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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第四十三章 暗雲
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(213)

 みんなご存知、鴻門の会!!

 ただし、感染関係ない部分(本来の見せ場)がとばし気味!


 大きな志を叶えるために生き延びるには、きれいごとだけじゃやっていけない。プライドを投げ捨ててなりふり構わずやれるところが劉邦の強さですね。

 ちょい役ですが、また一人。

 項荘コウソウ:項羽の従弟で、鴻門の会で范増の命令で劉邦の暗殺を狙うもできなかった。

 翌日、劉邦は少数の兵を連れて軍師たちと共に項羽の陣に向かった。

 行きたくないことこの上ないが、この謝罪を成功させられるか否かに全軍の命どころか世界の命運までかかっている。

 劉邦は、半ば屠殺されると分かっている家畜のような表情で項羽の陣に入った。

 幸い、来てすぐ襲い掛かられるようなことはなかった。きちんと項伯が仕事をして、項羽に会うだけでも認めさせたようだ。

 しかし、まだその結末は分からない。

 劉邦は、ガチガチに緊張しておっかなびっくり項羽のいる天幕に入った。


 一歩踏み込んだ瞬間、劉邦は身がすくみ上がるような圧をぶつけられた。何とか視線を動かすと、項羽が鬼の形相でこちらを見ている。

 それに気づいた瞬間、劉邦は反射のように項羽の眼前で飛び込み土下座していた。

「うおおおん手間かけさせてすみませぇん!!

 函谷関閉じて、本当にすみませぇん!!

 おっ俺はただっ怖かったんですぅ!咸陽入ったら、趙高があんたのところに病毒送ったって聞いて、実際に見せられた病毒の効果がおっかなくて……。

 怖さには勝てませんでしたぁ!!」

 劉邦の体はがくがくと震え、顔には無様に涙と鼻水が垂れている。

 嘘偽りなく、本当に心の底からここまでビビッているのだ。

 だが、それが逆に項羽の怒りを解いた。

「……ほう、演技でもなさそうだな。

 そして、やはりおまえも病のことを知っていたか。項伯の言った通りだった。己の命惜しさに病を入れまいとしただけだったか。

 フン、どうやらおまえを買いかぶっていたようだ」

 項羽は少し顔を緩めて、しかし嘲りの入った口調で言った。

 項羽は、劉邦が自分を馬鹿にして野心を持っていると思ったから激怒したのだ。そうではなくて劉邦に逆らう気がないと分かれば、怒りは消え去る。

 さらに項羽は、情にもろいところがある。

 そこを突いて、劉邦はさらに下手に出てすがりつく。

「俺たちは、一緒に秦を倒すために戦った仲じゃありませんか!

 別の道で戦って、俺の方がたまたま先に咸陽に入れて、今ここでお互い無事に会えたことが嬉しくて……。

 なのに、何でこんなめでたい時に、味方同士で殺し合わにゃならんのですか!?それが分かってもらえなくて、疑われたのが残念で……」

 劉邦はおいおいと泣きながら、項羽の仲間意識をかきたてる。

 そのうんと哀れっぽい所作に、項羽はついかわいそうになって慌てて言う。

「ああ、俺も元々疑ってなどいなかったとも。

 こうなったのはおまえの陣の、曹無傷とかいう奴がつまらぬことを言ったからだ!」

 項羽は、劉邦を安心させるようにがっちりと劉邦の手を握った。劉邦はダメ押しとばかりに、救われた小動物のようなうるんだ目で項羽を見上げる。

 この瞬間、項羽の中で劉邦は取るに足らない小者に成り下がった。

 だが、劉邦にとっては命が助かるのが何より大事だ。それを差し置いてまで守るような誇りなど、劉邦にはない。

「こちらこそ、怖がらせて悪かったとも。

 これからはまた、手を取り合って世の人々を守っていこうではないか」

「ええ、もちろんでさぁ!

 そのために、俺が咸陽で知ったことは包み隠さずお話ししやすぜ。特に人食いの病のことは、あんたにももっと知ってもらいたくて」

 ここで劉邦は、連れてきた石生を紹介する。張良も、持ち出してきた研究の機密文書を差し出す。

 これもまた、項羽の気をそらす土産だ。

 自分が中心でなければ気が済まない項羽には、何より目を引く土産だ。

「ほほう、殊勝だな。

 それでは聞かせてもらおうか。我が軍を蝕もうとした病の正体を!」


 それから、石生と項羽軍に保護されていた研究員が中心となり、不老不死の研究と人食いの病ができたいきさつの説明が続いた。

 趙高がそれをどのように悪用しようとしていたか、その作戦が成功していたら世の中はどうなっていたか。

 それを劉邦たちに分かってもらうための、感染実験のことも。

「我々は正直、あのような大胆な方法であなた方が病を絶やすとは思いませんでした。

 これだけの大軍に広がるのを防いでくれたこと、誠に感謝いたします」

 石生は項羽に深々と頭を下げ、謝辞を述べる。

 劉邦も項羽にすり寄るように媚びて、ほめた。

「いやー、あんたの決断力と行動力には本気で恐れ入りますぜ。この世はあんたに救われたようなもんでさぁ!

 俺なんか、牢の中の感染実験を見ただけで怖くて、とにかく病気持ってそうな奴は入れてたまるかとしか考えられんくて」

 劉邦はそう言いながら、項羽の杯に酒を注ぐ。

「偉大なる救世の英雄に、乾杯~!」

 劉邦の口からは、項羽をほめて機嫌を取る言葉がポンポン飛び出す。とにかく助かりたい劉邦に、自分を下げまいという意地などない。

 この流れに、項羽はすっかり気をよくして酒を飲んでいる。

「フン、もう終わったことをそう大げさに言うでない」

「いやいや~、まだ病の元がどっかにあるかもしれねえからさ。

 でも、そいつから世を守るにも、あんたみたいな頼れる人がいるとすっげぇ安心できるぜ。これからも仲良くして、世を守っていこうや!」

 しかし、劉邦が協力を持ち掛けても、項羽は冷淡だった。

 項羽の中で、人食いの病の件はもう終わっている。新たな患者の発生は今のところないし、発生しても殺せばいいだけではないか。

 咸陽には実験に使う病毒が残っているが、それを全て焼き捨てれば終わる。

 こんな簡単なことは、項羽にとって課題にもならない。

 むしろこんな簡単な事に怯えて大騒ぎしていた劉邦が、どうしようもなく小者に見えた。こんな小心者が、天下に手を出せるものか。

 そう、項羽が頭の中に思い描くのは天下のこと。

「で、もちろん咸陽にある秦の遺物は全て引き渡してもらえるのだろうな?」

 項羽の問いに、一瞬劉邦の顔に悲しみがよぎった。

 だが、劉邦はすぐに媚びた笑顔を作って答える。

「もちろんでさあ!全部、あんたに任せますぜ!」

 その答えに、項羽は満足した。少々苛立たせてくれたが、自分の手柄をきちんと返してくれるなら問題ない。

 項羽はすっかり、劉邦への殺意を忘れてしまった。


 ……が、これで劉邦の危機が去った訳ではなかった。項羽軍の中に、まだ劉邦への殺意を燃やしている者がいたのだ。

 老軍師の、范増である。

 范増は、劉邦たちが説明してくれた知識に、とてつもない危険を感じた。

(これはいかん。劉邦めらは人食いの病の元となる病の見分け方と、そこから人食いの病を作る方法を知っておる!

 項羽の阿呆は甘く見ておるが、これは使い方次第で天下を手にすることができる。

 この危険な知識を持つ者は、我らの側近以外生かしておく訳にいかん!!)

 劉邦にそんなつもりは毛頭ないのだが、范増はそう考えてしまった。

 それに危険すぎる知識は知る者を限るべしとは、劉邦たちもそう考えているし世の中の常識的な対処でもある。

 それが今、劉邦たちに牙をむいた。

 ……が、それが届かぬよう守る方もさるものだ。

 劉邦のなりふり構わない謝罪で項羽は殺意を忘れ劉邦を侮り、范増がいくら殺せと合図しても動かない。

 業を煮やした范増は項荘という男に剣舞にかこつけて劉邦を殺せと命じたが、項伯が劉邦を守るように間に入ってきて殺せない。

 そうして時間を稼がれるうちに、劉邦配下の豪傑、樊噲が突っ込んできてしまった。

 それを理由に劉邦を罰しようと思ったそばから、項羽はその豪胆さを気に入り酒と肉を与えて語り始める始末だ。

 おまけに樊噲に、人を守ろうと当たり前の手を尽くそうとした劉邦を殺そうとするのは秦と変わらぬ暴虐だと言われ、なら殺すまいと意地になってしまう。

 こうなると、もう范増にはどうしようもない。

 そうしているうちに、劉邦はさっと席を外して逃げてしまった。

 范増は悔しがって劉邦からの土産の宝物を砕いたが、もう手は出せなかった。


「ハァ……ハァ……助かったぜぇーっ!!」

 ほんの少しの部下たちを引き連れ、劉邦は咸陽への道をひた走る。その顔には、死の恐怖から逃げ切った会心の笑みが浮かんでいた。

 劉邦は生き延びた。まな板の上から、逃げ延びた。

 これで劉邦は明日以降も生き、世を守ることができるだろう。

 しかし、しばらく行くと劉邦は悲しそうな顔になり、息を詰まらせた。

「うっ……ぐっ……ごめんよ!守ってやれなくて、ごめんよ!!」

 そう、劉邦自身は生き延びた。しかしそれは、劉邦がそのまま王になれば守れるはずだったものと引き換えにだ。

 劉邦は、自分の命と引き換えにそれらを手放した。

 これから項羽に踏みつぶされる彼らの運命を思うと、泣かずにはいられなかった。

 だが、それでも今は生きるしかない。自分のこの選択には、これから天下を共に守る多くの有能な配下たちの命もかかっているのだから。

 それすら自分への言い訳かもしれないと思いつつも、劉邦は振り向かずに走る。

 もうすぐ壊れる偉大なる都を横目に、劉邦は自陣に矢のように飛び込んだ。

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