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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第八章 病める陵墓
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(39)

 盧生と侯生の策により、人手は確保できました。

 しかし、その人手が手伝わせる研究に耐えられるかは別の話です。

 徐福は連れて来られた囚人たちを、ある強引な手段で試そうとしますが……。


 ゾンビ注意報、史記のつもりで呼んでいる方は気を付けてね!そして次回から一気にグロくなります。

 暗く陰気な坑道内を、囚人たちが引かれていく。

 昨日までの作業でもずっと見てきた風景だが、今日はそれが違って見えた。昨日まではただの作業場だったのが、今日は黄泉へと続く道のように感じられる。

 それも当然だ、引かれていく囚人たちは結局ここで……死ぬのだから。

 地下宮殿建設のための人柱にする、と官吏は言った。

 その言葉を頭の中で反復しながら、死刑囚の若者は思う。

(……こんな暗くて冷たい場所に、生き埋めにされるなんて。

 こんなになるくらいなら、明るい太陽の下ですぐに首をはねられた方がましだった。そうすれば、死しても日の下にいられたものを)

 ふと、本能のようにないはずの太陽を見上げてしまう。

 生まれた時からずっと上を見上げればそこにあって、罪を犯してからも昨日まではほぼ毎日見ることができたのに……もう、自分にその光と温もりが届くことはない。

 そう思うと、急に日の光が恋しく思えた。

 そして、自嘲するようにこう思う。

(このうえは、早々と死んでしまった方が楽かもしれない。

 こんな閉ざされた闇の中で、太陽に恋焦がれながら生き続けるよりは……どうせもう、ここからは出られないのだから……)

 闇と絶望に自分が壊される前に死ねた方が、まだ幸せだろう。

 自分たちが日の下に出られる日は、もう来ないのだから……囚人たちも彼らを引いていく官吏も、そう信じて疑わなかった。


 囚人たちが連れて来られたのは、だいぶ地下深いところにある一角だった。

 そこは道の先が普通に地上にある屋敷の玄関のようになっており、さながら地下離宮といった趣の場所だった。

 ふしぎそうに辺りを見回す囚人たちに、官吏が言う。

「おまえたちは人柱となるために、ここで身を清め物忌みをしてもらう。そして人柱が必要になったら、役目を果たしてもらう。

 ここではおまえたちを神への供物として管理する、方士たちに従え」

 それならまだ脱走の機会があるかもしれないと色めき立つ囚人たちに、官吏は鼻で笑って言う。

「逃げようなどとは考えるなよ?

 もしここに通っている方士が王宮へ帰らぬような事態が起これば、すぐさま警備兵が駆けつけてそこにいた囚人を皆殺しにする。さらにそのうえで、陛下への重大な反逆とみなして親類にまで罰が及ぶ。

 おまえたちに逃げ道はない、大人しく人柱となるのだ」

 囚人たちのかすかな希望まで叩き潰して、官吏は出迎えた方士の方を向く。

 そこには、身なりのいい男が二人、静かに佇んでいた。

「これは盧生様、侯生様。お出迎えありがとうございます。

 ここにいるのが、本日死刑が決まりました罪人共でございます」

 丁寧にあいさつをして、官吏は囚人たちを盧生と侯生に引き渡す。すると今度は盧生と侯生が、官吏をねぎらいつつ次の指示を伝える。

「そちらこそ、お仕事ご苦労様です。

 このようなならず者どもを取り締まるのは、我々より苦労も多いことでございましょう」

「では、これらの者たちはこれからこちらで管理いたします。

 すぐ人柱とする訳ではございませんので、この者たちの水や食糧を手配していただけるようお願い申します。

 中には暴れる者がいるやもしれませんので、少しだめになってもいいように多めに」

 官吏は深く頭を下げて別れを告げ、去っていった。

 しかし、あの悪魔のように無情な官吏がいなくなっても、囚人たちの心は憂鬱だった。

 自分たちはこれからこの地下離宮で、人柱となるその日まで飼い殺しにされるのだ。希望がないまま命が延びることほど、嫌なことはない。

 そんな囚人たちの心を知ってか知らずか、盧生と侯生はにこやかに微笑んで囚人たちを招き入れる。

「さあ入れ、とりあえず中で一服して腹でも満たすがいい」

「詳しい事は、追って話す」

 詳しいことと言われても結局死ぬのなら興味がないと言わんばかりに、囚人たちの表情は空虚だった。

 しかし数時間後、彼らはその顔を一変させることになる。

 詳しい事……それに含まれる事実がいかなる衝撃をもたらすのか、囚人たちはまだ知らなかった。


 囚人たちを地上のような生活空間に引き入れると、盧生と侯生は一旦裏に引っ込んだ。

 そこには、自分たちより少し粗末な方士風の衣装に着替えた、徐福の姿があった。

「徐福殿、例の囚人たちが届きました」

「これで人手の問題は、とりあえず解決ですな!」

 喜んでほめる言葉を待つ二人に、徐福は苦笑した。確かに自由に使える人間は手に入ったが、二人は大事なことを忘れている。

「ああ、そうだな、人だ。

 しかし、おぬしたちは忘れておらぬか……俺たちがこれからどういう研究を行うかを。それに耐えて務められる人間でないと、話にならんぞ」

「あっ……!」

 そう言われて、二人は気づいた。

 これから自分たちが行う研究は、とても常人に耐えられるものではない。精神的にも倫理的にも、そして見た目的にも。

 もし耐えられない人間にそれを手伝わせれば、役に立たないばかりでなく命がけの脱走などを起こされて秘密を漏らされかねない。

 だからそうならないために、耐えられる人間を選別しなければならない。

「……しかし、どうやって?」

 困ったように顔を見合わせる二人に、徐福は意地悪く笑って告げた。

「なに、すぐ終わる簡単なことだ。

 何なら、まずおまえたちで試してみるか?」

「え?」

 あっけにとられたように口を開ける二人を、徐福は暗い通路に誘う。それから数分後に響いた二人の呻き声は、厚い扉に遮られて囚人たちには届かなかった。


「……待たせたな、人心地はついたか?」

 しばらくして、盧生と侯生は再び囚人たちの前に姿を現した。その顔はさっきよりも青ざめ、心なしかこわばっている。

 いよいよ殺されるのか、と囚人たちは思った。

 方士たちがこんな顔をしているのは、今からすぐにでも誰かを殺す気だからに違いない。罪悪感を覚えながらも、任務を遂行しようとしているのだ、と。

 そんな囚人たちに、盧生と侯生は移動するように促した。

「これから、おまえたちが我らの与える任に足るかどうか、試させてもらう」

「我々の後について来てもらおうか」

 二人は囚人たちを、暗い通路の先へと連れて行く。そこは囚人たちがさっき通ってきた坑道と同じように、岩壁がむき出しで殺風景だった。

 その先にあったのは、少し広い部屋だった。何の装飾もない殺風景ながら、なぜかさっきの地下離宮にも劣らぬ明かりを灯してある。

 そこに入るや否や、囚人たちは顔をしかめた。

 鼻を突く悪臭が漂ってくる。何かが腐ったような胸が悪くなる臭いに、囚人たちは覚えがあった。これは、死体の臭いだ。

 囚人たちも、外で幾度となく嗅いだ覚えがある。刑場で死体を片づけて捨てに行く時、特にしばらく晒されて腐乱した死体を扱った時に。

 部屋の中には、その発生源と思しき棺が置かれていた。

 それを見つめる盧生と侯生の顔は、さっきよりさらに翳って見える。

 だが、そうでない人間もそこにはいた。初めて見る二人の男……少し粗末な方士風の中年男と、端正な顔をした若者だ。

 その中年男が、囚人たちに言う。

「さて、おまえたちをここへ呼んだのは他でもない。我々の極秘の研究を手伝わせるためだ。

 もしおまえたちが我々を手伝えると判断したならば、殺さずにここで働かせてやるぞ。成果によっては、新しい身分を得て外に出られるかもしれん。

 どうだ、悪い話ではあるまい?」

 その話に、囚人たちの目の色が変わった。

「外に出られるだと!?本当なのか!!」

「それが本当なら、俺は何でもやるぞ!!」

 もうこの地底から出られぬとさんざん絶望させられていた囚人たちにとって、これは天から地獄に垂らされた一筋の糸も同じだった。

 何としてもそれにすがりつこうとする囚人たちをなだめて、中年男はさらに言う。

「だがな、これは相当きつい仕事だ。やると言って、できませんでは困る。

 だからおまえたちがその仕事をこなせるか、少し試させてもらう」

「試す?」

 囚人たちは少し疑問に思ったが、目の輝きは変わらなかった。この地底での死を免れるなら、怖い物など何もない……そう思っているからだ。

 そんな囚人たちを棺の前に集め、中年男は言う。

「なに、難しい事ではない……いや、考えようによっては難しいかもしれぬな。

 おまえたちには、この中にいる者の脈を確かめてほしい。あるかないか、その手で触れて確かめてほしい」

(……何だ、そんな事か)

 簡単な事だ、ただの死体か、そのふりをしている生きた人間に触れるだけ。自分たちが今まで何度もやってきたことと同じだ。

 勇んで棺の周りに集まる囚人たちの前で、盧生と侯生が棺の蓋に手をかける。その顔は尋常でなく血の気を失って白んでいるが、囚人たちは気にする余裕がない。

 ただ、自分たちが仕事にありついて助かりたいだけだ。

 ゴトリ、と重たい音を響かせて、棺の蓋が外される。部屋の中に、むわっと濃厚な腐臭が広がる。

 果たして中にあったのは……肌がボロボロに腐り落ちた死体だった。

「よし、こ、これに触ればいいんだな!」

 囚人の中で一番がたいのいい男が、他の囚人を抑えて真っ先に死体に手を伸ばす。

 しかし、その手は唐突に止まった。


 グチャリ 「え?」


 囚人の手は、本人が思っているよりはるかに早く死体に届いた。しかも本人が思っていたのと違う形で……死体の手が囚人の腕に押し付けられる形で。

「え、あ、あれ……?」

 驚いて目を白黒させる囚人の前に、腐りかけの顔がせり上がってくる。

 死んで腐っているはずの体が、棺の中で身を起こしていた。

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