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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第七章 徐福の帰還
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(31)

 徐福が航海を終えて、大陸に帰って来ます。

 これから徐福は、蓬莱島から持ってきた検体(障害者と動く死体)を咸陽に運びますが……昔の中国には死体を運ぶ業者がちゃんといるのです。


 中国では故郷を離れて死んだ人でも故郷の墓に埋葬するのが望ましいので、現代でも華僑の多い地域には、故郷に埋葬するまで死体を安置する場所があるそうです。

 いかにもゾンビが出そうな場所ですね。

 ちなみに、キョンシーの元は死体を故郷まで歩かせて運ぶ送屍術というものだそうです。

 朝霧に包まれた薄暗い海面を、静かに船が進む。

 波の音に混じって、舟板が波をかき分ける音が響く。

「気を付けろ、いつもの船より大きいぞ!」

 霧の中に、若い男の声が放たれる。

 ゆっくりと移動する中型船の影が、おぼろげな岩影の間を進んでいく。ほとんど視界がないのにぶつかる様子はない、熟練の動きだ。

「よし、ここまで入ればもう大丈夫だ。

 着岸は、霧が晴れるのを待ってする!」

 切り立つ岩壁に囲まれた小さな湾のような場所で、船は静かに停止した。

 立ち込める朝霧の中、この船がここに入ったのを見た者はいない。そもそも、こんな場所があることを知っている人間がほぼいない。

 周りには人家も他の船の影もない。聞こえてくるのは、打ち寄せる波と風の音ばかりだ。

 ここは知る人ぞ知る、秘密の船着き場だった。


 日が高く昇った頃、数人の男が近くの洞窟から出て来た。

「ふう……久しぶりの大陸だな!」

 照り付ける太陽と、果ての見えぬ大地を眺めて、徐福は呟いた。

 数か月に及ぶ長い旅を終え、徐福は大陸に帰ってきたのだ。己の生き甲斐である研究を遂行するための、検体と資料を手に入れて。

 徐福と共にいるのは、蓬莱島から来た若者たちだ。

 これまでにも何度か大陸を訪れ、仙人の使いと偽って、仙紅布と引き換えに島での生活に必要な物資を仕入れていた者たち……しかし今回の目的は違う。

「おまえたち、これからは仙人とのつながりを口にするなよ」

 徐福は、若者たちににらみをきかせる。

「今は、仙人は憧れて崇められるだけの存在ではない。

 始皇帝によって捜索の対象となっている、いわばお尋ね者も同然だ。できるだけ情報を集めろと、全国に命令が行き渡っているはずだ。

 不用意に仙人の使いなどと名乗れば、すぐに役人がとんできて捕まってしまうぞ。一人でも捕まれば、おまえたちの素性が暴かれかねん。

 そうなったら……分かるな?」

 若者たちは身震いし、青ざめた顔でうなずいた。

 自分たちは、徐福が始皇帝をだまして手に入れた金品でいい暮らしをしている。それが始皇帝に知れれば、どうなるかは火を見るより明らかだ。

 そのうえ自分たちは、始皇帝が喉から手が出るほど欲している不老不死の原料となり得る、特別な血を持っている。それが明るみに出れば……それは蓬莱島の民全員の、人としての暮らしの終わりを意味する。

 決して、尻尾を掴ませてはならない。

 これからは、取引するのは徐福とその手の者だけだ。

 若者たちは、検体を運ぶためについて来たにすぎない。

 ただ一人を除いては。

 徐福は若者たちを見回し、これからの計画を告げた。

「さて、これから俺は安息起と障害者たちを連れて、死体と共に咸陽の都に向かう。研究は、その近くで行うつもりだ。

 今頃は盧生と侯生が、その下準備に取りかかっておるだろう」

 すると、若者たちの顔に動揺が広がった。

「咸陽とは……一体どのくらい遠くにあるのだ?」

「そんなに遠くまで運ぶとは、我々について行けるのか……」

 確かに、咸陽はここからはるか遠く離れている。中華の大地を七つに分割していた国の中で一番内陸の秦の王都なのだから、当然だ。

 一方、島の若者たちはこれまで、大陸の奥に踏み入ったことがない。島と海岸の集落を船で往復していただけだ。

 島の者にとって大陸とは、地理も世相も分からない未知の土地なのだ。

 怯えて尻込みする若者たちを安心させるように、徐福は言う。

「ああ大丈夫だ、おまえたちは積み荷を引き渡したら島へ帰ればいい。

 おまえたちを大陸の旅に同行させる気はない、不慣れな者が多いほど周囲に怪しまれやすいからな。安息起だけで十分だ。

 むしろおまえたちは、島で不慮の事態が起こらぬようしっかり管理していろ」

 それを聞くと、若者たちは安心した。

 しかし、すぐに別の疑問が起こる。

「……では、死体は大陸の者を雇って運ばせるのですか?そんなに長い距離死体を運ぶこと自体、怪しまれるのでは?」

 すると、徐福はニヤリと意味深に笑った。

「ふふふ、おまえたちは大陸の文化と風習を知らぬ……。

 まあ少し待っておれ、悪いようにはせぬ」

 徐福はそれだけ言うと、一人姿を消した。

 島の若者たちはそれが何を意味するのか分からず、困惑するばかりだった。


 翌日の朝、徐福は荷馬車を引く数人の男を連れて戻ってきた。

 それは一見ただの運送屋のようだったが、よく見ると白い弔旗を掲げていた。そして荷馬車に刻まれた『送屍』の文字……。

 その団長と思しき男が、馬から下りて頭を下げた。

「まずは、亡くなられた方のお悔やみを申し上げます。

 して、運んでほしい棺はどれかな?」

 その口上に、若者たちは驚愕した。

 この一団は死体を運ぶことに、何のためらいも疑いも抱いていない。大陸には死体を長い距離運ぶ業者が普通に存在するのだ。

 徐福が男たちを荷物のところに案内し、ごく自然に手続きをしていく。

「この棺を、咸陽の近くまで運びたい。それからここにある荷物と、亡くなった者の家族も一緒に……ああ、一度に運びたい……」

 送屍屋の男たちは、恐れもせずに棺を持ち上げて荷馬車に積み込む。

 他にもいろいろな荷物を積み込んでいる間に、徐福は島の若者たちを連れて船に戻り、種明かしをした。

「……くくく、驚いたか?大陸では死体を長い距離運ぶなど普通のことなのだ。

 むしろ、善行としてほめられる行いですらある」

 訳が分からず前尾ぱちくりする若者たちに、徐福はその理由を語った。

「大陸は広い、だが歩いてどこへでも行けてしまう。

 当然、自らの一族の墓がある郷里から遠く離れたところで死ぬ者も出る。都市で一旗揚げようと田舎から出て来た者、主人の都合で転居を余儀なくされた者……それから今はなくなったが、戦争で遠征に行った先で死んだ場合など。

 そういう者でも、死体は先祖と同じ郷里の墓に埋葬するのが望ましいとされているのだ。

 だから、そういう死体を運ぶ業者がいる……」

 それは、先祖への祭祀を大切にする中国の伝統文化からきている。

 中国では伝統的に、血のつながりを大切にし、今生きている者の安寧と亡くなった先祖の鎮魂のために祭祀を絶やしてはいけないとされる。

 その祭祀は基本的に、先祖を葬った地で行われる。

 ということは、別の場所で死んでそこに葬られてしまった場合は、無縁仏のように先祖とのつながりを失って祭祀を受けられなくなってしまう。

 中国人は、それをひどく恐れる。

 だから、別の場所で死んでしまった者を故郷へ送ってそこで葬る風習があるのだ。

 そうやって死者を一族のもとへ送り安らげる行為を手伝うことは、非常に徳の高い善行とされる。誰しも自分がそういう死者になった時は同じことをしてほしいから、そうする者を讃えるのだ。

「……だから大陸では、死体を長く運ぶ者がいても誰も怪しまない。

 それどころか、そのための業者や宿場もしっかり用意されている。だからおまえたちが死体をきちんと処理して持ってきてくれさえすれば、後はうまくやれるのだ!」

 徐福はそう言って、カラカラと笑った。

 島の若者たちはその話を飲み込みきれず、ポカンとしている。

 だが、一人を除いてはそれでもいい。どうせこの若者たちはこれまで通り、島と海岸を往復するだけだ。

 ただし、連れて行く一人に限ってはそれでは困る。

 徐福は、同じように目を泳がせている安息起をしかと見据えて言いつけた。

「さて安息起よ、おまえだけは俺について来る以上、きちんと知って覚えておいてもらわねば困る。

 おまえがあまりに無知を晒すと、それこそ怪しまれるからな!」

「は、はい!」

 安息起は、緊張した面持ちで背筋を伸ばした。

 その神妙な態度に徐福はうなずき、話を続ける。

「おまえは亡くなった者の子で、親の遺した財産とともに親の遺体を郷里に帰そうとしている。そして俺は、おまえの世話を亡き父から頼まれた。

 障害者たちはおまえの家族ということにしておく。

 それから……おまえたちには、楚の辺りの言葉に近い訛りがあるな。もしどこから来たかと問われたら、楚の小さな村と答えておけ」

「楚……?はあ、分かりました」

 安息起には楚がどこか分からなかったが、とりあえずうなずいた。

 ここまで念入りに事を進めてくれる徐福のことだ、言う事を聞いておけば悪いようにはなるまい。

 言われた通りに振る舞っていれば、自分は素晴らしい世界に連れて行ってもらえるのだから。

 安息起にとっては、未知への恐怖よりも欲望と期待の方が大きかった。

 もちろん徐福も、そういう奴だと分かっていたからこそ、安息起を供にと選んだのだ。欲をちょっとつつくだけで、何があるか分からぬ土地へもホイホイとついて来てくれるから。

 そうしているうちに、船の外から、荷物の積み込みが終わったと声がかかった。

「さあ、行こうか!」

 徐福は安息起の手を引いて、船から下りる。

 これから行く場所は、安息起も他の若者たちも知らない。そこで徐福が何をするつもりなのかも、知らない。

 ただ分かっているのは、自分たちの富貴のために徐福が必要だということのみ。

 そう信じて、何の疑いもなく送屍屋の荷馬車に乗り、安息起は仲間たちに手を振った。

 自分は島に残る誰よりもいい暮らしができると、心の中でほくそ笑みながら……そんな自分に徐福が哀れむような笑みを向けている事には、気づかなかった。

 内陸へと遥かな旅を始めた安息起の後ろで、船は静かに岸から離れていった。

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