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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第八章 病める陵墓
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(38)

 盧生と侯生は、一体どんな手段で人手の問題を解決したのでしょうか。

 工事現場で行われる、苛烈な法治の一幕も添えて。


 法治自体は決して悪いことではないんですけどね。

 驪山陵の工事は、毎日休みなく行われる。

 それに伴って、周辺には小さな墓がどんどん増えていく。工事を進める過程で、毎日のように死人が出るからだ。

 多くは過酷な労働を続けて力尽きた者だが、そうでない者もいる。

 始皇帝の永遠の生のための宮殿は、今日も死者を生み出し続けていた。


 驪山陵の工事現場の一角に、数人の男が座らされていた。

 彼らの服と体は普通に働いている者よりさらにボロボロで、手足は縄で縛られていた。無念の怒りを込めた視線は、目の前にいる官吏に向けられていた。

 官吏は、その男たちを冷たく見下ろして告げる。

「おまえたちは、罪を犯したためにここでの労役を課されてやって来た。しかしおまえたちはそれに従わず、逃げ出そうとした。

 法を犯したうえに罰からも逃れようとするとは、言語道断である!」

 そう、この縛られている男たちは、ここの強制労働から逃げ出そうとしたのだ。

 驪山陵の建設には、主に囚人が使われていて、彼らは定められた期間ずっと朝から晩まで働かされている。食事も粗末で寝床はすし詰めで、病気になっても治療はされない。

 おまけにもし懲役の期間を終えたとしても、自力で郷里まで帰らねばならないのだ。元々無一文の囚人たちにとっては、野垂れ死ねと言っているようなものだ。

 この悲惨な扱いは、ある種見せしめでもある。

 民がこうなることを恐れて、罪を犯すことが減るように。

 秦は強力な法治国家であり、民に方を守らせることが第一である。そのため少しでも法を犯せば厳罰を課せられ、それから逃げ出そうとすればさらに重い罰が待っているのだ。

(くっ……こんな所で終わるのか、私は……!)

 縛られた若者は、唇を白むほど噛みしめた。

 この一角でこうして縛られていた者がどうなるかは、見たことがあるので知っている。事が終わった後に、片付けを手伝わされたこともある。

 あの時、運んだものの感触は忘れられない。

 今日は自分が、運ばれる側になるのか。

「お、お願いです、助けてくだせえ!」

 縛られたうちの数人が、無様に泣き喚いて命乞いをしている。

「俺たちは、こいつにそそのかされて……いや、脅されたんです。一緒に来ないなら、口封じのために殺すって……。

 だから、元々逃げる気なんかじゃ……!」

 すると、主犯と名指しされたがたいのいい男が怒鳴った。

「嘘を言うんじゃねえよ、おまえも逃げたいって言っただろうが!!

 わしはおまえたちがあまりに泣きついてくるから、人助けのつもりでやったんだ。それをそそのかしただと!?

 根っからの悪人はてめえの方だ!!」

 囚人たちは、口から泡を飛ばして醜く罪を押し付け合う。

 しかし若者は、そこに加わる気にはなれなかった。どんなに相手を貶めて罪を押し付けようとしても、結局待っている運命は同じだ。

 どんなに言い訳を並べても、秦の官吏は法と事実にしか従わないのだから。

 若者の予想をなぞるように、官吏が冷酷に言い渡す。

「おまえたちは、ここに来た時に聞かされているだろう。

 懲役からの逃亡は、死罪である!!」

 囚人たちは一瞬にして黙り、震えあがった。

 官吏が今口にしたのは、確かに定められた法の通りだ。そして人々に法を守らせるのが仕事の官吏は、他のどんな事情にも一切容赦をしない。

 自分たちは、ここで死ぬしかない……絶望が囚人たちを覆った。

 何度も見た光景だ。官吏が命じると、鬼のように冷酷で恐ろしい処刑人がやって来て、そこにいる囚人たちの首を次々と斬っていく。

 逃亡しようとして捕まった者が生きて外に出られることはない、出られるのは首と胴が別々に運ばれて捨てられる時だ。

 これからの自分の歩む道を思って、若者はぎゅっと目をつぶった。

 しかし次に官吏からかけられた言葉は、いつも通りではなかった。

「だが、おまえたちには死んで果たしてもらう仕事がある」

「何?」

 戸惑っている囚人たちに、官吏は尊大に告げた。

「喜べ、おまえたちはこの驪山陵の礎となるのだ。おまえたちの魂は地下の神に捧げられ、人柱となる。

 そのためには、方士に選別され、身を清めた者でなければならない。

 だからおまえたちはこれから、その方士のもとへ向かってもらう。今すぐここで死ぬ訳ではない。延びた命の分だけ、陛下のお役に立てる栄光を噛みしめるがよい!」

 それを聞いて、囚人たちは少しざわめいた。こんな事は初めてだ。

 だが若者は、じっと頭を垂れたまま動かなかった。今すぐ死なないとはいえ、人柱になるのなら結局出られずに殺されるのだ。

 それを喜んだとて、何の意味があるのか。

 やがて、警備兵が囚人たちを立たせて、驪山陵の内部へと連れて行く。囚人たちは死ぬと分かっていながらも、従うしかなかった。

 この先に彼らを待っている数奇な運命など、知る由もなかった。


「……官吏から連絡がありました。今日もうすぐ来るそうです」

「ほう、早いな!」

 盧生の報告に、徐福はにっこりと顔をほころばせた。

 盧生と侯生が人手不足の解消について手を打ったことは、既に聞いていた。しかしそれでいつ実際に人手が得られるかは、運任せなところがあった。

 だが幸い、望む成果はすぐに出た。

 徐福は己の懸念が杞憂に終わったことを少し苦笑しながら呟く。

「まあ、そうか……数万人もの囚人が何の希望も与えられず働き続けているのだからな。逃亡しようとする者が出るなど、日常茶飯事か。

 おまえたちは、本当に良いところに目を付けたな!」

 徐福にほめられて、盧生と侯生は素直に嬉しそうな顔をした。

「いえいえ、実は我々も早く研究を始めたくてうずうずしているのです」

「そのためならば、知恵の絞り甲斐もあるというもの!」

 それにこれは、盧生と侯生だけでどうにかなった問題ではない。他にも別の事で頭を悩ませている官僚がいて、彼の力添えもあるのだ。

 盧生は、したり顔で言う。

「ふふふ、なにしろこの策は多くの者が得をする素晴らしい策ですからな。

 この……現場で死罪になる者を人柱とし、しばらく生かして使うというのは」


 盧生と侯生がこの案を始皇帝に献じたのは、二人が坑道内で死体を見つけた数日後だ。二人は始皇帝に先立ち、まず李斯の執務室を訪れた。

「ところで、驪山陵の地下工事はうまく進んでおりますか?」

 二人が尋ねると、李斯は少し顔を曇らせた。

「ううむ、尋ねに来たということはもう分かっておろう。

 正直、当初の予定ほどうまくいっておらぬ」

 用途を陵墓から地下宮殿に変えたため、地下部分の構造は当初の予定よりずっと地下深くなる。深いほど地上の人間の邪気を防げると、盧生と侯生が入れ知恵したせいだ。

 だが、深く掘れば掘るほど工事は難しくなる。現に地下水の層を貫いてしまい、落盤や水没などの事故が多発しているのだ。

「それに、大きなものを造るには、これまで以上に人手が必要だ。

 早く実用できる状態にするため、全国からさらに人を集めねばならぬ」

 李斯はそれについて、近く始皇帝に進言すると言った。

 盧生と侯生も、それに同行させてもらうことにした。自分たちの策は李斯を悩ませている問題への対策にも見えるし、李斯が現状を報告してそちらに興味が向いている方が説得力が増すからだ。


 かくして盧生と侯生は、李斯と共に始皇帝に進言した。

「驪山陵の地下宮殿の工事を滞りなく進めるため、逃亡を企てたなどで死罪になる者を人柱として使わせてもらいとうございます。

 水脈を貫くなどで災いが起こっているのを放置しては、害がございます」

 先に李斯から工事の現状を聞いていた始皇帝は、すぐにその気になった。

「ううむ、その意見もっともである。

 準備が整わねば仙人になれぬのであれば、急がねばならぬ」

 始皇帝にとって最も優先すべきは、自分が永遠の支配者になることだ。だからそのために必要と言われれば、すぐに従おうと思ってしまう。

 そこからさらに具体的な話につなげて、盧生と侯生はたたみかける。

「それから、人柱となる者はしばらく地下で生かしておこうと思います。

 人柱とするならば、身を清めさせ物忌みをさせて邪気を落とさねばなりません。邪悪なものが巣食っていないか見極めも必要です」

「さらに、この者たちをしばらく地下で暮らさせてみて、足りぬものを調べたいと存じます。

 陛下は仙人となられた後、地下宮殿に住まわれますが、そうなれば地上の暮らしと切り離されることとなります。そうなりました時、どういったものを恋しく思い、用意せねばならぬのかを調べねばなりませぬ。

 地下宮殿に陛下が住み続けられなければ、意味がありませんので」

 それを聞いて、始皇帝は目からうろこが落ちた思いだった。

 確かに、ずっと地下で暮らすことなどうまく想像できない。これは実際に誰かに暮らさせて、聞いてみるしかないだろう。

 さらに、李斯からも後押しが入った。

「私としても、これは賛成でございます。

 一度地下宮殿を作って足りないものに気づいても、改築するのが容易ではありませぬ。それに改築するとなれば必然的に中に多くの人を入れることになり、えっと……陛下の神気に害があるのでしたかな?それは避けねばなりませぬ。

 また、それに死刑囚を使うのも理に適っております。地下の構造を詳しく知られても、どうせ殺す者なら秘密が漏れることはありませんし」

 これは、あくまで上の命令をいかに効率的に実行するかという視点のみで見た、官僚としての意見である。

 その命令が何に基づいているのか、さらにその元には本当に実態があるのか……そんな考えは李斯の頭の中にはない。

 李斯はどこまでも、忠実に上に従う能吏なのだ。

 そんな思考回路だからこそ、彼は絶対君主たらんとする始皇帝の下で生き残ってこられた。

 そして始皇帝と李斯がそんなだからこそ、盧生と侯生はそこに付け込んでいいように要求を通してしまえる。

 こうして盧生と侯生は、研究に必要な人での問題を鮮やかに解決したのだった。

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