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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第四十二章 天下は誰が手に
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(208)

 いよいよ、子嬰が劉邦たちを隠された施設に連れて行きます。

 そこが元々何のための施設だったかは……分かりますね?


 これからも続く可能性のある危険は、情報を消し去ってはいけません。ゾンビも現代の天然痘と同じで、またどこで発生するか分からないとあれば……研究をやめても危機管理はやめたらダメ。

 バイオハザードはそこが難しい。

 子嬰は、劉邦たちを阿房宮の外れの一角に案内した。

 そこには飾り気のない倉庫が立ち並び、一見宝や重大な機密には縁がなさそうである。だがここには、胡亥の頃から大変なものが隠されていた。

 子嬰は、その倉庫の一つの前で立ち止まり、深呼吸をした。

 今でもまだ、本当にこいつらに中のものを見せて大丈夫かという迷いがある。このまま誰にも見せず消し去ってしまった方が楽ではないかと。

 しかし、それをしてしまったら世界の危機に立ち向かえる者がいなくなる。

 そうなるくらいなら、この人たちなら大丈夫だという己の判断に賭けて……子嬰は他の倉より明らかに大きくて頑丈そうな鍵を開けた。

 扉が開いて空気が流れると、劉邦たちは思わず顔をしかめた。

 この壮麗な宮殿に似つかわしくない、物が腐ったような悪臭がふわりと漂ってくる。

「おいおい、この先に一体何があるんだ?

 俺はあんまり変なモンと関わりたくないぜ」

 思わず文句を言う劉邦に、子嬰は真剣な表情で告げる。

「私だって関わりたくなかったさ……しかし、関わらねばならないのだ。あなた方もこの中華でこれから先生きたいなら、関わるしかない。

 実際、腐っているのだ……この先にあるのは、人を超えようとした野望のなれ果て。

 直視できぬほど醜い、不老不死の腐り果てたモノだ」

 それを聞いて、張良が眉をひそめた。

「不老不死……始皇帝が莫大な金と人手を注ぎ込んで求めたと聞きます。

 結局あれは方士の戯言で、多くの富と人手を海の彼方に持ち逃げされただけと噂されておりますが……実際に何かやっていたのですか」

「ああ、私も趙高を討って王位に就くまで知らなかった。

 事が事だけに、祖父も趙高も他の誰にも使わせたくなかったのだろうよ」

 苦い顔でそう言う子嬰に、今度は蕭何が眉を顰める。

「しかし、そんなに大切なものならあなたにも使い道があるはず。我々に、もっといい条件で取引材料として使えるはず。

 それをしないで無償で明かすということは……ろくでもない予感がしますねえ」

「ああ、本当にろくでもない。

 なぜこんなになるまで黙っていたのかと趙高と胡亥様を問い詰めたい気分だ。

 まあ、あの二人には宝の元に見えていたのだろうが……私から見ればクソの山より気分が悪くなる代物だ。

 それはそうと、血や臓物が怖い者はいるか?いるならやめておいた方が……」

 子嬰の警告に、劉邦たちは首を横に振った。

「いやいや、危ねえ話は聞いとかねえと本当に危ねえからな。

 あおれに、俺ぁちょっと前までは盗賊の親分みてえなことやってたからよ。血や死体が怖くて、盗賊や反乱軍はやってられないぜ!」

「頼もしい返事だ、では行こうか」

 子嬰は劉邦たちを、秦の暗部が詰まった禁断の場所へと案内した。


 その空間は、巧妙に何重にも隠されていた。

 まず倉の床に隠し扉があり、その下に狭い部屋がある。さらにそこの壁にある隠し扉を開けると、下に向かう階段があった。

 一枚また一枚と扉を開けるたび、腐臭が濃くなっていく。

 その闇と悪臭に満ちた通路に、劉邦は身震いして呟いた。

「何だよこりゃ……まるで、黄泉への道みたいじゃねえか」

「黄泉か……言い得て妙だな。

 この先には、まさに黄泉から抜け出してきたようなものがいる。それにこれから明かす真実に、地上の理は通じないと思っていい。

 心して来るがいい」

 松明を手にした子嬰を先頭に、四人は階段を下りていく。

 その終点には、分厚い鉄の扉があった。まさに黄泉の魔物を封じるのにふさわしい、この世との境目のような。

 しかし子嬰がそこを開けると、先には広い空間があった。

 きちんと板張りになった床に、あかあかと灯された松明。並べられた机と棚には書簡があふれ、遠くには飯を炊くかまども見える。

 そしてそこで何らかの仕事をしていた、十人ほどの方士服の男たち。

 子嬰の姿を認めると、その男たちはすぐさま集まってきて平伏した。

「お待ちしておりました!

 その者たちが、これから天下を引き継ぐ者でございますか」

 一番前にいる真面目そうな男が、子嬰の後ろにいる劉邦たちを品定めするようににらみつける。

 劉邦は、少し汗を浮かべながらも親し気に笑って答えた。

「ああ、まだ正式に任じられた訳じゃないけど、暫定って感じだな。ま、よほどのことがない限り、ここの王は俺でいいと思う。

 それに、元秦王は俺を認めて連れて来てくれたんだしよ……それじゃ不足か?」

「いいえ、失礼いたしました。

 秦王……子嬰様のご判断なら、我々は従いましょう」

 どうやら、ここにいる者たちは子嬰に絶対の忠誠を誓っているらしい。

 次の王が劉邦らしいと分かっても、今ここで媚びを売ろうとする者はいない。あるいは、劉邦たちをまだ認めていないからか。

 そんな男たちとこの地下施設を見回して、蕭何が咎めるように言う。

「私たちには降伏した時に全てを明け渡すと言ったはずだが、ここにこんなものがあるなんて知らなかったねえ。

 阿房宮の地図にも載っていないし、よほど大変なものとみえる。

 そろそろ、教えてもらえるかな……ここが一体何で、君たちは何を守っているのか」

 子嬰は方士服の男たちと同じように平伏し、うなずいた。

「はい、お教えいたします。

 愚かな祖父とこの国が遺してしまった、大いなる災いの種を」


 それから子嬰は方士服の男たちを交えて、劉邦たちにここのことを説明した。

 説明は夥しい数の書簡を用いて、相当長時間に渡った。何しろ、全く何も知らない者に知らさねばならない事が山ほどあるのだ。

 分かりやすくまとめたつもりでも、話すことはいくらでも出てくる。

 説明が終わった時には、もう外では日が落ちる時刻になっていた。

 とりあえず一通り聞き終えると、劉邦はうんざりした顔でぼやいた。

「冗談にしてくれよ……んな危ねえモンをよくここまで隠し通せたな!

 これじゃ不老不死どころか、皆殺し兵器じゃねえか!」

 この言葉から、大まかには分かってもらえたようだ。

 始皇帝の望む不老不死を作るために、徐福は死んでも動く病の研究を行った。その中で、次々と感染して人を人食い死体に変える狂気の病毒が生まれてしまった。

 治療法はなく、予防法は感染を防ぐことのみ。

 徐福は度重なる事故でも外に感染を広げず守り切ったが、その危険性を目の当たりにして研究をたたもうとした。

 しかし、研究のことを知った趙高がそれを許さなかった。

 自分が不老不死になり永遠の皇帝となることを夢見た趙高は始皇帝を殺し胡亥を操り、他にも多くの忠臣を実験に使って殺してしまった。

 それどころか国中で反乱が起こり秦が危うくなると、人食い死体を兵器として使おうと、既に項羽軍に向かって病毒を放ってしまっている。

 それ以前に、始皇帝を中心に後宮では人食いの病のなりかけが相当広まっていた。感染者はできるだけ始末したが、漏れがないとは言い切れない。

 蕭何は、半ば呆れたようにぼやく。

「つまり、既にいつこの大陸でそのとんでもない病が発生してもおかしくないと。

 せっかく大戦が終わったのに、急がせてくれますねえ」

 しかし、張良はまだ信用しきれない様子で呟く。

「なるほど、大筋は分かりました。

 しかしその証は、ただの書簡にすぎません。こんな厳重に隠されたところで、偽りの物証などいくらでも作れるでしょう。

 今すぐ全面的に信じろというのは、無理があります」

 すると、子嬰は特に動揺する様子もなく言った。

「まあそうであろう、私も予想はしていた。

 だから、わざわざ危険を冒してとっておいたのだ……この病の生き証人、いや死んで証明してくれている奴を。

 今から、一緒に見に行こう」

 その言葉に、劉邦たちはぎくりとした。

 今語られた病の症状は、最終的に死んでも腐っても動いて人肉を食い散らかすという常識はずれなもの。

 現にそうなっている者がいるなら、否定する余地はなくなる。

 いやそれ以前に、そんなものに近づくということは……。

 劉邦は、青くなって後ずさった。

「いやいや、さすがにそれは……なあ?

 だって、噛まれたら、その……うつるんだろ?俺は生きたいから信じるのであって、死にに行くようなのは……」

 しりごみする劉邦に、子嬰は強い口調で言う。

「大丈夫だ、きちんと人を襲えないように拘束してある。

 でないと私だって危険だろう。

 それに、感染を防ぎ世を守るには半信半疑の中途半端な対策では不足だ。引き継ぐからには、しっかり見て知ってほしい。

 それに……」

 子嬰は後ろで資料をいじっている方士服の男たちを振り返り、頼もし気に言った。

「あの者たちは長いことここで……もっと前は驪山陵の地下であれの実験に携わっていた、熟練の研究者なのだ。

 彼らに、役目を果たさせてやってくれ」

 そう、ここは元々不老不死の研究が行われていた実験施設。だから表向きないことになっていて、あれほど厳重に隠されていたのだ。

 そして子嬰の命令で研究が停止した後も、ここの研究員たちにはまだ役割がある。

 それは、世の守りを引き継ぐための資料と証拠を守り続けること。

 研究をしなくなったからといって、投げ出して消し去ってはいけない。あったことを知ってもらわないと、誰も災厄に対処できなくなってしまうのだから。

 今はその役目に使命感を燃やす石生たちと共に、子嬰は劉邦たちを世の理を超えてしまった者のところに案内した。

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