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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第十二章 隔離区画
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(56)

 ついに侯生が、驪山陵に天然痘を持ち込みます。

 徐福もそれに備えて、それを扱うための隔離区画を用意していました。それは、どのような場所なのでしょうか。

 驪山陵の内部は迷宮であり、作ったら作りっぱなしの場所はあるものです。

 夜が更けて、驪山陵の工事現場はひっそりと静まり返っていた。

 日中は全国から集められた十万を超える労働者がアリの群れのように働いているが、夜は休息の時間だ。

 ただ労働者の逃亡を防ぐ警備兵の足音と、かがり火のパチパチという音だけがかろうじて無音を退けている。

 その静かな闇の中、数台の荷馬車が工事現場の入口に止まった。

「何者か。通行証はあるか?」

「はい、ここに」

 荷馬車を率いてきた男は、懐から取り出した通行証を番兵に見せた。

 すると、番兵はいぶかしそうな顔をした。

「侯生様……ですか。確か、陛下の巡幸について行かれたのでは?」

「うむ、そうだ。しかし途中で親族の訃報が入って、巡幸から離れざるを得なくなってしまったのだ。

 巡幸は行程の機密上、一度離れると容易に合流できぬ。それゆえ用が済んだら咸陽に戻ると申したのだが……伝わっていないか?」

 それを聞くと、番兵は上の者に確認しに行った。

 しばらくして上の者がやって来て、侯生を通すよう門を開ける。

「失礼しました。

 しかし、明るいうちに戻っていらっしゃればもっと早く対応できたのですが」

 言い訳の中に文句を交えた口調に、侯生はすまなさそうに言った。

「うむ、申し訳ない。しかし気の流れと星回り上、どうしても今夜やっておきたい儀式があってな……迷惑をかけた。

 だが、必ずそれ以上の恩恵が得られるようにする!」

 そう言われると、番兵たちは何も言えなくなる。

 侯生は始皇帝の信頼厚い方士であり、驪山陵の工事監督でもある。その侯生が必要だと言えば、番兵や官吏たちに逆らう事はできない。

 侯生はせめて周りで眠る他の者に迷惑をかけないように、静かに驪山陵に入った。


「徐福殿、起きてくだされ!!」

 驪山陵に入るとすぐに、侯生は走り出した。息を切らして地下離宮に駆け込み、徐福と助手たちを起こす。

「むーん、侯生か……こんな時間に、何かあったのか?」

「は、実は……」

 眠い目をこする徐福に、侯生は手短に事情を説明した。

 徐福に命じられた二つの任務を果たし、検体と天然痘の病毒を持ち帰ってきた。だがその途中、今朝から検体の一人が熱を出してしまった。

 それを聞くと、徐福も一気に目が覚めたようだ。

「……なるほど、それはいかんな!

 もし天然痘であれば、すぐ隔離せねば他の検体が危ない」

「左様でございます、つきましてはすぐ搬入と隔離を!」

 徐福にも、侯生の言わんとしていることはすぐ分かった。この任務を同時に命じた時点で、徐福もその可能性を考えていたからだ。

 そうである以上、受け入れる徐福の方も準備はしてあった。

 ただちに、天然痘を済ませている助手たちが集められて検体を運び込む。

 検体といっても生きた人間なので、歩ける者は叩き起こして歩かせてだ。突然の事に訳が分からない障害者たちを、獣でも追い立てるように急かす。

「徐福殿、隔離できる区画は準備できていますか?」

 侯生が尋ねると、徐福は額に汗を浮かべながらも答えた。

「無論だ、いつおまえが帰って来てもいいように整えてある。……といっても、離宮のような生活空間ではないがな」

 そう言って徐福は、侯生たちを新しい扉の前に案内した。

 真新しい鉄の扉……その先に広がっているのが、天然痘を扱い人食い死体を作るための実験区画……隔離区画だ。

「ここは、位置的に本宮に近い辺りですか?」

「そうだ、将来始皇帝が住まう本宮につながる回廊の一部を使わせてもらった。

 元は侵入者を迷わせ宝物や皇帝を守るための迷路だが、用途が用途だけあって作ってからは警備兵すらおらぬ。

 その端の辺りを細かく区切って、独房をたくさん作ってある」

 そこは複雑に枝分かれし、曲がりくねった細く先の見えない通路。侵入を防ぐだけでなく、一旦連れ込んでしまえば脱走も容易ではない。

 しかもこの区画は本宮に属するため、水道や排水路、空気の流れが離宮とは別になっているのだ。

 天然痘のような危険な疫病を扱うのに、うってつけの構造だ。

 離宮で天然痘を扱えば、水や空気の流れを通じて感染させるつもりのない検体にも感染させてしまう恐れがある。それを防ぐための、この区画だ。

 徐福と侯生たちは、連れてきた検体たちを次々とこの独房に押し込んだ。

 独房には、簡素な寝台と便所代わりのふたつきの桶があるだけだ。人柱用の大部屋よりはましかもしれないが、それでも殺風景で、そのうえここに入れば一人ぼっちだ。

 およそ、人を人として扱う施設ではない。

 検体たちは怯えたが、どうしようもなかった。

 検体たちは皆が体や頭に障害があり、抵抗する力は弱く逃げる方法を考える程賢くもない。

 おまけに独房は鉄格子で閉ざされ、助手たちが鍵をかけて管理している。鉄格子でない面は、固くどこまで続くか分からない岩壁だ。

 今さら脱出など、できようはずがなかった。

 検体たちにできる事は、天に祈って徐福たちに命を預ける事だけだった。


 ようやく他の全ての検体を移し終えると、侯生は最後に熱を出した男を担架に乗せた。

 今朝は少し熱がある程度だった体が、今はもう燃えるように熱くなっている。元々足は悪かったが、体中の節々が痛むと訴えてもう歩けもしない。

 助手たちが担架に寝かせると、男はすがるような目で侯生を見て言った。

「あ、ああ……どうか、助けてくだせえ!

 せっかく体を治してもらえると思ったのに……こんな病で、くたばってたまるか!」

 それを聞いて、徐福は苦笑した。

「治してもらえる、ね……あいつはそう言ってこいつらを送りだしたのか」

 あいつとは、今も蓬莱島を長として守っている安期小生のことだ。この障害者たちを検体として徐福に差し出すと約束したのは、安期小生だ。

 しかし、本当の事を言って送り出す訳にもいかないだろう。健常者より弱いとはいえ、実験台にされると分かれば抵抗したり他人に助けを求めたりするはずだ。

 そうなれば、蓬莱島の秘密と繁栄が壊されかねない。

 それを防ぐため、安期小生は障害者たちをだましたのだろう。

「長から聞きました……大陸には、島とは比べ物にならない高度な知識や技術があると。そして、島では夢物語と言われるような事もできると!

 だから島を出て大陸に行けば、この不自由な体を治せるかもしれぬと!

 体が治れば、私も皆と同じように働ける。これまで五体満足な者に迷惑をかけてばかりだったが……きっとその恩を返せる日も来る。

 そのためにも、どうか治療を……!」

 男は熱に浮かされた目で、それでも夢見心地で言った。

 侯生は呆れたように頬をぴくぴくさせながら、しかし徐福に聞いた。

「治療は……必要でしょうか?」

「うーむ、正直助かる可能性はとてつもなく低そうだが……まあ、やっておけ。

 こいつは肝の病を患っておらぬというから、人食い死体にはならんだろうが……生き残ったら、また別の可能性を持った検体になるやもしれん」

 徐福と侯生がひそひそ話をするのを、男はなおも希望に満ちた目で見ていた。

 二人が、治療の相談でもしていると思っているのか。

 自分が本当は何のために送り出されたのか、ここまで来る間に少しも疑いを持っていない。閉鎖的な小さな社会で育ったが故の、人の良さだ。

 月も星も見えない地の底に運び込まれて独房に入れられても、病気を他の者にうつさぬためと言ったらすんなり納得した。

 簡素な寝台の上で震える男に薬を飲ませながら、侯生は言った。

「辛いだろうが、まあ今はこれでも飲んで寝ていなさい。

 おまえは必ず、役に立てるようになるさ!」

 嘘は言っていない。

 どんな形で誰の役に立てるとは、言っていないからだ。不老不死のための実験台になるということは、人の役に立つことだ。

 苦しい息を継ぎながら薬を飲み干すと、男は力尽きたようにぐったりした。

 その様子を観察しながら、侯生は思った。

(これは思った以上に進行が早い、それに重症だ。大陸の人間なら、ここまで熱が高くなるのは二日後くらいなのだが……。

 人食い死体になるかは別として、経過を見ておく必要がありそうだ)

 侯生は独房から出ると、助手に声をかけた。

「一刻(二時間)ごとに、こいつの様子を観察しろ。

 もし死にそうになっていると感じたら……寝台の下にある足枷をはめておけ」

 徐福は人食い死体になるには肝の病と天然痘が必要だと言ったが、本当にその組み合わせだけとは限らない。

 他の組み合わせや、天然痘単独でもならないとは限らないのだ。

 この不幸な検体がどうなるか、侯生は内心わくわくしながら独房を去った。


 翌朝、驪山陵ではいつも通り工事が始まった。

 外から見て特に変わったところはなく、表面上何かが起こったようには見えない。労働者たちもそれを監督する官吏たちも、何も気づかない。

 だが、驪山陵内部の闇は確実に濃くなっている。

 かつて蓬莱島の民が住んでいた村を滅ぼしたのと同じ災い、それを作る最も重要な材料たる天然痘が、ついに持ち込まれてしまったのだ。

 これで、人食い死体を作る準備は整った。

 何も知らぬ数多の人間たちは、自分たちの上にぶら下がっている狂気の災いに気づかぬまま、命令通りに働き続けるしかなかった。

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