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屍記~不死の災厄の作り方  作者: 青蓮
第四十章 巨悪堕つ
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(200)

 ついに趙高の最期です。

 全て思い通りと驕り切った趙高に、新たな秦王の鉄槌が下ります。


 そして、悪党が死ぬ間際にヤバいものを自分に使うのはバイオハザードのお約束。

 不老不死の端くれを掴みながら死にゆく趙高は、死の間際に何を思うのか。

 胡亥の葬式から数日が経った。しかし、秦王の座はまだ空白のままだ。

 子嬰が身を清める宮に入ったきり出てこず、即位の儀式を挙げられないのだ。このままでは、最悪秦は王がいないまま終わってしまう。

 思わぬ事態に、趙高は慌てふためいた。

「な、何をやっているのですか子嬰は!?

 このまま王が決まらなければ、私は……!!」

 責任というのは、上の者に押し付けることができる。秦を憎む反乱軍は、秦の最高権力者の責任を問い首を求めている。

 だが、もし王が空位のままだったら……次に偉いのは趙高だ。

 子嬰を王として売り渡すことができなければ、趙高がつるし上げられてしまう。

 そもそも、趙高は頂点に立つとそういう危険があると分かっていたからこそ、自分が王にならず王を操る方を選んだのだ。

 政権が安定していれば自分が一番上でもいいが、まさに反乱軍が迫って国が滅びようとしている時に売り渡せる王は必要だ。

 このままでは、誰よりも大切な自分の命が危ない。

 趙高は何度も催促の使者を送ったが、子嬰は体調がすぐれないと言って出てこない。次代の王に対し、配下たちも手荒に扱えず困っている。

 趙高はついに業を煮やし、自ら出向くことにした。

「子嬰め、素直にいう事を聞けばせめて最期まではいい暮らしをさせてやるものを!

 それとも、大役に怖気づいたとでも言うのですか!?」

 趙高は、完全に子嬰のことを操り人形だとなめきっていた。

 まだ影も形も見えない反乱軍のことばかり考えていて、すぐ足下に口を開けていた奈落への穴に自ら飛び込んでしまった。


 子嬰のいる宮に入ると、子嬰から直接話がしたいと使いが来た。

「フン、話がしたいなら出てくればいいものを!

 私には、おまえのわがままに付き合っている時間はないというのに……」

 しかし、一応次の王の命令である以上形だけでも従わねばならない。他ならぬ趙高が、次の王に決めたのだから。

 宮中の掟により武器も持たず、趙高は宮殿の中をずんずん進んでいく。

 そしてついに、子嬰がいる部屋の帳を乱暴に払った。

「陛下、何をなさって……陛下?」

 そこに、子嬰の姿はなかった。

 ただ子嬰の二人の子供が、敷かれた布団の前に悲しげな表情で座っているのみ。その布団は、中に誰かいるように盛り上がっている。

 それを見た趙高の頭の中に、最悪の想像が浮かぶ。

「そ、そんな……まさか本当に、お体の調子が……?

 いかん、まさかそんな事が……!」

 血相を変えて布団に駆け寄る趙高。

 その太い腹に、いきなりひどい異物感が走った。

「ぐふっ……!?」

 見れば、自分の腹に白銀の刃が深々と刺さっている。それを認識すると同時に、痛みが大波のように襲ってくる。

「む、く、ぐううぅ……わ、私をぉ……誰だ、と……!」

 苦痛に身をわななかせながらも刃を辿った視線の先には、他ならぬ王の姿があった。

 子嬰が、食いつかんばかりの怒りを浮かべた顔で、はっきりと言い放った。

「逆臣、趙高……一族と国の仇、ここで討つ!!」

 子嬰が、趙高の血と脂に塗れた剣をずるりと引き抜く。その動きがもたらすさらなる痛みに、趙高はたたらを踏んだ。

 これまで戦ったこともない張高は、痛みに縛られてまともに動けない。

 そこにさらに、子嬰の二人の子供が短剣を抜いて襲い掛かる。

「死ね!国の仇!天下の敵!!」

 幸いと言っていいのか、子供の弱い力で刺される短い刃は厚い脂肪に阻まれて腹や胸の深いところまで届かない。

 しかし、それでも趙高に抵抗の術はない。

 戦い方など知らないし、何より武器がないのだから。

 本来武器がないはずの場所で一方的に武器を持って襲い掛かられたらどうなるか、胡亥の時によく分かっている。

 今度は、それを逆手に取られたのだ。

 しかし、それでも趙高は生き汚く逃げようとした。

「ぐぎゃあああ!!は、早く……いぎいぃっ……た、助けろぉ!!」

 これまでの贅沢で溜めに溜めた脂肪でこれまた脂ぎった内臓を守りながら、どすんばたんと転げまわる。

「くそっ……この、大人しくしろ!

 我が一族を、抵抗もさせず殺しておいて!!」

 子嬰と子供たちは何度も剣を振り下ろし突き刺すが、力が足りず狙いもぶれて一撃で殺すに至らない。

 彼らもまた、戦い慣れていないのだ。おまけに常に趙高の配下に監視されていては、武術の稽古をつけることもできなかった。

 そうして趙高を殺しきれないうちに、趙高の手下がかけつけてくる。

「ち、趙高様、何が……あっ!」

 だが、もちろんこの配下たちも武器は持ち込んでいない。さらに物陰から、子嬰の側仕えの者たちが鈍器を持って襲い掛かる。

 こうなっては、趙高の配下たちに勝ち目はない。配下たちは重傷の趙高を何とか運び出し、ほうほうの体で逃げ出した。

 それを逃がすまいと、追いかける子嬰たち。

 宮の外にはもちろん武器を持った趙高の護衛がいたが……子嬰はその前に同堂々と姿を見せ、声を張り上げた。

「謀反人の手下共よ、謀反人と共に滅ぶか?それとも王命に従うか?

 趙高の言いなりになっても未来の保証がないこと、よく知っておろう!

 もし私に従って趙高を討ってくれたら……反乱軍がここに来た時、この命と引き換えに臣下の助命を乞うてやるぞ」

 その言葉に、趙高の手下たちに動揺が走った。

 言われてみればその通りだ、趙高に取り入ってもいつ切り捨てられるか分からない。反乱軍に敗れ、皆殺しにされるかもしれない。

 そこを、この新しい王が守ってくれるというなら……。

 趙高の配下は、自分が可愛い者ばかりだ。これまでは趙高に殺されたくなくて従っていたが……趙高を殺せば、その心配もなくなる。

 日々命の心配をするのに疲れた配下たちは、あっさり子嬰に寝返った。

 さらに、これまでの趙高の無道に声を上げず耐え忍んできた者たちも、この時とばかりに次々駆けつける。

 子嬰はあっという間にそれらをまとめ上げ、趙高の館に攻め寄せた。


 子嬰から逃げた趙高は、何とか館に戻って手当てを受けようとした。しかし趙高の傷を見た医者は、首を横に振った。

「無理です……この傷と出血では、もう助かりません!」

 その言葉を発端に、趙高の配下や食客たちは大混乱に陥る。

 欲しかないならず者がまとまっていられたのは、趙高が健在であってこそ。主を失った途端にどうしていいか分からなくなり、烏合の衆と化す。

 慌てて館から逃げ出す者、せめて金品を持って逃げようと略奪を始める者、仲間の首で敵に許してもらおうと同士討ちを始める者……。

 趙高を助けようとしたり寄り添ったりする者は、誰もいなかった。

 趙高はただ横たわって、その騒ぎを聞くしかない。

(ここで、終わると言うのですか……この私が!

 せっかくここまでやったのに!あれほど努力して、策を巡らせたのに!!)

 趙高自身にも分かる、自分はもう助からない。一応形だけ巻いた包帯は今もどんどん血に染まっていき、手足が冷たく、息がうまく吸えない。

 だが、諦めて受け入れることなどできるはずもない。

 だって、自分は中華の全てではないにしろ、一国を完全に手中にしたはずなのに。そのうえ、不老不死が完成する見込みがあるのに。

 その全てを、手放さなければならないなんて。

(こ、んな……諦められる、ものか……!

 私は、何としても……全てを、この手に……!)

 薄れゆく意識を引っ張り上げるように、趙高は懸命に体を動かして寝台から転がり落ちる。その衝撃で少しはっきりした意識を無駄にせぬよう、体中の力を集めて這いずる。

「わ、私は、必ず……不老不死を……!」

 うわごとのように呟きながら、寝台の下にある金庫に手を伸ばす。

 その中には、たった一つの希望が入っている。

 趙高は目もほとんど見えなくなる中、手探りで金庫の鍵を開けた。そして中から、一本の細い竹筒を取り出す。

 震える手でそれを開けると、むわっと鼻をつく腐敗臭が広がった。

 しかしそれが、趙高にはとてもありがたく思えた。

 手中にしてからよく見て回った、地下の実験施設と同じ臭い。死んでも腐っても動いて肉を食らう、あの化け物共と同じ臭い。

(わ、私も……人食い死体に……なれば、体は保たれる……!)

 趙高はその呪われたような病毒に最期の願いを託した。

 人食い死体になれば、人の肉を食らいながら体を長く保つことができる。そしてその状態で人の意識を回復させる方法が見つかれば、自分は復活できる。

 人食い死体が人に戻せぬとは限らない、これから実験させればいい。

 趙高は、その病毒を含んだ汚血を自分の傷に振りかけた。

 体が腐ろうが死の病だろうが、どうでもいい。どうせ死ぬのだから、それより少しでも不老不死に望みをつなげるならば。

 もし自分から感染が広がって世が滅んでも……どうでもいい。

 どうせ自分の手に入らぬ世界など、どうなろうが構わない。

 むしろ、思い通りにならぬものなど全て壊れてしまえばいい。自分の思い通りになって生きなかったことを後悔しながら、苦しみぬいて死に絶えればいい。


 趙高の胸に、最期まで後悔や謝罪はなかった。

 味方を全て失い命を失う瀬戸際でも、趙高が考えるのは自分のことだけ。だって趙高は、誰も信じていないのだから。

 秦を壊し世を壊したこの宦官が己を省みることは、なかった。

 まさしく世の災厄として生きた悪の権化は、最期にその身に世を滅ぼす災厄を宿してその生涯を閉じた。

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