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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第九章 実験開始
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(43)

 最初の解剖実験の検体に選ばれてしまったのは、誰だったのでしょうか。

 彼は、石生とほぼ同時に登場しています。


 ホラー映画等では、だいたいこういう声がでかいだけの奴はいい目に遭いませんよね。

 人柱用の死刑囚たちが、次に食事を摂れる日がやって来た。

 二日前に夕食を食べてからまた一日毒で眠らされていた死刑囚たちは、ひどい空腹感とともに目を覚まして食事を待つ。

 二日前の食事で悪態をついたがたいのいい男も、その一人だった。

(くそっ……逃げ出す隙もありゃしねえ!

 初日に来た中で生き残っているのはわしだけ……いや、わしとあの石生とかいう生意気な小僧だけか)

 がたいのいい男と石生は、初めて刑場で殺されずここに引き渡された死刑囚だ。

 引き渡された時は彼らを含めて十人ほどいたのだが、今はもう二人しかいない。他の者たちは、工事のための人柱として消費されてしまったから。

 がたいのいい男も、おそらく近日中にそうなるのだろう。

 あの動く死体に触れる試練を越えて方士どもの助手となった石生以外に、生きる道は示されなかった。

 それを、がたいのいい男はひどく不満に思っている。

(……あんなひょろっちい若造が助かってわしが殺されるだと?

 そんな事があってたまるか!

 そもそも、あいつを含めた他の奴らに最初に生きる道を示したのはわしなのに……!)

 あの中で一番偉いはずの自分がこんな扱いを受けて、それなのに石生が助手としていい待遇を受けている。

 がたいのいい男の頭の中は、その事への怒りでいっぱいだった。

 その怒りに、空腹がさらに追い打ちをかける。

「おい、わしの飯はまだなのか!?」

 他の死刑囚たちには次々と粥が配られているのに、自分のところには一向に来る気配がない。周りが食べているのを見ると、ますます腹が減ってくる。

 耐えかねて怒鳴り散らすと、石生と他に二人の助手がやって来た。

 だが、その手には椀ではなく小刀を持っている。

「何だ、飯をくれるんじゃないのか……?」

「必要ありませんよ、あなたには」

 石生は冷たく笑って、刃を振り上げる。

 一瞬、背筋に冷たいものが走った。自分はここで殺されるのか……そんな恐怖が、がたいのいい男を襲った。

 だが、刃が切り裂いたのは肉ではなかった。

 がたいのいい男を椅子に拘束していた縄の一部が切れ、だらりと垂れさがる。まだ動けはしないが、石生がこうしてくれたことに男は驚いた。

 そして、即座にニヤリと顔を緩めた。

「何だ、わしを解放してくれるのか?

 そうか、さては……やっぱりおまえごときでは十分な働きができんのだな。だからわしもおまえたちの仲間に加われ、と。

 そういうことか!」

 あまりに楽観的すぎるその言葉を否定もせず、石生は淡々と縄を切っていく。

「仲間……まあ、同じ仕事に参加すると言えばそうですね。

 私にはできないこと、というのも正しいかもしれません」

 そうこうしているうちに、がたいのいい男は完全に椅子から引き離された。しかし、まだ体の自由を奪う枷は残っている。

 それでもがたいのいい男は、それも外してもらえると信じていた。

(ここには、二種類の人間がいる……人柱用に飼われる者と、試練を越えて飼う側に回った奴らだ。

 そしてわしは知っている、人柱用の人間が人柱として出荷されるときは必ず毒で麻痺させられていることを。それ以外で出て行く奴は見たことがない。

 しかし、今わしは毒を使われていない!

 つまりわしは、飼う側に抜擢されたということだ!!)

 がたいのいい男は、気づいていなかった。ここに引き渡された人間の運命が、実は二種類ではないことを。

 表に出ない、人柱より残酷な第三の道があることを。

 有頂天になっている男を前に、石生は小刀をしまって他の助手に命令する。

「さてと、この男を台車に乗せて運んでください。

 私はこの男と少々因縁があるのでね」

「へ……?おい、外してくれるんじゃないのか!?

 わしは、仕事を手伝うんだろう?」

 驚いて目を白黒させるがたいのいい男に、石生は薄笑いで答える。

「大丈夫です、動けるようにする必要はありません。あなたの仕事はただ寝ているだけで……普通の状態で生きていてくれればいいのです」

「??」

 がたいのいい男は、何が何だか分からなかった。

 だが、とにかく人柱ではない目的でここから出られることは確かだ。運ばれながら、がたいのいい男は部屋に残された死刑囚たちに言う。

「そら見ろ、やっぱりできる奴はきちんと仕事に回してもらえるんだよ!

 おまえたちも、これからはわしによく従えよ。そうしたらわしが方士様たちに口を利いて、おまえたちを登用してやれるかもしれんぞ!

 ガッハッハ!!」

 死刑囚たちは、不安と嫉妬の入り混じった目で見送っていた。

 かくしてがたいのいい男が部屋から出ると、最後に石生が死刑囚たちを振り返って告げる。

「……あの男の言ったことは、何も気にしなくて大丈夫ですよ。

 あの男がここに来ることは、もう金輪際ありませんから」

 その言葉に、死刑囚たちはざあっと青ざめた。

 がたいのいい男は確かにこの部屋から出られた、しかしその未来は決して明るいものではない。それに気づいていないのは、ただ本人だけであった。


 がたいのいい男は、台車で運ばれていく。

 てっきり地下離宮に連れて行ってもらえるのかと思っていたが、台車はやや暗い通路を見たことがない方に進んでいく。

「おい、わしを一体どこへ……?」

 ふしぎに思って尋ねかけた時、台車が止まった。

「さあ、着きました」

 そこは、堅牢そうな鉄の扉の前だった。石生と他の助手たちが、力を合わせてその扉を開いていく。

 ふわりと、嫌な臭いが広がった。

 がたいのいい男は、思わず顔をしかめた。この腐り果てたような臭いをかいでいると、つい思い出してしまう……自分がここに来た時の試練を。

 この吐き気を催すようなひどい臭いは、あの忌まわしい動く死体と同じだ。

 と、そこでがたいのいい男は一つの可能性に思い当たった。もしかしたら、自分の仕事とは、あの動く死体に関わるものではないか……。

「お、おい……わしの仕事は……」

 にわかに勢いを失くした男の声に、石生は振り向きもせず答える。

「ああ、あなたの仕事は寝ているだけですよ。

 動く死体に触るような事はありません、同じ部屋にはいますがね」

「……そうかよ」

 心を見透かされたような返事に、がたいのいい男は少し気味悪さを覚えながらも安堵した。

 とりあえず、あの化け物を触らなくていいなら一安心だ。同じ部屋にいるだけなら、何とか耐えられなくもないだろう。

 それに、寝ているだけというのは何とも楽な仕事だ。石生たちが忙しく働くのを横目に見ながら、自分は好きなだけのんびりできるではないか。

 がたいのいい男はにやけ顔で、それでもできるだけ口で息をしながら運ばれていった。

 流れ出る悪臭と息遣いを断ち切るように、鉄の扉が閉まった。


 そこは、死刑囚たちが拘束されている場所よりはるかに明るかった。殺風景な部屋を、何本もの松明がこうこうと照らしている。

 そこには、粗末な寝台が三つ用意されていた。そのうちの一つには全く動かぬ人影、そして真ん中にはわずかに身じろぎしてかすかな呻き声を上げるものが寝ている。

(例の化け物か……ま、動けぬなら害はなさそうだな)

 がたいのいい男が安心したのも束の間、台車はその隣の寝台に向かう。

「おい、寝ろってそいつの隣でか!?

 場所を変えてくれ、寝るだけならどこでもいいだろ!」

 男が慌てて喚くと、方士の一人が寄ってきて柔らかな口調で言う。

「いえいえ、ここで寝てもらうことに意味があるのです。それができぬようなら、他の者に代わっていただいてもよろしいのですよ。

 それに、そんな事はすぐ気にならなくなります」

 あれよあれよという間に、がたいのいい男は寝台に移される。次の瞬間、首と両手が冷たいもので固定される。

「うぉい!?」

 びっくりして起きようとするが、もう動けない。

 見れば、周りにいる者たちが自分を哀れむような目で見下ろしている。その中には、ここの管理者である方士が三人混じっている。

 がたいのいい男は、ようやくこの事態の異常性に気づいた。

 これまで自分たちの世話をしていたのはあの徐市という中年男と、助手たちのみ。盧生と侯生という若くて偉そうな方士は、ここに来る時にしか見ていない。

 そんな上の者たちまで集まって、これから自分に何をしようというのか。

 怯える男に、徐市……徐福が意地悪く言う。

「どうなるか聞きたいか?ならば見知った者の口から聞くがいい」

 石生が、すっと男の側に寄って微笑みながら告げる。

「あなたにはこれから、生きたまま体の中を晒していただきます。

 動く死体と普通の死体、そして生きた人間の違いを見るために……このまま腹を開かせていただきます。

 これは我々の研究に欠かせぬ実験、そして我々助手がそれを果たすことは労働力上望ましくありません。

 あなただからできる、重要な仕事ですよ……おめでとうございます」

 それを聞いた瞬間、がたいのいい男は顔をしわくちゃにして叫んだ。

「うおおあああ!!やめろおおぉ!!!」

 さっきまでの威勢はどこへやら、男は涙と鼻水と尿まで噴出させて泣き喚いた。だが、もうどうにもならない。

 石生の手にした刃が、その笑みと同じように冷たく輝いた。

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