表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第七章 徐福の帰還
35/255

(34)

 都周辺の通行証を手に入れた盧生と侯生は、研究施設の場所を探し始めます。


 咸陽の都は、始皇帝の天下統一に伴って急成長を遂げている真っ最中でした。しかしそこに、秘密の研究ができそうな場所は見当たりません。

 そこで二人は、始皇帝が生きている限り工事が終わらない近くの大工事現場に目を留めます。

 晴れて咸陽周辺の通行証を手に入れた盧生と侯生は、さっそく都を見て回ることにした。

 といっても、物見遊山ではない。

 二人には、これを使ってなすべき事があった。徐福の研究を行うための、実験施設を作る場所を探すことだ。

 いくら徐福が材料を持ち帰ってきても、場所がなければ研究はできない。

 しかも、どこでもいい訳ではない。

 まず第一に、この研究は始皇帝にも秘密で行うのだから、尉繚たち工作部隊や秦の官吏たちの目に留まらぬ場所でなければならない。

 そこに運び込む物資や人の出入りが目立つのもまずい。人や物資の流れまで厳格に管理している秦の都では、怪しまれれば即、調査を受けることになる。

(……といっても、そんな場所が都の中にあるとは思えんが……)

 街の要所に佇む警備兵たちを見ながら、二人は心の中でぼやく。

 それに、もう一つの条件から考えても街中は良くない。

 二人は知っている……徐福の研究には、危険な病毒を扱わねばならない。まずアック実に必要だと言っていた天然痘だけでも、相当に危険な病気だ。

 もっとも、咸陽のような大都市では元々流行しやすいので、元からここにいる住民のほとんどは幼い頃に済ませていて大事には至らない。天然痘は、一度かかればもうかからないのだ。

 しかし、今の咸陽にはそうでない人間が多く流入している。

 労役のために田舎から出てきた者たち、地方に力を持たせぬために移住させられた金持ちとその従者たち……挙げればキリがない。

 そんな者たちの間に病気が広まれば、被害がどこまで広がるか分からない。

 できるだけ国家の運営や街の様子に影響を与えないように研究するには、無関係の人間が立ち入らぬ場所が必要だった。

(しかし、かといって郊外の田舎でやっては物の動きが目立ってしまうしなァ……。

 人が立ち入らぬ、かつ人や物の動きを気取られぬ場所……これは難しいぞ)

 いっそのこと人里離れたあ山奥という案もあるが、それでは始皇帝の側にいながら研究を手伝うことができない。

 それに、今は何もない場所でも、数年後そうとは限らない。

 咸陽の都は、今も拡大を続けているのだ。この広大な国の首都として、どんどん人と物を集めて大きく成長し続けている。

 何もない場所に研究施設を作っても、後からそこが市街地に飲み込まれてしまったら意味がない。

「ふう……徐福殿も難題を出されたものだ」

「ああ、しかしこれを解決せねば研究が始められぬ」

 何日もかけて都を歩き回って、盧生と侯生はその困難を実感していた。

 これだけ広ければ目の届かぬ場所はあるだろうと思っていたが、さすがに厳格な法治国家である秦の都だけあって警備の目が細かい。

 かといって王宮からあまり離れると始皇帝の側にいない時間が多くなり、それもそれで都合が悪い。

「いっそ、王宮の中でやってしまうか……」

「灯台下暗し、ということか?

 しかし、我々はまだそれを聞き入れてもらえるほど信用されておらぬからな。

 それに、王宮内に病人を運び込むのは無理だろう」

 盧生の半ばヤケになった意見を、侯生が冷静にたしなめる。

 だが、否定するばかりでは進まないことは侯生にも分かっている。

「そうだな……王宮の近くでも工事中のところなら多少は監視が緩くて紛れ込めそうなものだが。問題は、そう長く工事が続くところはないということだ」

 それを聞くと、盧生は腕組みをして考えながら呟いた。

「なるほど、工事か……確かにそれは可能かもしれんな。

 全国から集められた囚人や労役に招集された民がアリの群れのように働き、夥しい物資が搬入され、仮設の建物も多くできる。

 邪気を払うなどと言って祭祀を行うふりをすれば、紛れ込むのは容易いだろう。

 だが、やはりおまえの言う通り、期間が限られているのは痛いな。工事が終わるたびに別の場所に移るのは、面倒も危険も大きすぎる」

 盧生は、広大な咸陽を覆う空を見上げてぼやく。

「歯がゆいことだ……工事をしている所なら、星の数ほどあるのにな」

 この咸陽の都は、ここ数年でとてつもない発展を遂げた。そして今も、中華を統べるにふさわしい都となるべく多くの工事が進められている。

 始皇帝が天下統一に伴って作らせた新しい建物が、すでに都にひしめいている。

 始皇帝は、滅ぼした六国の宮殿をそっくりそのまま咸陽に移築させた。さらに、そこと王宮をつなぐ回廊まで巡らせてある。他にも多くの役所、離宮、回廊が今なお作られ続けている。

 ただ、それらは着工してから短期間でできあがってしまう。使うつもりで作っているのだから、当然だ。

 そこまで考えた時、侯生ははっと口を押えた。

「……あるぞ、陛下が生きている限り工事が終わらぬ場所が!」

「何、そんな場所があるのか!?」

 侯生の眼差しは、都の郊外にある小高い山に向いていた。

「驪山陵……皇帝陛下の、墓だ!」


 咸陽の郊外に、驪山というそれほど険しくない山がある。

 そこでは、始皇帝のための寿陵建設が行われている。寿陵とは、長寿を願って生前から建てる墓のことである。

 この時代の王たちは、皆このような大掛かりな墓を長い時間をかけて作ってきた。

 墓である以上、工事が終わって使われるのは主が死んだ後である。つまりそれまでは、工事は終わらない。

 そのうえ始皇帝は、自分はかつての王たちとは格が違うのだから墓もそれに見合うものにしようと、寿陵をさらに大きく豪勢にするべく人と物をつぎ込んでいる。

 しかも工事の中心は、地上よりも地下にある。

 人と物がそこに入っていくのは見れば分かるが、中で何が行われているかは現場の人間しか知らないのだ。さらにその中でも、盗掘を防ぐために作業場は細かく分けられ、全体像を知る者が極めて少ない。


 まさに、秘密の研究にはうってつけの場所だ。


 盧生と侯生は、思わずにやけ顔で手を取り合った。

「なるほど、驪山陵か……それなら王宮からも近いな!」

「それに、我々が手を加えるための進言も通りやすいだろう。何といっても……墓だからな!そもそも、不老不死になるのになぜ墓が要るんだ?」

 侯生の鋭い突っ込みに、盧生は吹き出した。

「確かに!!仙人になるなら墓は必要ない……陛下はまだそれを考えておらぬのだ。

 となれば、不老不死にかこつけて、驪山陵を何か別のものに作り変えてしまうことが可能だ。仙人になるためと言えば、陛下は喜んで首を縦に振るだろう」

 気づいたなら、後は実行に移すだけだ。

 盧生と侯生は、次なる策略を頭の中に巡らせながら宿舎へと帰った。


 二人が宿舎の自室に戻ると、戸の隙間に一通の手紙が差し込んであった。それを開いて差出人の名前を見るなり、二人の目の色が変わった。

(徐市……徐福殿が戻られた!)

 徐市とは、徐福が帰還した後に名乗る偽名だ。徐福が帰ってきたことは周囲に知られてはならないため、自分たち以外の前では別人を装う必要がある。

 その徐福から、ついに二人に便りが届いた。

<蓬莱島より、尸解の血を持つ者数人と動く死体を一体連れてきた。

 急ぎ、彼らを留める場所を用意せよ>

 その短い手紙に、盧生と侯生は胸をまず撫で下ろした。

 徐福は、きちんと無事に海から帰って来てくれた。しかも、研究に必要なものをしっかり手に入れて、こちらの準備が整えばすぐにでも始められる状態で。

 それに、指揮する者が戻ってきたのは大きい。

 正直、盧生と侯生は始皇帝を相手にどこまで欺けるか不安があった。どこまでも苛烈で激しい性格の始皇帝を前に、二人は顔にこそ出さないが、内心は戦々恐々としていたのだ。

 徐福が戻って来なければ、いつまでそんな危険な時間稼ぎをすればいいか分からない。徐福が海に出てから、二人の胸には常にその不安が重くのしかかっていた。

 だが、それももう終わりだ。

 もうすぐ徐福は検体を連れて合流し、現状を見て的確な指示を出してくれるだろう。待ちに待った研究の日々が、始まるのだ。

 そう思うと、二人は高まる興奮に武者震いを覚えた。

 徐福の言う尸解の血や動く死体など、そんな不思議なものが存在するならぜひ見てみたい。そのためには、徐福にはすぐ研究を始めてもらいたい。

 これは、徐福が帰ってくるまでに自分たちがどこまでやれるかにかかっている。

 自分たちの頑張り次第で、少しでも早く神秘を目の当たりにできる……二人の胸は否応なしに高鳴った。

「……では、近いうちにさっそく陛下に奏上するか」

「ああ、しかしまだ合流までには少し時間がある。

 明日からは驪山陵を見回って、研究施設の図面でも考えるとするか」

 徐福が示してくれた証拠のおかげで、自分たちにはそうする信用も権限もある。だからこそ自分たちはそれを最大限に使って、徐福に報いるのだ。

 阻む者は、誰もいない。今は二人の他に、誰も知る者がいないから。

 盧生と侯生は悪賢い笑みを浮かべて、これからの打ち合わせを始めた。

 窓の外では、遠くに見える驪山の影が浅く空を抉っている。

 美しい星空を黒く切り取る山影は、数知れぬ命が瞬くこの都を侵食する死の影のようでもあった。そう、あの神聖な陵墓となるはずの山は、始皇帝の死を待たずして死の穢れに染まるのだ。

 そんな恐ろしい計画など露知らず、咸陽の都は今日もにぎわい、成長を続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ