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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第四十四章 分かたれた世界
220/255

(219)

 今回は項羽と范増、そして項羽に囚われていた張良のターン。

 項羽もやりたいことはいいんだけど、とことん独善的で視野が狭いのでどんどん強引にやって結果悪い方にいってしまう。

 そんな項羽を見限る者も出て、それでも項羽を支えたい范増は……。

 この時代の七十歳超えは現代の百寿老人よりすごい化け物レベル。ゆえに、残された時間は……。


 陳平チンペイ:項羽から劉邦に寝返った策略家で、陰謀が大得意。後の漢の丞相。

 一方、項羽は彭城で新しい国づくりを始めようとしていた。

 劉邦はしばらく出てこられない僻地に追いやったし、各地に封じた王は皆自分と親しい、自分に尻尾を振る者ばかりである。

 こいつらを束ねて徐々に権力を奪っていけば、天下は自分だけのものになる。

「天下に俺に逆らう者がいなくなれば、人食いの病毒の悪用も人食い死体を隠されることもなくなるだろう。

 そうすれば、たとえ病毒が残っていても天下は滅びぬ。

 俺はそのために、天下ににらみをきかせる皇帝になるのだ!」

 それは、項羽なりに考えた、人食いの病への対抗策だった。

 人間がそれぞれの情や利害に従ってバラバラに動くから、簡単に倒せるものが利用されたり隠されたりして脅威になる。

 だったら、人間の動きを全て統制してしまえばいい。

 天下を皆、自分に従う人間ばかりにしてしまえばいい。

 それなら、勝手な悪用など存在しない。どこかで人食い死体が出ても、すぐにその情報が上がって来て対処できる。

 知らぬ間に感染が広がる恐怖など、なくなる。

 ついでに、そういうものの隠れ蓑になる戦乱もなくなる。

「思えば、そういう意味で始皇帝は優れていた。

 かの病毒が生まれたのが始皇帝の治世だったからこそ、我々は今生きているのだ。秦の強固な体制あってこそ、広がらずに済んだのだ。

 そこは、俺も見習わねば」

 勝利と項羽の即位に沸く城下を眺めながら、項羽は思う。

 地位には、責任が伴う。王位についたからには、自分はこの愛しい民を何としても守り抜かねばならない。

 秦の始皇帝は、その点はよくやっていたと思う。

 強大な力で人を押さえつけ、目を光らせて反乱の芽を摘み、平和な世を保とうとしていた。

 その為政者としてあるべき姿には、項羽は憧れを抱いていた。

 だから始皇帝を国や親族の仇として憎みつつも、自分が国を治めるならこうありたいと思ってもいた。

 自分が始皇帝と同じ地位に就けば、自分の大切な人を守りつつ強固に天下を守れるから。

「いずれ、始皇帝に取って代わってやる!」

 かつて始皇帝の巡幸を目にした項羽の言葉には、そんな思いが込められていた。

 今、項羽はその理想に届きかけている。天下を統べる皇帝に誰よりも近づき、自分に味方する者で天下を固めつつある。

 ならば後は、邪魔者や不穏分子を取り除くのみ。

 項羽は鬼のように力強い笑みを浮かべ、城下のお祭り騒ぎを見下ろした。


 祝賀の宴は、城内でも連日開かれていた。秦がなくなり新たに取り立てられた将軍や文官たちは、皆項羽を称えて美酒に酔う。

 そんな中、一人悪酔いでもしたように青い顔をしている者がいた。

「あ、あの……そろそろ帰らせていただけませぬか?」

「いやいや、もっとゆるりと楽しんで行かれよ!」

 気分が悪そうにして帰りたがるその男に、周りの者たちはどんどん酒と料理を勧める。それはある意味、宴でよくある光景のように見えた。

 だが、これは悪ふざけでも酒の勢いでもない。

 男の周りを囲んでいる者たちの目は、笑っていなかった。

 席を立つこともできないほど囲まれて、男はひどく怯えて縮こまる。

「いえいえ、もう十分……結構なのです!

 私はそろそろ私の国へ……韓へ帰らねば……わ、私とて王なのです。分かるならどうか……と、通してくださ……」

 そう、この囲まれている男はなんと韓の王である。

 しかしいくら通せと言っても、項羽の配下たちは通さない。むしろ威圧するように、宴席の警備兵たちがドン、と槍を床に打ち付ける。

 あからさまに、武力での脅迫であった。

 韓王は項羽にその位を認められながら、自分の領地に帰ることができなかった。少数の配下と共に、半強制的に彭城に連れてこられてしまった。

 理由はただ一つ、配下に張良がいるからである。

 劉邦と共に戦った参謀の張良を抱える韓王を、項羽は不穏分子と判断した。そしてそう判断した者を、項羽は許さなかった。

 劉邦はいつか、天下を狙って出てくるだろう。その時に、劉邦に味方しそうな王を放っておく訳にはいかない。

 項羽は鎖をつけた犬を引きずるように韓王を彭城に連れ込み、日夜圧力をかけて張良を切り捨てよと脅した。

 だが、韓王にとって張良は恩人だし王の誇りもある。

 こんなやり方で、素直に言うことを聞くはずがない。

 むしろ韓王は項羽に怒りと不満を抱き、それが口や態度に出るようになった。

 すると項羽は、どうなるか分からせてやるとばかりに勝手に王位を取り上げて侯に格下げし、自分にすり寄ってきた別の者を韓王に立ててしまった。

 そして後の憂いを断つとばかりに、元韓王に刺客を放って殺してしまった。


 だが、肝心の張良は生き延びた。女顔を生かして女装し、項羽の配下が元韓王の持っていた宝物を漁っている隙に行方をくらましたのだ。

 艶やかな化粧をしたその顔は、夫を殺され復讐を誓う妻のようであった。

「あ、ああ……韓王様、何ということ……!

 劉邦様は桟道を焼いたし韓王様は何も悪い事をしておらぬのに、ただ自分が疑っただけでこの仕打ち!」

 張良は、恐怖と憎悪に塗れた顔で彭城を振り返って吐き捨てた。

「あんな暴君に天下を任せてなるものか!

 人食い死体以前に、おまえが罪なき人々を殺したら本末転倒ではないか!

 この恨みは忘れない!おまえに天下は渡さない!せめて韓王様の身に起こったこと、この私が世に余すところなく広めてくれる!!」

 復讐に燃える張良に、もう一人歩み寄る影がああった。

「んっふっふ……君、劉邦んとこ行くのぉ~?

 だったらついでにぃ、わっちも連れてってくれな~い?」

 ぎくりとして振り返る張良に、その男は飄々とした所作で近づく。

「んっふっふ、怖がらなくていいよぉ♪わっちも項王には愛想が尽きてねえ。

 だって項王ってさぁ、ちょっと怪しいと思うだけで殺しまくって怖いじゃない?わっちもいろいろ傷があるから、いつ元韓王様みたいになるのかってね~。

 そうなるくらいなら、別のコト行こうかなって。

 劉邦様、お優しいって聞くじゃない?」

 それもそうだろう、身近でそういうことがあれば次は我が身と不安になる者も出る。そして、項羽ではない誰かを求めるようになる。

 張良はくすりと笑って、その男の手を取った。

「賢い選択ですよ、あなたは頭が切れる」

「んふっありがとう!

 わっちねえ、結構頭は回る方なんだ~!聞き入れてそれなりのごほうびくれるなら、策ならいくらでもあげちゃう!

 わっち、陳平っての。よろしくね~!」

 こうして、項羽の下からまた一人人材が離れた。

 言う事を聞けと力で脅したり容赦のない制裁を加えたりするたび、項羽軍の中には不安が広がっていく。

 それから逃れるため、人は身も心も項羽から離れていく。

 項羽は、それに気づいていない。

 張良は主を失った代わりに新たな仲間を連れて、西へ向かう。

 その道すがら、陳平がささやいた。

「ところで、さっき言ってた人食い死体ってな~に?面白いお話ぃ?」

「ああ、それは昔始皇帝が海神の呪いを受けてですね……」

 張良は内心しまったと思いながら、何食わぬ顔で呪いということにして話しておく。聞かれてしまった以上、下手に隠すとかえって探られるからだ。

 それに、頭が切れる味方と対策を共有するのは重要だ。本質を知らせずとも、兆候と対策を伝えるだけでも万が一の備えになる。

 張良だって、いつまで生き延びられるか分からないのだから。

 元韓王の無念を己への教訓として背負うものを陳平に分け、張良は西へと歩き続けた。


 その頃、項羽は軍師の范増に叱りつけられていた。

「張良を逃がしたじゃと!?それでは草を刈って根を残しておくようなものじゃ!

 良いか、天下はまだ定まっておらん。劉邦がしばらく出てこなくとも、おまえに不平不満を持つ者はごまんとおるのじゃぞ!

 張良がそういう者の下に走ったらどうする?

 元韓王を生かしておけば、張良をここに釘付けにできたものを!!」

 そこまで早口でまくしたてて、范増はにわかによろめいた。

「大丈夫か、亜父!?」

 項羽は驚いて、范増を抱き留めて支える。高齢の身で激しく憤ったため、范増はひどく息を乱していた。

「ハァ……ハァ……すまんのう、儂も年じゃ。

 何とか天下統一まで……ゼェッ……おまえを導いてやれると良いが」

 そう、范増はとてつもなく頭が切れるが何より高齢である。平均寿命が三十歳に満たないこの時代に、既に齢七十を超え……生きていること自体が奇蹟である。

 項羽はまだ若いが、范増が共にいられる時間は短い。

「亜父、すまなかった。

 無理せず休んでくれ、俺の不始末くらい俺がけりをつけてみせる!」

 項羽は范増を気遣ってそう言うが、実際は項羽が情に任せてやった失策の尻拭いをいつも范増がしているのだ。

 こんな状態で范増がいなくなればどうなるか……。

(何とか、儂の後を継げる者を探さねば……。

 しかしあやつは、儂と一族以外の言うことを全く聞かんからのう……)

 そう思った范増は配下の中から頭の切れる者を見繕おうとしたが、目をつけていた陳平は項羽の苛烈さを恐れて逃げてしまった後だった。

 それを知った范増は、目まいでまっすぐ歩けなくなるほど血圧を上げる破目になった。

 これでは、自分以外に知略で項羽を支えられる者がいない。

 いくら項羽が気遣おうと自分が気を強く持とうと、体の衰えは止まらない。項羽が天下統一するのにどれほどかかるか分からないのに、寿命は容赦なく迫ってくる。

 そんな范増の脳裏に、居座って離れない言葉があった。

(不老不死……いや、たとえ死に損ないでもいい!

 項羽を支えられる時が少しでも延びるならば……!)

 奇しくも、その願いを叶えられそうな研究は范増の手の中にあった。

 項羽の天下のため、背に腹は代えられない……范増は項羽を思うゆえに、治療薬の研究と併せて不老不死の研究を再開してしまう。

 項羽が手っ取り早く天下を取ろうと強引にやるほど、それで生じた恨みや嘆きが項羽軍の首を絞め、天下の危険を高めていく。

 それでも己を正しいと信じる項羽は、それが自分のせいだと気づかないでいた。

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