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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第五章 尸解の血を手に
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(24)

 ゾンビ百人一首の出版のための校正作業が忙しくて、少し執筆が遅れがちになっています。

 三連休がありがたいです。

 安期小生が徐福を案内したのは、館の地下に作られた地下室だった。

 入口はかつて安期生が住んでいた館の中と、船着き場からそこに至る道の途中にある隠し扉のみ。

 四方を土の壁に囲まれ、日も差さない陰気な場所だ。そこには鉄格子の仕切り以外何もなく、殺風景な空間であった。

 安期小生は一言、こう説明した。

「新しい殯屋だ……我々専用のな」

 それだけで、徐福には全てが分かった。

「そうか、なるほど……確かにあの動く死体は、新しい住民の目に触れさせぬ方が良い」

 元からいた島民専用の殯屋、つまり死んで起き上がる可能性がある者専用の、死体置き場だ。いや、死体のための牢と言ったほうが正しいか。

 ここの鉄格子は、死体が起き上がってもそれを外に出さないためにあるのだ。

「仙人の秘密と神聖性を守るために、な……以前のようにはいかぬのだ」

 安期小生は、困ったように言った。

「大陸から来た者は、ここを仙人の島だと信じておる。そして仙人の住処は、神聖で汚れないものと思っている。

 それがあの動く死体を見たら……どうなると思う?」

「確かに、素直に信じてはいられぬだろうな」

 徐福は、自らが見た腐乱死体を思い出しながら答えた。

 肌がぼろぼろに腐り落ちて顔も醜く崩れ、体中から汚らしい汁を漏らし、蛆を湧かせたあの姿。そのうえ、鼻がもげそうになって吐き気を催すあの悪臭。

 どこからどう見ても、神聖とは言い難い。

 むしろほとんどの人間は、徐福と同じように邪悪な妖怪の類だと考えるだろう。それだけの恐怖と嫌悪をもたらす存在だ。

 あんなものが、仙人の島をうろついていていい訳がない。

 ついでに、それを見てこの島自体に恐怖を抱いた者が大陸に逃げ帰ろうとする恐れもある。帰り道を教えていないとはいえ、大陸に辿り着く可能性は0ではない。

 そうなれば、この島の真実が大陸の人々に……始皇帝に伝わってしまうことも考えられる。

 徐福と安期小生にとって、あってはならぬ事態だ。

 だから安期小生は、急きょ死体の隠し場所を作ったのだ。

「本当に死体を置いておくだけの何もない場所だが、仕方ない。香料や祭具など、余計なものを持ち込むとそれだけ人に知られる危険が増す。

 これまでのように手厚く扱ってはやれんが……まあ、死体に感情がある訳でもないからな」

 そう言う安期小生は、あまり罪悪感などは抱いていないようだった。

 普通なら、死者を粗末に扱えば祟りがあると恐れるところだ。しかしこの島はそもそも普通ではない。

 普通は物言わぬ死者にも魂はあって、いろいろ感じているものだと考えられている。しかしこの島では感情も祟りもない死体が昔から歩き回っていたので、死体はただの抜け殻であると皆が分かっているのだ。

 それでもこれまで死体を手厚く葬っていたのは、先祖の心証を良くして少しでも暮らしを良くしてもらうためだが……その理由も失われた。

 結局、島を救ってくれたのは今生きている徐福なのだ。

 これまでどんなに先祖を祀ってご機嫌をとっても、島が救われることはなかった。

 つまり、先祖の魂なんてものはそもそも存在しないか、あっても助けてなんかくれない。死者など、何の役にも立たないのだ。

 徐福の研究以外には……。

「それで、持ち帰ってほしいものとは?」

 満を持して発せられた徐福の問いに、安期小生は答えた。

「ここに収容した我々の死体の中で、動き出したものをおまえにやる。

 動く死体から不老不死につながる道を調べるなら、好きにいじれるものがあった方が良いだろう?

 我々としても、持ち出してもらった方が助かる。島内に置いておいたり、それだけ別に処理したりすれば、秘密が破られる恐れがあるしな」

 なんと、安期小生は徐福のための検体として死体を差し出すと言ってきたのだ。

 普通に考えれば、とんでもない死者への冒涜だ。

 しかし安期小生たち今島を統治する者たちに、死者への敬意などない。むしろ今生きている自分たちと未来の島の利益のために、過去の人となった死体は有用な交換物資となる。

 尸解の血を持つ自分たちにしか出せない、値千金の検体に。

 そこには、自分たちの先祖と血を憎む気持ちもあるのかもしれない。こんな面倒くさい血を引いていなければ、自分たちはこんな苦しみを味わわずに済んだのにと。島に囚われずに、もっと自由に生きられたのにと。

 だからこそ、今度はその血を差し出してうんと幸せになってやろうと。

 徐福は、それに応えて深くうなずいた。

「うむ、そういう事なら喜んでもらい受けよう。

 研究のために、動く死体そのものは欠かせぬ。何なら、それも酒や珍味と引き換えにしてやるぞ」

 そこまで言って、徐福はふと思いついたように口にした。

「だが、そういう話になると……連絡役が要るな。

 死体をくれるのはいいとして、それを俺のところまで運ばねばならん。大陸の知らぬ者にも、島の新たな住民にも気づかれぬようにな。

 おまえたちの側はいいとして、俺の手元にも一人、事情を知っている島の者が必要だな」

 徐福は、意地悪く笑った。

「誰か、適任な者はおらぬか?」

 安期小生は一瞬で、その意図を察した。

「ああ、いるぞ……ぜひとも大陸に連れて行ってほしい奴が」


 夕刻になってその日の作業が終わりに近づくと、徐福と安期小生は島の若者たちを招いて宴を催した。

 若者たちといっても、徐福が島を脱出する時の手助けをしてくれた十人ほどの健常者だが。

 しかし、島の統治について語り合うにはそれで十分だ。古老共を排除し、新しく来た住民は全て徐福に従っているため、実質的に島を動かすのはここにいる者のみだ。

 若者たちは徐福と安期小生の指示に従い、島の新しい体制作りに奔走してくれている。

 今宵の宴は、表向き、それをねぎらうためだ。

「皆、よく集まってくれた。

 皆の働きには、俺も感謝するばかりだ」

 安期小生が、えびす顔で仲間たちに礼を言う。

「ここ数日、皆には忙しく働いてもらっている。そしてこれからも、島の新たな生活が軌道に乗るまでは忙しい日が続くだろう。

 今宵はその疲れを癒し、これからに備えて英気を養ってもらいたい!」

 招かれた若者たちの顔には疲労の色がにじんでいたが、その目は輝いていた。

 それが、自分たちの仕事が島の未来を明るくすると確信を持てることと……目の前に並べられている美酒美食のせいだ。

 徐福が持ってきた、大陸の美味の数々……この宴では、それらが惜しみなく振る舞われている。

 島の素朴で単調な食生活しか知らなかった若者たちは、その虜になっている。

 そんな仲間たちの背中を押すように、安期小生は言った。

「ここにある物は、大陸から持ち込まれた限りあるものだ。

 しかし、だからこそこの取引を手伝ってくれたおまえたちに味わってもらいたい。これは、俺と徐福の気持ちだ!

 我らが導く、島の未来に乾杯!」

「乾杯!」

 喜びに満ちた掛け声とともに、宴が始まる。

 それは島の若者たちにとって、夢のような時間だった。これまでは望むことすらできなかった魅惑の美味の数々を、思う存分口に放り込んで噛みしめる。

 あふれ出す味と香りはどれも若者たちを惹きつけてやまず、この時間が永遠に続けばいいと思わせるほどだ。

 しかし安期小生も言った通り、これらの食材は無限ではない。

 そのうち人気のある皿は空になり、別のものが出てくるようになった。

 下げられていく皿を名残惜しそうに見ている安息起に、徐福が声をかける。

「おいおい、そんなにあれが気に入ったのか?

 そんな未練がましい目をして」

 すると、安息起は照れたように答える。

「はははっ面目ない!

 しかしどうしても、あの美味をもうしばらく味わえぬと思うとな……もっと味わっておけば良かったと思えてしまうのだ」

 それを聞くと、徐福は何かを含んだようににんまりと笑った。

 そして、安息起の耳元に口を寄せてささやく。

「……いつでも食べられるところに、連れて行ってやろうか?」

「何っ!?」

 安息起の目が、驚きに見開かれる。その目の奥には、見る間に欲望と期待の炎がめらめらと燃え上がり始めた。

 それを期待通りだとばかりに、徐福はたたみかける。

「いやな、大陸に帰って研究をするにしても、島の伝承や動く死体について詳しく知っている者を一人手元に欲しいのだ。

 それに、これからも島と取引を続けるのに連絡役が必要だ。

 島の長に近く内情に詳しいおまえが来てくれると、非常にありがたい」

 徐福の提案に、みるみる安息起の頬が緩む。

「な、何と……それは恐れ多い!

 ぜひとも行きたいところだが、果たして長がどう言われるか……」

 向けられた安息起の視線に、安期小生は悔しそうに顔を歪めて答えた。

「くそっ徐福がそう言うなら……行ってこい!

 本当は俺が行きたいところだが、俺は島の長になってしまったからな……ここから動けぬ。おまえが行きたいと言うなら、止める理由はない。

 少々うらやましいが、これも島の未来のためだ!」

 それを聞いた途端、安息起の顔に喜びと優越感が広がる。

 徐福は、自分を選んでくれた。このまま徐福について行けば、自分はここにいる仲間の誰よりもいい生活ができる。

 こんなちっぽけな島の長になった安期小生よりも、ずっといい物を飲み食いできる。広く豊かな世界を知って、思う存分楽しみを享受できる。

 それは、安息起が安期小生に抱いていた劣等感を逆転させるものだった。

 もっといい生活、多くの富をと求めてやまない……自らの手で排除した父と同じ欲望を、この上なく刺激するものだった。

「よし、ならば行こう!

 徐福殿、これからよろしく頼む!」

 勇んで差し出された手を、徐福は力強く握った。

「うむ、俺の方こそよろしく頼む!

 不老不死の研究に、おまえのような者は欠かせぬ」

 その一瞬、徐福の視線が安息起の背後にいる安期小生に向かった。安期小生は声を出さず、口の動きだけで感謝を述べた。

(かたじけない、これで俺も島も安全だ)

 そう、これは徐福と安期小生の策略だったのだ。

 尸解の血と島の内情に詳しい者が、徐福は欲しかった。安期小生は、自分に次ぐ地位にある安息起の欲深さに危惧を抱いていた。

 安息起が欲に溺れて独断で行動を起こせば、自分が長の座を奪われたり、大陸の者に秘密を漏らされたりするかもしれないと。

 それを防ぐ最も有効な策は、安息起を島から追い出してしまうことだ。

 それも、安息起自身がそれを望むようにして。

 こうして両者の思惑は一致し、罠は仕掛けられた。そうとも知らぬ安息起は見事に欲に目がくらみ、徐福にその身を捧げることとなった。

 哀れな安息起がこの後どうなるかは、神のみぞ知るところであった。

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