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項羽と劉邦は人食い死体の実物を見に、再び地下へ向かいますが……そこで突きつけられたのは、人の事情が分からない人間の残酷な現実でした。
項羽は人の事情を考えない、史記にも書かれている。
そして、分かりやすい死亡フラグを一つ「やったか!?」やってない。
ゾンビは特に、人と同じに考えて相手をすると、ね……。
数日後、咸陽は大半が焼け野原になっていた。威容を誇っていた宮殿も役所も、がれきと灰の山になっている。
阿房宮も、そこにあったのが夢ではないかと思うほどに壊し尽くされていた。
だが、その一角に破壊を免れた倉庫群があった。
そこは他でもない、地下の実験施設への入口がある場所だ。
「気いつけてくださいよ。
あんた体がでっけぇから、こういう所通るのはキツいでしょう。でも、見るモンをここから出す訳にもいかんもんで」
劉邦は、気遣うようにそう言って入口の隠し扉を押さえる。
項羽は少し顔をしかめながら、窮屈そうにそこをくぐった。
二人は今、それぞれ少数の配下を連れて地下を訪れていた。目的はもちろん、項羽に人食い死体の実物を見せるためだ。
万が一事故が起こった時人食い死体を容易に食い止められるよう狭く作られた通路を、項羽は巨体をかがめながら進んでいく。
その後に、范増や項伯も続く。
「むう……臭いな。全員に臭いがしみついてしまいそうだ。
それに、この先もこんなに狭いのか?」
「いやいや、もうすぐ広い場所に出るから大丈夫だ。
臭いは正直、大丈夫じゃないな。研究員たちはこれでもましになったって言うけど、俺はこんな所で暮らすなんて耐えられんよ」
劉邦と項羽はお互いに愚痴を吐きながら、研究員たちの生活区画に入った。
そこで石生や研究員たちから、不老不死と人食いの病について詳しい説明がなされる。といってもあまり長いと項羽は苛々してくるので、劉邦の時よりだいぶ端折っているが。
しかし、范増はだいぶ興味を持って聞いていた。そのため項羽は自分が飽きても、范増が質問を終えるまで待たねばならなかった。
やる事もなくがらんとした広い空間を眺めながら、項羽は憤慨する。
「それにしても、地上だけに飽き足らず地下にもこんなものを作っていたとは。
こんなことに金を注ぎ込んでいては、いくら搾り取っても足りぬはずだ。
そのうえ大陸を見捨てて逃げた方士に莫大な物資と人材を持ち逃げされただと?呆れ果てて物も言えぬわ!
おまけに、災いしか生み出しておらぬではないか!!」
「それな。さんざん迷惑かけといて尻拭いは俺らとか、かなわんぜ。
コイツに使った金を返して、作ったモンは消し去ってほしいぜ!」
劉邦もそれに合わせて、今は亡き始皇帝や趙高に怒りをぶつける。
今自分たちが神経を割き、振り回されて同士討ちまで起こしそうになった人食いの病毒は、秦が一方的に押し付けてきたようなものだ。
自分たちはそんなもの欲しくないのに、対処しなければ安心して生きられない。
そのうえ、そんなものを作るために秦は天下の富を際限なく吸い上げていた。劉邦たちにとっては、二重に腹立たしいことだ。
項羽は、湿った地面に拳を叩きつけて怒鳴る。
「くそっ滅んだ後も俺たちの手を煩わせよって!!
だが、俺はそんなものには負けん!
この世を、あんな身勝手な輩が遺したものに滅ぼさせはせぬ!!」
項羽も、秦への恨みと対抗心から、人食いの病から世を守ると誓った。
これに関しては、項羽と劉邦の考えは一致していた。尻拭いをさせられるのは面倒だが、秦の遺産に滅ぼされるのはもっと嫌だ。
その様子を見て、劉邦たちはホッとした。
自軍の病を絶やしてもう終わったと思っていた項羽だが、こうして天下の危機は続いていると認識してくれたなら何よりだ。
でないと、力を合わせて天下を守っていくことができない。
今回劉邦たちに強引なことをしてきたように、項羽はこれからも自分中心に世の中を回していこうとするだろう。
その項羽に危機意識がなくては、天下は守れない。
だが、秦への意地という形でも項羽は世を守り続ける気になってくれた。これなら、たとえ主導権を取られても志を共にして動けるだろう。
それだけでも項羽を連れて来た甲斐があったと、劉邦は思った。
……と、そんな考えが甘かったことを劉邦たちはすぐ突きつけられることになる。
振り返れば劉邦と項羽は、秦を討ち天下を救うという同じ大義の下でも全く違う戦い方をし、全く違う結果をもたらしてきた。
志が同じでも同じ動きをするとは限らないと、気づくべきだったのだ。
書物を用いた説明が終わると、劉邦たちはいよいよ人食い死体のいる奥に向かった。人食い死体が人間に対しどのように有害なのか、見せるために。
そこには、被験者としてとある男が囚われていた。
「よお、気分はどうだ、曹無傷?」
牢の中からにらみつけているのは、劉邦の配下で、劉邦のありもしない野心を項羽に告げ口した曹無傷だ。
事情を知らない中での保身だったが、劉邦はこいつを許せなかった。
「助かりたかったのは分かるぜ、俺も自分がかわいいからな。
けど、あのやり方はねえよなあ?
俺はきちんと、勝てんだろうから降伏しても逃げてもいいって伝えたはずだが。助かるにゃ、逃げりゃ十分だろ。
なのに、変な欲出して余計なことしやがって!」
劉邦がドスの利いた低い声で言うと、曹無傷は慌てて命乞いを始めた。
「ま、待ってくれ許してくれ!死にたくなかっただけなんだ!
それに……あんなヤバいもんから守ろうとしてたなんて、知らなかった!知らせてくれれば、きちんと相応の行動をとってたさ!」
曹無傷は怯えた目で、牢を仕切る鉄格子の向こうを見る。
そこでは、一体の人食い死体が曹無傷に向かって唸っていた。目の前にいる獲物を食おうと、格子の穴から手を伸ばしている。
劉邦は、冷たい目をして言った。
「ああ、知らせてたら……こんなもんを広く知らせたら、収拾がつかなくなるよなぁ。
それ以前に、軍でも国でも行動の意図を全部開けっぴろげに知らせる訳がねえだろ。それでも従ってもらわねえと、成り立たねえんだよ!
おめえみたいな行動をする奴を、許して増やす訳にはいかねえんだ」
劉邦に切り捨てられて、曹無傷は今度は項羽にすがるような目を向けた。
しかし、項羽の返事も無情だった。
「嘘をついて主を売るような性根の卑しい奴は、嫌いだ!」
哀れ、曹無傷の生きる道は閉ざされた。
当たり前だ。劉邦はもちろん項羽だって、秦の遺産から世を守ろうとする行動をひっくり返されてはたまらない。
絶望の表情になる曹無傷に、劉邦は一本の剣を与える。
「助かりてえなら、これから人食い死体と戦ってみろ。
こいつを殺して噛まれてなかったら、許してやってもいい」
曹無傷が剣を取ると、石生たちが牢を仕切っていた鉄格子を外した。涎を垂らす人食い死体が、曹無傷の前に踏み出す。
しかし、曹無傷も武将だ。すぐに剣を構え、先制攻撃で斬りかかる。
曹無傷の突き出した剣が、人食い死体の胸を貫いた。
「よし、やったか!?」
「うーん、残念。それで殺せたら楽だった」
劉邦の冷淡な言葉通り、人食い死体は止まらない。剣が体を貫くのも構わず、曹無傷に手を伸ばして掴みかかる。
「何だと!?ぐっ……くそっ抜けろ!」
人間では有り得ない挙動に、曹無傷はどう反応していいか分からない。次の斬撃を繰り出そうにも、人食い死体に半ばまで食い込んだ剣はそう簡単に動かない。
それでも剣を握ったまま戸惑ううちに、人食い死体が手に食らいつく。
「ぎゃあああやめろおおぉ!!!」
曹無傷は半狂乱になって、全身の力で剣を振り抜く。人食い死体の胸が半ばから横に断ち切られ、そこからずれて倒れ、辺りに内臓がぶちまけられる。
だが、曹無傷の手からは血がしたたっていた。
「あーダメだ、こりゃ助からねえわ」
劉邦がそう言うのも聞こえていないのか、曹無傷はくるりと劉邦の方を見て言う。
「ご覧ください、きっちり殺し……」
「うん、殺せてねえよ?」
予想を裏切る返答に慌てた曹無傷が振り返ると……胸の辺りで半ばちぎれた人食い死体が、這いずって下半身に組み付いてきていた。
すくみ上がって反応できず、そのまま押し倒される曹無傷。人食い死体の腐った顔が曹無傷の顔に迫り、汚れた歯が首筋に食い込む。
「ぎぃいいええぇ!!!」
醜く尾を引く絶叫を残し、曹無傷は黄泉へと旅立った。
しばらくすると、曹無傷も白く濁った目をして起き上がった。元からそこにいた人食い死体と共に、劉邦たちに手を伸ばそうとする。
劉邦は、胸の悪さをこらえながら項羽に言った。
「な、いっぱしの武将でも倒し方を知らねえとこうなっちまうんだよ。
だからさ、発生しないように、出てもすぐ察知できるように力を合わせねえと……」
しかし、項羽はそんな事気にも留めず剣を抜いて牢に近づく。そして、目にも留まらぬ速さで二体の頭を格子の間から突いた。
たちまち、二体はただの死体となって倒れ伏す。
項羽は、眉一つ動かさずにあっさりと言った。
「何だ、簡単ではないか……これの何が恐ろしいのだ?」
「え……?」
項羽に問われて、劉邦たちは目をぱちくりした。
人食い死体の危険は、今まさに見せたではないか。それなりの武将でも倒し方を知らないといとも簡単にやられると、分かっただろう。
なのに、項羽は何を言っているのか。
「あ、あのさ……だから、普通の人間はそんなにうまく倒せなくて、感染して増えるんだよ……」
「こんなものが増えたとて、人間より簡単に倒せるではないか。研究員に聞いて恐れておったが、拍子抜けだな。
こんなものが開けた場所に百いようと、俺の敵ではない!
倒せるものにいちいち怯えていたら、暮らしていけぬわ!」
その一方的な物言いに、劉邦たちは開いた口が塞がらなかった。
項羽は、自分の基準でしか物事を考えようとしない。目の前で他人がひどい事になっても、それを一般のこととして考えることができない。
自分は大丈夫だから世の中も大丈夫、そう思い込んでいる。
自分ではない世の中の当たり前を、まるで受け入れようとしない。
劉邦たちの背中に、冷たい汗が伝った。
こんな奴に世を治めさせたら、感染対策はどうなるか……。
この時、劉邦たちは項羽と共に天を戴かず……戴けずと思い知らされた。自分たちと天下万民が安心して生きられる世のために、必ず項羽を討たねばならぬと理解した。
そしてそれが、子嬰から託された世を守る者の使命であった。




