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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第十一章 波乱の旅路
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(53)

 侯生の任務パートに変わります。


 尉繚の追跡から逃れた侯生は、予定通り検体の運搬と病毒入手に取り掛かります。

 侯生の病毒入手を容易にする、秦ならではの事情とは。

 しばらくして、始皇帝の行列はようやく進み始めた。これまで以上の安全策を道に施しながら進むため、これまでより速度は落ちている。

 始皇帝は少し不満であったが、安全のために仕方がないと納得していた。

 一方、盧生は内心したり顔であった。

(陛下のお命は危なかったが、こちらには良い方に働いたな。

 俺の信用は予想よりはるかに上がったし、邪魔な尉繚を排除できた。それにこれだけ巡幸が遅れれば……もうあいつとはち合わせることもあるまい!)

 あいつとは無論、侯生のことだ。

 蓬莱島からの検体を受け取るために海岸に向かった侯生は、おそらくもう琅邪に着いている頃だろう。

 このまま迅速に検体を受け取って巡幸の道から離れてしまえば、もう見つかることはあるまい。かなり安全に、咸陽まで辿り着けるはずだ。

 そう考えれば、今回の暗殺未遂は素晴らしい追い風だ。

(これを無駄にせず、そちらもできる限りの事をやってくれよ!)

 盧生はゆっくりと馬で進みながら、東の空を見上げていた。


 一方、侯生は急いで海岸まで来ていた。

 途中で追手の気配が途絶えた時は、罠かと思った。しかしこちらが少し目立つ動きをしてみても何も起こらず、どうやら監視は解けたようだと確信した。

(これは、尉繚に何か起こったか……?

 しかし、我らにとって好機なのは確かだ!)

 もはや誰も追って来ていないと悟った侯生は、海岸までの道を全速力で駆け抜けた。大きな街道を外れて偽名を使い、少しでも追跡されていた場所から離れるように駆けた。

 そうしてものの数日で、琅邪近くの海岸に出た。

 後は、近くの秘密の港に停泊している蓬莱の者から検体を受け取って運ぶのみ。

 徐福に教えられた場所に秘密の合図を残すと、蓬莱島からの使者とはすぐに合流できた。それから送屍屋を雇い、検体を受け取りに行く。

 今回の検体は、動く死体が三体と障害者が十人だ。

(……ずいぶんと障害者が多い。

 まあ、生きた検体でないと人食い死体の原料にならぬからな)

 検体を受け取ると、侯生は再び咸陽への旅を始める。万が一にも巡幸と鉢合わせたり、尉繚に見つかったりせぬように来た時とは別の道を通る。

 少し北に回り道をすることになるが、送屍屋たちも納得してくれた。送屍屋たちとて、巡幸の騒動に巻き込まれて足止めを食らうのは避けたいからだ。

 こうして、侯生は無事検体を手に入れて帰路についた。


 ところで、侯生はもう一つ大事な任務を請け負っていた。

 人食い死体を作るのに必要な、天然痘の病毒入手である。

 天然痘はかかった者の外見が非常に分かりやすいため、発生すればすぐ周辺に噂が広まる。ただし、そのせいで咸陽ではすぐに隔離されてしまっていた。

 咸陽はさすがに皇帝のお膝元というだけあって、官吏たちによる防疫体制がうまく働いている。

 しかしこの国は広い、田舎ならばそれがうまく機能していない地域は必ずあるはずだ。

 それを考えて、わざと田舎を通るように道を変えたのだ。

 天然痘を見つけるのは、実に簡単だ。

「咸陽に連れて行く一族の中に、天然痘を済ませていない者がいる。

 途中で拾ってしまうといけないので、天然痘が発生している村は避けてほしい」

 送屍屋の案内人に、こう伝えておけばいい。

 そうすれば、送屍屋たちが勝手にそれを調べて侯生に教えてくれる。安全性と距離を秤にかけて、判断するのは雇い主の侯生だからだ。

 それにこの言い方なら、疑いを持たれにくい。

 素直に病毒が欲しいなどと言えば、まず間違いなく怪しまれて最悪通報されてしまう。だが避ける方なら、普通によくある話だ。

 波風を立てずに仕事をするには、言い方が重要なのだ。

 そして天然痘を見つけたら、何か用があると言って一人で離脱し、合流地点を決めておいて取りに向かえばいい。

 ……もし見つからなかったら、その時は仕方がない。

 侯生は釣り糸を垂れるように、馬車に揺られながら情報を待っていた。


 そうして旅をする事一週間余り、ついに求めていた情報が手に入った。

「さっき酒場で聞いたんですがね、ここから十里ほど行った村で天然痘が出たらしいです。何でも地元の有力者の子で、親が何としても役人に引き渡さぬとか……」

 しかもどうやら、防疫のための隔離がうまくいっていないらしい。

 これは好機だ、と侯生は思った。

 そして、渋面になって送屍屋にこうぼやく。

「そうか、それは困ったな……。その村ではないが、そこを過ぎた所に古い友人が住んでいるのだが……寄るのは難しいか」

「うーん、天然痘を避けたいなら、回り道するしかないですねえ。ただ、この辺りは道が少ないので、ご友人に会われるとなると少し戻ることになるでしょうが……」

 送屍屋も、苦々しい顔で言う。

 送屍屋たちは職業柄、あまり時間をかけることをよしとしないのだ。時間をかければかけるほど、運ぶ死体が劣化してひどい状態になっていくから。

 もっとも、今回運んでいる動く死体は普通の死体よりはるかに劣化が遅いが……それを送屍屋たちが知る由もない。

 というか、口が裂けても言えない。

 それに、送屍屋たちのそういう事情が侯生の行動を後押ししてくれるのだ。

 侯生はため息をついて、送屍屋に提案した。

「仕方がない、私だけで友人に会いに行こう。私は天然痘を済ませているから大丈夫だ。

 その間におぬしらは死体と一族を回り道で運んで、道が交わる所で合流すればよかろう。少しだが追加の料金を払う、どうだ?」

 追加の料金と聞いて、送屍屋の目が輝いた。

「……よろしいでしょう、では後日合流ということで!」

 秦の厳格すぎる法治によって決められた以上の儲けを得にくくなった今だからこそ、雇い主からのこういう提案に業者は涎を垂らす。

 しかも侯生は、かなり金払いのいい上客だ。多少面倒なことを頼まれても、断ってこれっきりにしてしまうには惜しい。

 送屍屋たちは、二つ返事で承諾した。

 侯生は送屍屋たちに荷物を任せて、一人馬で天然痘の発生した村へ向かった。


 村では、一番大きな屋敷の前で小競り合いが起きていた。一方は秦の旗を掲げた役人と十人程の兵、もう一方はならず者の集団のような身なりだ。

「早く患者を出せ、命令だ!」

 役人が叫ぶ。

 しかしならず者の中心にいる身なりのいい男は、威嚇するようにくわっと目を見開いて言い返す。

「誰がやれるか、大事な一人息子だぞ!

 隔離だなどとうそぶいて、捨てるか殺すつもりだろう!?秦ってのはそういう国だ!!」

 どうやら、あれがこの屋敷の主人のようだ。

 天然痘にかかった後継ぎを連れて行かれたくなくて、金で雇ったならず者や面倒を見ていた侠客などを繰り出して役人に抵抗している。

 その数はざっと三十、秦の兵たちが力ずくで突破できる数ではない。

 さらに周辺の住民たちも、役人を憎らしげに見ている。

 それもそのはず、ここはまだ秦になって十年も経っていない土地なのだ。住民たちの中には、元の国を滅ぼされた恨みが残っている。

 さらに、秦の厳格な法治も住民たちの反発を招いていた。

 秦が定めた法が絶対で、それを少しでも侵せば厳しい罰が待っている。折しも驪山陵の建設や各地の道路整備などに大量の囚人が動員されているため、秦の役人たちは微罪でも徹底的に取り締まって囚人を作り出していた。

 侯生たちも一枚かんでいる大工事が、こんな所にも影響しているのだ。

 そのせいで征服地の住民たちは、秦の役人に不信感と敵意を抱いている。

 かつてはもっとのびのび生活できたのに、今のこの融通が利かないギスギスした世の中は何だ。滅びてしまった元の国の方が、よっぽど良かった。

 住民たちはそうして昔を懐かしみ、秦を憎む。

 そして時々、こうして力で抵抗する者が出るのだ。

 しかし、これが元からの秦領や大都市であれば、あっという間に兵が派遣されて強引に処理されてしまうだろう。

 それができないのは、田舎で役人側の人手が足りないからだ。

 ただでさえ限られた秦に忠実な官吏を広くなりすぎた国土に分散させねばならず、そのうえ巡幸の道を守るために兵の人手が割かれている。

 そんな状況で働かなければならないのだから、役人も大変だ。

 侯生は役人に内心同情しながら、屋敷の前に進み出た。

「ここに重病人がいると聞いた!

 私は薬師である、道を開けられよ!」

 そう言う侯生は、小ぎれいな道士服を身にまとい、手には薬箱を携えていた。病人に近づくために、道中着替えておいたのだ。

 それを見て、屋敷の主人がすがるように駆け寄る。

「おおお、薬師とはまことか!

 早く息子を診て、治してやってくれ!!」

 案の定、屋敷の主人は何の疑いもなく侯生の手を引いて屋敷に連れて行く。侯生は一度役人たちの方を振り返り、仲裁するようにこう言った。

「官吏の皆様も、このような所で争っても何ともなりますまい!

 今ここに病人がいる、伝染する病であることが問題なのであろう。ならばこの村からしばらく人を出さぬようにすれば広がらぬ。

 私のように天然痘を済ませた者以外の動きを封じれば、目的は果たせるであろうが」

 それを聞いて、役人も苦々しげに兵を下がらせた。周りの状況と自分たちの兵力から、そうした方がいいと悟ったのだろう。

 これで、病毒を採取する途中に殴りこまれて捕らえられる事はない。

 鮮やかな話術で後方の安全をも確保して、侯生は目的の屋敷に入った。

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