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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第五十章 大乱の徒花
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(248)

 ついに追手が項羽に迫り、変異した項羽の本領が発揮される!前半は残虐バトル回!!

 范増が項羽に与えた力を、とくと見よ!


 しかし後半、范増の真意が遺された手紙で明かされる。

 項羽が自軍の陣で読み損ねた手紙の続きに書かれていた、范増の項羽に向ける思いとは……ある意味、似た者主従。

「来た、項羽軍だぞ!!」

 劉邦軍の物見が、声を上げる。

 項羽が沼地へ誘導されたことを知った劉邦軍は、騙した農夫に褒美をあたえて避難させ、項羽軍が戻って来るのを待ち構えていた。

 一獲千金の欲望に突き動かされた将兵たちが、肉食獣のように目をぎらつかせて項羽軍を迎え撃たんとする。

「弓隊、放て!!」

 号令とともに、まず項羽軍に矢の雨が降る。

 沼地で足を取られていた将兵たちは、ろくに反応できず次々と射貫かれて倒れた。それでも一部は、その身を盾にしても項羽を守ろうとする。

「こ、項王様は手負い……今、矢に当たったら……!」

 しかし、他でもない項羽自身が彼らを押しのけて前に出た。

「いらん!死にたく無くば、俺の前に出るな!!」

 項羽は目にも留まらぬ速さで、飛来する矢を次々とはたき落していく。もはや、人間にできる芸当ではない。

「項王様、お怪我は……?」

 兵士の一人が心配そうに問うと、項羽は血走った目でニヤリと笑って答えた。

「そんなものは、とっくに治っておるわ!」

 事実、項羽の体には傷一つなかった。

 さっき沼地で受けた腹の刺し傷は、ここまで引き返す間に治って消えていた。今払った矢じりがかすってできる傷は、できるそばから消えていく。

 それを見ると、配下の将兵たちは神を見たように項羽を崇めた。

「な、何と……項王様は、本当に鬼神になられたのだ!」

「不死身の鬼神だ!!」

 項羽もそれに応え、頼もし気に配下たちに言う。

「おう、俺はもう誰にも負けぬ!!

 ここは俺一人で十分だ、おまえたちは先に行け!!」

 弓では討ち取れぬとみた劉邦軍が、怒涛の勢いで迫って来る。項羽は配下たちを逃がし、仁王立ちで迎えた。

「ヒャッハー!千金だ!万戸侯だぁ!!」

「命の二つや三つ、惜しくないぜぇ!!」

 劉邦軍の兵士たちは、お宝にでもかぶりつくように項羽に躍りかかる。

 そんな欲望丸出しの下種共を、項羽は体中にみなぎる力で斬りはらった。

「失せろ雑魚が!!」

 力任せに大剣を一振りするだけで、先頭の三人ほどがひしゃげて引きちぎれ、吹っ飛んだ。さらにそれに当たって、押し寄せる人の波が止まる。

 ただ怒りと血の衝動に従い、項羽は大剣を振るい続ける。

 常人では持ち上げることもできない重さの得物だが、重さももっと速くというもどかしさも今は感じない。

 自分の思うままに、それ以上に体が動く。

 全く疲れる気配がなく、いくらでも斬り続けられる。

 その剣に当たっただけで、敵兵共は潰れるか砕けて血しぶきと飛び散る肉片に変わる。己の武器をぶつけて受けようとすれば、次の瞬間己の刃が顔にめり込む。

 あっという間に、劉邦軍の無残な死体が散乱した。

 その惨劇に、残った劉邦軍は青くなって二の足を踏む。

「ひっ……な、何て強さだ……!」

 いくら打ちかかっても殺されるばかり、しかもいとも容易く。いくら何でも普通ではないと、劉邦軍にじわりと恐怖が広がっていく。

 その様子を見て、項羽は誇らしかった。

(ああ、たとえ人を食っても……俺はこれで皆を守れる!

 誰にも負けぬ、決して倒されぬ体を手に入れた!!)

 忌まわしい力だが、今はこれのおかげで可愛い部下たちを逃がすことができた。この力で全ての敵を倒せば、自分は勝てる。

 どんな危険なものがこようが跳ね除けて、世を守ることができる。

 それは間違いなく、項羽の望んだ力に思えた。

 ただし代償に、この短い戦いでまた腹が減ってきたが……。

「敵ならば、いくら食っても構わぬな」

 項羽はそう呟いて、敵を見渡し舌なめずりをした。

 逃げるだけの時は、味方しか食うものがなくて食ってしまった。しかし今は、いくら食っても心が痛まない人間がこんなにいる。

 いくらでも食って戦い続けられる、何と素晴らしい戦場であろうか。

 項羽は、肥大した本能のままに劉邦軍に突撃した。

「ぬぅん!!」

 圧倒的な力と速さで敵中に踏み込み、一人の足を掴んで棍棒のように振り回す。たちまち掴まれた者とぶつかった者の骨が砕ける。

 ついでに項羽は、まるで骨付き肉を気軽にかじるように掴んだ男の脚にかぶりつく。むせかえるような血の臭いと肉の味が、項羽の脳髄を快感で染め上げる。

 項羽は次々と敵兵を掴み、夢中で食い散らかしていた。

 そのあまりの恐ろしさに、劉邦軍は雪崩を打って逃げ出す。

「うわわ、化けモンだ!!」

「逃げろ、食われるぞ!!」

 あっという間に、劉邦軍は潮が引くようにいなくなった。後には、重傷で逃げられなくなった兵士と死体だけが残されていた。


 どれくらい敵を食っただろうか。

 ようやく腹が満たされて戦の酔いから醒めかけた項羽に、懐かしい声が届いた。

「おーおー、ひでえことになっちまって。

 これじゃ獣よりひでえな!」

 項羽が顔を上げると、憎たらしい黥布の顔がそこにあった。すぐ逃げられるように馬に乗ったまま、こちらを見ている。

「ほう、わざわざ食われに来るとは殊勝だな」

 項羽がそう言って立ち上がると、黥布は馬の頭を横に向けながら言う。

「まあまあ、ちゃんと俺以外も見てくれよ。

 腹が減ってなけりゃ、きちんと考えられるんだろ?だったらせめて最後まで読んでやれよ、おまえにその力をくれたジイさんの手紙をよ」

 ふと黥布の視線の先を見ると、見覚えのある箱があった。

「おまえのことだから、最後まで読んでないんじゃねえか?俺らがこれを見つけた時、途中までしか開いてなかったぜ。

 わざわざ持ってきてやったんだ、それくらい汲んでやれや」

 黥布はそう言って、馬に乗ったまま下がる。

 手を出さないから読め、ということらしい。ご丁寧に槍で箱を転がし、中から巻いた木簡を出してくれる。

 項羽はその意図を図りかねたが、とにかくそれを手に取った。

 范増直筆の手紙ならば筆跡で分かるし、今の自分に小細工など通じない。多少の危険を冒しても、大恩ある范増の気持ちは全て受け取っておきたかった。

 黥布がただ一人見つめる先で、項羽は手紙を読み始めた。


 開いた木簡は、まさしくあの時の手紙だった。毒に苦しみながら途中まで読んだ文章には、まだ続きがある。

<おまえは、人ならざる力を手に入れるであろう。>

 の続きには、こう記されていた。

<おまえは儂が研究していた、強力な変異体となるのだ。

 大量に人を食わねばならぬ代わりに、十分な肉を食っておれば休みも要らず傷ついてもすぐ治る不死身に近い肉体となる。

 おまえから他者への感染はないから、安心せよ。どうも変異した病毒は、人にうつらなくなるようじゃ。

 この力をもってすれば、おまえ一人でも天下を統べることができよう。>

 そこまで読むと、項羽は深い感謝を覚えた。

(おお、亜父はそこまで俺に期待してくれていたのか!

 ならば俺は必ず、この力で天下を取ってみせるぞ!)

 だが、その続きにはこうあった。

<この力があれば、いかなる苦境でもおまえは確実に生き残れよう。そしてたった一人になっても、戦い続け、逃げ続けられよう。

 なればおまえを慕う者たちのいる、江東まで逃げ延びるがいい。

 おまえのために命を惜しまぬ者たちを食い散らかしながら再び兵を集め、それができなくば一人で戦い続けるが良い。>

(亜……父……?)

<おまえの戦いに、おまえ以外は要らぬのじゃろう?

 ならば敵も味方も、他の人間など皆食ってしまえ。

 そうしておまえ一人しかいなくなれば、おまえの天下じゃ。他の人間がどれほどおまえを恨み憎んでも手を出せねば、それも然り。

 こうすれば、おまえはおまえの望む方法で天下人となれる。>

 読み進めるほどに、范増の想いは狂気じみていく。

 范増が項羽に力を与えたのは、味方を食い殺すところまで想定したうえでのこと。そのうえで、己以外の全てを食い殺すか力と恐怖で支配して天下を取れというのだ。

 さすがの項羽も、これには背筋が寒くなった。

「な、何を言う亜父……俺は、味方をそのように傷つけるつもりなど……!」

<おまえはいつも、自分一人で思うようにやりたがっておった。他の誰も頼りにせず、自分の思う事のみが正しいと考えておった。

 だから儂も他の重臣たちも、あのように切り捨てたのじゃろう?

 だが、儂はおまえを信じておる。儂が天下人と見たのを、間違いにはさせぬ。

 ゆえにおまえに、その強引で偏狭なやり方を押し通せる力をやる。せいぜい己以外の全てを糧とし、己だけの天下を愉しむが良いわ。>

 范増の手紙は、そこで終わっていた。

 読み終えた項羽の手は、がくがくと震えている。

「あ、亜父……そんな……俺は……!!」

 恐ろしすぎて、言葉にならなかった。


 范増は確かに、項羽を天下人にするつもりだ。

 しかしその理由は、純粋に項羽を慕っているのではなく、己の過ちを認めたくないから。だから項羽がどんなに傷つこうと汚れようと、力を押し付けた。

 そしてそれに従えば、項羽は己以外の誰も守れず一人ぼっちになってしまう。

 それはあれだけ働きながら見捨てられた、范増の意趣返しだ。

 范増は狂気の妄執をもって、忠義と復讐を同時に仕掛けてきたのだ。


 項羽は、必死でかぶりを振った。

「違う!!俺はそんなつもりではない、ただ俺の力で……皆と天下を守ろうと……!」

 だがいくら言い訳しても、もう相手は聞いてくれない。聞けなくしてしまったのは、他ならぬ項羽自身だ。

 その妄執の産物はいつかの項羽のようにどんな必死の訴えにも耳を貸さず、もっと食えもっと戦えと項羽に鞭打つばかりだった。

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