エピローグ~本当の終わりへ
とうとう、名残り惜しい、最終回!!
初投稿日を見たら、6年以上かかっていたんですね!
でも悔いはない、書きたいものを書きあげられたから。封印されたゾンビウイルスのように、これを呼んだ誰かがまた感染して素晴らしいゾンビ作品を書いてくれることを祈って!
最後は、大きく時代が下って後漢末期。
崩れ行く漢帝国、台頭する暴虐将軍、そんな中で恵帝の墓の封印は……。
時はゆるやかに、しかし止まることなく流れていく。
災いを裏に隠したまま、漢帝国の歴史は連綿と続いていく。
当時のことを知る人間は死に絶え、楚漢戦争は遠い昔の物語として人々の娯楽のために語り継がれていた。
漢帝国にも幾度か危機は起こったが、災いにはつながらなかった。
不老不死を求めて仙薬を探させた皇帝は何人もいたが、いずれも眉唾ものを手にして寿命を縮めるだけに終わった。
漢を乗っ取って新という王朝をたてた男もいたが、結局長続きせず漢皇族に国を奪い返されてしまった。
時の流れと共に朽ちていく漢の宮廷で権力を手にしたいかなる宦官も外戚も、不老不死の裏にある知識に手を出すことはなかった。
漢の権威ある限り、王族の墓はどこまでも不可侵。
漢の威光を借りようとするなら、絶対に手を出してはならない。
死の秘密は、実に四百年に渡って固く守られてきた。
尸解の血の方も、何とか大丈夫だった。
その血筋を匿う村は、仙紅布による利益を守るために、その特別な血を持つ者を絶対に村の外に出さないようにした。
仙紅布の出所が分からぬように、これまで以上に他とのつながりを断った。
起き上がりはごく稀に起こったが、中途半端な仙才によるものとされた。
また、始皇帝や項羽が受けた呪いと関連付けられ、その血筋の者が死んだら頭に穴を開けて起き上がりを防ぐ処置がとられた。
この村に天然痘が入ったかは分からないが、とにかく人食い死体は出さずに持ちこたえた。
石生が民間に、陳平が官に行った情報操作の賜物である。
漢の皇帝が時々不老不死を求めて仙紅布を高値で求め、その皇帝が死ぬと今度はその皇帝ゆかりの品として売られ、仙紅布は細々と生産され続けていた。
それが災いと紙一重の品だとは、誰も思わなかった。
天下も村も、こんな日々がいつまでも続くものだと思っていた。
しかし、人が作ったものにはいつか必ず終わりが訪れる。
あれほど体制の安定に万策を尽くした漢帝国にも、終わりの時が訪れる。
いつしか宮中は邪悪な宦官に牛耳られ、欲にとりつかれた外戚と権力争いを繰り返すようになった。
その都合で次々とたてられる幼い皇帝は、いつかの胡亥のように宦官に甘やかされて操り人形になり、皇室の権威は落ちる一方。
そんな腐敗した世の中では汚職が横行し、人々の生活は戦もないのに苦しくなり、次々と反乱が起こり始める。
数多の王朝がこうして滅んだ、末期状態だ。
それでも漢帝国は何とか、その大反乱を鎮圧した。
そして権力争いの一環ではあるものの、宮廷から邪悪な宦官を排除しようと外戚が本格的に動きだした。
事の発起人となった大将軍は直前に宦官の手にかかって暗殺されてしまったが、その配下の将校たちにより宦官は一掃された。
これで漢帝国は浄化され、平和に……は、ならなかった。
殺された大将軍は、宦官討伐のために各地の有力な将軍に出兵を求めていた。
その中には、本来平和な世にふさわしくない、乱によって力をつけてのし上がる強欲極まりない魔王のような奴が混じっていた。
そいつがちょっとした幸運で、皇帝の身柄を手にしてしまったものだから……。
中華史上最悪と言われる暴君、董卓。
この男が帝の権威を手に入れたため、宮中は私物化され民はさらに虐げられる。
それでも、抵抗しようとする勢力がまだ残っていた。
邪悪な宦官たちを一掃した若い将校たちが、各地の将軍たちに呼びかけて討伐のための兵を起こす。
新たな戦乱の幕開けである。
この若い将校たちが、本気で漢帝国のために戦っていたかは定かでない。
だが、今はあの董卓を倒すことが自分たちの使命だと信じて動いていた。
あんな邪悪な奴に天下を渡す訳にはいかない。あいつを追い詰めて除けば、少なくとも今よりはいい世の中になると。
……だが、結果から言えば、それは若さゆえの幻想だったのか。
彼らは、追い詰められた凶悪犯が助かるためならどんな手でも使うということを、知りながら甘く見ていたのか。
……そんな手段が存在するということを、知らなかったせいもあるが。
反乱軍が都に迫るに至り、董卓はなりふり構わぬ行動に出た。
都を侵攻しにくい奥地に移すため、民に鞭打って強制的に連れて行き、反乱軍に渡すものは何もないとばかりに都中の金持ちから金品を強奪した。
そのうえさらに金と宝物を集めようと、歴代の漢皇帝の墓を暴いて副葬品を運び出し始めた。
不可侵の守りは、破られた。
今、他ならぬ恵帝の墓にもその魔の手が伸びてきていた。
破られた墓の入口に、悪賢い笑みを浮かべた一人の軍師が佇んでいた。
「ここには、漢が天下を取り戻すための秘策が封じられていると聞く。
そんなものを反乱軍に渡す訳にはいかぬ。もし我らでも使えそうなものなら、転じて丞相の守りとしよう」
陳平の遺した言葉は時を経るごとに曲解され、ここには漢帝国存亡の時に守る切り札が眠っているという内容に変わっていた。
それを脅威をみなした董卓軍の軍師が、直々に調べに来たのだ。
彼の名は、李儒といった。
董卓の娘婿で、董卓こそが乱世を終わらせる力と信じ、董卓のためならいかなる残酷な手段も辞さない非道な男。
その手に、不老不死のなれ果ての知識が渡ってしまった。
彼がその実行をためらう理由は、どこにもなかった。
そんなことも知らず、二人の若い将校は打倒董卓の志を燃やして都の方を見つめていた。
総大将の重荷につい浮かぬ顔になる神経質そうな男を、燃えるような情熱に満ちた発起人が支える。
かつて殺された大将軍の配下として、宦官に立ち向かい一掃した二人。
今同じ気持ちでいるかは分からないが、古くからの友情で結ばれた二人。
三公四世の名族の当主にして、董卓討伐連合軍の総大将、袁紹。
今は宦官の孫だが、元をたどれば何度も劉邦を救った御者の末裔、曹操。
世の嘆きを背負って洛陽へと進撃する彼らに、どのような運命が待ち受けているというのか。
もちろん、今は何も起こらないかもしれない。
李儒が知識を手に入れたとはいえ、まず大元の材料から探さねばならないし、実験を始めるには準備が要る。
幸か不幸か、李儒は董卓のために従順な世界は守ろうとしており、私欲や好奇心で安全を置き去りに突っ走る人物ではなかった。
このような人物の手にある限り、表面上世の中は変わらないかもしれない。
だが、地獄の蓋の鍵は壊れた。
滅びの災厄は封印を解かれ、目を覚ましてしまった。
終わりへの時を刻む針は、静かに、しかし確実に動き出した。
他の誰もが忘れ去った世界で、近く、人食いの病毒は再び生れ落ちる。
それを誰が何のために使うのか、どのような戦いの中で地獄の蓋は開くのか、まだ誰にも分からない。
ただ分かるのは、いつか必ず不幸が起こることだけ。
墓から暴かれた死が、世界を染め上げる日は近い。
二人の将校は目の前の敵の姿だけをまぶたの裏に浮かべて、董卓が逃げていく西の空を、かつて秦の都があった災厄の第二の故郷の空を、身を寄せ合って眺めていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
皆さまお気づきの通り、これは書籍『ゾンビ・オブ・ザ・官渡』の前日譚にして起源となっております。
最後に作者の大好きな官渡主人公を登場させてしまいました。
この後二人がどんなゾンビな目に遭ったかは、まだ読んでない人はぜひ『ゾンビ・オブ・ザ・官渡』を読んでみてください!
三国志もいいけど史記も楽しかった!
白菊姫の方はまだしばらく連載しますので、暇潰しにそちらもよろしく。




