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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第九章 実験開始
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 地下での生活が軌道に乗ってきた徐福は、ついに不死に向けて一歩を踏み出す提案をします。

 最初の一歩となるのは、どんな実験なのでしょうか。


 徐福が元死刑囚の助手たちを統率する手際と、従う助手たちの心中も添えて。

 その日、盧生と侯生が来ると、徐福は研究員と助手を一室に集めた。

「助手も検体にできる人間も、それなりの数が揃った。

 ここらで一時、新規の死刑囚の受け入れをやめて研究を始めようと思う。おまえたちも、気を引き締めてかかってもらいたい」

「おお……!!」

 盧生と侯生、そして新たな助手たちから感嘆の声が漏れた。

 彼らは皆、その研究のために必要とされてここにいるのだ。ようやくその役目を果たせると思えば、意気も上がる。

 期待に胸を輝かせる研究員たちに、徐福は意地悪く質問した。

「ところで……まず初めにやることが、何か分かるかな?」

 すると、侯生が得意げな顔で答える。

「例の動く死体について、詳しく調べるのでございますね」

「ほう、どうして分かった?」

「死刑囚の受け入れをやめる、というところでピンときました。それはつまり、例の動く死体を使う試練が一時的にできなくなるということ。

 なれば、動く死体をどうにかするのであろうと」

 侯生の鋭い推察を、徐福は手を叩いてほめた。

「その通り、よく分かったな!

 そうだ、まずはあの動く死体についてしっかり調べねばならん。アレを基にして尸解仙を目指すのだから、元をしっかり解明せねば」

 徐福は、探求心にぎらついた目で研究員たちを見つめて告げた。

「近日中に、あの動く死体の解剖を行う」

 その瞬間、徐福と安息起以外の全員が息を飲んだ。

 動く死体の解剖……つまりあの腐り果ててうじまで湧いている醜くおぞましいものを切り裂いて体の中まで観察するということだ。

 絵面を思い浮かべてしまった数人が、吐き気をこらえるように口や胸を押さえた。

 徐福はそれを見て苦笑し、からかうように言う。

「恐ろしいか?だが、やってもらわねば困るのだ。

 俺はそういう事ができる人間を選ぶために、あの試練をおまえたちに課したのだ。もしできぬようだと、あの人柱どもと同じになってしまう」

「!!」

 その言葉は、半ば恫喝であった。

 やらなければ、役に立たないとみなされて再び死刑囚に落とされる……朝エサを与えてきた家畜同然の人柱に、自分がなるということ。

 これでは、断れるはずがない。

 どんなに恐ろしく冒涜的で、野蛮な行為であっても……やらざるを得なくなる。

 本来、中国人は伝統的に死体を傷つけることを忌み嫌うのだ。それは死体が完全な状態でないと、あの世で復活できないと信じられているから。

 だから死体を腐敗や邪悪なものから守るように、高貴な人の遺体を玉の板をつないで作った衣で覆ったりする。逆に憎い敵や重い罪を犯した者は遺体を切り刻まれて塩辛にされ、食べられてしまうこともある。

 そんな文化の中で生きてきた人間にとって、死体の解剖はとてつもなく嫌な行為だ。

 動く死体への恐怖を除いても、好んでやりたがるものではない。

 だからそれをやれる人間を作るために、徐福は人柱となる死刑囚たちを手酷く扱って、それを元死刑囚の助手たちに見せているのだ。

 自分たちはこいつらとは違う特別な存在だと思い込ませ、一方では拒めば自分たちもこうなるぞと脅す飴と鞭で。

 それでも顔色を悪くする助手たちに、徐福は優しげに駄目押しを加える。

「なあ、おまえたち……外に、戻りたくはないか?」

 その瞬間、助手たちの目つきが変わる。

 元死刑囚の助手たちを動かす最大の飴は、研究の功績により新しい身分を与えられて釈放されることだ。

 それに望みをかけているからこそ、あの臭くて汚くて恐ろしい動く死体に触れるという試練に耐えたのだ。

「分かりました、微力を尽くさせていただきます!」

 強く輝く生きる意志を目に宿して、石生たち助手は声を揃えた。

 そう、これはみじめに死ぬはずだった自分たちに与えられた唯一の救いだ。譲れないもののために自ら手を伸ばして掴んだ、たった一つの光だ。

 手放すことなど、できようはずがない。

 その様子を見て、徐福は満足そうに笑った。

「ハッハッハ、それは結構だ!

 役に立つ助言や作業をしてくれた者には、働きに応じてどんどん褒美をやるぞ。不死を発明して地上に戻るために、励めよおまえたち!」

 助手たちは、神でも見るように徐福に平伏する。その様子はまるで、新興宗教の教祖と洗脳された信徒たちであった。

 いや、これまでの神とは違うものを心の拠り所にする以上、これはもう新興宗教と同じだ。

 もはや、徐福を阻む者はここにはいない。徐福はその倫理を越えた新たな一歩を踏み出すべく、嬉々として打ち合わせを始めた。


「ところで、この解剖について何か意見がある者はおるか?」

 徐福は、一堂に会した部下たちに問う。

 すると、すぐに侯生が答えた。

「どうせ動く死体を解剖するのなら、普通の死体も一緒に並べて解剖してはいかがでしょうか?

 ここで死んでしまった者は人柱としても役に立ちませぬし、並べて見比べた方が両者の違いがよりよく分かるかと」

「うむ、それは良い考えだな」

 大胆な提案にあっけに取られている他の皆をよそに、徐福はすっかり上機嫌だ。

「確かに、動く死体そのものだけ見ていては気づかぬこともあるだろう。その見落としが、研究において重大な落とし穴となる。

 さすが侯生、良い着眼点だぞ!」

「は、ありがたき幸せにございます!」

 意見を入れてもらえた侯生は、誇らしげに頭を下げる。

 一方、盧生はここでは有用な意見を出せずに頭を垂れている。盧生は元々根っからの方士……話術とまじないを専門としているため、医学的に考えて意見を出せないのだ。

 その二人の様子を見て、助手たちも何か意見を出さねばと頭をひねる。

 侯生のように役に立つことを言えば、自分の身が少しでも地上に近づく。盧生のように何も言えず手をこまねいていたら、ずっと地下に沈んだままだ。

 とはいえ、いい意見などそうすぐに出るものではない。

 助手たちの中でも医学的知識のある者は石生くらいのものだし、何より動く死体の解剖という仕事自体が常識を超えているのだ。だから普通に考えても、どうしたらいいか分からない。

 ただ、石生はこう思った。

(並べて見た方が違いがよく分かるなら、並べるものを追加するまで。

 それに、この研究自体がもはや普通の考えでは成り立たぬのだ。ならば、並べるものについて一切の常識も倫理も必要ない!)

 石生は、覚悟を決めるように一度深呼吸をした。

 そして、手を挙げて発言する。

「私にも、一つ案がございます」

「ほう、言ってみよ」

 徐福が興味深そうに石生の方を向く。その貪欲な視線に気圧されそうになりながらも、石生は胸を張って言った。

「同時に解剖するならば、今一つ追加すべきものがありますかと。

 方士様たちは、不老不死を目的にしていますとのこと。それならば普通の死体以上に、並べて違いを見ねばならぬものがあります」

 その意見に、侯生が何かに気づいてぎょっと目を見開いた。

 それをあえて気にせず、石生は一番大切なことを告げる。

「……生きた人間も、同時に並べて解剖すべきかと」

 瞬間、部屋の空気が凍り付いた。

 他の助手たちは一人残らず、人ではない化け物を見るような目で石生を見ている。盧生と侯生は努めて平静を装っているが、動揺は隠しきれていない。

 当然だ、石生の意見はあまりに人の感性を超越している。

 生きた人間を、死体と同じように並べて解剖する。

 もはや倫理的でないとかそんな程度の話ではない、まっとうな人間なら考える事すらできない残虐非道の所業だ。

 だが、それでも徐福の顔はまんざらでもなかった。

「ほう、理由を聞こうか!」

 面白そうに口角を上げる徐福に、石生はその必要性を説く。

「不老不死を作り出す方法として、動く死体を基に体の機能を保存または回復させて生きた人間に近づけていく……それが方士様のお考えでしょう。

 ならば、動く死体と生きた人間の差……足りぬ機能にこそ目を向けるべきです。

 動く死体と普通の死体を並べるだけでは、現状で動く死体が既に持っている機能しか見えませぬ。

 ゆえに、生きた人間も並べて本当に必要な機能を探るべきかと」

 その弁舌は理路整然としていて、一切の滞りがなかった。

 聞き終えると同時に徐福は破顔し、豪快な笑い声を響かせた。

「ハッハッハ!全く、素晴らしい意見だ!!

 既にあるものより足りぬものに目を向けよ、全くその通りだ。研究の目的に適っておる。そういう意見こそ、この研究に必要なものだ!」

 徐福は石生をほめたたえ、他の助手たちを見回して言う。

「今、石生はとても良い発想をした。

 しかも思うだけではなく、口に出してきちんと俺に伝えてくれたのだ。これは、勇気ある行動だ。

 良いか、既存の考えに囚われぬ一歩を踏み出す勇気こそ、革新に最も必要なのだ。おまえたちもこやつを見習い、どんどん勇気ある意見を出してくれるように!」

 徐福の言葉に、助手たちはおろか盧生と侯生も恐れ入って平伏することしかできなかった。


 かくして、最初の実験は決まった。

 動く死体と普通の死体、そして生きた人間の同時解剖。

 普通に考えれば悪逆無道の行いだが、異を唱えるものは誰もいない。不老不死という目的のためには、あらゆることが許されるから。

 日の光の届かぬ闇の底で、身の毛もよだつ実験が始まろうとしていた。

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