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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第四十一章 引き継ぐ者
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(202)

 久しぶりの地下パートです。

 相変わらず趙高を盲目的に信じる石生さんと、他の研究員たちの不安。最近怪しいできごとが多い中、他の研究員たちは趙高に疑いを抱き始めていました。


 そこに、子嬰がついに突入します。

 趙高の支援で成り立っていた地下の実験施設は、どうなってしまうのか。

 その日も、阿房宮の地下では変わらず実験が続いていた。

「さあさあ、一刻も早く不老不死の糸口をつかむのです!

 陛下と趙高様の命も無限ではないのですから、そう時間をかけてもいられませんよ。泰平の世を永遠にできるかは、私たちにかかっているのです」

 石生は、相変わらず情熱を燃やして研究の指揮を執っていた。

 最近胡亥も趙高も来てくれないことに焦りを覚え、信頼を取り戻すには成果を出すしかないと気合を入れている。

 しかし、研究員たちの表情はどこか不安そうだ。

 石生が別の場所に行ってしまうと、古参の研究員たちはささやき合う。

「なあ、本当に大丈夫だと思うか?」

「ああ、あいつが前知らせてきた話な。

 石生様はあんなのは悪い部下がやったんだって決めつけてるけど……そうは思えんよ」

「結局あいつがどうなったかは誰に聞いても分からないままだし、あいつの代わりに行った奴は事故死だったか?

 いくら悪い部下がいても、その一存で大事な俺たちを使い潰せるもんか!」

 気になる兆候は、最近いくつかある。

 その最たるものが、趙高が地上で病毒を使う気だと知らせてきた同僚の手紙だ。

 その内容に研究員たちは衝撃を受け、恐怖を覚えた。もしこれが本当だとしたら趙高はとんでもない悪人で、自分たちは悪い事に利用されているんじゃないか。

 しかし、総責任者の石生はそれを頑なに否定した。

「趙高様の高潔さは、疑うべくもありません!

 だってあの方は、この国を良くし続ける帝を不死にするために、成果が乏しくてもこんなに財を注いでくださるのですよ!?

 これほど崇高な目的を理解し、気前よくできる方が他にいますか!?

 それほどの人物を疑うなど、この私が許しません!!」

 石生は完全に趙高に心酔し、趙高は悪くないの一点張りだ。

 古参の研究員たちが心配になって少し探るよう進言しても、趙高に伝えたから心配ないとしか言わない。

 実際、同僚が二人も帰って来ないのに。

「あの人、研究熱心なのはいいけど……」

「ああ、ちょっとこのままじゃ不安になるよな。

 あー……俺も徐福様と一緒に逃げた方が良かったかもな。徐福様が逃げたくなる気持ち、今ならすげえ分かる」

 研究の創始者である徐福たちが帰って来ないのも、不安の種だ。

 徐福は蓬莱に治療法を探しに行くと海に出たきり、戻ってこない。始皇帝に誓ったという一年は、とっくに過ぎているのに。

 海で死んだのではないかとも思えるが、徐福の非常時における強靭さを見てきた研究員たちにはそうは思えなかった。

 そのうち、噂が立った……徐福は大陸を捨てて逃げたのではないかと。

 もちろんこれは、不安によるただの噂のはずだ。

 しかし最近の趙高を巡るきな臭さと石生の狂信ぶりを見ていると、どうもそれが本当ではないかと思えてしまう。

 徐福たち出て行った者たちは地上の情勢に詳しく、趙高の危険に一早く気づいたのではないか。

 それで研究をたたもうとしたが、石生たちは続ける気満々だった。

 徐福は、自分たちが抵抗しても遅かれ早かれ石生たちの過剰な情熱を利用され、取り返しのつかぬ事態が起こることを危惧した。

 だから未来ある若者たちと技術を伝える者と持てるだけの物資を持って、未開の地へ去ってしまった。

 そう考えると、これまでの流れにぴったりとつじつまが合う。

 となると、今は……まさにその危惧が現実になりつつあるのかもしれない。

 それに気づくと、古参の研究員たちはとてつもない恐怖に襲われた。

 しかし自分たちはもはや籠の鳥同然、今さら逃げることはできない。趙高に逆らえば、すぐにでも殺されてしまう。

 研究員たちは、必死で不安に耐えて今まで通り研究を続けるしかなかった。


 ……そんなある日のことだ。

 地下に、白い喪服をまとった一団が訪れたのは。


「趙高様について重大なお知らせがございますので、ここの責任者とまとめ役の者を出してください」

 いきなりやって来た喪服の集団は、沈痛な面持ちでそう言った。

 これには、石生も他の研究員たちも胆を潰した。すぐさま実験を中断し、石生と古参の研究員たちが集まる。

「ち、趙高様の身に……何かあったのですか!?」

 石生が血相を変えて、喪服の集団に詰め寄る。

 喪服の若い男が、力なくうなずいて告げる。

「残念ですが、趙高様はお亡くなりになられました」

「な、何ですと!?」

 一瞬で、石生が滝のような涙を流して崩れ落ちる。

「そんな……まだ、時間はあると思っていたのに!まだ、簡単に死ぬような年ではなかったはずなのに!

 ああ、またしても……間に合わなかった!!

 あんなに聡明で思慮深い方でしたのに!あんなに世の中を良くしたお方なのに!うう……惜しい方を亡くしました!!」

 人目もはばからず大泣きする石生に、喪服の若者が手紙を渡す。

「趙高様からの遺言でございます、あなた方に託せと」

 それを受け取って読み進めた石生の目に、光が灯った。

「なるほど、そういうことですか……分かりました、引き受けましょう。

 そう言えば、人食い死体を人に戻す方法はあまり探っていませんでしたね。これからは、大きく方針転換ですね!

 必ずや、趙高様を人として蘇らせてみせましょう!!

 それで……人食い死体になられた趙高様は?」

「それが、人に食いつこうとして運ぶのも危険なので、まだ館にある柩の中に……ここの方に指示していただくと良いと言われて」

 すると、石生は一も二もなく自ら前に出た。

「分かりました、では私が参りましょう。

 お体の状態によっては、人に戻す前に処置が要るかもしれませんし」

「ありがたい、よろしくお願いします!」

 喪服の集団は、歓迎するように石生を取り囲んだ。

 後ろで見ている研究員たちは不安で仕方なかったが、石生は何の疑いもなく従った。だって、あの素晴らしい趙高直筆の遺言を疑うなんてあり得ない。

 そうして喪服の集団と一緒に地下から一歩出たところで……石生の歩みは止まった。


 それからいくらも経たないうちに、喪服の集団が地下に戻ってきた。何事かと集まってきた研究員たちの前で、ぐったりした石生に刃を突きつけて叫ぶ。

「こいつの命が惜しければ、全員武器を捨てて降伏しろ!

 趙高は死んだ、先帝胡亥陛下も趙高によって殺された。おまえたちの主は今、この私、秦王子嬰である!!」

 喪服の若者は、毅然と胸を張って名乗った。

 子嬰は確実にここにいる者を見極めて制圧するため、趙高の配下のふりをして自ら出向いてきたのだ。

 子嬰の声と共に、武装した兵士が十人ほど駆け込んできて子嬰を守るように前に出る。

 これに、研究員たちの反応は二つに分かれた。

 古参の研究員たちは、すぐに座り込んで抵抗をやめた。

 しかし、新参の趙高の手下や食客たちは……。

「こんな所で捕まってたまるか!おらおら、どけぇ!!」

 趙高と共にどんな後ろ暗いことに手を染めてきたか、自分でも分かっているのだろう。大慌てで他の研究員を押しのけ、逃げようとする。

 だが、古参の研究員の側を通った途端、体の自由を失ってバタバタと倒れた。

「逃がすかよ……これまでさんざん好き勝手しやがって!」

 古参の研究員たちが、逃げようとする趙高の手下たちに毒を吹き付けたのだ。中には致命的となる毒刃や吹き矢を使われた者もいる。

 それでもならず者の一部は奥の実験場に逃げ込んだが……。

「おい、あそことあそこを閉じて通風孔を閉めろ。

 その前に油をまいて火をつけとけ」

「馬鹿な奴らめ、こうすりゃ息ができなくなって死ぬだけだ!」

 実験施設を熟知している古参の研究員たちは、ならず者たちを逆に奥に閉じ込めて空気の流れを断ってしまった。

 これでは、ならず者たちは助かるまい。

 こうして抵抗する者たちを制圧すると、古参の研究員たちは子嬰に平伏した。

「勝手な行動をお許しいただき、恐縮です。

 胡亥様が趙高様に殺されたとお聞きしましたが、やっぱり趙高様は悪党だったのですか!?それとも、胡亥様が?」

「うむ、その辺りはゆっくり話すとしよう。

 それより、おまえたちは趙高に忠誠を誓った訳ではないのか?」

 子嬰の問いに、古参の研究員たちはばつが悪そうに答えた。

「私どもはただ、不老不死の研究を続けたかっただけです。趙高様がそれを支援してくださるので、従っていたまでで……。

 しかし最近は怪しいことも多く、そのうえ趙高様が送り込んでくる奴らは皆横暴で欲ばかり深くて……。

 本当に大丈夫かと思っていたところです」

 それを聞くと、子嬰の目がすっと細まった。

「ほう、では……私が研究を止めろと言ったら、おまえたちは抗うか?」

「い、いいえ!めっそうもありません!!」

 古参の研究員たちは、大慌てで首を横に振った。

 もちろん研究を続けたい気持ちはある。しかしここで表立って抵抗するほど、古参の研究員たちは愚かではない。

 その様子を見て、子嬰ははっきりと命じた。

「ならば、今すぐ研究は停止だ!人食い死体など危険なものは処分せよ!

 そして、私に隠すことなく情報を提供するのだ!」

「ははーっ!!」

 古参の研究員たちは未練のある顔ではあったが、子嬰の命令に従った。これでもう、ここから危険なものがばらまかれることはないだろう。

 子嬰は少しだけ安堵し、さらなる処置のために石生を引きずって地上に戻った。

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