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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第十章 鬼のいぬ間に
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(49)

 盧生は、始皇帝の次の巡幸に際し、信頼を得るためにとある提案をします。

 これが近い将来、大事件から始皇帝を救うことになります。


 それから、新しい人物が登場します。

 馮去疾フウキョシツ:始皇帝に仕えた官僚で、右丞相まで出世した。ちなみに李斯は左丞相。

 翌日、盧生と侯生は早速始皇帝に謁見した。

「陛下の次の巡幸について、お耳に入れたきことがございます」

 そう伝えると、始皇帝はすぐに二人を招き入れてくれた。これだけでも、始皇帝の二人に対する期待のほどが分かる。

 始皇帝の前に出ると、盧生はうやうやしく頭を下げて言った。

「先日陛下に賜りました質問について、お答えいたします。

 天のお告げにて、どうかお聞き届けくださいますよう」

「ほう?」

 盧生の口上に、始皇帝の目が輝いた。

 もちろん天のお告げなどというのは真っ赤な嘘で、盧生と侯生が考えたことである。しかし、これだけで神秘に魅入られている相手の心を絡めとることができるのだ。

 盧生は、少し憂いのある顔を作って告げる。

「実は、陛下が仙人となられるのに邪魔が入る兆しがあるのです。

 それを避けるために、前もって邪気の目をくらませと」

「何、邪魔だと!?」

 始皇帝の顔色がさっと変わり、怒りと焦りが露わになる。

 こうやって最初に良くないことを言って相手の不安を誘うのも、方士の話術の常道だ。以前、驪山陵の件でも使った手である。

 当然、不安になった相手は目の前の方士に解決策を求める。

「一体、どうすれば良いのじゃ……邪気の目をくらます方法とは?」

 始皇帝が、すがるように尋ねる。

 すると、盧生はにっこりと笑って安心させるように言った。

「大丈夫でございます、そう難しい事ではございませぬ。陛下の居場所が、巡幸の間も周囲から分からぬようにすれば良いのです。

 さしあたって、轀輬車の数を増やせば対応できますかと」

「なるほど、轀輬車か。それなら簡単じゃな」

「はい、ただし供揃えも同じにして外から見分けがつかぬようにする必要がございます。それから、轀輬車の数も多くしていただいた方が……」

 すると、始皇帝はすぐさま李斯に質問の使者を走らせた。

「巡幸の期日までに、轀輬車は何台用意できるか聞いて参れ!」

 さすがは仕事ができる李斯のこと、返事はすぐに来た。

「途中で壊れた時の予備が既に三台、それから修理用の部品を組み立ててしまえばあと三、四台はできるかと……」

 それを聞くと、盧生は安心したようにうなずいた。

「ああ、それなら十分でございます」

「もっと多くなくて大丈夫か?」

「はい、これも多ければ多いほど良いという訳ではございませぬ。事を起こすのに機があるように、適した数というものがございます。

 この秦の国の聖数は、六であると聞いております。ならばその聖数による加護も重ねて、六台とするのが良うございましょう」

 その案に、始皇帝はホッとして額の汗を拭った。

「……それなら、すぐに用意できそうだな。

 さっそく李斯に命じ、準備させよう」

 始皇帝の心の中は、災いを避けられる安堵で一杯だった。己の不老不死を阻む邪魔者を避けられるなら、このくらいは安いものだ。

 そう思わせるところが、盧生の話術である。

 一度軽く突き落として不安にさせておいて、その解決策という形で案を出すことで、さも大事であるかのように相手に錯覚させる。

 一介の方士として無知な民を相手にしていた頃から、変わらぬ常套手段。

 たとえ相手が中華全土を治める皇帝であっても、話を彼の知らない分野に引き込んでしまえば同じことだ。始皇帝は仙術に強く憧れていても、その内容については無知なのだ。

 むしろ始皇帝を相手にも怯えを見せずにいつも通り話を進められるのが、盧生の評価すべきところである。

 常人の胆力では、とてもできない芸当だ。

 それを見抜いて仕事を任せた徐福の目こそ、素晴らしい眼力である。

 こうして盧生は始皇帝の信頼をますます厚くし、国の権力に深く根を下ろしていった。


 巡幸の準備は、着々と進められていた。

 李斯は驪山陵の件と巡幸に関する仕事に忙殺され、コマネズミのようによく働いて宮中を走り回っている。

 李斯がこうして滞りなく仕事をしてくれるおかげで、徐福たちのいる地下離宮には様々な設備が整いつつあった。

 さらに、始皇帝のとんでもない意見も、李斯は忠実に実行しようとしている。

「ええっ……あれを本当にやるのですか!?」

 李斯の休憩も兼ねて話をしていた盧生と侯生は、思わず茶を噴き出しそうになった。

 あれとは、以前驪山陵の地下宮殿について始皇帝と話していた時に出た、始皇帝直々の壮大な構想である。

 海も空もない地下宮殿に住み続けて飽きないように、水銀を流して江や海を表現し、天井に宝石をはめて星空を作るというものである。

「し、正直、意外と言いますか……異論は出ませんでしたので?」

 盧生がしどろもどろと聞くと、李斯は事もなげにこう言った。

「陛下の直々の構想とあらば、逆らうのは命を投げ出すに等しい。

 それに工事の技術者たちに問うたところ、地下水の流れを使って水銀を循環させるのだとかえってやる気になっておる」

 要は、異議を唱える勇気のある者がおらず、技術的にもできそうなのでそのまま進められているということだ。

「そうですか……しかし、出費の方は?」

 侯生が、心配そうに問う。

 すると、李斯はこれも問題ないとでも言うように平気な顔で答えた。

「ああ、それを心配する意見は確かにあったな。

 しかし、物は考えようであろう。

 水銀や宝石は高価だが、同時に資産でもある。保管している莫大な宝物をそれらに替えて場所を移すと思えば、さほど目くじらを立てることでもあるまい」

 李斯にとって、水銀の海や宝石の空は、装飾ではなく新たな宝物庫に思えた。

 それを作るのに使った金はなくなるのではなく、水銀や宝石という財産になって残るのだから、単に形が変わるだけだ。

 さらに、李斯は書簡を持って入ってきたもう一人の官僚にも話に入るよう促す。

「この案は、宝物を管理している彼も賛成なのだ。

 のう、馮去疾よ」

 馮去疾と呼ばれた官僚は、一礼して李斯の隣に腰を下ろした。

 李斯ほど神経質で眼光鋭くはないが、人が良さそうな男である。これもまた、始皇帝の言に反対するという思考回路を一片たりとも持っていなさそうな男だ。

 馮去疾は、にこやかに笑って言う。

「いやあ、私も初めて聞いた時は驚きました。

 しかし地下とはまた、宝物の保管場所としてはなかなか良うございますな。

 実は陛下の天下統一に伴い、国家の財産でもある宝物が途方もなく増えて、管理するのになかなか手を焼いていたところなのです」

 馮去疾曰く、ここまで広大な国中から集められる宝物となると、王宮の現在の宝物庫だけではとても収まらないのだという。

 それらを失われぬように管理するのは、思った以上に大変だ。

 一か所に集めれば、万が一そこが賊に押し入られた時に根こそぎやられてしまうし、かといって分散させればそれぞれの管理に多くの手が要る。目の届かない所も多くなり、勝手に使われたり盗まれたりする危険が高まる。

「その点、地下宮殿は良いですな」

 馮去疾は、盧生と侯生に感謝するように述べた。

「出入口は制限されているし、火事や大風で蔵が壊れることもない。宝物の中には陽に当て続けると色があせてしまうものもありますが、その心配もない。

 将来陛下がお住まいになられて厳重に警備されるなら、なお良い。そのうえで陛下の許可がなければ取り出せないようにしてしまえば、不正に使われることもない。

 地下宮殿を提案してくださった貴方がたには、礼が尽きませぬ」

「はあ、それは光栄です」

 馮去疾の謝辞を聞きながら、盧生と侯生は内心冷や汗をかいていた。

 地下宮殿にそのような考え方で運び込まれた宝物の一部を、少しくすねて使っているのは他ならぬ自分たちだ。

 そんな自分たちを疑いもせず感謝する馮去疾を前に、チクチクと胸が痛む。

 どうも李斯や馮去疾は、制度や設備面の整備はよく考えていても、その運用に関して抜けているところがあるようだ。

 良く言えば真面目で正直者、悪く言えば堅物で融通が利かない。

 そして、どこまでも始皇帝の意見に忠実だ。

 特に李斯は始皇帝の意見が正しいか考えるより、始皇帝の意見が正しいものとしてその理由を考えるふしがある。

 つまり始皇帝の信頼さえきちんとつないでおけば、この二人はそれに従っていくらでも盧生と侯生に尽くしてくれる。

(良い状況が整いつつあるな。

 今のうちに、できる限り研究を前に進めておきたい!)

 盧生と侯生は、今の追い風の強さをひしひしと感じていた。

 今この王宮には、二人の仕事を邪魔する者はいない。二人のやることを疑って、秘密裏に調査してくる者もいない。

 始皇帝にとって耳の痛いことを正面切って進言し、目を覚まさせる者もいない。

 その全てを、尉繚一人が担っていたからだ。

 その尉繚が留守にしている今、盧生と侯生を阻む者は誰もいない。今のうちに、やれるだけのことをやっておかなければ。

 限られた時は、今も流れ続けていた。

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