全員が気分を悪くしたものだ。

 しかし、今回はだいぶましだ。

 これらの死体は死んでから二週間足らず、しかも天然痘と尸解の血が何か反応したのか劣化が遅くなっている。

 変色もしているし腐臭も放つが、だいぶしっかり原型を保っている。

 しかし腹を開いてみると、徐福は少し顔をしかめた。

「何だこれは……!?

 臓器が、まだらに腐敗している!」

 一つの臓器がまだら模様に腐っているのではない。臓器によって、腐敗の遅いものと速いものがあるのだ。

「これは……以前の死体と違う所見だな」

「とりあえず、劣化の速いところと遅いところに分けて整理しましょう」

 前回解剖した動く死体は、体を動かすのに使う筋肉の劣化は遅かったものの、内臓はほぼ平等に腐っていた。

 しかし今回の死体は、明らかに違う。

 天然痘によって、明らかに変化した所見を示している。

「これは新しい発見だ」

 すぐさま徐福の指示で、口からつながる臓器が枝のように引っ張り出される。それを板の上に並べると、侯生が気づいた。

「全てかは分かりませんが……口から管でつながっている臓器の腐敗が遅いような」

 そう言われて、徐福も臓器をまじまじと見る。

 劣化が遅いのは食道と胃腸、そして気管と肺。侯生の言う通り、口という一つの穴からつながる開けた場所だ。

 対して普通の動く死体と同様に劣化してしまっているのは心臓や脾臓など……主に出口を持たない臓器だ。

 肝臓のように消化管につながっているものは、管の劣化だけ遅くなっている。

「これは奇妙な……。

 いや、だが次の段階を考えれば筋が通るか!」

 劣化の速さで分けてみて、徐福は気づいた。

(次の作ろうとしているのは人食い死体……食べる機能を保った死体だ!)

 機能を保つには、それに必要な器官がある程度保たれていなければならない。だから食べる機能を保つには、消化管が必要だ。

 おそらく人食い死体も、口から消化管の劣化は遅いだろう。

 だからこの変化は、間違いなく人食い死体につながるものだ。食べる機能を保つのに必要な方向に、変化している。

「なるほど……これは間違いなく不死への第一歩だ。

 しかし、どうしてこのような変化が起こるかは、調べねばならぬか」

 変化することは分かった。後は変化する原因を調べてそれを全身に応用すれば、全身の機能を保った尸解仙に近づくはずだ。

 問題は、なぜそんな変化を起こすのかだ。

 徐福と侯生が考えていると、横から元屠畜業の助手が口を挟んだ。

「自分の推測が正しいか分かりませんが……一つ、見るべきところはありあす。

 気管と食道、それから胃と腸を少しだけ切り開いてみてくだせえ」

 意図はよく分からなかったが、侯生はとりあえず切ってみた。すると、驚くべき光景が目の前に広がった。

「そうか、これは……!」

 死体の気管と消化管の中は、肌と同じように発疹で埋め尽くされていた。外からではよく分からなかったが、切り開いてみると一目瞭然だ。

 石生が、納得したようにポンと手を打つ。

「なるほど、確かに患者は口の中や喉まで発疹だらけになっていた!

 それが体内に至るまでずっと続いていたのか」

 思い返してみれば、患者の様子を伝える書簡の中に確かにそんな記述があった。発疹で喉が塞がりそうになっていると。

 侯生も徐福も発疹などどうせ体の表面だけだろうと半ば無意識に考えていたが、本当にそうかはこうして切ってみないと分からない。

 まだまだ自分も考えが至らなかったと、目からうろこが落ちた思いだった。

 徐福は夢中になって、他の臓器につながる管を切っていく。

「おお、見よ!

 管が細くなるに従って発疹がなくなっていき、発疹がなくなった辺りから劣化が速くなっている。つまり、発疹がある所の劣化が遅いのだ!」

 劣化の速さを変化させる法則が、見つかった。

 この天然痘にかかって死んだ者の体は、骨格筋と一部の内臓の劣化が遅い。それは元から尸解の血により劣化が遅かった部分と、天然痘の発疹が出た部分だ。

 同時に、天然痘の発疹が組織の保存に貢献することも分かった。

 この素晴らしい研究結果に、徐福はえびす顔で助手たちと侯生をほめる。

「よくやったぞ、おまえたち!

 これで、尸解仙への道が前よりずっと大きく開けた!!

 これも侯生が検体と病毒を持ち帰り、助手のおまえたちが俺の気づかぬところを指摘してくれたおかげだ。

 俺たちは今、不老不死に向かって大きく前進したぞ!!」

 徐福の言葉に、侯生と助手たちの心も沸き立つ。

 こんな事が起こるなんて、普通に生きていてもまず知ることはないだろう。自分たちはその新たな知識を、おそらく歴史上で初めて手に入れたのだ。

 これは間違いなく、人類の歴史の中で大きな一歩だ。

 そう思うと、不謹慎ながらも興奮を抑えきれなかった。

「徐福殿、このまま動く死体の方もやってしまいましょう!」

「うむ、この調子でどんどん新しい叡智の扉を開くのだ!」

 新たな発見に意気上がるままに、徐福は動く死体に小刀を振るった。

 もはや目の前にあるのは、悼むべき人間の死体ではない。切れば切るほど新しい知識があふれてくる、叡智の宝箱だ。

 徐福たちは血と腐汁まみれになりながら、夢中で動いている人型のものを切り続けた。


 熱狂が去った後、気だるい雰囲気の中で宴の後片付けをする。

 徐福たちは汚れた器具や寝台を洗い、熱湯をかぶせて悪臭を防ぐ。そして死体の血や汁が混じった汚水を、排水路に流す。

 興奮が冷めつつある体に力を込めて水を流しながら、侯生が言う。

「いやあ、実に成果の多い解剖でございました。

 運搬の途中で検体が発熱した時はどうなるかと思いましたが、結果としてこれだけの知識を得られたので無駄にはならずに済みました」

 それを聞くと、徐福は少し残念そうに呟く。

「うむ……動く死体の方は、あまり得る物がなかったがな」

 結局、後で解剖した動く死体からは、新たな見地は得られなかった。

 体内の様子は骨格筋が動いている以外は普通の死体と変わらず、血眼になって変わったところを探していた徐福たちを落胆させた。

 が、全体として見れば新たに重要な知識を得られた貴重な実験だった。

 後はこの知識を元に、一歩一歩不死へと進めていくだけだ。

「次は人食い死体か……時間はかかろうが、楽しみなことだ」

 片づけられていく実験の後を名残惜し気に眺めながら、徐福はぽつりと漏らす。

 人食い死体ができたら、次はどんな新しい叡智が得られるのだろうか。そう思うだけで、徐福は一日千秋の思いだった。

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