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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第十一章 波乱の旅路
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(51)

 しばらくぶりに、都を留守にしていた尉繚の登場です。

 尉繚は自分がいない間に盧生たちによって国の重大事がめちゃくちゃになっていることを知り、愕然とします。


 そして、今度こそ尻尾を掴もうと侯生を追いかけますが……。

 三回目の巡幸で何が起こるかは、史記に詳しい方ならもうお分かりでしょう。

 始皇帝の、三回目の巡幸が始まった。

 六台の轀輬車に寸分違わぬ供揃えをつけ、その周囲は豪華でいかつい鎧に身を包んだ武人たちが固めている。その後ろに、家臣や方士たちがつき従う。

「行っていらっしゃいませ!」

「どうか良い旅を!」

 咸陽の門で、留守を預かる宦官や官吏たちが見送っている。その中には、馮去疾の顔もあった。

 李斯は馬車の窓から馮去疾に手を振り、始皇帝につき従って長い旅路へと踏み出す。そして盧生と侯生も驪山陵の方を振り返り、都の外へと旅立った。

 これから先何が待ち受けているかは、神のみぞ知るところであった。


 巡幸は、始めは二回目をなぞるように進んだ。

 すなわち、黄河を下って函谷関を越え、ひたすら東へ向かって海を目指す。今回の巡幸でも前回気に入った琅邪に寄るつもりなので、そこまでは同じだ。

 地の果てまで続くような長い行列が、蛇のように地を這って進んでいく。

 轀輬車に揺られながら、始皇帝はこんな時こそ仙人になれたらと思っていた。雲に乗ったり空を飛んだりできれば、国中のどこにでもすぐ行けるのに。不老不死になっていれば、時間が無限にあるので国の隅々まで見て回れるのに、と。

 そうして仙人のことを考えるたびに、ますます海が恋しくなるのだった。


「陛下、しばらくぶりでございます」

 少し行ったところで、巡幸先の調査に出ていた尉繚が合流した。

 尉繚は始皇帝に謁見し、これから先の道程について説明する。地形がどうの、気候がどうの、途中で迎える準備をしている地方の領主がどうの、と説明していく。

 尉繚は、できる限りの手を尽くして役目を果たしていた。

 しかし、いくら尉繚でも限界はある。

 特に心配なのは、始皇帝が王宮から出たところを狙うであろう暗殺者だ。こればかりは、どこにどんな奴がどれだけいるか分からない。

 始皇帝に恨みを持つ者など、無数にいるからだ。

 始皇帝は中国で最も内陸にあった秦の王として、中国を統一した。秦以外に存在していた六つの国を、ことごとく滅ぼしたのだ。

 そのため元々秦の領土であった地域から出れば、そこはもう征服地だ。始皇帝を侵略者として憎む者が、どこにいてもおかしくない。

 そういう者の暗殺を未然に防ぐのも、尉繚の仕事の一つだ。

 だが、これはいくら調査しても調査しきれるものではない。

 滅びた国の有力者の動向は常に監視させているが、暗殺となると行う側も極力それを悟らせないように行動する。それ以前に、有力者とつながっていない単独犯は見つけようがない。

 一番の懸念はそれだったのだが……今回の始皇帝の警備体制を見て、尉繚は少し安心した。

(轀輬車を六台……か。これは考えたな)

 暗殺者の目をくらますような、全く同じに見える六台の轀輬車。そしてそれぞれの轀輬車を守る選び抜かれた武人たち。

(これならどこに陛下がいらっしゃるか分からないから、単騎での特攻はやりづらい。それにもし何かあれば、前回よりはるかに多くの兵が本物の陛下の下に駆けつけるだろう。

 これだけの兵を連れていれば、集団での奇襲も恐れる事はない)

 まさに、始皇帝を守る鉄壁だ。

 尉繚は感心して、始皇帝に言った。

「轀輬車をこのように連ねるとは、見事な防備でございますな。これでは、陛下のお命を狙う不届き者も手を出せますまい。

 このような体制を考えるとは、李斯もやりますな」

 すると、始皇帝はきょとんとして答える。

「いや、これを考えたのは李斯ではないぞ」

「は……では、一体どなたが?」

 次の瞬間、始皇帝の口から出た名が尉繚の胸に突き刺さった。

「これを朕に進言したのは、盧生だ!」

「は、ろ……盧生……ですと!?」

 尉繚はあまりのことに、二の句が継げなかった。全く予想していなかった、しかも不快感を伴う響きに頭が追いつかない。

(どういうことだ!?なぜこんな重大事に、方士どもが介入している……!?)

 ぞっとした。

 盧生といえば、不老不死とかいう妄言で巨万の富とともに海に出て行った徐福の弟子ではないか。言うこともやることも信用ならない、詐欺師同然の輩だ。

 それがどうして、巡幸の陣容などという国家機密にまで口を挟めるのか。

 唖然とする尉繚の前で、始皇帝は得意げに語り始める。

「盧生と侯生は朕が不老不死となるために、よくやってくれておる。だから朕はこの二人に、巡幸において何かすべき事はないかと尋ねたのじゃ。

 そうしたら天のお告げとして、災いを避けるために轀輬車を増やせと!

 素晴らしい案であったので、すぐ李斯に命じて実行させたのだ」

 始皇帝は、ほくほくの笑顔でしきりに盧生と侯生をほめている。特に轀輬車の案を出してくれた盧生については、彼が天の代弁者であるかのような口ぶりだ。

 そのおぞましい真実に、尉繚は腸が煮えくり返るようだった。

(天のお告げだと……そんなものがある訳ないだろう!詭弁だ!!

 それにしても、この策は現状に沿いすぎている……まさか、訳の分からない方士どもに機密情報を流したんじゃないだろうな!?

 一体、この国は今どうなっているんだ!?)

 ここまで盧生を信用しきっている始皇帝を前に、さすがの尉繚もその場では何も言えなかった。

 その代わり、始皇帝への報告が終わるとすぐに李斯の下を訪れて問い詰めた。

「ああ、盧生と侯生か。

 彼らの提案はなかなか的確で助かっておるな」

 李斯もまた、始皇帝と同じように盧生と侯生のことを信じ切って頼りにしてすらいた。そして、都や驪山陵での彼らの功績を語ってくれた。

 その結果、とんでもない事が分かった。

 驪山陵は今や、この二人が言うがままに本来の目的から大きく外れて改造され続けている。仙人となった始皇帝が住むための地下宮殿を作ると称して、これまでにない生活のための施設が地下に作られている。

 しかも最近では始皇帝本人の思考まで彼らに感化されてしまい、仙人や神の気を引くために宝石の空や水銀の海を作ると言い出した。

 とどめに官僚の李斯や馮去疾は、それらの案を頭から正しいと思い込んで自ら理由づけして実行している。

 この現状に、尉繚は目まいすら覚えた。

(こ、こんなのは……まともな国のやる事ではない!!)

 自分がちょっと留守にしていた間に、国の中枢がめちゃくちゃになっている。

 今や秦の国を動かす力を持っているのは、怪しいまじない屋の方士なのだ。これでは、法治も役職もあったものではない。

 今のところ、彼らが直接権力に手を出していないのが幸いだが……むしろそのせいで始皇帝や李斯の警戒心が緩んでいるようにすら思える。

 そこまで考えて、尉繚はふと思った。

(方士の奴らは、一体何をやる気なんだ?)

 よく考えたら、盧生と侯生は自分たちを豊かにするために動いてはいない。財を貪るでも女を囲うでも地位を上げようとするでもない。

 ただ始皇帝に神仙思想を信じ込ませ、驪山陵の地下に楽園を作ろうとしている。彼らとしても、あんな地下に住む気ではなかろうに。

 尉繚は、何とも言えない気味の悪さを覚えた。

 方士たちがここまでする意味が、全く予想できない。

(……だが、とにかく何かやろうとしている事は確かだ。

 早い所、調べて突き止めねば!)

 これは放置したら大変な事態を招きそうな、そんな予感がした。長年諜報活動をやってきて養われた勘が、そう告げている。

 これからはあの二人の方士から目を離すまいと、尉繚は決意した。


 それから程なくして、侯生が巡幸から離脱した。

「郷里で親戚が亡くなったので、葬儀のためにしばらくおいとまさせていただきます。用が済みましたら、咸陽に戻りますので」

 始皇帝と李斯は何の疑いもなく、それを許可した。

 すると、侯生は盧生を置いて一人で東に向かってしまった。

 それを知ると、尉繚は自らも任務に戻るふりをして侯生を追いかけ始めた。これはきっと何かある、そんな気がしたからだ。

 始皇帝の側には相変わらず盧生がいるが、今はそちらを気にしている場合ではない。

 始皇帝の目を覚まさせるには、論より証拠だ。何よりも、言い逃れのできない決定的証拠を掴むのが一番だ。

 始皇帝のすぐ側にいる盧生はなかなか尻尾を出さないだろうが、侯生なら目が届かないと思っている場所で何かやるかもしれない。

 尉繚はそれを信じて、ひたすらに侯生を追った。

 一方、侯生もそれに気づいてひやひやしていた。

(しまった、つけられている……!

 おそらく尉繚かその手の者であろうが、このままでは天然痘どころか検体の運搬すら危ない。

 どうにかして、琅邪に着く前にまかなければ)

 しかし、尉繚の調査能力の高さは侯生も知っている。下手に逃げ出しても振り切るどころか、かえって深く疑われるだけだろう。

 侯生にできることは、できるだけ平静を装って東へ急ぐことだけだった。

 このままでは、証拠を押さえられるか侯生が任務を諦めるのは時間の問題であると思われた。


 しかしこの追跡劇は、思わぬことで終わりを迎えた。

 黄河をだいぶ下ってもうすぐ泰山に近づこうかという所で、突然始皇帝からの早馬が尉繚の下に駆け込んだのだ。

 使者は血相を変えて、息を切らしながら告げた。

「至急、お戻りください!陛下に一大事が起こりました!!」

「何があった?」

 尉繚が尋ねると、使者は泣きそうな顔でこう言った。

「あ、暗殺者が現れましてございます……陛下は無事ですが、轀輬車が一台バラバラに……!」

 尉繚の顔から、さーっと血の気が引いていった。自分が防げと言われていた暗殺が、失敗したとはいえ起こってしまったのだ。

 これは、戻って調査せぬ訳にはいかない。

 尉繚は悔しさを噛みしめながら、馬の頭を返して始皇帝の下へ走った。

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