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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第四十七章 終結?
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(234)

 駆け足歴史回、項羽軍に大きな犠牲が。

 そして項羽と劉邦の戦いのハイライト、十の罪を数えてやるぜ!

 だが直後、劉邦危機一髪!!


 韓信の動きとかいろいろあって、どんどん戦いたくなくなっていく両軍。苦しいだけの戦いと、救世主の使命に折り合いをつけられるのか……。

 それでもお互い譲らないと、戦いは終わらない。

 劉邦の胸にも項羽の胸にも、天下を取ってその手で守り抜くのは自分だという自負があった。そのために、相手はいてはいけないと思った。

 項羽にとって劉邦は、緩すぎて世を任せられなかった。

 劉邦にとって項羽は、残虐で独善すぎて人を任せられなかった。

 お互い、こいつでは人と世を守れないと思うからこそ、矛を収められない。

 そうしている間に状況がお互いにとって良くない方向に転がっていると分かっても、特に項羽の方は劉邦が天下を分けて君臨していることが許せなかった。


 項羽は、もう故郷近くと前線を何往復したか分からなかった。劉邦と彭越に振り回され、兵はくたくたで自分の気も休まらない。

 劉邦も彭越も、追っても追っても討ち取れない。力を振るって追い払っても、自分がそこを離れるとすぐ勢力を盛り返す。

 自軍を支える民心も、安定しない。

 項羽は何度も彭越に占領される地域の働き手を皆殺しにしようとしたが、なんと十三歳の子供に道理で説き伏せられてしまった。

 おかげで皆殺しを免れた民はまだついてきてくれるが……項羽は釈然としなかった。

(なぜ、俺が民の言うことなど聞かねばならん?

 世界を守ってやっているのに、協力せぬ者を殺して何が悪い?

 なのに、民の言うことを聞かねば民が離反するなどと……おかしいだろう!守られたなら黙って従えばいいのだ。敵などに従う方が悪いのだ。

 俺が守ってやらねば、どのような危険があるかもしらぬくせに!)

 項羽は、自分は救世主なのだから感謝してかしずかれて当然だと思っていた。

 民も部下も、自分のために自分の望むことをして当然だ。

 なのに現実はそうではなくて、何をするにも腹が立つ。事情を知らない者から見て自分の態度がどうかなど、考えもしない。

 ただ、全ては周りが悪いと考えて苛々し続ける。

 おかげで最近は、絶対の忠誠を誓ってくれたはずの龍且や周殷ともピリピリしている。こいつらが自分を支えてくれないのは、二心があるからではないかと疑い始めたのだ。

 こいつらがしっかり糧道を守ったり、何かいい策を練ったりしてくれれば、自分は今こんなに振り回されていないのに、と。

 だが、それは頭脳に秀でた范増の役目だった。

 龍且たちは項羽と同じように猪突猛進な脳筋で、そんな目立たないことは考えたこともない。やり方など分からないし、それが必要と思っても自分の役目ではないと思っている。

 范増を失ったことで、彼らの応え方と項羽の欲することが食い違ってしまった。

 項羽にはそれが分からず、彼らの忠誠に原因を求めてしまう。

 もちろん龍且や周殷も項羽の態度が変わったことに気づいており、二心がないのに信じてもらえない現実に苛々し、うっぷんを溜め続ける。

 項羽軍は着実に、内部から壊れ始めていた。


 そんな折、韓信がついに斉を平定したという報が届く。

 さらに、斉で秦から病毒を持ち帰った者が発見されたと劉邦が知らせてきた。

 項羽は、一気に頭に血が上って立ち上がった。

「何をやっているのだ劉邦は!?感染者が見つかったなら、周りを皆殺しにせねば危険ではないか!!

 あまつさえそんな危険な土地を、股くぐりの軽輩などに任せておくとは……あんな奴らに救世主の資格などない!!

 すぐに攻め取って浄化してくれるわ!!」

 項羽は龍且を呼び出し、命じた。

「斉に出兵して、韓信を打ち破ってこい!

 そしてこれこれこういう者の住む土地を、皆殺しにして浄化するのだ!!」

 龍且は皆殺しの指令に驚いたが、項羽に忠誠を示せる大役をもらったと勇んで斉に向かった。項羽も龍且が任を果たせるよう、二十万もの兵を与えた。

 これに驚いたのは斉の民たちである。

 征服地の民を虐殺することで有名な項羽軍が、秦から戻ってきた産婆の周囲を皆殺しにすると唱えて大軍で攻めてきたのだ。

 民から見れば、言いがかりをつけて略奪と虐殺に来たようにしか見えなかった。

 斉の民はたちまち、韓信に従順になり協力し始めた。

 韓信は斉を騙し討ちにしたといっても、殺したのは王族や重臣だけで民に手を出してはいない。項羽に殺されるより余程ましだ、と。

 その状況に龍且は焦り、数と武勇を頼みに突撃した。

 股くぐりの臆病者が自分より支持されるのが、許せなかったのだ。

 どちらが世の支配者にふさわしいか分からせてやると、頭に血が上って熱くなったまま全軍で川の浅瀬を渡ろうとし……全軍が押し寄せてきた濁流にのまれた。

 韓信も劉邦と同じで屈強な楚軍と正面から戦おうと思っておらず、川の上流で水をせき止めておいて龍且の軍に激流をぶつけたのだ。

 これで楚軍は総崩れになり、龍且は立て直す暇もなく討ち取られた。

 項羽は忠臣と二十万もの兵を失い、それでも己の何が悪いか分からず怒り狂うばかりであった。


 ……が、これは劉邦軍にとってもいいことばかりではなかった。

 本格的に斉を手中にした韓信が、仮の斉王に即位したいと言ってきたのだ。

 まだ劉邦に許可を求めているし仮のなどと言っているが、どう見ても独立する準備である。劉邦と同列に並ぶ王位が、欲しくなったのだ。

「何だよこんな時に……こっちは大変だってのに!

 誰がてめえの国の危機を察知してやったと思ってやがる!?俺は助けてやったんだから、てめえもまず助けに来るのが筋だろうがぁ!!」

 劉邦は手紙を見た瞬間、頭にきて喚き散らした。

 しかし、こちらには諫めてくれる軍師たちがいる。張良と陳平がすかさず立ち上がろうとした劉邦の足を踏みつけ、両側から険しい顔で進言する。

「そんな事を言ってはいけません!

 今ここで韓信に愛想を尽かされたら、殿は今度こそ助かりませんぞ。あなたのお力で、項羽と韓信を両方相手にできますか!?」

「うっ……それは、無理だぁ」

「だったら認めてあげなさいよ。

 いつもみたいに気前よくして、恩を売ってやるのが得策でしょお。

 韓信が王になってもわっちらに従ってくれさえすれば、しばらくは今まで通りやれる。天下統一すれば、人の配置なんて後からどうにでもなるんだから!」

 己の状況をよく見て人の言うことを素直に聞けるのが、劉邦のいいところである。

 劉邦は打算で怒りを抑え、韓信の使者の前に出てにこにこと笑って言った。

「あれほど大戦果を挙げて斉を平定したんだから、王になって当たり前だろ?それを仮に、なんて遠慮しやがって。

 堂々と斉王になって、いいんだぜ!」

 この返事に韓信は深く感謝し、斉王となりながらもこの恩を忘れぬと誓った。

 項羽は驚いて韓信を味方につけようと使者を出したが、韓信は応じなかった。劉邦はまたも気前の良さと謙虚さで、人と領土を守ったのだ。


 項羽は、いよいよ身動きが取れなくなってきた。

 後方で暴れる彭越を何とかしたくても、もう分けて向かわせる兵もそれを率いる将もいない。龍且の末路を見た周殷は、死にに行かされてはたまらぬと故郷に帰ってしまった。

 劉邦軍はそれを嘲笑うように、食糧庫としている山に立てこもり持久戦の構えをとる。

 項羽は馬鹿の一つ覚えのように全軍の見ている前で一騎打ちを申し込んだが、劉邦は鼻で笑ってこう返した。

「俺はおまえを、きちんと向き合うような真人間だと思っとらんよ。

 おまえみたいな罪人に応えたら、俺が汚れるだろ」

 劉邦は代わりに、全軍に届くように声を張り上げて項羽の罪を数え始めた。

「おまえには、十の罪がある。

 まず、俺とおまえは亡き義帝に、関中に一番乗りした奴が関中王だって決められた。けど、おまえは力で脅してそれを曲げやがった。これが第一。

 第二に、秦を討つ時おまえの上司だった宋義を殺して取って代わった。第三に、それを義帝に報告もせず勝手に関中に向かった。

 で、関中に入ったらまあ略奪に虐殺に放火に……まとめて第四でいいのかねえ。おまけに降伏した子嬰をブチ殺した、これが第五。王だけじゃねえ、危ないと思ったってだけで秦の降伏兵二十万も生き埋めにしやがって……第六だ。

 この戦いの恩賞も、自分に尻尾を振る奴にだけ上等な領土を与えてよぉ。それが気に入らねえ奴を卑怯な謀略で追い落としたのも含めて第七だ。

 しまいにゃ義帝から領土を奪って追放したのが第八、それに飽き足らず暗殺したのが第九。

 使える主も上司も自分の勝手で殺す、降伏しても敵に協力しただけでも殺す、政治も恩賞も不公平で自分でした約束も守らねえ。んな大逆無道の手本になってんのが第十だ!」

 劉邦は、淀みなく十の罪を言い切った。

 これは項羽軍の兵士たちにとって、思い当たることばかりだ。

 聞いているうちに、項羽軍の空気が目に見えて消沈していく。こんなうまくいかない時にこんなに罪を並べられたら、つい思ってしまう。

 こんな悪い奴についているから、どんなに頑張ってもうまくいかないのではないかと。

「罪だと……ふざけるな!!

 俺はあくまで世を良くするために、凡人にできぬ事をしただけだ!!」

 項羽は反論するが、その舌鋒は鈍い。

 自分は救世主だから仕方なかったと言おうとしても、人食いの病の事情は公に広めてはいけないものだ。

 対して、劉邦が並べた罪は全て公に知られた事実。

 将兵たちの心にどちらが響くかは、明白であった。もはや項羽が喚けば喚くほど、身勝手に自分を正当化しているようにしか見えなかった。

 全方位から注がれる白い視線に、項羽は地団駄を踏む。

「くそっくそっ口だけで、上辺だけで貶めるとは卑怯な!

 せっかく出てきたと思えば……出てきた?そうか、今なら……」

 しばらくして、ニヤニヤ笑っていた劉邦が倒れた。

 項羽が、弩弓の射手に劉邦を狙撃させたのだ。いきなりの攻撃に、両軍に緊張が走った。

 しかし劉邦はすぐに起き上がり、うんざりしたように言った。

「おいおい、話も聞けねえ野蛮人が足の指なんかに当てやがってよぉ。おまえらには、話し合う知能もないのかねえ。

 相手にしてらんねえぜ、あばよ!」

 劉邦はそう言って、引っ込んでしまった。

 そのうえ項羽が闇討ちなんて卑怯な手を使ったことが全軍に知れ渡り、項羽軍はますます主への尊敬を失った。

 それから数日で、項羽軍からは今までにないほどの脱走者が出た。

 後先考えない王に振り回され疲れ果て、おまけに食糧も足りていない。ただでさえ下がっていた士気が、十の罪と闇討ちでさらに落ちたのだ。

 もはや項羽がいくら気勢を上げようと、項羽軍に戦う力は残っていなかった。


 一方、引っ込んだ劉邦は床に伏して苦悶の表情を浮かべていた。

 項羽軍の放った矢は、劉邦の胸に命中していた。だが厚い鎧を着ていたおかげで、かろうじて致命傷にならなかったのだ。

 しかし、劉邦はこれまでになく命の危機を感じていた。

「ううっ死ぬかと思ったぜ……つか、こんな事何度もやってたら本当に死んじまうよ!」

 劉邦もまた、これ以上危ない戦いをしたくないと切に思っていた。

「どうしても直接戦うと、項羽に分があるんだよなぁ。あっちの頭脳は殺ったんだから、もっと政治とかの戦いの方が勝ち目あるだろ。

 あちらさんも、これ以上の戦いは苦しそうだし……和睦、すすめてみっかぁ」

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