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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第十章 鬼のいぬ間に
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(47)

 次の巡幸のために尉繚が留守にしていることを聞いた徐福は、研究を進めるための指示を盧生と侯生に出します。徐福の研究を阻んでいたもの、そして徐福が次にやろうとしている事とは。


 また、王宮での勢力として、儒者たちが登場します。

 始皇帝といえば焚書坑儒、方士たちに憤る儒者たちの立場とは。

「次の巡幸だと!?」

 盧生と侯生の報告を受けると、徐福は目を輝かせて振り向いた。何か面白いものを見たように、わくわくとした笑みが広がっていく。

「その情報は、確かか?」

「はい、陛下から直接聞きましたので」

 盧生の答えに、徐福は胸のつかえがとれたように頬を緩めた。

「そうか……それは良い知らせだ。

 しかも、そのせいで尉繚がおらぬとあらばもっと良い。それならば、研究に必要な次の検体を再びここに運び込めよう!」

 徐福の声には、深い待望がにじみ出ていた。


 徐福の研究がこのところ滞っているのは、検体の不足が一番の原因だった。

 徐福が最初に蓬莱島から連れてきた検体は、動く死体が一体と生きた障害者が三人。このうち唯一の動く死体は、先日の解剖で使ってしまった。

 残る三人の障害者のうち、二人を殺してみたが、動く死体にはならなかった。

 尸解の血を持つ蓬莱島の民でも、死ねば必ず動く死体になるとは限らないのだ。安息起の話によれば、死んで起き上がるのは四、五人に一人だそうだ。

 そういう訳で、今残っているのは障害者たった一人である。

 これを殺して動く死体にならなかったら、検体が尽きてできる事がなくなってしまう。

 しかし、新たな検体を運び込むことが今まではできなかった。

 咸陽や驪山陵に持ち込む物の検査が厳しいのに加え、徐福たち方士を信用していない尉繚が見張っていたからである。

 そもそも検体は、蓬莱島と連絡を取って大陸に運んでもらい、さらに長い陸路を経てこの咸陽に持ち込まねばならない。

 その途方もなく長い道のどこかで、尉繚やその部下に見つかれば終わりだ。

 しかも前回は徐福がつきっきりで荷物を管理できたが、これからはそうはいかない。徐福がうかつに地上に出られぬ以上、他の者に任せるしかない。

 必然的に間違いが起こる危険が高まるため、少なくとも尉繚がこちらに目を光らせている間はやらない方が得策だったのだ。


 だが、その尉繚が留守にしているなら話は別だ。

「よし、この隙を突いて蓬莱島から新たな検体を取り寄せるぞ!

 盧生、海岸地方に使者を送って蓬莱島に連絡しろ。それから巡幸の日程と道程を調べて、陛下が帰ってくる前に検体がここに着くようにするのだ!」

「はーっ!」

 盧生は、力強くうなずいた。

 解剖実験ではあまり役に立たなかった盧生だが、こういう人を相手にした駆け引きは得意だ。むしろ地下で役に立てなかった分を挽回しようと、意気込んでいる。

 さらに徐福は、侯生にも指示を出した。

「咸陽の警備が甘くなっているうちに、もう一つの実験の準備をする。

 この驪山陵や咸陽周辺の、病気の発生状況と秦の対応を詳しく調べておけ。特に肝が腫れる病と天然痘だ」

「分かりました……例の特別な死体を作る、準備ですね」

徐福の言わんとする事は、侯生にも分かっている。

 尸解の血に肝の病と天然痘を掛け合わせてできる、人食い死体を作る気だ。

 これは病気の人間が必要になるため、怪しまれないようにそういう者を地下に連れ込まねばならない。これまた、都の安全を守ろうとする尉繚が邪魔だ。

 特に天然痘については、非常に危険な伝染病であるため秦の官吏たちが何かしらの対処をしている可能性が高い。

 その警戒をかいくぐるには、巡幸でごたごたしているところを狙うのが一番だ。

「……それに、巡幸で国中がかき回されれば病気の発生も増えるだろう。

 そこを狙って、病毒をここに持ち込むぞ」

 徐福は、盧生と侯生をぎろりとにらみつけた。

「おまえたち……天然痘は済ませているだろうな?」

「は、我ら両人は幼き頃にかかっております!」

 そう言って盧生と侯生は、着物をはだけてあばたの残った肌を見せた。天然痘にかかると、大きな発疹の後遺症としてあばたが残る者が多いのだ。

 そして、そうなった者はもう天然痘にかからない。

 天然痘は一度かかるともう一生かからないため、一度かかった者ならば患者に触れても平気なのだ。

 もっとも、そうなれずに死ぬ者が多いので怖い病気には変わりないが。

「こちらも、天然痘を扱う閉ざされた区画を準備しておく。

 天然痘は、むしろそちらの準備ができてからでないと困る。

 急ぐべきは検体の入手のための連絡と、それから始皇帝の信用をさらに厚くしておくことだ。巡幸が始まるまでは、そちらに力を入れろ!」

 徐福の手が、ポンと盧生の肩を叩いた。

「頼んだぞ。

 こちらの方面では、おまえが頼りだ!」

 その言葉に、盧生の体が一瞬ぶるりと震えた。

 偉大なる師に、大きな期待をかけてもらったがゆえの武者震いだ。しかし、その中には期待に応えられなかったらという恐れも混じっている。

「……は、必ずや、うまく事を運んでみせます!」

 自らを奮い立たせるように強気の返事をして、盧生は地上に戻っていった。


 盧生と侯生が王宮に戻ると、二人の姿を見た周囲が少しざわめく。

 二人のことは、都にいる官吏や宮廷人の間にすっかり広まっている。仙薬を求めて大海原へと旅立った徐福の弟子にして、始皇帝に最も信頼されている方士。

 だが、二人を見る目は必ずしも好意的なものばかりではない。

「あれ、いかがわしいまじない屋が行くぞ」

 そう陰口をたたくのは、儒者たちだ。

 儒者とは、孔子から始まった礼や仁によって世を治める学問を治めた学者たちである。先祖を祀る儀式を主に司り、血縁を主軸にした封建社会の中で指導者として力を持っていた。

 しかし、秦は現実主義で儒者たちの意見をあまり求めなかった。そのため秦の天下統一によって、儒者たちは儀式を行うだけの存在と化してしまった。

 そんな儒者たちにとって、方士たちは軽蔑と嫉妬の的だ。

 訳が分からない術を売り込み、いるかも分からない神を祀る唾棄すべき異教徒……それが儒者から見た方士である。

 しかも、始皇帝がそちらに信頼を置きだしたからたまらない。

 儒者たちの陰口には、少なからず愚痴が混じる。

「全く、我々にまで仙薬のことを聞いてくるとは……」

「我々の道では、そのような怪しいものを認めておらぬというのに……しかし、答えられねば我々に居場所はない!

 ああ、誠に嘆かわしいことだ……!」

 よく事情を調べてみると、次の巡幸が計画されたのは儒者たちが原因らしい。

 始皇帝が儒者たちに対しても仙薬入手のために何ができるかと尋ねたところ、儒者たちは保身と苦し紛れでこう答えた。

「これからも巡幸を行い、各地で儀式を行って神々に功績を示すべきかと。

 求めるものが海にあるならば、特に海の近くでそうすることが大切だと思われます」

 神仙を認めていない儒者たちも、さすがに折れずにいられなかったのだ。

 ここで強硬にそんなものは存在しないと言えば、自分たちはお払い箱にされてしまう。生きるために、自分たちの学説を曲げざるを得なかった。

 それに、儒者たちはもうそんな始皇帝とあまり顔を合わせたくないのだ。だから巡幸をすすめて、始皇帝を留守にしてしまいたいという思惑もある。

 そんな儒者たちに対し、盧生と侯生は憐憫すら覚えていた。

「……全く、自説を曲げてまで地位に固執するとは」

「結局、それが奴らの学説の程度なのだ。

 実現性のない理想ばかりを追い求めてきれいごとばかり言っているからこうなる。

 だいたい、奴らは我ら方士の事をいかがわしいとか言うが、奴らの行う儀式だって本当に効果があるのか怪しいものだ」

 全ては、現実を動かす力があるかどうか……徐福の教えを受けた二人は、そう思っている。

 その考え方で見ると、儒者は方士よりも救いようがないと二人は思う。方士は自分が売り込む説を偽りだと分かっている者が多いが、儒者は何の疑いも抱かず自説を論じるから。

 ただ、そんな儒者が自分たちに有利な状況を作ってくれたことは、皮肉ではあるがありがたい。

 それに、自分たちにも儒者たちの状況を笑い飛ばせるほどの余裕はないのだ。

「盧生様、侯生様、陛下がお呼びです」

 王宮に帰ってしばらくすると、官吏が二人を呼びに来た。二人が始皇帝に謁見すると、始皇帝は期待に満ちた目で二人に尋ねた。

「巡幸において、何かすべき事はあるかな?」

 予想していた問いではある。

 ただし、すぐに答えられる問いではない。

 始皇帝はごく自然に、目の前にいる人間が自分の役に立つか試しているのだ。下手なことを言って役立たずと判断されれば、与えられた地位と権限はすぐに奪われる。

 儒者たちと同じ綱渡りを、自分たちもしているのだ。

 盧生は、落ち着いてこう言った。

「まず、巡幸についての情報を我らに見せてください。それにしっかり目を通してからでないと、足りぬものは分かりかねます」

 初めて咸陽で意見を求められた時と同じ、時間稼ぎだ。

 こうして相手に情報を出させ、一旦問題を持ち帰ることで、無難な回答をしっかり考えて致命的なミスを減らせる。

 こういう技術は、盧生の得意とするところだ。

 そんな思惑を知ってか知らずか、始皇帝はえびす顔で二人に言う。

「驪山陵の件では、素晴らしい案を出してくれたおぬしらの事だ。

 今回も期待しておるぞ!」

 その言葉が、二人の心臓をわし掴みにしてぎりぎりと締め上げる。

 期待は信頼されている証、しかしそれに応えられなければ失望と落胆が待っている。始皇帝も、それに徐福も。

 二人は全力で緊張を隠しながら、始皇帝の執務室から下がった。

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