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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第四十二章 天下は誰が手に
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(206)

 ついに秦の終わり、そして劉邦のターンです。

 もはや世を守れなくなった秦は、世を守る役割を誰に引き継ぐことになるのか。


 ここらはエンディングに向けて、歴史が加速します。

 ゾンビ対策に関係ない部分はだいぶ端折りますので、項羽と劉邦のファンの方にはごめんなさい。

 咸陽にほど近い場所で、秦軍と劉邦軍が最後の戦いを繰り広げていた。

 といっても戦いはかなり一方的なもので、終始劉邦の軍が秦軍を圧倒している。この分では、すぐにでも突破して咸陽に突撃できそうだ。

 しかし、数では劣る秦軍が、予想以上に抵抗して戦を長引かせていた。

 後方で見ている劉邦は、つい焦れてきて呟く。

「なあ、もう後はあいつら蹴散らすだけなんだから、全力で潰しちまおうぜ。

 ああ~都の宝と美女が俺を待っている~!」

 劉邦は咸陽の方を見つめ、早くも鼻の下を伸ばしてだらけた顔をしている。とても、戦の最中の大将とは思えない態度だ。

 すると、側にいる女のように柔らかな顔の軍師が苦笑して突っ込んだ。

「そのような事をすれば、項羽と同じになってしまいますぞ。

 せっかくここまで民の支持を稼いできたのですから、こんな所でひっくり返してはなりません。

 望栄華を得るためには、人望こそ最大の武器ですぞ」

 それを聞くと、劉邦はバツが悪そうにぼやいた。

「うーん、分かってるよ……ちょっと言ってみただけだ。

 それより、人望ならおまえの仕事だろ?

 俺に乱暴で危ない戦いをしてほしくなかったらよぉ、おまえがきちんとその分仕事してくれよ。

 そうしたら、殺さないで済むからなァ」

 劉邦はコロッと軍師の言うことを認め、ついでに仕事を丸投げした。

 軍師は嬉しそうに微笑み、うなずく。

「ふふふ、そのような所が殿の長所にございます。

 では、ご命令通り人働きして参りましょうか」

 軍師は盾を持った護衛に囲まれ、劉邦から離れて前線に出て行く。劉邦はのんびりと、期待を込めた目で軍師を見送った。


 劉邦軍はここまで、大した抵抗に遭うこともなく進軍できていた。

 趙高の苛政と厳しすぎる法で生きていくのも大変になった民たちの心を掴み、自ら門を開かせてきたのだ。

 まず行く先を守っている者を買収し、配下には略奪を禁じ、占領地から兵を徴用して連れて行くこともしなかった。

 片や秦には、もう一方の道を進む項羽が大虐殺を繰り広げていると伝わっている。

 それと比べて、劉邦は仏のように見えた。

 こうして劉邦は、無駄な血を流さず秦の奥深くまで進軍してきた。

 しかし、武関を超えたあたりで急に秦軍の抵抗が激しくなった。

 その原因は、諸悪の根源たる宦官、趙高の死である。こいつがいなくなって比較的まともな新王が立ったため、民や兵士の愛国心が再び蘇ったのだ。

 しかし劉邦たちは、民や兵士たちをそんなものに殉じさせる気はなかった。

 ついでに、自軍の兵士たちを無駄に消耗する気もなかった。

 今さらまともな王が立ったって、もう秦に対する天下の反感はどうしようもない。秦は滅ぼす、これはもう決まったことなのだ。

 なら、これから秦のために流れる血は全て無駄な犠牲だ。

 これからの時代を生きるべき者たちがそうならないように、女のように線の細い軍師が声を張り上げる。

「秦の勇猛なる将兵たちよ、おまえたちはよく戦った!

 しかし、我々は血を流すことを好まぬ。我が殿の慈悲に応え、降伏せよ!」

 それでも、秦の将兵たちは血眼になって敵の軍師を討とうとする。

「断る!我らには守るべき国があるのだ!

 たとえここで果てようと、少しでも王と国を守れるのなら……!」

 秦の将兵たちは、子嬰への忠義に魂を燃やしていた。あの巨悪を討った王の勇気を無駄にはせぬと、決死の覚悟でかかってくる。

 だが軍師は、そんな秦の将兵たちに問う。

「では、意味のない戦いでおまえたちが死ぬことが、優しき王の望みなのか!?」

「何っ!……それは……」

「秦王とて、もはや秦に勝ち目がないことは分かっているはず。しかしそれでも、後の憂いを断つために趙高を討った。

 なぜか?おまえたち兵や民を無駄に死なせたくなかったからだ。

 なのに、おまえたちはそんな王の望みに逆らって血を流すか!?」

 その瞬間、戦場が水を打ったように静かになった。

 秦の将兵たちは、秦の民と巨悪を討ってくれた王のために戦っている。しかし、その行為が両者を裏切ることになるならば。

「おまえたちにも、家族がいるだろう。

 我々は抵抗しない秦の民を殺す気はない。今おまえたちがいたずらに命を散らせば、残された者たちが悲しむだけだ。

 その無用な悲しみを生みたく無くば、武器を捨てて降伏せよ」

 その言葉に、秦の将兵たちの心はぐらつく。

 大切な人たちと大切な物を守るために戦ってはいるが、そもそも守る必要がないのなら戦う意味などない。

 今ここにいる劉邦軍は、ここまでの道のりでも多くの地を無血で攻略し、略奪もしなければ労役も課さなかった。

 ならば、降伏しても自分たちが失うものはあまりない。

 むしろ、ここで下手に長引かせて項羽に先に乗り込まれたら、その時こそ略奪と虐殺の嵐が吹き荒れるだろう。

 そうなる前に、ここで劉邦に降伏する方が得策だ。

 秦の将兵たちは、少し気まずそうな顔をしながら降伏した。

 そして、慈悲深い敵の大将に懇願した。

「どうか、王様の命だけはお助けくだせえ!

 王様は、もう秦に未来がないと知りながらも、危険を冒して趙高を討ってくれました、あの方は、殺されていいような方ではないのです!」

 四方八方から請われながら、劉邦は笑顔でうなずいた。

「おうよ、おめえらの心は無駄にしねえぜ!

 悪いことしてねえ奴が死ぬなんざ、俺も納得できねえしな。

 俺がここを治めることになったら、子嬰は生かしといてやるさ。もっとも、順当にいけば俺がここの王で間違いないけどな!」

 劉邦は明るく愛想を振りまきながら、咸陽に向かった。

 彼の通った後には期待の声があふれ、血の跡は驚くほど少なかった。


 楚軍来るの報は、阿房宮で仕事をしていた子嬰の元に届いた。

「来たか」

 子嬰が筆をおいて立ち上がると、周りにいた重臣たちは皆涙した。子嬰は、そんな彼らをねぎらうように言う。

「皆、秦がこんなになりながらも、よく今まで支えてくれた。

 そしてこれからも新しい支配者を支え、共に生きてこの地を守ってくれ。それがおまえたちに望む、最後の忠義だ」

 自分と共に、とは言わなかった。

 敵に征服され国が滅ぶ時、王が生き残った例はほとんどない。子嬰は即位した時から、その運命を理解していた。

 だからこそ、先がないと分かっていても仕事を続けていたのだ。

 先がないからこそ必要となる仕事……次にこの地を治める者に、統治を引き継ぐための準備を。

 短い時間ではあったが、それなりに必要なことはまとめられたと思う。後は、忠実な部下たちを生かし、託せばいい。

「陛下、どうか今からでもお逃げを……平民に紛れて、余生を……!」

 泣いてすがってくる臣下たちをなだめるように、子嬰は言う。

「それはできぬ、それでは戦いが終わらぬから。

 私の最期の役目は、この身をもって戦乱を終わらせ、この地の民を守ること……これは何人たりとも阻ませぬ!

 おまえたちは私の命令を全うし、己の命も全うしてほしい」

 最後に、子嬰は切ない笑顔で感謝を述べた。

「皆、今まで本当にありがとう。

 おまえたちのような忠臣を持てたこと、私は誇りに思う」

 ここまで言われては、もう臣下たちは何も言い返せなかった。これを拒んで子嬰を助けようとすれば、忠義に反することになるから。

 臣下たちのやるべき事は一つ、新たな支配者の統治を手伝って平穏な世を守ること。

 その中には、石生たち研究員も含まれていた。

 研究は中止されたが、まだやることは残されている。新たな支配者の器を見極め、次に天下を取る者に病毒のことを伝えて世を守らせることだ。

 子嬰はむせび泣く石生の肩に手を置き、優しくささやく。

「良いか、これからの世界の安全はおまえたちにかかっている。

 必ずや、世界を守り抜くのだぞ」

「は、御意に!!」

 石生の力強い返事を聞いた子嬰は、安堵して最後の命令を下した。

「では、行くとするか……喪服と玉璽を持て!」


 程なくして、子嬰は劉邦の下に出頭した。白い喪服をまとい、同じ白の旗を立て白い馬車に乗り、首にひもをかけて、死を覚悟したいでたちで。

 そして、秦の皇帝の玉璽を収めた箱を劉邦に差し出し、懇願した。

「私は貴公にこれを譲り、この身を差し出します。

 その代わり、どうか臣下たちの命をお助けください。私はどのような目に遭っても構いませぬから、どうかこの身で戦いの幕引きを」

 しかしそう言う子嬰に、劉邦は明るく笑って告げた。

「辛気臭え話はよそうぜ、せっかく戦が終わったんだしよ。

 それにな、俺ぁおまえの民や兵士たちにお願いされてるんだ。どうかおまえを殺さないでくれってな。

 その約束破ったら、秦の民が俺の言う事聞かなくなっちまう。

 敵に寛大だって俺の評判にも、傷がついちまうなァ。俺はそれしか取り柄がないもんで!」

 下品な上に冗談めかした言い方だったが、子嬰たちはその内容に涙が止まらなかった。

 劉邦は、死ぬはずだった子嬰を助けたのだ。

 もっとも、これがいつまで続くかは分からない。それでも子嬰は劉邦に感謝し、この世の行く末に希望を抱いた。

(良かった、まだ少し人を見る時間がある。

 この男が世を任せるに足るか見極め……そうであるなら、伝えられるだけのことを伝えねば!)

 世の危機を知る者が生き残ったということは、その危機を伝えて託す時間が与えられたということ。

 これを無駄にはできない。

 劉邦が世界を守れる男であることを祈りながら、子嬰は劉邦を咸陽に案内した。

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