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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第四十五章 老軍師の苦悩
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(221)

 楚漢戦争超駆け足回!ゾンビ関係ない部分はこんな感じだ!

 劉邦が大勝!その後大敗、そしてなりふり構わず逃げまくる!!


 項羽と范増の関係も。項羽と范増はお互いすごく優秀だけど性格が激しくて、特に項羽は退くことを知らない。うまくいっている時はいいが……。

 そして、項羽の地味に強敵となる人物が登場です。


 彭越ホウエツ:野盗上がりで、項羽に領土をもらえなかったことを根に持ちしつこく項羽軍の後方で兵站を脅かした。後に劉邦軍に合流。

 劉邦が兵を挙げてから、二年ほどが経った。

 天下は未だ、劉邦と項羽に分かたれたまま。そして戦ごとの勝敗を見て、それ以外の勢力がコロコロと敵味方を変える状況だ。

 天下は、統一とは程遠い乱世の真っただ中。

 劉邦も項羽も、一向に勝負がつかないこの状況に焦り始めていた。


 最初は、劉邦の圧勝かと思われた。

 関中を平定した劉邦は、項羽が義帝(元楚王)を追放して殺してしまったことを知ると、義帝の喪に服し項羽を大逆人と声高に非難した。

 そして、共にこの悪逆非道な謀反人を討とうと天下に呼びかけた。

 これは、とんでもなく効果があった。

 項羽がやった事は間違いなく主人殺しだし、義帝は何も悪いことをしていない。殺したのは、完全に項羽の身勝手だ。

 それに、悪くない主でもそうなってしまうなら、ただ今味方になっているだけの者たちはいつそうして無残に切り捨てられるか分からない。

 天下の諸侯たちの間に、そんな恐怖が爆発的に広がった。

 そして彼らは、殺される前に項羽を殺してしまえと考えた。

 それ以前に諸侯たちは、項羽の不公平な恩賞配分に不満を抱いていた。懸命に戦ったのに項羽に恩賞をもらえず、恨みをのんで野に伏している者たちもいた。

 そんな者たちが、一斉に劉邦の味方になったのだ。

 劉邦は項羽を討つため三万の兵で関中から出たが、途中で続々とそれらの兵が加わり五十万を超えるほどだった。

 劉邦はその勢いのまま、項羽が留守にしていた本拠地の彭城を落とした。

「いやっはぁああー勝ったぜ!!

 正直始めはビビッてたけど、やってみりゃ楽勝じゃねーか。

 これで天下は~俺のモンだ~♪」

 あっさり敵の本拠地を手に入れた劉邦は、すっかり気が緩んでしまった。東に帰れて安心した兵士たちと共に、酒と女を漁ってバカ騒ぎを始めてしまった。

 まだ項羽とその本隊が、北で戦っているのにである。

 そう、まだ戦は終わっていない。

 ここが、劉邦の地獄の始まりであった。


 一方の項羽は、恩賞に不満を持って起こった各地の反乱を鎮圧しに駆けずり回るはめになっていた。

 特に、北の斉で起こった反乱は手ごわかった。

 項羽は直々に刃を取って鎮圧に向かい、鎮圧した地がもう二度と逆らわないよう行った先々ですさまじい虐殺と略奪をして回った。

「ええい、なぜこうも言うことを聞かぬのだ!

 俺が天下で一番強いのだ!偉いのだ!

 言う事を聞かず好き勝手する奴らに与する者共など、天下に要らぬ。見せしめに全員生き埋めにして、力を持てぬよう財産も奪いつくせ!」

 その根底には、こちらも世界を守ろうという責任感と自負があった。

 人食いの病から世を守るためには、世界が自分の言うことを聞くようになるのが一番だ。そうしたら、自分が頂点にいる限り世界は完璧に守られる。

 そのために、言うことを聞かない輩がいてはならない。

 むしろ、これほど崇高な使命のために自ら前線に出る自分に従わぬとは何様のつもりだ。そういう奴こそ、世界の敵ではないか。

 民や他の諸侯が事情を知らなくなって、関係ない。むしろこれほど重いものを自分が背負ってやっているのだから、感謝して従って当然だ。

 そんなどこまでも独り善がりで傲慢な考えが、項羽を支配していた。

 しかし、そんなものが民に通じる訳がない。

 ただ巻き込まれただけで愛する人を生き埋めにされて財産を奪われた民たちは、当然項羽に恨みを抱く。

 すると、そういう者たちは項羽に死力を尽くして抗う勢力となる。

 殺せば殺すほどそういう勢力がどんどん生まれるせいで、項羽軍はそれらを叩くのに分散して奔走していた。

 そこにさらに、他の地方でも反乱の知らせ。

 とどめに、劉邦が多くの反乱勢力をまとめて彭城を落としたという急報。

 項羽は、控えめに言っても怒り狂った。

「何をやっとるんじゃあのクソ野郎は!!

 俺が天下を守るのを、事情を知りながら邪魔する気かああぁ!!」

 自分が汚名を被りながらとても正しい事をしていると思っている項羽に、劉邦の行動はそう見えた。

 分かっていて世界を危険に晒す悪めと、怒髪天を衝く勢いだ。

 そしてこれには、范増も頭の血管がブチ切れそうなほど怒り狂った。

「劉邦め、数年は出てこんと思っとったが……ようまあひっくり返してくれるのう! 

 おい項羽よ、あの時儂の言うことを聞いて殺しておけば、こうはならんかったぞ。責任を取って、今度こそブチ殺してこぉい!!

 これができねば、おまえの天下は来んと思えい!!」

 范増としても、劉邦が民の不満の受け皿になるのは分かっていた。項羽のやり方が、それが必要な不満や恨みを生み出すやり方であることも。

 だが、天下を完璧に安全にするにはやはり項羽の……始皇帝にならったやり方の方がいいと思っていた。

 始皇帝の作った秦の体制は苛烈だと人は言うが、始皇帝が取り立てる限度をわきまえて治めていた頃はうまくいっていたじゃないか。

 無残に滅び去ったのは、愚帝胡亥と悪徳宦官の趙高のせいだ。

 一歩間違えば世が滅ぶような災いから守るには、あれぐらい管理しなければ。

 それに、今項羽に反乱を起こす勢力があるのも受け皿あってこそ。対抗馬がなければ、秦末期くらいひどい状態でなければ反乱は起きない。

 だから、早いうちに劉邦を殺すよう言っておいたのだが……。

「おう、言われずともその首ねじ切ってやるわ!

 情けをかければ図に乗りおってええ!!」

 今ここまでやられてようやく、項羽も劉邦を何としても殺す気になった。

 項羽と范増はその殺意のほとばしるまま、三万の騎馬兵と共に彭城へ取って返した。彭城にはその十倍以上の敵兵があふれているが……。

「所詮、烏合の衆じゃ。

 突っ込んで蹴散らせぇい!!」

「うおおおぉ望むところだああぁ!!!」

 范増はすぐに、これが気分で集まっているだけの緩い集団だと看破した。おまけに、もう勝ったと思って油断しきっている。

 范増の下した至極単純な作戦に、項羽は持ち前の武勇を爆発させて突撃する。

 二人の心が重なって一つの目標に突き進む時、その勢いに敵う者はいない。

 怒りと報復の権化となった項羽軍が、劉邦軍に砲弾のように襲い掛かった。


 結果から言えば、劉邦軍は大惨敗。項羽の地獄の王のような剣幕とあまりの強さに恐れをなし、機を見てついてきていただけの兵は散々に打ち破られた。

 五十万以上いた兵はあっという間に四散し、元の劉邦軍だけの三万に戻ってしまった。

 数が同じになれば、もう後は項羽軍の独壇場だ。

 劉邦軍は統率も取れず個々に打ち破られ、幹部すら散り散りになって己の命だけを守って逃げ延びる始末だ。

 他ならぬ劉邦も、運命は同じだった。

「嘘おおぉん!!何で、誰か俺を守れよおぉ!!

 あんなにいたのに……何で誰もついて来ないのおぉん!?」

 あまりに急激に迫って来る項羽軍に、劉邦は護衛を整える間もなく馬車で城から飛び出すしかなかった。

 父や妻ともはぐれてしまい、かろうじて拾えた二人の子供と馬車を走らせる御者しかいない。一兵の守りすらない。

 このままでは、自分はここで死ぬかもしれない……圧倒的な恐怖が劉邦を襲った。

(うわああぁ死にたくねえ!!

 こんな所で死んじまうのか!?何も守れずに、何も果たせずに……!)

 劉邦のきつく閉じた瞼の裏に、自分を慕う民たちの笑顔が浮かぶ。自分に世界の命運を託した、子嬰の切ない笑みも。

 頭の中に、あの時の子嬰の声が響く。

(おまえはこれから、どんな苦難にもくじけずどんな手を使っても生き残れ)

 そうだ、約束したじゃないか。それでいいと、言われたじゃないか。

 生き汚く子嬰を差し出した劉邦を、子嬰は許してくれた。むしろこうでなくてはと、ある意味頼もしいとさえ思ってくれた。

 ならばそれに応えて、何としても生き残らねば。

「ううぅ……俺は……死んでたまるかぁ……!」

 劉邦は、ぶるぶると体を震わせて涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔を上げた。そして全身に力を込めて二人の子供をひっつかみ……。

「邪魔だああぁーっ!!!」

 全力で、馬車から放り投げたのだ。

「ハァ……ハァッ!これで少しは……軽くなるだろ!

 ヒィーッヒッヒッヒ!子供なんてなあ、世界が滅んだら意味ねえんだよ!世界が無事で俺が生きてりゃ、何人でも作れんだよぉ!

 さあ、このままもっと速く……って、何で止めてんだ!?」

 生きたいあまり狂気に陥って喚き散らす劉邦の馬車が、急停止する。慌てまくる劉邦をよそに、御者が子供を拾いにいった。

 しかし劉邦の焦りがそれで治まる訳もなく、劉邦はそれから二度も子供を投げた。さすがに三度目になると御者がキレて、劉邦の頬を全力ではたく始末だ。

「落ち着いてください殿!!

 さすがに人としてダメでしょう!これで子供が死んだら、人望が地に堕ちますぞ!

 幸い、項羽軍はもっと人の集まっている所を探しているようです。それにここからなら、もう滎陽城が目と鼻の先です。

 必ずお連れしますから、どうかお子様を大切に!」

「あ、そうなの……うん、ごめん」

 というとんでもない行動に出ながらも、劉邦はどうにか滎陽城まで逃げ延びた。

 そこで多くの配下と合流して立て直そうとするも、またすぐ項羽軍に包囲されてしまい、同じように少数で脱出して関中に逃げ帰ることになったが。

 子嬰の見込んだ通り、逃げて生き延びることにかけては超一流の劉邦であった。


 一方、項羽軍は追撃を断念せざるを得なくなっていた。

 劉邦は守りの固い関中に逃げ込み、そのうえ後方で彭越という野党の首領が暴れ回り食糧の補給ができなくなっていた。

 このまま函谷関を攻略することは、さすがにできない。

「くそっ劉邦め、悪運の強い奴だ。

 だが、これでまたしばらく出て来られまい。その間に彭越を叩き潰して、次は安心して劉邦を滅ぼしてやる」

 本拠地を取り戻し敵をこてんぱんに叩いたことで、項羽の怒りはだいぶ鎮火した。

 しかし范増は、なおもチクチクと愚痴を言う。

「一度ならず二度、いや三度も劉邦を取り逃がしおって!

 おまえは強いくせに、物事を最後までやり抜くことができんのか!そもそも鴻門の会で油断せずに殺しておけば……」

「うるさいぞ亜父。いつまでも過去のことを蒸し返すな!

 亜父こそ、劉邦を確実に捕らえる策を考えられぬくせに……」

 うまくいっている時はいい。しかしうまくいかず二人の意見が食い違った時、納得するまで話し合い落としどころを見つけることが二人はできなかった。

 いつも范増が、悔しそうに口をつぐむばかり。

 振り向かずに東へ向かう項羽の後ろで、范増は何度も西を振り返りながらついていくしかなかった。

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