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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第八章 病める陵墓
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(37)

 盧生と侯生は研究のための場所と物を整えますが、まだ人手の問題が残っていました。

 徐福が外で動けない中、二人は坑道で見つけた死体をヒントにあることを思いつきます。


 実際、古代の工事現場ではこんな死体は日常茶飯事ですね。


 盧生と侯生は、順調に研究の場を整えていった。

 しかし、今すぐに大規模な研究を始める事はできなかった。

 場所と物は用意できても、それを手伝う人手が集められないからだ。この実験は極秘に行うため、人集めも極秘でしなければならない。

 それが、容易ではないのだ。

 秦は強力な法治国家であり、民に対しても戸籍を作って厳しく管理している。そのため、下手に人を雇えばそこから足がつきかねない。

 しかも現在は、工作部隊長の尉繚が咸陽にいるため、監視の目が厳しくなっている。

 そのため、盧生と侯生は徐福を驪山陵に隠して大人しくしているしかなかった。


「誠に、ご苦労をおかけします」

 盧生と侯生は、食事をしている徐福を気遣うように声をかけた。

 徐福が食べているのは、すっかり冷めてしなびた料理と、保存食を水でふやかしたものだ。二人より立場は上のはずなのに、ずいぶんと粗末な食事だ。

 だが、徐福は二人をねぎらうように笑って答える。

「ああ、俺のことは心配してくれるな。研究ができるなら、この程度は構わぬさ。

 おまえたちの方が苦労していることは、よく分かっておる」

 それは、隠し立てのない徐福の本心だ。

 しかしそう言われるとますます、二人はすまない気持ちになる。自分たちは都でいい暮らしができるのに、その自分たちを導いてくれる徐福に冷や飯……いや残飯を食わせていると思うと、自分たちのふがいなさが身にしみる。

 そう、徐福が食べているのは他人の食べ残しだ。

 この地下施設に閉じ込めている、安息起が食べた残りだ。

 徐福は安息起にいい暮らしをさせてやるという約束を、忠実に守っていた。地下に捧げられた食事はまず安息起が食べ、その残りを徐福が食べ、さらにその残りと保存食が障害者たちに回されている。

 理由は簡単、地下に捧げられる食物に限りがあるからだ。

 この驪山陵の地下施設には、誰も住んでいないことになっている。だが、盧生と侯生が神を祀るのに必要だからと膳を届けさせている。

 ここで使える食物はそれと、物資に紛れ込ませて持ち込める保存食が全てだ。

 そのせいで、その膳を真っ先に食べる安息起以外は粗食を強いられていた。

 その現状に、徐福は少しだけ顔をしかめる。

「俺のことはいい……だが、これから本格的な実験を始めるうえではちと困るな。

 これからここにはもっと多くの検体を運び込み、さらに人でも増やさねばならん。だが食糧が運び込めぬのでは、これ以上人を増やせぬ。

 人を増やせねばやれる事は限られており、研究は遅々として進まぬであろう」

「は、おっしゃる通りでございます」

 盧生と侯生にも、徐福の言う事はよく分かっている。

 これから行う実験は、徐福一人でできるものではない。病気にかからせた検体の世話をし、動く死体を管理するには、確実に人手が要る。

 しかし、今の体制ではその人手を入れることすらできないのだ。

「これも、合法的に人を入れられるようにする必要がありますな。

 ただし尉繚に気づかれぬ……もしくは調べられぬようにして」

 侯生の言葉に、徐福は深くうなずく。

「うむ、研究を進めるうえでそれは必須だ。

 時間はいつまでもある訳ではない、陛下にも俺にも寿命がある。そのどちらかが尽きる前に、完成させねばならぬからな。

 ま、俺が死んでもおまえたちに引き継げればいいが、陛下に死なれてはまずい。そうなれば、ここは元の計画通り陛下の墓になってしまう」

 そうなってしまったら、もうここで研究は続けられない。

 だからそうなる前に研究が完成するように、人手を増やして急がねばならない。

「……何とか、良い策を考えてみましょう」

 盧生と侯生は、浮かない顔のまま徐福の前から退出した。


「早いところ、何とかせねばならんな」

 盧生と侯生は、小さな明りを手に坑道を歩いていく。黒く湿っぽい岩壁に全方位を囲まれ、外の光は全く見えない。

 この陰気な空間が自分たちの今の状況と重なるようで、二人は更に気が滅入る。

 自分たちとしては徐福が帰ってくるまでに懸命に課題をこなしたつもりだったが、時勢に研究を行うにはまだまだ課題が山積みだ。人手の問題、それを維持する食べ物の問題、そして尉繚の監視……挙げればキリがない。

 まるで、掘っても掘っても光が見えないこの陵墓のようだ。

 だが、それを何とかしなければ、研究は始められない。

 そのために動けるのは、現状自分たちだけだ。徐福は尉繚や李斯に顔を知られているため、外で動くことができない。

 それゆえに研究の成否が自分たちの肩にのしかかっていると思うと、二人の足取りは重くなった。

「うわっ!?」

 いきなり、盧生が何かにつまずいた。

「大丈夫か!?」

 侯生が慌てて支え、岩壁に手をつく。その拍子に、壁にかかっていた灯火の芯が引っかかって地面に落ちた。

 その小さな火が照らし出した足下に、二人は顔をしかめた。

「これは……人か」

 盧生がつまずいたのは、坑道の岩壁にもたれるように座り込んだ人の体だった。薄汚れてみすぼらしい格好で、目を閉じて脱力している。

(労働者が、力尽きて眠ってしまったのか)

 坑道の中では、数万人の労働者が毎日働き続けている。その多くは罪を犯した囚人で、朝から晩まで鞭を振るわれて休むこともできず働くのだ。

 当然、こうなる者も出る。

 盧生は少しだけ気の毒に思い、座り込んでいる男を揺り動かした。

「おい起きろ、こんな所で寝ていては飯も食えぬぞ!」

 しかし、男は全く反応する様子がない。腕を持ち上げてみても、だらりとして全く力が入っておらず妙に重い。

 様子がおかしいのに気づいた侯生が、素早くかがんで覗き込む。

「待て、この男は……息をしていない!」

 侯生は男の手首をとって脈を確認し、さらに着物をはだけさせて胸に触れた。その肌はひんやりと冷たく、何の動きもなかった。

「……死んでいる」

 二人の間に、重い空気が立ち込めた。

 これから死体を扱う研究をするとはいえ、不意に死体と対面するのは気持ちのいいことではない。

 坑道の暗く不気味な空気も手伝って、余計に気が重くなってしまう。

 侯生が、その重さを払うように肩を落として呟いた。

「まあ、寿陵の内部を選んだ時点でこうなるのは目に見えていたがなァ……」

 寿陵建設は、とてつもなく多くの人を強制的に働かせることで進められている。その中には、こんな風に途中で命を落とす者が少なからず出る。

 そういった死者たちは、丁寧に葬られることもない。

 働かせる側の官吏たちにとって、働かされている囚人たちは使い捨ての道具も同じなのだ。どこでどう死んだかなど問題にされず、減ったら補充するだけだ。

 驪山陵の周りには、既にそんな死者たちが数え切れぬほど埋められている。ここは、名も知らぬ者たちの墓に囲まれた墓なのだ。

「滑稽だな、死に囲まれた墓で死を超える研究とは」

 侯生が、ぽつりと呟いた。

 すると盧生が、意地悪く笑って言う。

「ハハハッそれを言うなら陛下こそ。

 こんなにたくさんの人間を死なせて作った宮殿で、永遠の生を貪るだと?こんな所で怨念に囲まれて暮らすなど、俺はまっぴらごめんだ!」

「違いないな!」

 他人が聞いていないのをいいことに、二人は始皇帝を皮肉って笑い合う。辺りには、二人の声以外の音はない。

 一しきり笑うと、侯生は死体に目を落として言った。

「しかし、いい気なものだな……いくらでも人を集めて、死なせてもお構いなしか。

 こっちは、死体の手も借りたいくらいなのに」

「動く死体とやらを、働かせられたら良かったのにな」

 徐福の話によると、動く死体には意志も知能もなく、ただ歩き回るだけらしい。そこから人格と知能を保った尸解仙を作る過程で、もしかしたら命令通りに働く死体ができるかもしれない。

 それを作るにしても、まず研究を進めるための人手が必要だが……。

 そこまで考えて、盧生はふと思い出した。

「そう言えば、死者を役立てるという考えはあるな。

 こういう大きな工事がなかなか進まぬ時や事故が続くとき、人の命を捧げ、その魂を土地の神に与えたりそれ自体を神として祀ったり……」

「ああ人柱か、それは昔からあるな」

 難所に道を作ったり大きな建物を建てたりする場合、人間を生贄として工事中の安全や建築物の長久を祈ることがある。

 人の魂を捧げて柱とする……文字通り、人柱だ。

 こういう儀式は、太古の昔からよく行われてきた。そのために、多くの人間が無意味に殺されてきた。

 そうやって殺されるのは、死ぬまで働かされるよりある意味虚しいものかもしれない。だが当時の人々は目に見えぬ何かの力を恐れ、そういう生贄を捧げ続けてきたのだ。

 もっとも、徐福によって神への畏れを取り除かれた二人にとっては、そんなものは無駄にしか見えないが。

(……殺すくらいなら、くれればいいのに)

 そう思った瞬間、盧生は稲妻のように閃いた。

「そうだ、もらって使えばいいのだ……死ぬはずの人間を!」

「死ぬはずの人間……そうか!」

 盧生の言葉に、侯生も気づいた。

 この驪山陵の工事現場では、毎日のように死人が出る。それもこのような、力尽きて倒れる者ばかりではない。

 元気でまだ働けて、しかし死ななければならない者も出る。

 それをもらう口実も、あるじゃないか。こんなに大きな陵墓……もとい地下宮殿を作るのだ。難所も事故も多いし、祀るべきことなら山ほどある。

「これは良い助けをもらった……」

 盧生と侯生は足下の死体を見て、悪賢い笑みを浮かべた。そして、せめてこの恩人を官吏に知らせて葬ってやるべく、坑道を後にした。

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