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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第五章 尸解の血を手に
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(25)

 徐福のおかげで島は驚くほど豊かになりましたが、代わりに別の危険から逃げられなくなってしまいました。

 徐福が始皇帝に真実を明かせぬ本当の理由は……昔の権力者はこういうことを平気でやります。


 ここで徐福の島での活動は終わり、次回からは舞台が陸に移ります。

 それから二月ほどで、徐福は出航の準備を整えた。

 来た時とは違う小さな船団で、島で手に入れたものを運ぶ。

 中型の船に乗せた、検体となる知能もしくは精神障害者。それから小型船の船底に隠して運ぶ、動く死体が一体。

 さらにいくらかの物資と、連絡役の安息起。

 持って帰るのは、これだけだ。

 大陸から連れてきた子供たちや職人、兵士たちはこのまま島に残していく。彼らが大陸に帰っては、困るからだ。

 徐福が帰ってきたと、始皇帝に気づかれてはならないから。

「やれやれ、おまえも大概危ない橋を渡るのが好きだな」

 出航の準備を手伝いながら、安期小生が苦笑する。

「皇帝にこれだけの金と物を出させておいて、真相を知らせぬとは……俺たちではとうてい思いつかん大胆なやり方だ。

 しかし、これでは不便も多かろう。

 いっそ全てを明かして全面的に協力してもらおうとは、思わなかったのか?」

 安期小生の問いに、徐福は軽く首を振った。

「明かせぬさ、研究の内容を考えたら」

「不老不死が……何か問題なのか?」

「ああそうだ、不老不死だ。俺は尸解の血から、不老不死となる理を見つけようと思っている。

 理……条件と材料を揃えて正しい手順で行えば、誰でもそうなる方法を探している。理は、対象を選ばぬのだ。

 しかし、使う側にとっては、どうであろうな?」

 その問いに、安期小生ははっと目を見開いた。

「そうか、皇帝……なるほど、自分以外に使われては困るということか!」

 徐福は、深くうなずいた。

 始皇帝は、自分が唯一絶対の支配者として、いつまでも時代を引っ張っていくために不老不死を欲しているのだ。

 これを他者に与えていい訳がない。

 不老不死になるのは、始皇帝ただ一人の予定なのだ。唯一の頂点に立つ皇帝の特権としての、不老不死だ。

 ならば、始皇帝が不老不死を達成した暁には、どうなるか。

 徐福は、剣呑な顔で言った。

「……おそらく、施術に関わった者は皆殺しだろうな。

 それを逃れるためには、不老不死の秘密を始皇帝に明かさず、一度不老不死になった後も俺なしでは再現と管理ができぬようにせねばならん。

 始皇帝本人にもその手の者にも、真の研究内容を知られては困るのだ」

「そうか、ならばこれからの取引には秦の兵は使えぬな」

 安期小生も、冷や汗をにじませながら事情を理解した。

 ただ目的を達成するためなら、秦の総力を上げて研究に協力させるのが手っ取り早い。しかし、問題は目的を達成した後にある。

 徐福がそこで用済みとして処分されないために、全てを明かして知識を与える訳にはいかないのだ。

 よって、研究は徐福とごく少数の者だけで秘密裏に行う必要がある。

 そもそも徐福は大陸に帰ることすら、始皇帝には知らせぬつもりだった。

「俺は表向き、この島に留まって仙人と交渉していることにする。

 そうすれば始皇帝は俺を尋問することができぬと思い込むし、成果が出るまでの期間も相当猶予されるだろう。

 側にいて研究していても、探そうと思われなければ見つからん。

 もちろん、そのためにこれからは秦の力を軽々しく動かせぬ」

 すると、安期小生が頼もし気に笑った。

「つまり、我々の力が必要ということだな?」

 徐福はうなずき、耳打ちする。

「そうだ、これからの取引は俺の手の者とおまえたち島の者の間で行う。そのために、安息起を連れて行くのだ。

 今回のような大規模な取引は、しばらくできぬだろうな。

 俺が大陸にいて、この島と大陸を結ぶ航路があることも、気づかれぬようにせねば」

「なるほど、つまり新しい住人にも気づかれてはならぬと」

 安期小生がそう言うと、徐福は険しい顔でうなずいた。

「ああ……それに、これはおまえたちのためでもあるのだぞ。

 おまえたちの不思議な血と、俺の研究内容が始皇帝に伝わったら、おまえたちはどうなると思う?

 研究は始皇帝に取り上げられ、おまえたちは全員が検体として拘束されるだろう。そして不老不死が叶った暁には、原料を他の者に渡さぬために皆殺しだ。

 そうなりたくなければ、少々不便でも我慢することだな!」

 その言葉に、安期小生は背中に冷水を浴びせられたようだった。

 言われてみればそうだ、秘密がバレて一番危ないのは自分たちなのだ。

 自分たちは尸解の血ゆえに、古くは仙人として崇められてきた。それは裏を返せば、人間扱いされなかったということ。

 今、有無を言わせず不老不死を求める権力者の前に引き出されれば、自分たちは人間ではなく珍獣のように研究される可能性が高い。

 それも徐福のように死体や人並みの頭を持たぬ者だけではなく、人の心を持ち人並みに暮らしている自分たちまで……。

 青ざめる安期小生に、徐福はささやいた。

「とりあえず、私利私欲で個人の取引に走りそうな安息起はこちらでしっかりと押さえておく。

 だがそれ以外については、おまえの腕の見せ所だぞ?」

 徐福は、炊煙が立ち上る方丈と瀛州を眺めて呟く。

「なあ見ろ、おまえたちの島はこんなに栄えている。

 血の淀みで失われた二つの島にも、人の営みが戻ったではないか。これだけ人が入れば、もう血の淀みで滅ぶことはあるまい。

 この島の明るい未来を、守るのはおまえたち自身だ」

 安期小生は、冷や汗を垂らしながらうなずいた。

 肩に回された徐福の手が、首枷のように重く感じる。

 自分たちが切に望み、叶えたもののはずだった。健康な若者にあふれて活気に満ち、多くの人の営みが毎日繰り返される島。

 だがそれと引き替えに、自分はとてつもない危険を島に呼び込んでしまったのではないか。

 秘密が漏れたら、人間から実験動物に落とされる……血の淀みに苦しんでいた頃は、こんな危険はなかった。いつか来る破滅の予感に苛立ちながらも、差し迫った危険に怯えることなく毎日を過ごせた。

 だが、これからは……もう、逃げることはできない。

 この命の続く限り、徐福に従って命をつなぎ続けるしかないのだ。

(徐福よ、やはりおまえは悪魔か……)

 安期小生の中で何度もよぎった嫌な考えが、確信に変わった。

 しかし、そもそもこの悪魔の力を借りても現状を何とかしようと、最初に声をかけたのは安期小生の方なのだ。

 今さら逃げようとするのは、野暮というものだろう。

(毒、食らわば皿までか……)

 逃げられぬのなら、とことんまで付き合うのみ。どうせ何もしなくても地獄だったのなら、太く短くになってもその方が幸せかもしれない。

 安期小生は、静かにうなずいた。

「ああ、守ってみせるさ。

 ようやく手にした島の繁栄、誰にも壊させぬ!」

 日が沈んで暗色に変わっていく空の下で、島の各所に火が灯り始めていた。


 それから数日後の早朝、徐福は出航した。

 未だ日が昇らぬ薄闇の中、中型小型の船が数艘連なって、蓬莱島の裏の港から出て行く。その舳先には徐福が立ち、安期小生たち数人がそれを見送っていた。

 表向きの理由は、島の周囲を清浄にするため海神に祈りを捧げること。

 だが本当は、大陸に戻って不老不死の研究に打ち込むためだ。

 徐福が次はいつここに来るのか、それは誰にも分からない。だが、こうして理由づけしておけばいなくても説明はつく。

 連絡を取る方法は、決めておいた。

 島の者が同じような名目で船を出し、定期的に決められた海岸で徐福の使者を待つ。そして指示を受け、品物を受け渡す。

 その航海に、新しい住人は一切関わらせない。

 関わるのは徐福とその配下である盧生と侯生の手の者、そして元からの島民のごく一部だ。無論、大陸での移動を担当する配下の者に、荷物を開封することは許されない。それこそ、始皇帝の権威をもって厳命する。

 そうすれば、秘密裏に研究を行う事が可能だ。

 始皇帝には仙人という幻を見せておき、徐福たちはその力を借りて不老不死の理を探る。そうすれば明かされた不老不死の本当の仕組みは、徐福の一味しか知らずにすむ。

 これが、徐福の理想の形だ。


 ざぶざぶと波をかき分けて、徐福の船団は進む。

(さて、盧生と侯生はうまくやっておるかのう……)

 久しぶりの荒波に揺られながら、徐福はふと思った。

 自分は海上での役目を果たし、研究に必要な物を持って大陸に帰ろうとしている。これからは、陸での研究だ。

 検体があっても、人手と研究の場所がなければ意味がない。

 だからあらかじめ盧生と侯生を見出し、自分が不在の間にやることを指示しておいたのだが……どうなっているかは、戻ってみなければ分からない。

(うまくやっておれば良いがなァ……)

 船があっても、すぐに大航海には出られない。

 徐福が円滑に不老不死への道に漕ぎ出せるかは、陸にいる二人の準備にかかっている。もっとも、大きな失敗さえなければ、また徐福が合流してから指示を出せばいいことだが……。

 徐福はとにかく、早く研究を始めたくてうずうずしていた。

 人の定めを根底から揺るがす、前代未聞の偉大な研究を。

(ふふふ、楽しみなことだ……必ずや、生命の掟を覆してみせるぞ!)

 ようやく昇ってきた朝日を浴びて、徐福は不敵な笑みを浮かべた。

 その神に挑戦するがごとく鋭く傲慢な視線は、はるか海の彼方にある大陸の奥を見据えていた。

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